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第三十話 嵐の前の騒がしさ

『唐突にだけど、明日祭りを開催するから、今から参加者募集ーしまーす』


 午後三時頃、カナメは自室の執務机に設置されているマイクを手に取り、気だるげにそう言った。マイクとセットで設置されている小さなカメラが、そんなカナメの様子を撮影している。

 音声は瞬時にデータ化され、カメラで撮られた映像データと共にアヴァロンの地下に存在する施設の中でも限られた者しか踏み込めない最下層部にて、常に国中を見守っている機玩具人形六女にして精神接続型・エスピリットゥ――ちなみに本当の事を言えば、彼女は見守るのではなく一人一人の思考などを読み取り、記録し、何らかの危険な思考を抱いている存在をカナメに教える役割を持っている――の所まで送られた。

 それをエスピリットゥは、自己の精神の一端と常に繋がっている十数万の多機能搭載腕輪型魔具オプションリングを介して、国民全員に知らしめた。

 多機能搭載腕輪型魔具オプションリングとは、一辺が五キロジャストの正方形で、高さが三十メートルもある神金鋼塊オリハルコン製の巨壁に囲まれたアヴァロンの領地内に居る者には、普段から付ける事を習慣付けられている物である。

 オプションリングには親しい者との連絡や、今回の様に国から何らかのお知らせをする際に活躍する事もあるし、辞書が引けたり今の自分の体調や所持スキルを一目で閲覧する事が可能だったりと、実に様々な機能がある。

 しかしながら、オプションリングは日常では物資の売買の際に一番使用されていた。


 何故なら、アヴァロンにある店は全て国営という特殊な成り立ちをしている国だからだ。


 自営業というものはアヴァロン内には存在していない。


 世界中に設置された傭兵業斡旋施設ギルドホームが齎す利益、ポケットなど国内で生産し国外に輸出している種々様々しゅじゅさまざまな魔具、そして多くの国に“貸し出している”宝具のローンなどから得ている利益だけでも、十分国民全員を養えるだけの金額である。

 それに魔界の特殊な鉱石が取れる山脈の採掘権も幾つか有しているし、人間界にも採掘場所の確保が成されている。その上地上の施設と比べても遜色ない程の広大な地下施設で栽培されている作物は、カナメが直々に改造したモノなのでどんな環境下だろうとも一定の産出量を確保しており、食品を国外から輸入しなくとも殆ど自給自足も出来ている状態なのだ。

 その為大胆にも自営業という概念を排除し、得られる利益は政府カナメが一手に掌握し、そこから国民が使える金はオプションリングに直接振り込まれるという寸法となっていた。


 いや、金というよりはポイント、と言う方が正しいのかもしれないが。


 無論店で働く者には、国民全員に等しく振り込まれている生きていけるだけの最低限度の供給に加え、給料分が追加されている。

 それに新しい事業を起こしたい者は政府に対して精密な事業内容を提出し、その案が通れば事業を行う事もできる。有益ならば特別に給付金がでる事もある。

 そんな環境の為に、アヴァロン内では金貨や銀貨、銅貨といった貨幣が存在せず、オプションリング内で記録されているポイントを消費する事で物資の売買は成立しているのであった。


 閑話休題。


 オプションリングによってボンヤリと投影されるスクリーン上には、何百年経とうとも老いる事の無い国王カナメの姿が映されている。

 普段からカナメは気紛れに色々なイベント――大逃走劇場やら阿鼻叫喚絶叫仮死体験など色モノが多い。と言うよりも色モノじゃなかった方が少ない――を開催するなど、不定期に何かをする事は度々あった事なので、突然の放送も国民にとってはそこまで驚くような事ではなかった。

 しかし、説明を受けていく内に今回の祭りはどうやら今までモノとは一線を画したイベントなようだと、国民全員は理解する事となったのである。


祭りイベントのテーマは<探求と理不尽と危機一髪>。

 飛行場に設置された門に入る事により、亜空間に設置された領域に置ける超超空間内を参加者全員で索敵、支給されたマップを埋めて行く事で情報を共用し、時には今回の司令官である左大臣アイデクセスの指示に従って行動してもらう。ああ、ちなみにアイデクセスの指示には基本的に服従の方向で。流石に特攻しろとかは無いだろうから安心しな。

