第二十三話 日常と束の間の休息
早朝、カナメは窓辺に止まった鳥が窓ガラスを突く甲高い音によって目を覚ました。
本音を言えばもうしばらく寝ていたかったのだが、今日はする事があるのでこれ以上惰眠を貪る事を諦める事にし、起きる為に気合を入れた。
むくりと起き上り、寝ぼけた眼を擦りつつもベッドのすぐ脇に設置されている通信スフィアを手に取って、ついですぐ脇に置かれていた通信スフィアの連絡帳をパラパラと捲った。
捲ってすぐに目的のモノを見つけて、慣れた手つきで通信スフィアに浮き上がっているボタンを素早く押して周波数のチャンネルを合わせる。
それからカナメはまだ眠気が完全に抜けていない顔のまま耳元に近付けた通信スフィアからプルル、プルル、と単調な数回のコール音を聞き、しかし単調な音だけに眠気を誘われたのか船を漕ぎだしてしまった。
ふと気が付いて何とか眠気を払おうと頭を左右に振りはするもののあまり効果は見られず、しかし通信が繋がった合図である、ガチャリ、という音の後で聞こえてきた男性の声によって起こされた。
他人から声をかけられたほうが、人間起きやすいものなのである。
『お早うございますカナメ様、朝食のご注文ですね』
「ん~……ああ、そうそう、朝飯だったっけ」
『はい?』
「ああ、気にするな。何分寝起きなものでな。さて、朝飯だけど、この店のおススメってやつを作ってくれ。好き嫌いはないから、出せる最高のモノを頼む」
『当店のオススメですね、畏まりました。お持ちするのには十五分ほどかかると思いますが、宜しいでしょうか?』
「了解了解、ちょうど朝風呂に入ってすっきりしようと思っていたから丁度いい。期待しているからな」
『畏まりました。では』
通信スフィアからツー、ツーと音が鳴る。
通信が途絶えた事を知らせる音を聞いたカナメは持っている通信スフィアを最初の場所に戻し、それから未だ眠りの神が滞在している頭を指でがしがしと掻きながらベッドから身を降ろした。
先ほどカナメが連絡したのは会話からも多少は察する事ができるように、今現在カナメが宿泊し、聖都ギガンダルに設置されたギルドホームが経営している宿の厨房の従業員だ。
一応宿の一階には料理が美味いと評判な誰でも入る事の出来る大衆食堂もあるにはあるが、寝起きに雑音を聞くのは面倒だし嫌だったカナメは厨房に直接朝食を注文したという訳である。
「あーだるー。しかし昨日はハードだったなー」
昨夜の激しい戦闘を思い返し、本当ならば自分の限界を越えた動きを強制的にさせられた反動で肉離れとか筋肉が断裂しても可笑しくないのだが、こういう時ほどなんでも直ぐに治してくれる自分の肉体を有り難く思う。
などとどうでもいい事を考えながら、カナメは部屋に取り付けられた風呂場へシャワーを浴びに入っていた。
◆ Д ◆
五分ほどじっくりと頭から若干熱めのシャワーを浴びて残っていた眠気を完全に払い除け、洗いたてだろう清潔なタオルで体を拭い、それから備え付けのバスローブを着てカナメは風呂から上がった。
それからしばらくして部屋に運ばれてきた朝食を受け取り、五百年前から愛用しているマイ箸を使って食べた。朝食の品はどれも絶品で、うん美味しい、と思わず感想が漏れる。
少々時間をかけて味わった後で再び従業員を呼び、食器を下がらせてからカナメは本格的な行動を開始した。
といっても着ているバスローブを脱ぎ、ハンガーに掛けられたいつも着ている黒いレザーコートに黒いシャツ、黒いズボンと黒ばかりの簡素ながらも上質な素材が使用された服装に着替えただけであるのだが。
一応備え付けの姿見で変な所が無いか適当に確認し、それから主の仕度が終わるのを待っていた従者が腰掛ける椅子を一目見る。
「ようやく終わりましたかカナメ様。待ちくたびれました」
「だったら手伝うとかしろ。しかし、リリーは朝食は要らなかったのか?」
「カナメ様が起きる前に、一足早く頂きましたので」
「ああ、そうかい」
