第二十九話 騒乱の始まりは激動と共に
視界の右側にはレアスキルであり、肉体強化系の中でも上位ランクに分類される<拳剛家>を所持する者だけが入る事が許される、とある特殊な部隊がズラリと整列していた。
この部隊を構成する人材は、人間や魔族といった種族間にある亀裂など関係なしに共存しているアヴァロンらしく、人間魔族が入り乱れた混成部隊である。というか、アヴァロンには種族による差別はない。
半分近くが半人半魔だからというのも若干関係はしている。
ちなみに、レアスキル<拳剛家>を持つ以外に一つだけ、その隊には入るのに条件と言えるようなものも存在していた。
――優秀である事。
ただそれだけだ。
「これはまた、豪勢な事を……」
思わずため息が漏れる。
アヴァロンの人口は約十四万人程なのだが、彼または彼女らはさっきも言ったように、その中でも抜きんでた実力者揃いなのだ。
彼らは種族は勿論、男女といった性別も関係はなく、幾度もある厳選な審査と試練をパスした精鋭達であり、一振りの刃だ。そしてそんな精鋭のみで構成されたのが、視線の先に居る部隊である。
部隊名は<使徒八十八星座>。
アヴァロンに数十ある戦闘部隊の中でも、事近距離戦闘においては無類の実力を発揮する最強の一角、と名高い部隊の一つ。
<使徒八十八星座>の人数は部隊名にもあるように八十八名であり、一部隊としては小隊以上中隊未満と少ない。
しかし前にも言っているように、少ないからこそ個人個人に求められる力量は極めて高く、隊の中で一番弱い下級兵であったとしても、魔獣ランク――魔獣の強さを示すランクは上からイ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・トの七段階と俺が定めた――で、上から三番目に当たるハ級の魔獣と単独で互角以上に渡りあう事ができる実力者に限られる。
普通のニ級の魔獣を倒すのにさえ、普通なら武装した十数人が集団で戦ってやっと互角という程なので、<使徒八十八星座>のコンセプトは少数精鋭、であると理解できるだろう。
そして常に力の向上を図るために、隊の中でもその強さによって明確な実力差による三段階の階級に分けられている。
<使徒八十八星座>の隊長格であり、魔獣最強と名高いイ級の竜種を時間が掛かろうとも単独で屠れるだけの実力――ココまで来ると人間や魔族と言うよりも、竜巻や津波といった災害レベルの存在に近い――を持つ十二人には黄金の称号を。
イ級の竜種を単独では倒す事はできないが、ペア以上で挑めばギリギリ勝率が発生し、イ級から一つ下にあたるロ級の魔獣には単独で勝てるだけの実力を持つ二十四名には白銀の称号を。
本来なら自らの肉体のみを武器とする<使徒八十八星座>の中で、黄金の一部例外を除いて唯一、少数ながらも星雲ノ鎖と呼ばれるモノや円盤などの武器のような装備品を扱う者が存在し、単独で上から三番目にあたるハ級の魔獣を屠れるだけの実力を持つ五十二名には青銅の称号が与えられていた。
この階級は上の者に月一の総合訓練で勝つか、もしくは下の者に負けるかで変動する仕組みになっている。
もっとも、細かい順位も決められていて、その入れ替わりは良くある事なのだが、階級が入れ替わるというのは殆どないのが現実だ。
そして彼らに与えられたのは称号だけでなく、その身を包む鎧型の宝具についても言わねばならないだろう。
鎧は三色の称号と同じ色合い――つまりは黄金、白銀、青銅の三種類――で分類され、やはり位が高いほど強固で防御する範囲も大きく、何よりも神々しい輝きを放っている。
鎧の名は聖鎧。
<使徒八十八星座>の隊員はひとり一人何らかの星座を関する名を持ち、星座を模倣し造られた聖鎧はその象徴なのだ。
