第二十五話 天上の影とカナメの憤り
「はい結構。んじゃもう一度、最終確認だけど、この“制約丸”を、飲む? それとも、飲まない?」
と一応聞いてから、俺は回答があるまでのささやかな間の暇つぶしとしてぷにぷにん、ぷにぷにん、と指先で身動きの取れない王女様の頬を軽く突き回したり捏ねまわしたりした。
もちもちと若く瑞々しい肌は当然ながら柔らかく弾力性に優れていて、この指先を押し上げる感触がなんとも言えん。次第に俺は指を優しく、しかし速く動かして遊びだした。
そしてちょっとしてから、この行為には多分に中毒性があるという事に俺は気が付いた。止めたくても止めにくいのだ。
とはいえ、無論止める気はさらさらないとだけは言っておこう。
生意気な子供には、これくらいハッキリと立場の差という物を教えてあげた方がきっとその子の為になるだろう。後学の為にも、人を見る目は養うべきなのだ。それが立場ある人間なら、殊更早く教え込む必要性があると俺は考えている。
ちなみに一体誰なのかも知らない俺にこのような辱めを受けている王女様は、ポイズンリリーの毒々しい行いで血の気が引いていた可愛らしくも高貴さのある顔に、腹の底から湧き上がって来ているのだろう憤怒を持って赤き色を取り戻した。
王女様の俺に対する怒りは俺が仕掛けた悪戯のせいなので別段何とも思わないが――いや、思う事は一つだけあった。
(何だこの子、イジメがいありすぎね? あーやっぱプライドが高い高貴な血統だからかな~)
王女様の反応が面白いのなんのって。
これは俺にその気がなくても、ついつい悪戯したくなるある種の魔力があった。
ぷにぷにぷにん、ぷにぷにぷにん、俺は指先で王女様の頬を弄ぶ。
「いつか貴方には今日の贖いをさせますわ、絶対に!」
「オーライオーライ、出来るんなら楽しみにしてるよん。でも、今は存分に楽しませてもらいまっせい」
せめてもの反撃とばかりに此方を睨み付けてくるものの、俺には子供が涙目で訴えかけているようにしか見えず、思わず苦笑いを零してしまった。
王女様の怒りが上昇したのは言うまでも無い。
基本的に一方的に他者を攻め立てるのが好きな俺の感情を読み取って、にやにやにや、と表現されそうな無機質で、それでいてイヤラシイという相反する感情を内包している複雑な笑みを黒い仮面がそこに浮かべる。
「<仮初めの表情>の笑みがキモすぎますよカナメ様。思わずナイフで割りたくなってしまいました」
王女様の後方に立つポイズンリリーが、そっとそんな事を呟いた。
「うるさい、言われんでも自覚している。それと徐にそのナイフを振り上げるな」
素顔を隠す為に今回造った<仮初めの表情>という名の黒い仮面は、ある程度のレベルに達していない情報収集スキルを遮断する防御の概念が封入された作品の一つなのだが、その付属と言うかネタ的なものとして感情表現機能を付けてみて、これは失敗だったと俺は思っていた。
何と言っても、表情を変化させる仮面は不気味だ。客観的に見てみても、妖しさ満点としか言えない。顔を隠すためとはいえ、これでは相手に無駄な警戒心を抱かせてしまうのも否めない。
流石に悪趣味すぎたか、と思っているモノの、それを直す前にセツナちゃんが来てしまったために今もこうして失敗作を付けたままなのである。
もっと早く造っておくべきだったと軽く後悔した。反省はしていない。
まあもっとも、大概の事は話すつもりであるセツナちゃんを除く王女様一行がこのまま大人しく“制約丸”を飲んでくれれば、黒い仮面で素顔を隠す必要性も無くなるのだが。
「ほら、どうするんですかな?」