ポイズンリリーは開いていた本にしおりを挟んでぱたりと閉じ、何時ものような会話を展開しながら腰に下げていた<ポケット>に本を入れた。それを確認したカナメはそれ以上何も言わず、外へと繋がっているドアに向かって歩き出す。
その後を数歩ほど遅れてポイズンリリーは付き従った。
部屋のドアを開けて廊下に出た二人は迷う事無く一階に続く中央階段を下り、今は人の居ない受付の前を通り過ぎ、外に出るためにカナメは玄関の取っ手に手をかけた。
その時奥から出てきた年の若い従業員に元気な声で「お早うございます、カナメ様、ポイズンリリー様。お気を付けて行ってらっしゃいませ」と言われながら見送られた。
それに片手を上げて応えたカナメは、躊躇いなく扉を開ける。
眩しい朝の陽光が前方から差し込んできて、思わずカナメは顔をしかめた。
暫くして目が慣れたカナメはポイズンリリーを付き従えて外に出て、宿のすぐ前の道で出来ていた人の流れに沿い、その先にある市の開かれている広場へ向かった。
暫く歩いてから、カナメに付き従っていたポイズンリリーは唐突にとある話題を切り出した。
「しかしなぜ、すぐさまセツナ嬢をアヴァロンに拉致……もとい招待しないのですか?」
「ん? ……ああ、そりゃ勿論、考える時間をあげる為さ。まあ、もっとも、置手紙をしてきたし、彼女の感情からすればまず間違いなく俺の所に来るだろうけどな」
ポイズンリリーの質問に対してカナメの返答は実に簡単なものだった。
「まったく、カナメ様の人の自由を尊重する事はある意味美点かもしれませんが、しかし殆ど決まったような案件を無駄に長引かせるのはどうかと思います」
「別にいいだろう? どうせ後三日と経たずに勇者は魔王討伐という馬鹿げた大義名分を背負わされて旅に出なくちゃいかんのだ。せめて少しくらい自分で選択する自由を与えてあげてもさ」
継承魔術<召喚門>によって堕とされて来た勇者はこの異世界に召喚された日より一ヶ月の後に旅に出る、という風習というか慣例が存在している。
何故一ヶ月なのかは定かではないが、恐らく勇者だけが持ちえるユニークスキル<堕ちて来た勇者>の特性の一つ、異世界法則生成によって生み出されるその勇者だけしか持ち得ないユニークスキルが一応安定し、定着するのが大体一ヶ月掛かるから、というのがカナメの見解である。
そしてこの慣例は今代の勇者にも当てはめられ、今日から二日後、今代の勇者であるセツナも召喚されてから一ヶ月を過ごした事になり、ついに旅立ちの日を迎える事になるのであった。
「彼女と私は直接対面している訳ではありませんが、しかし報告を聞いた限りでは寧ろ間を開けるのは得策ではないのでは?」
「あ~……まあ、俺もそう思わなくもないが、しかし、ほら、ちょっと不安定な時ほど優しくされたらさ、こうグッと来るモノがあるだろう?」
「……変態ですね。何百歳下の子を食べる気ですか」
「はいはい、黙ってなさいね。それから人聞きの悪い事は言うモノじゃないぞ」
などと会話しながら歩いていた二人は、今日の目的の場所に到着した。
そこは中央に石の鐘楼が聳えている、石畳で整備された広場だった。鐘楼の上に吊るされている大きな鐘は広場の門が開く時間や閉じる時間を知らせる役目を持っている。
広場の出入り口である門には屈強そうな番人が数人立っていて、出入りする者を一人一人よく見ている、というよりも監視していた。商売をする者は場所代を払う事が決まりとなっているので、番人は大きな荷物を抱えている者や収納魔道具である<ポケット>を持っている者を片っ端から呼び止めている。
手には一人一つ<ポケット>を探知する探知専用の魔道具まで持っているので、<ポケット>を服の中に隠したりして商品を持ち込む事はできないだろう。最も、もしバレた時にはキツイ罰が待っているので無茶をするような人間は居ないだろうが。
と考えていた所で番人が此方に向かってきた。厳つい眼光がカナメを見つめる。
