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第二十七話 外話 巡らされる策謀。しかしその未来は既に決定済みで

「今こそ立ち上がる時なのだ!」


 ダンッ! と円卓が強かに叩きつけられる音が響いた。


 今この部屋には、ワシを含めこの国の重鎮ばかりが十数名、物々しい円卓をぐるりと囲みながら眉間に皺を寄せ、気難しげな表情で向かい合って座っておる。

 ただし皆の顔が気難しげなのは、この会議の議題に乗り気ではない者と、ただ純粋に薄暗いこの部屋の中では全てが見難い為に、自然と眉間に皺が寄っている者とに分かれておるからじゃ。

 ちなみにワシは魔族の中でも森と共に生きる優秀な狩猟種族である杢翁モクオウ族の端くれ――まあ、ワシは森から離れなければならなかった異端じゃが――なので、薄暗いこの部屋も昼間のように見えておる。


 そんなワシが眉間に皺を寄せているのは、先程の例えの前者、つまりはこの会議の議題に乗り気ではないからじゃった。


「何故我々は何時までも愚かな他国の為に、長き月日をかけて培ってきた技術の多くを秘匿せねばならないのか! そして何故我々のような高尚な存在が愚かしい者たちを導いてはいけないのか! 私はこの二つの事柄に対して、前々から大変違和感を抱いていた。

 しかし、しかしだ。この思いは私だけが抱いている事だけではないと思っている。私はここに集まって貰った全員、一度は私が言った事を考えた事があるのではないだろうか。いや、十中八九あるだろう」


 今回の会議の進行役であり、ワシの後輩で、共に国を支えていく同僚で、この会議の提案者である左大臣――アイデクセス・グラッドスートゥンは白銀のような輝きを見せる髪を激しく乱しながら、ここに集まっておる皆に熱く語りかける。

 アイデクセスはワシよりも二百歳ほど年下で、その才能と手際の良さから四十という若さで左大臣に就任した秀才じゃ。その手腕はワシも王も認めておる。

 アイデクセスは、仕事はできるやつなのじゃ。


 ちなみにこれはかなり蛇足なのじゃが、アイデクセスは左大臣に就任する以前、一文官として他国に交渉に行った際に持ちかけた交渉を蹴られた事がある。

 しかしそこまでは仕方ないとはいえ、暴走したその国の王に命じられた騎士に襲い掛かられ、あわやという場面で影から現れた機玩具人形七女にして双子のリリヤとアリヤによって命を拾われた。

 しかし命は護れたものの、その時片腕を斬り落とされて隻腕となった事があるのじゃ。もっとも、ワシらの国の優秀な医療スタッフはアイデクセスに新しい生身の腕を与え、斬られたという傷痕の一切を残す事無く治癒させてみせたのじゃが。

 いや、あれは治癒というよりも、ドラゴンの尻尾のようにアイデクセスの腕を再生させたと言うほうが適切かもしれんが、ワシにはよう分からん。

 それからこれも蛇足じゃが、ワシも外では不治の病とされておる杢翁族特有の病気を発症した事があるのじゃが、それも容易く完治してもろうておる。無論他にも多くの者がその恩恵を受けておるのは言うまでも無い事じゃろうて。

 しかしじゃからこそ、他国とのこういったささやかながらも大きな違いこそが、アイデクセスがいう我々の国が秘匿している魔学技術の顕著な例なのじゃろうな。


「だからこそ、私は皆に問う。その原因を考えた事はあるかと! 何故我々がこうやって小さき領地で甘んじているのかと! 何故ココまで押さえつけられねばならないのかと!」


 アイデクセスの声が更に大きくなりおった。


 生来レアスキル<扇動者>を保有しているアイデクセスの声には、言っていることが正しいと思ってしまいそうな不思議な説得力が付加されておる。

 しかしながら、流石にこのワシには通用はせん。<扇動者>が人心掌握に優れたスキルだとはいえ、ワシから言わせればこのようなものに流され誘導される者は、総じて未熟者じゃからのう。


 しかしじゃ、問題なのはこの場にはまだまだ若い者が多い事とも言える。


 ワシは暗い中でも昼間のように見えるとはいえ、流石に年じゃ。遠くを見るためには眉間に皺を寄せて目を凝らさなければならんのじゃが、それでも少々ぼんやりというか、虚ろな表情でアイデクセスを見つめている未熟者が数名見受けられる。