 で、数多の試練を乗り越え友の亡骸を踏み越えて、最終的に俺が待ち受ける何処にあるのか分からない最深部にまで到達、出されたクイズに正解した誰かが出たらイベント終了だ。ちなみにダンジョンは百五十階構造的な何かだから、長引く事を見越して祭りの期間は三日とする』


 はっきり言って、この時点で参加しようと思った国民は少なかった。それも圧倒的にである。

 問題なのは、何と言っても今回のテーマだろう。

 探求はまだ分かる。内容が迷宮ダンジョンの攻略なのだし。

 しかし理不尽と危機一髪というのは一体どうなのだろうか。

 それに百五十階構造的な何かってなんだよ、と思わなくもない。

 流石に挑もうと思うのが少数なのは、ここまでの説明では仕方がない事だった。


『亜空間内は膨大な広さがある上、八十階を境として、それ以降の階のトラップは正に鬼畜マゾゲーレベルになるから、気ーつけな。流石に俺もこれは悪趣味過ぎたか~と思ってるレベルだから。

 ただ、八十階までなら我こそは! って奴じゃなくてもそこそこ楽しめるようになってるから、気になるあの子とか誘って行けば、吊橋効果で今までよりもグググっと急接近! ってなる可能性は高いだろう。まあ、一種のアトラクション的な何かだね。

 んで、つまりだ、俺が言いたいのは命短し恋せよ若人! 俺は君達の恋愛を応援しているぞ! って老婆心なのさ、割と本気な。

 さて、んじゃ無駄話は置いといて、何と言っても今回の目玉である賞品の紹介だ。今回は俺から言っても超豪華。

 三つの新作宝具進呈に加え、二週間の世界旅行ワールドツアーのペアチケットをプレゼント。さらにオプションリングには金貨千枚に相当するポイントが振込まれるし、最後にここでは何も情報を洩らさないけど、謎の賞品も一つ用意してある。

 それに参加してダンジョン内を散策していると、敵を倒したり宝箱を開けて手に入れられるレアアイテムを回収した者は、そのレア度によって値段は違うものの、一定数以上のマネーが入るようになっている。しかもその他のアイテムも持ち帰れるから、何が出るかお楽しみって事で』


 先ほどまでとは一転してここまで聞くと、今回の祭りに参加しようと思った者が国民の半数以上にまで増えていたというのは、仕方がない事なのかもしれない。そもそもカナメがこんな風になるように仕組んだのであるし。

 しかし丁度終わらせなければならない仕事がある者や、自分の戦闘能力に絶対の自信がない者にはまだ踏ん切りが付かない者も居たというもまた事実だった。

 何時も使っている自分本来以上の力を引き出してくれる装備品を使えるのなら、まだ出る事も選択肢として在ったかもしれない。

 だがしかし、今までの祭りイベントを振り返れば分かる事ながら、装備は必ず何らかの規制が掛けられていた。

 分かりやすくピックアップすれば殲滅部隊<不接触の禁箱パンドラボックス>の外骨格や、近接戦闘に置いては最強の一角と名高い<使徒八十八星座プトレマイオス>の聖鎧アムリタ。アヴァロン最強の魔術師部隊<魔が討つ夜明けハルピュイア>の隊員が使う、複数の強力なバックアップ機能を持つレッドクィンシリーズなどだろう。

 あれらは祭りイベントで使うには、少々物騒過ぎるのだ。無論、例えに出したモノ以外にもアヴァロンには強力な補助魔具が幾つもある。

 だが、今回はそこで諦めていた者たちにも、救済の手が降りて来たのである。


『それと、今回使用できる装備に、際限は無い。レッドクィンシリーズを使おうが黄金聖鎧を着て挑もうが、外骨格を纏ってカチコミしようが規制は一切無しだ! 完全に武装解禁とする! 全力で挑んで来い。というか真正面から来るなら全力じゃないと攻略は出来ないから、そのつもりで。