それに慌てる事無くカナメは懐から取り出した“特級商売国札<アヴァロン>”を番人に手渡し、それが本物だと分かった番人から“特級商売国札<アヴァロン>”と商売許可の木札を受け取ると同時に最敬礼され、周囲から注目されるというハプニングがありつつも広場の中に潜り込んだ。
その際必要のない事をするな、と思わずカナメは毒づいた。
広場に入ってから一息をつき、受け取った時には慌てて良く見ていなかった木札には、広場の門にある牡鹿を模した紋章と同じ印が焼きごてで捺されていて、日付を入れる事で使い回しができるようになっているのが分かった。小さく番号も付けられているので、木札の個数管理も万全なのだろう。
「カナメ様、もし人混みに紛れてセクハラされた場合、私はそのモノの手を斬り落としてもよろしいでしょうか?」
「あ~……まあ、斬り落とすってのは無しの方向で。とりあえず毒針までは許してやるから、無論非致死性ので」
「……ッち」
「舌打ちをするな舌打ちを」
「……畏まりました」
まさに不承不承、といった声音で紡がれたポイズンリリーの危険な発言を受け流したカナメであるが、確かにポイズンリリーがそのような迎撃処置を実行してもいいのか確認したい気持ちは理解できていた。
前提として言うが、ポイズンリリーは美人だというの間違いない。
白銀色の髪は朝日を浴びて幻想的な輝きを放ち、一切の感情を排除したような作りもののように無機質な紅い瞳は更に雰囲気を神秘的なものに押し高めている。それにあえて言えば、煽情的ともとれる紫色の布をただ縦横に巻き付けたような服と言っていいのか迷ってしまう格好は神秘さに妖艶さをプラスし、その美貌を一際引き立てている。
今も道行く人間が老若男女問わず振り返っている事からもそれは理解できるだろう。
だが美人だけに、普段は慣れていない者には近寄り難い雰囲気を纏っている。そう、美人過ぎるからこそ、近づけないという事なのだ。
だが広場にはすでに人で満ちていた。視界には入るのは老若男女様々で、売られているものも多種多様。
綺麗な敷物の上に並べられた毛織物や、箱に入れられた新鮮な野菜に氷の魔術で冷凍された魚類、色鮮やかな絵付けをされた陶器。樽にたっぷりと満たされた酒、香ばしい香りを放つ肉料理。
そして何故か家畜も売りに出されていた。尻尾の毛もまだ伸びきっていない子馬が人混みに戸惑ってしきりにおろおろと首を動かしている。その近くでは調教済みと表示されたへ級に分類されている犬型の下級魔獣も売りに出されているようだったが、それはあまり買い手がいないらしい。それは幾度も値下げした痕跡がある値札を見れば一目で誰でも分かる事だろう。
朝という一日が始まる時間帯を最初から最速で駆け抜けるかのように様々な商品が売られ、至る所で客を得ようと売り込みの言葉が飛び交い、そして商売が成立している。
そして今代の勇者がいる国の首都という事も相まって、恐らく普段の人口密度の三倍近いのではないだろうか、という盛況ぶり。広場で開かれる日常品を買い求める市というよりも、一種の祭りのような熱気が此処には充満していた。
ついでに言えば此処から勇者が旅立つまで後二日とないので、少しでも何かに肖ろうとこれから更に人口密度が増えるだろうと簡単に予想ができる。
これほど人が居るのだから、通行人を隠れ蓑にしてポイズンリリーの尻とか色んなところを触ろうとする不逞の輩も普段の九割増しくらいで増加するというのも、いたしかたない事ではないかと。
人間なんて所詮動物だ。自分の欲求には、器が小さく浅はかな者ほど抗えないモノなのだから。
だがそんな不景気というか面倒な事を考えるのは止めて、カナメは首を横に振りながら、
「いやいや、人間はそんなに獣じゃないだろう、多分、きっと。それに今日は買い物が目的じゃなくて、売りが目的なのだし、一度アヴァロンの売り場に着けば、そうそう面倒なんて……」
いやいや大丈夫、大丈夫だから、本当になにも無いはずだから、と自分に言い聞かせている時にふと、カナメの脳裏にとあるキーワードが過った。
それはとても、不吉なキーワードだった。