 それこそが、アイデクセスのレアスキル<扇動者>の術中に嵌っている証拠じゃ。

 他にも居るかもしれんが、遠い上にワシは目が悪いのでそれ以上はよう分からなんだ。


(まっこと、情けないのう)


 とは内心で言うモノの、一応アイデクセスのレアスキル<扇動者>は相当熟練度の高いもので、反発レジストできる力量のある者がこの国の中でも少数しか居らんというのは否めん事じゃった。

 もしアイデクセスが他国に赴けば、瞬く間に民衆を扇動し、革命を起こして国王にでもなれとる事じゃろう。

 それほどアイデクセスのレアスキル<扇動者>は大衆操作に向いておる。


 まあ、それは他国ならの話じゃな。この国では、到底無理な話じゃろうて。


(しかし、アイデクセスはどの時点で自らの愚かさを知る事になるのかのう)


 ワシは一人内心でアイデクセスの身を案じてみるが、しかし、到底口を挟む気にはなれなんだ。

 アイデクセスの思惑がどうあれ、それは失敗するとワシが確信しておるからじゃったし、何故アイデクセスは王より機玩具人形を護衛として遣わされておらんのか、未だに理解できとらんというのが滑稽じゃった事もある。


「それらは全て我らが王の責任に他ならない。確かに王はこの国を造り、育て、見守り続けて来た偉大なる御方であるのは間違いない。

 だがしかし、王には圧倒的に不足し、欠落している考え方がある。それはこの国こそが頂きに立ち、魔界や人間界を問わず我らの国の傘下に納め、自国の技術の向上だけではなくこの世界全体を更に高次元へとランクアップさせるという大いなる意思! そうだ、我々こそが全世界の救世主、全世界の栄光ある未来は我々が纏めた先にこそあるのだ! だからこそ私は繰り返そう、今こそ立ち上がる時なのだ!」


 アイデクセスの演説を聞いて、ぶはっ、とワシは不覚にも噴き出してしもうた。

 すると当然と言えば当然じゃが、彫りの深い顔付きをしたアイデクセスの緑眼がワシに向けられる。

 言葉には出しておらんが、アイデクセスの瞳には、ありありと不快感の色があった。自分の演説を邪魔されたからじゃろうな。その変化は普通の者には分からんほど些細なものじゃが、しかしワシにはよく分かるものじゃった。

 それを見て若く勢いがあるのはいい事なのじゃが、もちっと上手く感情を操作する必要性があるとワシは冷静に分析の結果を下した。


 前々から分かっていた事じゃがな。


「……何か私の言っていることに変な部分はありましょうか? 右大臣ギルベルト殿」


「いや、何、飲んだ水が少々気管に入ってしもうてな、生理的反射を起こしてしもうたんじゃ。まったくもって、ワシも流石に年じゃな。それに最近は困った事に長時間椅子に座っておくと腰にくるんじゃよ。この程度の雑音は我慢しとくれ。

 じゃからアイデクセスは気にする事無く話を続けて進めればよい、これは年寄りの止むに止まれぬ反応じゃからな。ほれほれ、続けい続けい」


 軽く手で促すとアイデクセスはワシから目線を逸らし、再び演説を始めた。

 ふう、危ない危ない。以前から政治などの能力は優秀なれど、それに隠れた人間としての根幹の部分はまだまだ幼稚じゃとは思うておったが、まさかそのような考えがあったとはのう。