予定もあるので何時までも遊んでいる訳にもいかず――これは決して俺を絶対零度の視線で射ぬいているポイズンリリーに負けたからではない。断じて違う、きっと違うと信じたい――俺は掌の中にある“制約丸”を一粒摘まんで王女様の唇まで持って行った。
「……貴方何かに飲ませて貰うつもりはありませんわ」
「なら飲む気はあると。しゃーない、んじゃ折角だから俺が直々に口移しで飲ませてあげよう。即決しなかったのが悪いんです」
そう言って摘まんでいた“制約丸”を口内に招待し、王女様が「そ、そんな! 嫌ですわ! 私まだ誰ともした事ありませんのよ!」とか、周囲の騎士が「お、おのれ! 何処の馬の骨とも分からん貴様如きがそのような事をしてただで済むと思うなッ!」とか言っているのも無視してグイッと顔を近づける。
だから当然ながら、すぐそこには、本気で嫌そうな表情を浮かべている王女様の顔が――柔らかそうな唇があった。
ちなみに黒い仮面は口元の穴が大きくなって、普通にキスができるだけの空間は開いているので問題ない。
「ん~……」
「いや、いやですわ! こんな、こんなッ」
本気で嫌そうな声を上げる王女様に、俺の嗜虐心は存分に刺激された。
ナイフが首にあるので思うように頭を動かせないその姿を見て俺は更に虐めたくなった。
大丈夫だ、最低な人間だとは自覚している。だがしかし、男にはやらねばならない時がある、きっと。
「んー」
「いい加減にしやがりやがれですカナメ様」
「尻キックッ!!」
ズバッシイィィィィィィィィィィィィィィッン!!!!!! とあたかも金属製の巨大ハリセンをメジャーリーガーが大きく振りかぶって豪快に、それでいて手加減なしの全身全霊、余力を一切残さないという気迫が込められた会心の一撃の如きツッコミが、これ以上ないという完璧な角度と通常の速度を逸脱した速さを伴い、狙いすまされた場所にジャストミートした時のような破裂音が鳴り響いた。
周囲はその鮮烈というか爆音染みた音撃によって、シーン、と効果音が聞こえてきそうな程の静寂に包まれていく。
その光景はあたかも、大津波の前の引き潮のようだった、かもしれない。
ちなみにそんな爆音が鳴った部位は、何を隠そう俺のお尻である。
「ご……ぐガ…………」
その為俺は音が鳴ってから数瞬後、言葉では表現できない激痛というのも生ぬるい痛みが全身を駆け廻り、その上特殊な技法によって痛みを造る原因となった衝撃は体外に放出される事無く体内に留まった。留まってしまった。
外という逃げ場を見失った衝撃は当然とばかりに俺の五臓六腑に浸透し、グチャグチャと俺を内部からかき混ぜて破壊していく。内蔵がかき混ぜられる痛みが更に追加され、俺は思わず悲鳴が飛び出るのを舌を噛み千切る事で我慢した。
何故こんな事をしたのかは覚えていないが、きっとそこにセツナちゃんが居たからだろう。
見栄っ張りは男の特権だ。そして見栄で死にかけるのも男の特権だ。
噛み千切った舌が宙を舞い、重力に引かれて地面に落ちたが、今はそれをどうする事もままならない。
俺は眼だけでその行方を追いかけよとして、しかし全身に発生している痛みがそれを邪魔をした。
舌を噛みきった痛みがさらに追加されたものの、最早そんな小さな痛みになど俺の意識は割かれる事はなかった。他の痛みが深刻――というかご存じの通り致命傷――すぎるのだ。
あまりの痛みでいっそ意識が飛べばいいと懇願してしまったが当然のように意識が飛ぶ事は無く、気絶するという救いの無いまま俺はしばし石像にでもなったかのように動けなくなった。動けるはずが無かった。
しかしどのようなモノでも何時かは何らかの変化が訪れるように、それは俺にも等しくやってきた。