聖鎧は稀少金属か、あるいは俺だけが生み出せる神金鋼塊によって造られた軽く強靭な金属性の鎧であり、聖鎧には自己修復機能を組み込んでいるので造った当初と同じく傷一つない状態を保っている。
ちなみに今の時間は太陽が活発に活動している時間帯で、空には白雲など一切存在していない蒼穹が広がっていた。
そのため、聖鎧が太陽光を反射させて、金銀青銅の輝きを放っていたのは仕方のない事なのだろう。
「うわ……凄い……。けど、眩しい」
その輝きは神々しく、俺のすぐ後ろで<輝舟>からアヴァロンの広大な飛行場に降りている最中であるセツナから漏れでた感嘆とため息からも、この光景の一端は想像できるのではないだろうか。
ただ、ハッキリ言って凄く眩しいのはどうにかして欲しい。
鏡で太陽光を自分に集中されている気分がするのだ。
ちなみに<使徒八十八星座>が着ている八十八種の聖鎧は、大体三百八十年ほど前に造った作品だ。
なのに今だに一つとして消失する事無く現存している自信作と呼べるシリーズの一つであるのだから、こうして眺めるのはそこまで悪くない気分なのは確かだ。
だが眩しい。繰り返すけど大量の鏡で光りを集中させられているような錯覚がするのだ。
眩しくなったので目線を<使徒八十八星座>から左側に逸らすと、其処にも<使徒八十八星座>に負けないくらいの豪勢な軍勢の姿があった。
近接戦闘に特化させた部隊である<使徒八十八星座>とは対照的に、相手の射程の外から一方的に大規模魔術による広域破壊を行う、アヴァロンの遠距離砲台としての役割を持つ魔術師集団<魔が討つ夜明け>である。
<魔が討つ夜明け>の総数は、<使徒八十八星座>よりも若干多い百三十名。
これも一部隊としては少ない部類に入るだろう。
だが<魔が討つ夜明け>の構成員は、その全員が全員、中級以上の実力を誇るエリートばかりだ。
他国であれば、普通に宮殿務めの要職についているようなレベルである。
それが百三十名も居るのだ。
その気になれば他国の首都の一つや二つ、一時間と掛けずに落せるだけの戦力に相当する。
「帯びた魔力濃度から魔術師だとは思いますが、あの方達の杖? の奇妙な形は一体何ですの?」
後方で疑問の声が上がった。
口調と声からして、フェルメリア嬢だと簡単に推察できる。
まあ、アヴァロンの魔学についての知識など一切持っていないフェルメリア嬢が理解できないのは仕方がないだろう。
あれもアヴァロンが秘匿している技術の一端なのだし、一目見ただけで看破できるような雑な仕組みはしていない。
最も、それでも外に漏れても模倣できないレベルの技術を使っているので、知られても別段問題ないのが現実ですが。
『あれは各個人が自己の魔力を特殊な術式を用いて弾丸状に圧縮封入させて、魔弾と呼ばれる魔術触媒を生成し、それを纏めて弾薬筒とし、杖などの補助魔具に装填。後は魔術を使う度に触媒を解凍・消費させる事によって、瞬間的にですが魔力量に物を言わせて魔術の効果を飛躍的に上昇させられるアヴァロン産の杖です。
それに<魔が討つ夜明け>の隊員が扱うのは基本的なカートリッジシステムに加えて、素早く魔術の発動を可能にする固定魔術膜変換システムを導引し、集団戦として陣形が組まれているので味方同士による魔力共感誘導システムを採用しています。
さらに集団戦だけでなく、個人の魔術の質の向上を図るために属性反響増幅システムを追加し、その他にも多目的サポートアバターを宿している、甲種乙型多目的機能搭載型補助魔具――通称レッドクィンシリーズですね。
あの杖を使うだけで、三流魔術師も一流魔術師の仲間入りです』
フェルメリア嬢の疑問に対して誰かが補足を入れた。説明したのは、独特な響きのある中性的で優しい声だった。