 四十にもなって何ともまあ……、と呆れが出そうじゃが、まあ、それも男の性なのかのうと思わんでも無い。


 アイデクセスが言いたいのは、簡単に言えば“世界征服”と言う事なのじゃろうが、しかしやれやれ、まさに子供の様な稚拙な発想じゃのう。


 まあ、もっとも、この国にはその夢見物語が実行可能な戦力を保有しているというのだけは、否定できんのじゃが。

 いや、アイデクセスはこの国にそれだけの力があるからこそ、こんな事を思いついた、とも言えるのではないじゃろうか。


「ゴホン。では話を続けるが、私は先ほど言った考えを実行する為に、一定期間、王を裁判にかけるという名目で国の指導権を剥奪する所存である」


 アイデクセスのその言葉によって、皆に動揺が走った。今まで黙って聞いて居った者達も、近くに居る者とひそひそと相談を始める。

 当然じゃ。まさか王を裁判にかけるなど、誰も思わんじゃろうて。

 ……まあ、あの王ならば面白そうだからとかいって普通に裁判を受ける可能性は無きにしもあらずじゃろうがな。

 というか、アイデクセスが変な事をせん限り裁判を受ける可能性の方が大きいじゃろうな。


「現にこの国の法律では“罪を犯した場合、如何なる地位の物でもそれ相応の罰を受けねばならない”とある。これは例え王と言えど適応されるもので、皆ご存知の通り王は今外に旅行に行かれている。だがしかし、王は旅の途中、数ヵ国の軍隊を壊滅したそうなのだ。

 その被害は甚大、というよりも天災レベルのものだそうだ。これには他国から直接抗議書と人的物理的両方の被害に対する請求書もあるので、王を裁判に持ち込むだけの条件は揃っている」


 流石にワシも、頭が痛うなってきたわい。コメカミを親指と人差し指で圧迫し、頭痛を少しづつ和らげる。が、まあ、あまり効果はないようじゃがな。


 他にも何人かワシと同じ反応をしておる者もおり、そういった者達に共通しているのが、王より機玩具人形の内の一体を護衛として付かせてもらっておるという事じゃろう。

 現にワシにも機玩具人形の十二女であり、力場形成型として造られておるアウトサイダーが護衛として後ろに控えておる。


「……アイよ、アイデクセスが言っている事の成功率は何パーセントじゃと思うかのう?」


 後ろを振り返る事無くワシはアイに問いかけた。

 アイというのは彼女の愛称じゃ。アイとはアウトサイダーのアイで、産みの親たる王によって名付けられた名前だそうじゃ。

 灰を塗した様な色合いの長いストレートヘアを両側に垂らし、若干の鋭さのある薄茶色の瞳には他者を拒否する輝きを秘めておる。小ぶりながらもスッと通った鼻筋の下には、可愛らしい色合いの唇がささやかに彩りを飾っていた。

 すらりというか小振りな身体は、灰色のホットパンツに灰色のパーカーという偏った服装によって包まれておる。灰色のパーカーには何処の国でも見受けられない文字で飾りが施され、『呪呪呪』やら『殺殺殺』やら『俺の背後に回るんじゃねえ!』やら『取り扱い注意』やら『fuck』や『Death』などと所狭しと書かれているのじゃが、その意味を問うたことがないワシには何を意味しておるのか分からん。

 しかしそんな意味の分からん文字が書かれた服装をアイは好むのじゃが、ワシはそこでどうこう言うつもりはない。ワシが言いたいには、何時も何時もその露出度の高さはどうにかした方がいいのでは? という事なのじゃ。

 謎の文字によって装飾が施された灰色のパーカーのチャックは下の方だけが閉められ、後は胸を隠す東方のサラシ、の様な灰色の布で最小限度だけ包まれた場所以外は隠す事無く地肌が見えておるのじゃ。臍も腹部も鎖骨も関係なしに、惜しげも無く晒しておる。

 その為に陶器のように白い肌をしたアイに見惚れる者が多いのが、最近、というよりも以前からのワシの悩みなのじゃった。


 ちなみにワシはアイの事を孫娘のように思うておる。孫娘じゃぞ。


「……運が良過ぎて三パーセント以下、かな。ま、私にはどうでもいいけど」


「そのくらいのモノかのう」


 小さく呟かれたアイの言葉に、ワシは同意した。

 それが妥当なところじゃろう。


「まあ、断言できるのは世界征服は完遂されんと言う事じゃな。王は都合がいい箱庭を所望じゃからな……」


 ワシはポツリ、とこの国が生み出された、この国がこの国として存在している秘密を漏らした。誰にも聞こえないように周囲の大気を乱したので、特に気にする必要はなかろう。


 話を戻すが、何を隠そうこの国は、たった一人のエゴによって生み出された小さくも大きな箱庭にすぎん。

 ただ自分に都合がいいように、ただ自分の意のままに動く手足が欲しいという一人のエゴが今尚支配する歪な国。その歪みは一見すると全くないようじゃが、その実、歪み過ぎて正しいように見えているに他ならない。