 しかも祭りの期間中は、どんなに重要な仕事を持っている奴等でも仕事は朝十一時までで強制終了だ。どんな役職の者もそれ以降は休みにするから、巨大スクリーンに映される予定になっている祭りの見学をするのもいいし、実際に出ても構わない。寝るも休むも何でも自由に過ごせばいい。ただそれでも仕事がしたいと抜かすならその意思も尊重するが、休んで咎められる事はないから安心するように。

 後は、ああ、そうそう。怪我をしても後味悪いしその後の業務に支障をきたすから、今回は全面的にHPヒットポイント制度を導入している。

 どんなに戦闘続行が可能な状態でも、回復せずにダメージを受け続けてHPが全て無くなったらゲームアウトするって仕様だ。これができるのは門を潜ると参加者は生身ではなく、偽身体アバターに意識を乗り換えて挑んでもらうからこそ、そんな事が出来るんだけどその詳細な説明は省く。

 装備も感覚もそのままで、怪我をしても痛みは無い仕様だから老若男女参加可能なり。ダメージを喰らっても部位がちょっと熱く感じるだけだが、四肢の欠損があったりすれば流石に動かせなくなる、立体感溢れるゲームだと解釈して問題ない。

 後は……ああ、そうそう。祭りの期間は三日だから、例えば一日目で六十階まで到達し、しかし敢えなくも敵の攻撃かトラップによってHPが零になったとしよう。そうなるとまた一階から挑まなくてはならないと思うかもしれないが、翌日また門を潜ると倒れた場所かその手前から始められるようになってるから安心しな。あと、各階層毎に誰か一人でも進めたら、後続もそこまで特定の装置に乗れば跳べるようになっている。まあ、その分レアアイテムの取りこぼしとかはあるだろうから、俺としてはおススメはしないけど。

 あと、人数が人数だけにダンジョンは広大だし、ルートは無数にあるから、隅々まで散策する事を進めるよ。支給される地図には乗らないけど、危険なルートを通らなくても俺の近くまで素早く来れるルートも幾つか造っている。運が良ければ、誰だって俺の所まで来れるって寸法さな。しかも俺のクリア条件はクイズだからな。誰かが賞品を取れる可能性は十分にあるかもしれないぞー』


 不敵な笑みを見せるカナメの姿を、アヴァロンの国民はじっと見つめた。

 適当そうに見えるモノの、しかしカナメがこのような不敵な笑みを見せる場合は大抵、嘘ではない、事が多い。

 ゴクリ……と誰かが唾を嚥下した。

 それが待ち受ける未知に対する好奇心から来るのか、カナメ曰く鬼畜マゾゲーレベルのトラップが待ち受けている、という恐怖から来るモノなのかは判断に困る要因である。

 その為、アヴァロン中に何とも言えぬ高揚感というか、決戦前の緊張感にも似た空気が張り巡らされていくのは至極真っ当な流れなのだったのかもしれない。


『んじゃ、取りあえずここまで。説明するのが面倒になったからじゃないぞ。詳細なルールはオプションリングで閲覧可能だからここでは大雑把に言っただけだ。後は各個人でルールを読んでおくように。んじゃ、登録をしないと参加出来ないから忘れるなよー。以上、終了』


 ブツリ、とオプションリングから投射されていた映像は途切れた。

 そして、国は俄かに騒がしくなっていった。








 ■ Δ ■








「ってことなんだけど、セツナも今回の祭りに参加してみる?」


 マイクを元居た場所に置き、カメラのスイッチを切ってから、魔術礼装の一種であるソファに腰掛けていたセツナにカナメは問いかける。


「うーん。そうだな……カナメは、私にどうして欲しい?」


 コクコクコク、と普段の凛々しい姿からは想像し難い程の可愛らしい動作で、向かい合って座っているポイズンリリーに差し出されていた紅茶を飲んで喉を潤してから、真っ直ぐカナメを見ながらセツナは小首を傾げた。