彼女は今だに<輝舟>の中なので、十中八九というかまず間違いなく<輝舟>を管理・運用している電子精霊<揺り籠の船主>――通称アシュアが答えたのだ。
疑問には律儀に答えを返すのはアシュアの美点ではある――そんな設定にしたのは俺だが――が、繰り返す事になるがまだフェルメリア自身がアヴァロンの技術について何も知らない状態な為、その返答によってフェルメリアの疑問符が増えるのは、至極真っ当な流れだと言える。
フェルメリア嬢が見ている光景は、今まで暮らしてきた世界の知識程度では到底理解できる範疇じゃないのだから。
というか、アシュアに聞きたい。
先ほどのセツナとのやり取りもポイズンリリーに包み隠さず教えていたというのは、一体どう言う事なのだろうかと。
そのせいで俺がどのような責め苦を短時間に集約されてしまったのかと。
いや、まあ、俺が正直に言う様にしているのが原因ですが。
だからあの時ほど、本気で改良と改造が必要かもしれないと思った時は無かった。
「カ、カートリッジシステム? フィルターチェンジシステム? い、一体なんですのそれは。しかも三流魔術師が一流魔術師クラスにですって!?」
「あー、今説明しても分からないだろうから、一々気にしなくていいよ。おいおい知って行けばいいから」
とりあえず効果が少ないと知りつつもフォローを入れてから、俺は左右に展開している両隊から、その中央に展開しているとある部隊に視線を向けた。
丁度目の前なので、その威風堂々とした姿を真正面から見る形となっている。
中央の部隊名は<不接触の禁箱>。
パンドラとはギリシャ神話に出てくる女性で、『開けてはいけないもの』、『禍いをもたらすために触れてはいけないもの』とされていた箱を開け、世界に疫病や犯罪、悲嘆に欠乏などを解き放ってしまった女性の名だ。
<不接触の禁箱>は正に、接触した敵にとって災害や災悪以外の何者でもない存在である。危険性とか含めて、決して名前負けをしていないのだ。
その実態を簡単に説明すれば、<使徒八十八星座>も<魔が討つ夜明け>も、俺の趣味によるモノが多分に含まれている部隊である。
しかしながら、<不接触の禁箱>は群を抜いて趣味に走った結果の成れの果てなのだ。趣味百パーセントと言ってもいい。
<不接触の禁箱>の構成員は総数七名とどの部隊よりも少ない。
だが、彼らの標準装備は最早防具とか武器というよりも、率直に言ってスーパーアーマーか、もしくはロボットなのである。
一応隊員は人間三人に魔族四人という振り分けなのだが、半年に一度ある他国との模擬戦争――無論模擬とは言ってもそれは此方がそう思っているだけで、アチラさんは全力で此方を殺しに来るのだが、しかし両方に死人が出た事は今の所数えれる程しかない――も、彼らが出れば即終結という結果しか存在しないのだ。
小さなガムダンとかASとか、そんな感じを思い浮かべてほしい。
あれに生身の人間または魔族が勝てるかという話なのだ。
「……なあ、カナメ」
「ん? 何だいセツナ」
「あれは、この世界には似つかわしくないシロモノだと思うのだが」
「それを言うなら俺達みたいな存在は、全部この世界に似つかわしくないシロモノさ。あまり深く考えない方が、楽でいいよ」
機体名は様々だが、おおよそ人間が乗る機体の方を強化機人外骨格、魔族が乗る機体の方を強化魔人外骨格と呼んでいる。まあ、長いので皆機体名を呼ぶのだが。
というか、名称自体テキトーに付けた奴だから覚えなくて全然問題ない。
寧ろ蛇足だ、こんな情報なんて。
「鋼の騎士に似た機体と、妙に生物染みた機体の差は一体何なのだ?」
「あれは一目で種族が分かるようにしてるのさ。鎧を着た騎士みたいな風貌のは人間が、獣人とか異形の方を魔族が操縦しているんだよね。白兵戦では騎士が、その他では魔人が秀でてるんだ。平均的にはだけど」