 だがワシはその真実をこの国を造った王から教えられても尚、この国と王に対して尊敬と忠誠は忘れた事は一瞬たりともありはしない。

 王は日々飢えに喘ぐ民に救いの手を差し伸べ続け、生きる道を示してくれた。今も人間や魔族といった垣根をぶち壊し、共存という道を切り開いておる。


 それに何よりも、遥か昔から杢翁モクオウ族の考えから乖離し、本来司るはずだった権限魔術とは真逆の能力に目覚めてしもうたワシに、その力の使い道を教えてくれた。


 あまつさえ災厄を呼ぶ忌み子として育ったワシを仲間と呼んでくれた。


 そんな返せないほどの大恩があって、反感を抱く事さえ馬鹿馬鹿しい。ワシはどんなものじゃろうとも、王の味方じゃからな。


 そう、確かにこの国は歪じゃ。だが、ワシはこの歪な国を愛しておるのじゃ。


「私の考えに賛同してくれる者は、勇気ある宣言を。私の考えに賛同できない者は、根拠のある対立か、又は無干渉の沈黙を」


 じゃがじゃからこそ、ワシはこの場でアイデクセスの考えに賛成するという選択肢は初めから存在せず、また対立するというのも選ばずに、無干渉の沈黙を選択した。

 この企みすら王からすれば手のなかで踊る道化の演舞と同じ様なモノなのじゃからな。

 というか、そもそもこのような出来事は初めてではない。対処法くらいは心得ておる。


「私はアイデクセス殿に賛成する」


「私もだ」


「ワタクシも」


 次々と上がる勇気ある宣言を、ワシやその他の数名は黙って聞いた。集まった者で対立を選ぶものは居らず、誰もが“勇気ある宣言”か、“無干渉の沈黙”を選択した。

 

 “無干渉の沈黙”


 それはこの国で法律として定められた一種の決まり事であり、礼儀にして習わしじゃ。

 どのような立場の者であろうと、何らかの決め事をする際にはその者の意志を尊重する、と言うのがこの国の根底として存在しており、無干渉の沈黙は、それに自分は一切干渉しないという宣言に他ならない。

 無干渉の沈黙を選んだ者はその時に見聞きして知った事は口外してはならず、また、その案件に干渉してはならないという、決まりなのじゃ。無論無干渉の沈黙を選んだ者に対して、何らかの攻撃をしてはならないという決まりもある。もしその禁を破れば、破った者の未来はただ一つだけじゃ。


 じゃからこの場合に当てはめて説明すれば、ワシは王に何も助言も進言もできんし、裁判を取り止める事もできん。その代りこの先どうなろうともワシに影響は全く及ぶ事はない。良い事だろうが悪い事だろうが、じゃ。

 まあ、最初からただ静観する気満々なのじゃがな。


「賛同ありがとう。惜しくも賛同いただけなかった方々には、ただこれからの成り行きを見守って貰う。そしてその後で、私の言っていた事の正しさを理解して欲しい」


 最終的に見れば、この会議に集められた八割ほどがアイデクセスの計画に賛成した。レアスキル<扇動者>の力があったとはいえ、これは事前の手回しが行われていたのは明らかじゃ。

 そしてそれに満足したような顔つきで仰々しく一礼したアイデクセスなのじゃが、コヤツは全く持って……いっそ清々しい程に馬鹿じゃのう。何も知らんで、虚像の栄光を幻視しておる。

 じゃからワシは部屋から出ていくアイデクセスの後ろ姿を眺めながら、容易く予想ができる未来を想像した。


 そしてワシ以外の者全員が会議場から退出してから、ワシはそっと呟いた。


「アイデクセスよ……王が多くの者に隠している真実を知らぬお主は、どうやっても愚かな道化師にしかなれんのじゃぞ。本当に、馬鹿な奴じゃて」


「……泣くなんて貴方らしいね、ギルベルト。ま、私にはどうでもいいけど」


「別に……泣いてなど居らんわい」 


 重くなっていた心が、アイの御蔭で若干軽くなったような気がしたのじゃが、同時に慰められる自分は歳を取ったモノだと思い知らされた。

 感傷し易くなったモノじゃて。

 それから暫くして、ワシとアイ以外誰も居なくなった薄暗い会議場から、ワシとアイは二人で並んでゆっくりとした足取りで自室に向かった。

 せめて結果が少しでも良い方向に傾くように、出来る限りの手は尽くしておきたいからじゃ。



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