 その動作に一瞬だけカナメが呆けてしまうと、鋭い視線が心臓の辺りを射抜いて行った。

 怖くて視線の発生源を見ない様にカナメは努めたが、明らかにポイズンリリーが座っているソファからである。

 冷や汗がタラリと頬を伝う。

 執務机でセツナやポイズンリリーからはカナメの上半身の一部しか見えないのが救いだが、微かに膝が恐怖で震えていた。

 流石にそのような見っとも無い姿を晒す訳にはいかないだろう。


「セツナ様、優柔不断なカナメ様としては、セツナ様が攻略者として参加するよりも、味方として参加して欲しいらしいですよ。それにその方がアヴァロンの中でも厳選された実力者と戦う回数が増えますし、セツナ様のストレス発散にも丁度いいかと」


 いや、まあ、確かにそんな事を考えてましたけど、何故お前が言うんだリリー、とカナメは内心思わなくもないが、訂正する部分がなかったので口には出さない事にした。

 どんな反応が返ってくるのか怖かったからとも言う。 

 

「そうか……なら、私はカナメサイドで参加しようかな。それでいいか、カナメ?」


「ん? あ、ああ、そうだな。それがいいだろうな。んじゃあ、セツナは~……百階辺りのフロアボス、でいいかな」


 今回俺が思い描いた迷宮ダンジョンは、参加人数が凄い事になりそうなので幾つものエリア――火山とか密林とか海岸とか洞窟などなど千差万別――に分けられているのだが、宣言通り八十階以降はガラリと階全体の難易度が跳ね上がっているし、更には一つの新要素が導入されている。


 それが、フロアボス制度である。


 フロアボスとは、普通に進めば大体攻略者の半数がぶつかるようになっているルートに待機している、超強敵キャラの事だ。

 これには主に、料簡りょうけんを広める為に旅に出している機玩具人形やリリヤとアリヤなどの非戦闘用として造った機玩具人形を除いた残りの機玩具人形――ポイズンリリーとかルシアン達の訓練を担当するようになっている特攻駆逐型のウールブヘジンなど――で担当するようにしている。

 ただ国内に残っている戦闘特化の機玩具人形の人数が少ないし、ギルベルトの専属護衛として付かせているアウトサイダー――通称アイなどは面倒臭い、とか言って出たがらない者も居るだろうから、フロアボスは十階に一体の割合になってしまうだろうけど、まあ、問題はないだろう。


 攻略者の数を充分過ぎるほど減らせるだろうし。


 それに何と言っても機玩具人形最強の長男を、俺の一つ前に構えさせるつもりだし。

 まあ、フロアボスとか言ってる時点で大体予想ができるとは思うのだけれど、つまりはそう言う事である。

 

「まあ、<白銀の抑制環ドローミ・リング>を装備してるってのもあるだろうけどさ、それでもセツナとも互角に戦える奴等が来るだろうから、存分に楽しめると思うよ。さて、俺はちょこっと仕事をしますか……」


 そう言って、カナメは小さなため息を付きながら、執務机に小高く積み上げられている書類の山を見た。

 書類の高さは小山程度ながら、それでもカナメが普段こなしていた量よりは幾分か多かった。

 優秀な部下に大部分を減らさせているとはいえ、これら残った書類はカナメの判断を要する重要な案件ばかりなのだ。

 こればっかりは、仕事をしなかったツケだと思うしかなかった。


「じゃあ、ちょっと俺はこれを手早く終わらせるから、リリーとでも話しててくれ」


「ああ、分かった」


「畏まりました」


 セツナとポイズンリリーからの返事を聞きながら、カナメは机に仕舞い込んでいた二つの処務専用ツールを取り出して、それを頭部と両手に装着した。

 ちなみに装着した専用ツールとは精神集中を促し思考速度を速め、過去の記憶をいち早く呼び覚ましてくれる歌を流す能力を持った作品――<癒し声の紡ぎ手セイレーン>という名のヘッドフォンと、<自動書記手袋オートハンド>という名を持つ、装備者の意思通りに文字を書いてくれる書類消化並びに作業効率向上に大いに貢献してくる作品達である。

 これらを付けて十日ほど勉強すれば、その後どんなアホな子でも忽ちに秀才へと進化する事請け合いだし、書くのに装備者が力を込めなくても手袋が自動的にしっかりとした力強さで文字を書いてくれるのは利点だし、ペンを書きたい場所に持って行くだけでいいというのも重要なポイントだろう。