しばらくして口に含んでいた“制約丸”と大量の血をゴボっ、と盛大に吐き出してから、そこでようやくその場にガクリと崩れ落ちた。
黒い仮面に赤い装飾が施され、その様はさながら幽鬼のようである。
ベチャリ、と無論動く事もままならないので俺は勢い良く顔面から大地に接吻した。まあ、仮面越しなので直接接吻している訳ではないのが救いと言えば救いだろう。
だがしかし、そんな微かなプラスを消し去る様に、今の俺の格好はどうしようもなくマイナスだった。
何を隠そう、ポイズンリリーにツッコミというの名の殺人キックを入れられたお尻だけを突きだすという、情けなさすぎる無様な姿となっているのだ。今の俺のこの苦悩とか羞恥とかは恐らく誰にも計り知れないと思う。
無様だ、無様すぎる。
このような無様な姿を晒す様に組み込まれた運命は何と残酷なのだろう。何故俺ばかりこんな目に会わねばならんのか。責任者はどこか。五時間ほどこの理不尽極まりない処遇について抗議したい。
ついでに不運補正についても抗議したいと激しく思う。
「ちょ……リリ……おま……れ……は、無理……」
と、まあ、一応状況説明では余裕があるかのように虚勢を張ってはみたものの、流石の俺と言えども、現実ではあまりの痛さに涙を流しながら訴えかけたのであった。
常人ならば既に致命傷を受けているレベルなので、俺の反応が普通かどうかは定かではないとだけは補足しておく必要があるだろう。
「遊ぶのも大概にしやがれですよカナメ様。というか、この演技は私のツッコミ待ちだとしか思えません。それから一応身体が何処かに吹っ飛ばない様に衝撃を体内に留めるようコントロールしたのですから、私の技術は評価されるべきかと申し上げます。
まあ、もっとも、そのせいで内臓が大変な事になっているでしょうが、これはツッコミなので多少のやり過ぎは仕方がないと思われます」
淡々と告げられる言葉を、俺は怒りや反感などを抱く余裕が無いまま聞き続けた。聞き続けるしか選択肢が無かったとも言う。
つまり今回の一連の事態はポイズンリリーが述べたように、一瞬の間に王女様の後ろから俺の後ろに回り込んだポイズンリリーから繰り出された、ツッコミと言う名の尻キックが俺に撃ち込まれてしまったという事である。
この殺人キックがツッコミというのも甚だしいが、しかしポイズンリリーからすればツッコミで済まされるレベルだというのだから恐怖でガタガタと膝が震えてしまいそうだ。
本気で蹴られれば俺の身体は二つに別れてしまうのではないだろうか。それでも死なないだろうが、しかしその痛みを想像して俺は口を閉じた。
ちなみにここでポイントとなるのが、これが俺に対する攻撃ではなく、ツッコミだったという事だろう。
流石俺が幾度も改造に次ぐ改造、改善に次ぐ改善を繰り返し繰り返し執拗に実行し続け、俺と共に五百年という長き時を過ごしてきた経験豊富な最初にして最古の機玩具人形であるポイズンリリーだ。
俺の作品である自分が造物主に対して攻撃できる唯一ともいえる攻撃方法を熟知していらっしゃる。
だがあえて言おう。
そんな攻撃方法は一刻も早く記憶フォルダから消去してくれ、もう二度と俺にこんな事をするな、と。
このままでは、俺の身が持たない事請け合いである。
「ほら、貴方達も飲むのならさっさと飲んでください。それから“制約丸”を飲まないなら、さっさと何処へなりとも視界から消え失せなさい。邪魔です」
ポイズンリリーのゾッとするような冷たい視線に射抜かれて、王女様達が恐怖で息を飲む音が地面で回復を待っている俺にも聞こえた。俺とのやり取りもこの反応に若干貢献している事だろう。