外骨格の操縦空間は、高さが平均五メートル程機体の胸部内にある。
そこには背部から出入りできるようになっていて、後はそこで身体が動かない様にクッション性に富んだ拘束具で固定し、手元にある起動スイッチを押せばいいだけ。
ちなみにガムダンのようにボタンが沢山あるのは流石に扱い難いという事で、自分の身体を動かすとそれに連動して操縦できるセミ・マスター・スレイブシステムを採用。
しかし生身の身体よりもかなり大きくなっている上、微かな操縦者の動作も可動領域が狭い機体内の制限を解消する為に、機体は操縦者の動きを設定された数値分大きく動くようになっている。
設定が3だと、操縦者が腕を30度動かせば、機体は90度腕を動かすと言って具合。
その為慣れないと無駄な破壊を招く恐れがある。というか無駄な破壊しか齎さない。
強力な外骨格を使いこなすのにも、当然ながら濃厚な訓練が必要なのだ。
もっとも、それを乗り越えれば後はほぼ敵無しである。
それぞれの機体の特性や操縦者によって得意とする分野があるものの、標準装備にはある種の力場を形成する事により魔術攻撃・物理攻撃双方に対処する防御機能とか、広域破壊から部分破壊までこなす多様性のある攻撃機能。
半径数キロまでなら何処に何があるのは詳細に分かる索敵能力や、不可視になるステルス機能を搭載している上に個人武装てんこ盛りと、それはもう相手にとってはイジメとしか言えない仕様になっているのだ。
それに外骨格に使用されているのは機玩具人形と同じ特殊生体金属なので、何もせずに突っ立っているだけでも、この世界の攻撃では一部例外を除いて殆ど損害を受ける事も無い。
魔術はある一定のレベル以下は無効化するし、多分砲弾とかを直接至近距離で撃ち込まれても問題ない位の強度はある。
まさにチート。これに関しては、一機で国崩しは保障できます。
まあ、他の部隊も似たようなモノだけれど。
と、今俺の視界の中ではアヴァロン三巨頭というか、一つの部隊だけでも十分国崩し――とは言っても全員俺の作品を使用しているので、反乱したら一瞬で叩き潰せますが――が行えるだけの戦力が三つも揃っている訳だ。
俺達の出迎えにしては豪華にし過ぎだし、そもそも俺が呼んだ覚えはない。こんな豪勢なのは俺の趣味に反する。
だからつまり、右方の<使徒八十八星座>に、左方の<魔が討つ夜明け>、そしてアヴァロンの中でも抜きん出て総合能力が高過ぎる殲滅部隊<不接触の禁箱>を集めたのは、階段の終点に陣取っている大臣集団なのだろう。
というか、あいつ等くらいしか動かせる権限持っているの、居ないのだし。
と、ここで俺はレアスキル<断定者>を発動し、何故こうなったのかを知るために、瞬時に情報の収集を始めた。
そしてレアスキル<超速思考者>により、僅か一秒で読み終える。
ちなみに情報を読み取ったのは、一番前で書類を片手に待ち受ける左大臣アイデクセスだった。
(ああ、やっと来たんだ。来るなら来るで、さっさとしろって話だよまったく)
読み取って、初めに俺が抱いた感情は、沸々と湧き上がる苛立ちだった。
前々からアイデクセスがアヴァロンの力を使って世界征服し、全世界の文明を更に進化させたいと考えていたのは知っていた事だが、このタイミングで来るのかと俺は内心で舌打ちした。
これからセツナと色んな所に旅行に行ったりして、クソッタレなこの世界も捨てたもんじゃない、と思わそうと考えていたのに。
その計画が全て遅れる事になる。
ああ、面倒だ。
普段ならアイデクセスの企みに乗るのも吝かではなかっただろう。というか、ある一定の範疇までは黙認してもいいかと考えていた。