 そしてそんな二つの専用ツールを装着した俺の意識は目の前の紙と手にしたペンと自己のみに集約され、外からの干渉を一切寄せ付けなくなったのだった。









 ■ Δ ■ ナノー








「さて、セツナ様。質問なのですが、カナメ様の事をどんなふうに思っていますか?」


 カナメが書類に向き合った瞬間、目の前に座っているポイズンリリーさんは唐突に、しかし真っ直ぐな瞳で私を見た。

 何故かカラカラと喉が渇いて来たので、咄嗟に私は机に置いていた飲みかけの紅茶を口にした。

 飲んでいる最中でも向けられたままの無機質な紅い瞳が、まるで私の心の奥底まで覗き見るような、そんな緊張感に満ちている。

 紅茶を飲み干してコップを置いてもポイズンリリーさんが私から目を話す事は無く、私も私で一度絡み合った目と目を放す事ができなくて、しばらくそんな状態が続いた。

 何の前振りも無く、心構えとかが出来ていなかった私は、自然と溢れて来た唾を飲み込むにも苦労しながらも、しかし一度重なった視線を外さない。

 目を逸らしてはいけないと、何となく思ったから。

 そう思った理由は分からない。


 それは、直感に近かったからだ。


「どう思っている、というのは?」


「そのままの意味ですが、回りくどい表現を無くして言いますと、セツナ様がカナメ様に好意を抱いているのかそうでないのか、と質問しているのです」


 実にストレートだ、と私は思った。無意識の内に苦笑いが零れたかも知れない。

 彼女の発言で、おおよそ何を思い私から何を聞きたいのか察しがついた。つかない筈がなかった。

 まず間違いなく、彼女ポイズンリリーはカナメに好意を持っているのだろう。それも産みの親に対する親愛と言うよりも、男女間の愛に近い感情を。

 出会ってからまだ数時間しか経っていないし、会話をしたのだってそう多くはない彼女の事を、私は何となく理解し始めていたのかもしれない。 

 まあ、私も同性にそのような感情を向けられた事があるからこそ、今回察せれたのかもしれないのだけれど。


「…………」


 そして、ポイズンリリーの質問に対して私は即答する事ができなかった。

 カナメの事は嫌いではない。寧ろ近くに居てくれるだけで安心できるというか、傍に居てほしいとは強く思っている。それは嘘も偽りも無い事実だ。今もカナメが近くにいて心が安らいでいる。

 だけどそれは、カナメがこの世界でただ一人、私と同じ世界の人間だからこそ、そう感じているだけなのかもしれない。カナメ個人に対して感じているモノではないのかもしれない。

 目の前居るポイズンリリーのように、純粋な思いをカナメに向けていないのかもしれない。

 だから私の思いが一体どういったモノなのか私自身ハッキリと分からなくて、私は言葉に出来なかった。適した言葉が思い付かなかった。

 それに苦労して思い付いた言葉も、こんな中途半端な状態で、口にしていい言葉ではない様に思ったからでもある。


「<癒し声の紡ぎ手セイレーン>を装着している上に、私が<限定音響リミットボイス>を発動させていますから、カナメ様には絶対に聞こえませんし気付かないでしょう。ですから今ここで本音を吐きだして貰いたいのですが……どうやら貴女自身、抱いている感情がどんなモノなのか、分かっていないようですね」