(あれ? これって俗に言う、フラグとか伏線とうやつじゃ……)
「ギャアッ!」
「安心しなさい、撃ち込んだ毒は死ぬようなシロモノではありませんから。ですが、まあ、一週間ほどは発熱腹痛嘔吐下痢悪寒吐血禁断症状等の諸症状には耐えてください。というかじっくりと苦しんで後悔しなさい、このゴミが」
御約束と言わんばかりに突如後方で上がった男の悲鳴と、聞きなれた美声による無慈悲な罵倒。
気が付くとカナメは、ふう、と重苦しいため息を吐きだしていた。
(さっそくか、さっそく何ですかまったく)
後方の光景など、カナメには振りかえらずとも鮮明に映し出せた。
通常の方法では解毒する事ができない特殊な毒を撃ち込まれて赤く腫れた片手を抑えてうずくまる男、そのすぐ傍で冷笑と嘲笑が混ざり合った複雑な笑みを浮かべて佇むポイズンリリーのぞっとするような妖艶な姿、そして突然の出来事に数歩引いて成り行きを見守る通行人の壁。
「まったく、言った先からこうなるとは……」
「ですが、先に手を出したのは向こうです。私は何も悪くはありません」
「別にリリーを責めているという訳ではないんだが……まったく、後始末が面倒な」
ぶちぶちと文句を垂れつつも、カナメは振り向き様にレアスキル<断定者>を発動させた。恐らく本当だろうが、一応事実確認をしなければならない。
一千万分の一以下の確率であるが、もし間違いだった場合は此方が謝らなければならないのだから。
プライベートなど完璧に無視するレアスキル<断定者>によって片腕を押さえて蹲る男の情報がカナメの脳内で表示された。そしてそれを読んだところ、とても面白く、同時に腹立たしい情報をカナメは発見した。発見してしまった。
にやり、カナメの口元に悪そうな笑みが浮かび上がる。それからちらりと見える歯が獣の歯のように鋭くなるような錯覚が起きた。
カナメの笑みは今、獲物を狙う獣が見せる嗜虐的な笑みのようであった。
「……ちきしょ、ふざけ……ゃがって……ッウ……」
地べたで片手を赤く腫らした男が痛みに震えながら何かを言っているが、カナメからは既に地に寝転んだ男など道端に転がっているゴミ程度にしか見えなかった。カナメはゴミの呻きを完璧に無視して近づき、傍にしゃがんでゴミの髪を乱暴に掴み、そのままグイッと頭を持ち上げた。
乱暴に扱った事により髪を掴まれたままのゴミが苦痛と文句を訴えたが、獣染みた嗜虐的な笑みを浮かべたまま耳元で囁いたカナメの一言によってピシリ、とまるで液体窒素を浴びせ掛けられ瞬間冷凍されたかのように凍り付いた。
それから恐る恐る、小さな声で呟いた。ゴミの声には、カナメに対する恐怖の感情がありありと込められている。
「な……なんで、知って……」
「さあ? 何でだろうな。ちなみに、俺がお前に命令したい事は、分かるか?」
「無駄に騒ぐな……って事だろうが……クソったれ」
「口の聞き方がなってないですねーまったく最近の糞餓鬼は、それに全然命令したい事が違うんですねーこれが。なあ、ちゃんと頭に脳味噌入ってますかー?」
カナメを恨めしそうに睨み、吐き捨てるように立場を弁えていないセリフを洩らしたゴミに対して怒りが上昇したのか、カナメはゴミの頭を地面に押し付け、グリグリゴリゴリとまるでヤスリにでも掛けるように擦り出した。
石畳で舗装されているとはいえ大小様々な小石がそこかしこに転がっており、そんな転がっている小石の一部がゴミの頬に喰いこんでいるのか、少々赤い何かが地面にこびり付いているのが見えない気もしないが、きっと気のせいだ。
そう思う事にしたカナメは擦る速度をさらに上げた。
「いてえッ! いてえって! 止めろ、離してくれ!!」
「お前が犯した罪の罰だと思い知れ。というか、残念。君が無駄に騒ぐから憲兵が来ちゃったじゃないか、本番はこれからなのに」
「な……ッツウ! ち、ちくしょう! 離しやがれッ!!」