何と言っても公式に休みがある訳だし。楽したいと思うのは人間の心理上仕方がないと思う。
まあ、俺の仕事は優秀な部下達によって大幅に少なくするように工夫しているんですがね。
「……ッち。しゃーない、やるか」
だというのに、アイデクセスのこの空気の読めなさは一体どういう事だろうか。
仕事ができるのに、何でこんな些細な気遣いができないんだ愚か者め。
愚痴を言い連ねれば幾らでも思い浮かんでくるが、一応セツナが居るので偽りの表情を被っておいた方が得策だろう。
セツナのユニークスキル<唯一なる神の声>の能力は口で捕食しているので心の声が漏れる事はないが、俺が不快感を露わにしていてはバレる可能性が高い。
セツナは意外と勘がいいのだし。
「ん? 何かするのか?」
「祭りだよ、セツナ」
俺の呟きを逃す事無く拾ったセツナが小首を傾げた。
咄嗟に出た祭りという言葉だったのだが、祭りといって相違ないだろう。
そう、これから始まるのは祭りである。
ただし、これから始まる祭りの本質は、俺があえてつくる様にしていた変化の芽を刈り取り、そこに若々しい新芽を植えていく作業なのだが。
■ Δ ■
「で、用件は?」
階段を降り切ってアヴァロンの真っ平らな飛行場に降り立ち、そこで待ち構えていたアイデクセスのお世辞を聞くよりも先に、俺はそう問いかけた。
ちなみにあまり話を聞かれたくないので、セツナやポイズンリリー達には少し離れた場所で待機させている。フェルメリア嬢やルシアン達は緊張のあまり声が出ていないのか、静かに小さくなっているのには若干笑みが零れそうになるが、それは止めておいた。
ここから先はちょっとだけ真面目に行こうかと思ったからだ。
ただ、離れさせたとはいえ、セツナの聴覚だとまず間違いなくこの距離だとどんなに小声でも聞かれてしまう。
なので空気の膜を造って一時的に音の伝達を遮断する作品を造る事により、完全に聞こえなくしている。
一応読唇術も警戒して、色の入った空気を混ぜておいた。
「帰って早々、私達が何かを言う前にそんな事を言うのですから、何がしたいのか分かっておいでなのでしょう、王よ」
「たりめーだアイデクセス。俺が何百年生きてると思う」
「そうでしたね」
恭しく頭を下げるアイデクセスに続き、その他の大臣や重役達も頭を下げて行く。
十数名居る重役達の中にはアイデクセスのレアスキル<扇動者>によって操られ、自分の意思に反して味方している者がいるものの、そういった奴らを除く数名は、齎される利益を求めてアイデクセスにつき従っているのが既に<断定者>によって発覚している。
それがどいつもコイツも外から来た奴ら――基本的にアヴァロンは試験をパスすれば他国の王族だろうとも受け入れるようになっている――ばかりなのだから、いっそ清々しいまでに殺しても後悔は無いだろうと俺は素直に思った。
アヴァロン出身の奴らならともかく、外から来た奴に思い入れなんて殆どないしな。
亡命して来て高い地位についたモノだから、勘違いしちゃったんだろう。可哀そうに。馬鹿だなー、と俺は嘲笑を浮かべた。
ワザとそうしたのは他ならぬ俺であるが。
だから、まあ、操られている奴らはしばらくの減俸程度で済まそうかと思った。
流石にこれ以上刈り取ると面倒そうだからとも言う。
「さっそく用件ですが……」
「俺を裁判にかけて一時的に権限を取り上げ、その間に軍を出して世界統一、って話だろ」
「――ッ! さ、流石ですね、王。そこまでお見通しとは」
一瞬驚愕にアイデクセスの顔が歪むが、俺からすれば別段気にするモノでもないので冷たい視線を投げ掛けるだけに止めた。
俺は秘匿主義者だ。
本当に心を許した奴にしか大事な情報は洩らさんし、洩らしたとしても全てを話した奴はこれまで数えるほどしかいなかった。今生きている友人では、右大臣ギルベルトだけが深い所まで話せる仲の友人と言えるだろう。