「……確かに、私がカナメに対してどんな思いを抱いているのか、私自身よく分からない」


 的確に急所を突いてきたポイズンリリーに反論できるはずもなく、私は軽く俯きながら心境を漏らした。

 ――でも、


「でも、カナメの近くには、居たい。近くにいて、話しをしたい」


 それだけは、確かだった。

 弱い私が、カナメの優しさに依存しているだけなのかもしれないけれど、でも、近くに居たいと思うのもまた、嘘偽りのない事実なのだ。


「そうですか……なら、私としてもカナメ様に危害が及ばない限り、近くで見守らせてもらいます」


「……ポイズンリリーは、それでいいのか?」


「問題ありません。長年カナメ様と連れ添ってきましたが、セツナ様と話している時のカナメ様は安らげていますし……」


「そうなのか?」


「そうです。一番近くで見守ってきた私が言うのだから間違いありません。ですが――」


 ポイズンリリーはそこで一度言葉を区切り、一拍置いてから本音を吐露した。

 その言葉一つ一つから、率直な彼女の思いが伝わってくる。


「もしセツナ様がカナメ様を傷付けたのなら、例え何があろうとも私は貴女の首を獲りに行きます。これは誓い、ですね」


 ピシリ……と机に置いていた空のカップに小さな亀裂が走った。

 殺気にも似た重圧で、奥の見えない奈落の扉が開いたような、そんな錯覚が置きそうな空気が部屋に充満する。まるで凶悪な魔獣が自分の喉元を噛み千切る寸前まで接近し、熱い吐息が首筋に吹きつけられている状態のような、嫌な汗が私の背中を伝った。いや、全身から嫌な汗が噴き出している。

 だというのに、この部屋を覆う濃厚な気配の全てが、一見すると華奢なポイズンリリーから発せられているというのだから、何の冗談かとも思うかもしれない。だがしかし、彼女ポイズンリリーは見た目を裏切った存在であり、戦術ミサイルに匹敵するかもしれないほどの強力な兵器なのだ。

 だからこれぐらいは普通なのだろう。


 でも、負けたくない。私はそんな思いを強く抱いた。


「……なら、私がカナメを傷付けたその時は、」


「おーし、終わった~!」


 作業をしていたカナメが大きく伸びをしながら声を上げた。声に驚いて私は反射的にそちらを見る。

 作業を始めてからまだそんなに時間は経っていないはずなのに、執務机の右側に積み上げられていた小さな白山は左側に移動していた。

 どうやら本当にあれだけの量をこの短時間で終わらしたらしい。

 数百年も続けていた事だからここまで早くできる様になったのだと思うのだが、それにしても呆れるほどの作業スピードである。

 会話をせず、カナメの様子を見ていたらどのようなのやり取りがあったのか見る事が出来たという事実に気が付き、ちょっとだけ後悔した。凄く見てみたい。

 まあ、先ほどまでの空気では余所見などできるはずがなかったのですが。


「ん? どうしたんだ二人とも」


「いえ、少々カナメ様の恥ずかしいエピソードを面白可笑しく在る事無い事織り交ぜてセツナ様に語っていた所ですが、何か?」


「いや、何か? じゃないから。なに人の恥ずかしい事を、しかも面白可笑しく在る事無い事織り交ぜてって、それただの誹謗中傷とかそんな感じじゃないのか? それか明らかに登場人物を俺に絞って造られた嘘話だろ!」


「いいえいいえ、そんな事はありません。カナメ様に対してだけは、ギャグ、で済まされますから」


「済ますなよ!! そこは済ませちゃいけない部分だろッ!」


「ふッ……冗談ですよ。そこまで必死になっては逆に可哀そうです」


「いや、リリーのは冗談じゃない場合が圧倒的に多いから信用できないからッ! ぜんっぜん信用ないから! というか鼻で笑う奴に対してどう信用しろと!? 無理だろッ」


 目の前で織りなされていくのは……コント? なのだろうか。まあ、しかし、実に自然体な二人のやり取りを眺めながら、私は小さく微笑んだ。

 そして微笑んでいる自分に、気が付いた。

 何故だろうか。

 カナメ達が近くにいると、この世界に来る前みたいに、極自然に笑えている自分が居る。

 虚偽に塗り潰されていた少し前の笑顔が、既に幻のようになっていた。

 未だに私の気持ちがどういったモノなのかは分からない。

 でも、答えが出るまでの間は、この心地よいカナメの傍に居たいと思う。

 例え未来に後悔や苦難が待ち受けていようとも……だ。


「こら二人とも、私を放置して盛り上がるな!」


 でも今は、私は心地が良い空間に入らせてもらっている客人でしか無い。

 だから私は、自分から温かい空間に飛び込んでいった。


「ああ、セツナ様。ちなみに私の事はリリーとでも呼んで下さい。その方が楽ですし」


「そうか。なら改めてよろしく、リリー」


「こちらこそ」


 うん、やっぱり、温かい。


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[一言] 未来にあるかもしれない苦難は恋愛戦争かなww
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