くふふふふふふふふふふふ、君達が素直になれば俺はこんな目に会わなかったんだ、存分に怯えるがいい。とか思っていると唐突に、液体窒素で凍結された薔薇に触れるようにそっと、俺の後頭部に誰かの手が添えられた。
そしてその手が触れた事により俺の身体が微かに揺らされて、激痛が走ったのも同時だった。
「あの……カナメさん、大丈夫ですか?」
凛々しくも優しさのある柔らかい声音が空から降ってきた。この声は間違いなく、セツナちゃんのものだった。
ポイズンリリー以外の女性に頭を撫でられるのは一体何年ぶりだろうか、とか思い返すよりも前に、俺はプルプルと震えながら懸命に言葉を紡ぎ出す。
言葉を紡ぐだけで全身が痛むこの状況を一刻も早く抜け出したいと切に願いながら。
「いや……ちょ、たん……ま。うごか……さない、で」
これだけ言うのにどれ程の苦労があった事か。筆舌にし難いものである。
それと一応言っておくのだが、女性から撫でられるというのも俺はあまり嫌いじゃない。
童心に帰るというか、素直に癒されるのだ。
だがしかし、ちょっとした揺れでも今の俺には悪質で苛烈な拷問に等しかった。だからセツナちゃんには回復した後で是非とも撫でてもらいたい。
ついでに俺も撫でてあげたいとかその後むにゃむにゃしたいとか不純な考えが過った訳だが、それは今は放置する事に決めた。
「あ、ご、ごめんなさい」
そう言って、セツナちゃんの手は俺から離れた。
若干もったいなかったかなとも思いつつ、しかし今はとりあえず回復する事が先決だと俺は判断している。
この状況では、弁解も反論も解説も何もできん。だから俺はグッと我慢した。
◆ Λ ◆
「さてさて、少々みっともない所を見せた所ですが、気を取り直してさくさくとクリアしなくちゃいけない条件を消化しようか」
ポイズンリリーからツッコミという巧妙な偽装が施された殺人キックを入れられてから約二十秒後、ようやく俺の身体は完治した。
今はつい先ほどまで感じていた痛みなど跡形も無くなり、俺が痛みに悶えている間にポイズンリリーに脅されるようにして“制約丸”を口にした王女様一行の前で、緊張感の欠片も無い声音で段取りを進めている。
ちなみに俺が口に含んで駄目にした一粒は掌の口で取り込み、その素材を再利用した新しい“制約丸”を造る事で一粒足りなくなっていた数という問題は解決した。
その際噛み千切って落ちてしまった舌も捕食したので、ここには俺の肉片が転がっていない。
舌も生えたので喋るのにも問題はない。
「はいはい、んじゃ次はセツナちゃん用の特別製……っと、完成だ」
セツナちゃんが常時纏っている不可視の盾によって通常の“制約丸”の効果は通らないので、<炎纏いし不死の鳥>の燃やさない炎と同じ概念を追加した改造版を造り上げた。
改造版は元々ある“制約丸”に一つ概念を付け足すだけで終わるので、二秒も経たずに造り出せた。
「はい、一気に飲んで。毒じゃないから、安心しなされ」
「あ、ありがとうございます」
ぺこり、と軽く会釈して俺から受け取った“制約丸Ⅱ”を数秒眺めていたセツナちゃんは、躊躇する事無くあっさりと口に含んだ。
それから俺が差し出した水の入ったコップを受け取り、一気に流し込む。だから当然、ゴクリ、と喉が動く。
若干の躊躇いを見せていた王女様一行とは全く違う反応を、セツナちゃんは俺に見せてくれた。
その反応に何の差異があるのか、レアスキル<断定者>でセツナちゃんの情報も見なくても俺には分かる。多くの人を見て来た俺には見抜くなど造作も無かった。
どうやらセツナちゃんは狙い通り俺を信用してくれているようだ。