そのためただの部下でしかないアイデクセスには、俺のレアスキルといった個人情報は一切教えていない。
だから当然、<断定者>の存在も知らないのだ。
あえて泳がされていた事についても同様である。
後ろに控える三巨頭が俺に対して意味の無いのもまた然り。
「こんな状況じゃなかったら俺も別にお前の考えなんて気にしなかったけどさ、お前、タイミング悪過ぎだ」
俺はあえてアヴァロンに騒動の種を巻き、その存在を時が来るまで手を出す事なく黙認している。その為アヴァロンの歴史を紐解けば、アイデクセスのような輩は何人か見つける事ができる。
何故わざわざそんな事をするのかと思うかもしれない。
しかし考えて欲しい。
流れが生まれない場所の水がやがて腐って行くように、大なり小なりの変化がなければ、組織とはただ腐り、壊死していくモノなのだ。繁栄していた帝国が、金で癒着し内部から腐って行く様を連想すればいいかもしれない。国民の平和ボケを防止したいから、でも意味は同じだ。
だから適度に騒動があって、適度に変化があって、適度に丁度いい大きさを保つ。
それが俺の政治方針であるからにして。
「俺は裁判は受けない」
「――ッ! ……しかし、法律には、」
「一々言わなくても知っている。俺が造った法律だ。釈迦に説法だと思え。ただだからこそ言ってやる、法律は建て前です」
俺の宣言に絶句する重鎮一同。
この国にとっては俺こそが法律であるというのに、何を驚くのだろうか、と若干疑問に思うほどの間抜け面である。
「よって、お前ら全員を国家反逆罪に処す」
次いで青ざめる重鎮一同。
今更怖くなったのか間抜けめ、と思わなくもないが、しかしこれはこれでただ潰すのは面白くは無い。
それに――
「と言って終わらせてもいいんだが、それじゃ面白味に欠けるな」
俺はイベントは回収するタチだし、最近国民サービスしていなかったので丁度いいのだ。
「だからゲームをしよう。無論国民全員を巻き込んだ大祭りだ」
「ゲ、ゲーム? 祭り? ですか? い、今はそのような場合ではなく……」
「黙れ。ハッキリ言ってアイデクセス、お前に選択肢は無い。ゲームに乗るか、乗らないかでお前の未来は即決するぞ? 乗ればまだ道はあるが、乗らないなら国家反逆罪で死ぬだけだ。
なら、俺がダンジョンを造って、お前がリーダーとなって攻略を目指すって単純明快なゲームに乗る方が得策だろうに。
当然俺は多彩なトラップを配置するが、その代りお前の駒はゲームに参加したいと思った国民全員。そこにいる<使徒八十八星座>の黄金十二宮もそうだし、何なら<不接触の禁箱>を全機投入しても構わん。<魔が討つ夜明け>を使うのだって当然アリだ。あいつ等が参加したいと思えばだがな。つまり強制すればその時点でアウトって事で。
勿論祭りだからダンジョンをクリアした者には破格の景品を用意するから、参加者の確保は約束する。あえて人数を集めないなんて姑息な手は使う気は無い。
装備だって自由にすればいい。まあ、それは<不接触の禁箱>の参加を許可している時点で分かっているとは思うがな。
で、最終的にダンジョンの最奥で待ち構える俺の部屋で、誰かが俺の出したクイズに答えられたら、お前の勝ち。答えられなかったら、お前らの負けだ。
簡単だろう?」
ポカーンとする重鎮等一同。だがまだちょっとだけ乗り気ではない様子。
確かに破格の条件に聞こえるかもしれないが、相手が俺なのだからまだひと押し足りないのだろう。
まあ、未来に花咲く為に日頃頑張っている文官達に仕事を押しつけて、くだらない密会をしていた奴らにはお仕置きをやらねばならんので、当然ローリクスハイリターンな条件に見せかけて絶対に釣りますが。