人混みをかき分け、カナメ達の騒ぎを聞き付けた憲兵が慌てて此方に向かってきている。向かってくる憲兵は帯刀しており、走る姿からもそれなりの実力を持つ者だと推測できる。そこら辺のゴロツキなら、瞬殺出来るだろうレベル。
カナメとしては苦も無く無力化できる――権力と実力の両方の意味で――憲兵であるが、この国で捕まればただじゃすまない事をしているゴミは血相を変えて暴れ出し、それには流石に押さえつける事を諦めたカナメは拘束を解除した。
拘束を解かれて自由となったゴミは勢いよく立ちあがり、慌てている為に前のめりになりながらも懸命に足を動かして逃走を敢行した。
周囲に出来ていた通行人の壁はカナメの先ほどの行動を見ているのでどちらに手を貸したらいいのか分かりかねているか、厄介事に巻き込まれない様にしているかのどちらかで、結局の所何もする事無く終始遠巻きに見守り続けるだけだった。
なので咄嗟に捕まえようとする人間が居ないゴミはここぞとばかりに人混みを強引にかき分け、全力で走る。まあ、痛む片腕を抑えながらなのでそこまで速くはないのだが。
そんなゴミの後ろ姿をしばし見たカナメは、隣で静かにたたずんでいる従者に向けて、
「とりあえず狩ってこい、ただし殺すな。アイツにはまだ用がある」
「畏まりました」
と簡潔な命令を下した。
命じられたポイズンリリーは主の命に答えてから、その直後、一瞬で動いた。
ズシンッ! 石畳の地面が若干陥没する鈍い音と共にポイズンリリーの姿がその場から消失する。
疾走するポイズンリリーは空気を切り裂き、通行人と通行人との間に僅かばかりに生じている隙間を縫うようにして誰にも触れる事無く駆け抜ける。ポイズンリリーの動作に無駄なモノは一切無く、まるで流水のような滑らかで、しなやかな動きだった。
そしてポイズンリリーはカナメが狩れと命じてから、二秒と経たずにその指令を完遂した。
「ギャアアアッ!!」
上がるゴミの耳障りな悲鳴、通行人に伝播するどよめき。
それらを聞いて、カナメは今一度ため息を漏らした。
「やれやれ、知ったからには、やらなくちゃ寝つきが悪いぞ、こりゃ。というか、売られた喧嘩は買う主義ですから」
面倒くさそうに呟いたカナメは、とりあえず此方に到着した憲兵に事情を話し、今日一日は面倒事のオンパレードになるんだろうなと不吉な未来を想像した。
結果として、それは概ねあっていた。まあ、アヴァロンから外出したカナメにとっては日常的な事なのであるが。
■ Д ■
「あー、肩凝ったー」
「厄介事に首を突っ込むからですよ、カナメ様」
「仕方ないだろうに、拉致された魔族の救出も一応アヴァロンの仕事の一つなんだから。それに、見たからには見過ごすわけにもいかんだろ。
というか、売られた喧嘩は買う主義なもので」
「だからといって、カナメ様自らが赴かなくてもよろしいでしょうに……」
「そうだな、とりあえず次回から気を付けるさ」
今回、ポイズンリリーに痴漢を試みたゴミは様々な場所から貧困のために身売りした人間や攫った人間、更には最近になって一部地域で人間達と交流を始めた魔族を無理やり攫って金持ちなどに売り払うという商売を生業とした、奴隷商人だったのである。
情報を読んだ所によると、ゴミはここ、聖都ギガンダルで開かれている市で割安で売られている物資を買い貯めし、そのままオルブライトの隣国にあたる魔術国家<レプレンティアナ>に奴隷を売りに行くつもりだったらしい。
一応<レプレンティアナ>は魔術国家、と言われているモノのその魔学技術はカナメの国よりも数段劣って――と言うよりも数十年、数百年レベルで――おり、その為<レプンレンティアナ>は自国の魔学技術をカナメの国と同等以上に引き上げるという妄執に取り付かれた国である。
少しでも魔学技術――これは魔術は無論の事、<ポケット>といった魔道具なども含まれる――を向上させるためならば非人道的な行為も厭わないという壊れっぷりだ。
そんな<レプンレンティアナ>に奴隷が売られれば、どうなるかなど簡単に想像ができるというモノだった。二日と経たずに買われた奴隷は魔術の実験に使われ、よくて廃人か、最悪原形をとどめる事も無く無残に殺される事だろう。