いい傾向だ、作戦通りです、と腹黒い俺は仮面に隠されながら小さくほくそ笑む。
しかし三流悪役みたいなのですぐに止めた。セツナちゃんには誠実に接したい。
どの口が言うのか、とか言われそうだが、これは間違いなく俺の本心である。
「はい結構、んじゃ取りあえず念には念を入れまして……」
段取りがほぼ最終段階まで消化されたここで、最後の締めの為に合掌を一つ。
今回も一から造るのが面倒なので、今まで造ってきた宝具の設計図がストックされている記憶領域から設計図をダウンロードし、設計図を一から造る工程と手間を省略し、重ね合わせた掌の間で取り込んだ物質――というよりも質量――を使用し、思い描いた作品を物質化させた。
物質化までに使用した時間は約三秒。
何時ものように掌の間から光りが零れ出る発光現象を薄め目で見ながら、俺は重ね合わせた掌を開放する事で作品をこの世に産み落とした。
産み落とされたのは、一見すると何の変哲もないヒノキの棒。ただし長さは六十センチ、直径は五センチの綺麗に形が整えられた円柱状をしていて、当然ながらこれはただのヒノキの棒ではなかった。
「んじゃま、とりあえず標的:俺達を監視している者。最大補足距離まで索敵領域拡大、索敵開始」
ブン、と軽くヒノキの棒を無造作に振った。それに伴い一瞬だけ風が周囲に流れ、風は周囲の草を撫でながら綺麗な円を描きながら散って行く。
俺の突然の行動に不思議そうな顔をしているセツナちゃんや王女様一行はとりあえず放置して、俺は再度ヒノキの棒を振り上げる。
そして、
「条件に適合している者に無慈悲な鉄槌を下せ、<空を支える巨人の鉄槌>」
宝具の真の能力を開放する起動言語を呟きながら、俺はヒノキの棒を素早く振り落とした。
途端、遠くの方でグキュイッ! と何かが圧し潰れる音がここまで響いてきた。それも複数。
聞こえたのはまるで木の枝が折れた様な、それでいて肉が潰れた様な、普通の人なら嫌悪感を抱く嫌な音だった。
ちなみにその中に若干の呻き声が混じっていたのだが、まあ、気にする必要性は皆無だろう。どうせもう助からん。
せめて安らかな冥福を祈る事しか俺には選択肢が残っていないのだから。
「あーやっぱり居たか。まあ、これで気にする必要も無いな。んじゃ、これも用済みだ」
持ち主を中心にして直径二百メートル内という狭い範囲ながら、指定された対象だけに高圧縮された空気の塊を打ち据える<空を支える巨人の鉄槌>の鉄槌が、先ほどの嫌な音を造った原因なのだが、まあ、用心しておいて良かったと思う。
遠距離から此方を見る事ができるレアスキル<千里眼>や水晶などに映像を転写させる魔術もあるにはあるが、今はとある宝具によりそれらの妨害が広範囲にわたって行われているので、まったく気にする必要性はない。
これでこの場に居る人間以外に俺の素顔を見られる恐れはなくなった。
だからもう用が済んだ<仮初めの表情>を掌の口で一瞬で取り込んで、俺は素顔を晒したのだった。
◆ Α ◆
「あーやっぱり居たか。まあ、これで気にする必要も無いな。んじゃ、これも用済みだ」
そう言って、カナメさんは一瞬で黒い仮面を剥ぎ取り――とは言っても、この私でさえその様子が見えない程の早業だった――、今まで黒い仮面に隠されてきた素顔を晒した。
私と同じ黒髪はつんつんとやや尖った威勢のいい髪型で、やや吊り上がった大きな瞳には若さと老獪さが複雑に混ざり合ったような輝きがあり、どことなくやんちゃそうな少年といった気配がする。
身長は私よりも少しだけ高いけど、この世界に召喚されて見て来たルシアンといった男性達の平均身長よりも間違いなく低かった。