そう、今回の祭りはこいつ等にとって、本質的にはデスリスクノーリターンである。
譲るつもりは毛頭ございませんから、機玩具人形を投下する気満々である。
宝具フェスティバルとも言う。
「お前らが勝てば、アヴァロン自体好きにして構わん。俺を解任するもご自由に。アイデクセスが国王になってもいいだろう。世界統一や、貯蔵している財宝の消費も好きにしな」
そう言うと、重鎮等の誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえた。
喰らいついてきたか。
実質勝てばこの世界をあげますよ、と言っているようなモノなのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
これは強欲は身を滅ぼすという良い例だろう。
「ただし、負けたら当然だけど罰ゲームが待ってるからそのつもりで。ただ殺したりする気持ちはないから安心しな。絶対に殺しはしない。んで、作戦会議したいのなら、どうぞご勝手に」
どうでも良さそうにそう言うと、アイデクセスが率いる重鎮等は一ヶ所に集まってひそひそと会議を始めた。
重鎮等の半数はふくよかを通り過ぎた体つき――その多くは外から来た奴らだが――をしているのだが、作戦会議をしているこいつ等は、まさに肥え太った豚と豚が餌に集るような有様なのだ。
その滑稽な姿に、思わず嘲笑が漏れる。
「あ~あと集まってる全部隊に告げる。解散だ」
何時までもアホみたいに突っ立たせるのも気分が悪かったので、俺は全部隊に解散を大声で告げた。
うい~す、などと気だるげな返事が帰ってきた。
この声は恐らく黄金十二宮の中でも一、二を争う実力者の射手座のレイファン辺りだろう。
まあ、どうでもいいけどな。
◆ Д ◆ エー
「決まったか?」
「ええ。これなら私としても、安全かつ高確立で王に勝てそうな策が練れそうです」
嫌味を感じさせない微笑みを見せるアイデクセスだが、見ていると馬鹿になりそうだったのでサッと俺は視線を外した。
とりあえず今はまだセツナと話したいことが山積みなので、早く話を打ち切りたかった。
だがあえて心の中で言おう。
お前のその考えは角砂糖のように甘すぎるし、俺がそう思うように仕向けていただけですよ、と。
「あーはいはいよかったね~。じゃあこの後オプションリング経由で宣言するから、ゲームは明日開始って事で」
「承知しました」
話をそこで打ち切り、俺はパンッ! と軽快な音を立てながら合掌した。
脳内で思い描くのは、ダンジョンを造り出す宝具の設計図だ。
複雑に、かつ大人数を収容できるだけの広さが必要なので、微妙に位相がズレた亜空間を生み出す能力が最適だろう。
ダンジョンの会場には、亜空間に入る時に大人数が列を成せるだけの広さがどうしても必要となり、一キロ四方を平らにしている飛行場が丁度都合がよかったので此処にした。
作品は設置型の方がイメージし易いが、流石に数回ほどしか造っていなかったので時間がかかり、約十秒ほどの時を費やした。しかし出来れば後は合掌を解くだけで事足りる。
開放。
重ねていた掌の隙間から光りが零れ、俺はそれを薄目になってやり過ごす。
溢れ出る光が消えた後には、縦横五メートル程の巨大な門がそこに出来上がった。
無骨ながらも、しかし細部に至るまで細やかに細工が施されている。
「んじゃ、セツナ、さっそく行こうか。リリーはフェルメリア達の手続き、よろしくな」
「……畏まりました」
微妙に嫌そうな顔をしつつも、ポイズンリリーは頷いてくれた。
遠くから来る俺製の自動車を見ながら、さて、明日どうやって虐めてやろうかと若干微笑みながら考えを巡らせる俺は、間違いなくエスだろう。