飛び抜けて美系で格好がいい、というわけではなく、飛び抜けて不細工で気持ちが悪い、という事も無い。ハッキリ言って普通。でもそれでも、私はカナメさんの顔が見れて胸の高まりを感じた。
その原因は不明だけど、胸が熱くなるのを感じた。
「ではここで自己紹介。俺の名前はカナメ、苗字はなく、ただのカナメだ。役職は独立国家アヴァロンの国王さま。以後そのつもりで対話するように」
くるくると手の中で木の棒をまるでバトンのように弄びながら、カナメさんは意地悪そうな笑みを浮かべつつ、フェルメリアやルシアン、パティー達を見ながらそう高らかに宣言した。
「……え? ア、アヴァロンの……国王?」
「如何にも。俺は嘘は吐くが、今回のは百パーセント本当なんだよね、王女様」
「……うっそ……やんな?」
「嘘じゃないぞルシアン。何なら証拠を見せようか? オルブライトを滅ぼすって手段で、ね」
正直に感想を言うと、今のカナメさんの笑顔は実に黒いモノがあった。神の声でそれは冗談だと私は分かっているのだけれど、フェルメリア達にはそんな事は分からない。カナメさんの言っている事を本気にしてしまっても、それは仕方が無いと思う。
その為さっきまでの威勢――というよりも虚勢だったのだけど――は何処に行ったのか、フェルメリアの顔は再び血の気が失せてしまい、流石のルシアンも言葉を失っていた。つつ、と冷や汗が頬を流れている。
フェルメリア達がそうなのだから、まだ小さなパティーや騎士であるシャルティナ達もそれは同様で、カチコチに石化してしまっている。
皆の反応から、やはりアヴァロンという国は相当凄いのだと、理解する事が出来た。国王から知識を得ていても、やはりこうして見た方が理解し易かった。
「まあ、虐めるのもこれくらいにして、さくさくとアヴァロンに行きましょうか」
そう言って、カナメさんが私の方を見た。
生まれつき色素が薄いのか、カナメさんの瞳は真黒ではなく、薄茶色に近い色合いをしている。その瞳が、私を貫いた。
「本当は機竜を使ってアヴァロンまで行こうかと思ってたんだけど、急遽野暮用が出来て使えなくなったんでね、今回は豪勢に行こうと思うんだ。せっかくセツナちゃんもいるしね」
カナメさんがそう言いながら空を指差すと、ふっと、唐突に周囲が暗くなった。
まるで唐突に影ができた様な、頭上に何か陽光を遮る巨大な何かが出現したかのような一瞬の明暗の切り替わり。この感覚は、この世界に来てから忘れかけていたけれど、私はよく知っている気がした。
だから私は慌てる事無く、カナメが指差した空を見上げた。
そして私は、驚きのあまりハッと大きく息を飲み込んだ。
「まさか、星間船!?」
そこには豪奢な輝きを放つ、黄金とエメラルドによって作られた“船”が浮いていた。
星と星を繋げる星間船のような、でも全く違う原理で動いている空に浮かぶ船の姿に私の心は奪われる。懐かしいとさえ思ってしまう。
「戦略飛行宝具・<輝舟>。それがあの船の名前だよ」
すぐ傍でカナメさんの声が聞こえた。
私がそれに気を取られている間に、すぐ傍まで近寄っていたのだ。
びっくりして数歩距離を取ってしまったのだけれど、それにカナメさんは気分を害した様子も無く、朗らかな笑みを浮かべて、
「御手をどうぞ、お嬢様。俺の国まで豪勢な空の旅をお楽しみください」
少し離れた場所に降下してくる<輝舟>を背景に、カナメさんは私に手を差し伸べてくれた。
それに私は迷う事無く、カナメさんの手を握り返した。
Re:Creator――造物主な俺と勇者な彼女――
第一部 旅立ちと出会い編
――END――