それに今回ゴミが売ろうとしていた奴隷の中には、人間と違った姿形と能力を持った魔族も含まれていたので、生きたまま解剖されたかもしれない。
何より攫われていた魔族というのが人間一人が持つ内包魔力量の数十倍にも匹敵する大量の内包魔力量を誇る、種族ごとに異なった特性を持つ妖精種だったのでその可能性はかなり高かっただろう。
もっとも、一応ゴミとその仲間も非人道的な商売をしていると自覚していたようで、奴隷売買並びに所持が重罪となっているオルブライトでは入念に対策を練っており、買出しに来ていたのはゴミとその連れという二人組だけであり、その他の仲間と奴隷が入れられている荷馬車は聖都の近くにある森の中で停車していた。
確かにこの方法ならば、買出しだけ手早く済ませればゴミが今日この日罪が露見するという事は無かったかもしれない。
だが、カナメがそれを見過ごさなかった。
と言うか、カナメとしては魔族と人間が部分的とはいえ交流を試みている一部地域から魔族を攫うという事は、即ち交流の下準備をしたアヴァロンの――ひいてはアヴァロンの国王たるカナメに喧嘩を売られたようなモノだった。
その為カナメの脳内では喧嘩を売られた、ならこのゴミは敵だ、敵は殲滅しなくちゃいかんでしょう、という結論が出されたのである。
とりあえずカナメは今日、聖都ギガンダルの市で自分の作品を売るという暇潰しを後回しにし、即座にゴミの仲間である奴隷商人を狩るために動いたのであった。
結果を述べれば、何年も会っていなかった仇敵と再会したとか、左右からの同時攻撃を受けまて何と言うドラマティックバトル!! とか言わざるを得ない状況になんて当然のようになった訳も無く、奴隷商人一行はろくな反撃もできないまま呆気なく壊滅した。
一応他国なので奴隷商人達の命だけは奪っていないが、しかし、圧縮された亡霊のエキスを注入したり、カナメの考えでは軽い方に分類される拷問を実行したりと、他人から見れば非人道的で残虐極まりない行いを存分に施したカナメは一応満足したので、ゴミ達を纏めて憲兵に引き渡したのであった。
その報酬として金貨数枚を貰ったが、別に金なんて腐るほど在るので、貰った金貨は即座に素材としてカナメに取り込まれた。
それから奴隷商人の商品であった奴隷たちは開放されると同時に帰りたいという者と行く所が無いという者に分別し、帰りたいといった者はカナメが呼んだ機竜船ファーフニル号で家まで送って行くように手配し、行く所がない者はそのままアヴァロンで面倒をみる事となった。
アヴァロンはその特殊な成り立ち上、人間界や魔界から亡命者が入ってくる事も多い。アヴァロンでは仕事をしなくともギリギリ生きていける最低限度の金が政府から支給されているので、孤児や難民はアヴァロンの民になりたいと集ってくるのである。
だからと言って、限りある境地の中に誰かれ構わず迎え入れる事などできる訳も無い。その為国民になるには厳しい審査と幾つかの条件が存在しており、それをクリアできない者は国民になる事は出来ないのだ。
しかしながら、試練をクリアできない者にも新たなる新天地や仕事などを斡旋していたりしていて、生きる為の最低限度の教育を施す事もある。なので恐らく、今回の奴隷たちの何人かはアヴァロンとは別の地で新しい生活を送る事になるだろう。
「しかしながら、やっぱりこれだけ人が居ても適応者はそう居ないもんだな」
「何を今更。適応者が少ないからこそ暇つぶしに向いているといったのは、他成らないカナメ様では御座いませんか」
時は夕暮れ。既に陽は深く傾き、その姿が地平線の彼方へと消失しようとしている。
赤く照らされた広場の中で、カナメとポイズンリリーはアヴァロンが出している小さな店の中で椅子に座りながら静かに客を待っていた。
売られている物には統一性などなく、無骨な指輪や大きく湾曲した刃が特徴的なナイフ、赤い色に染まった謎の液体が入った瓶や、片方しかない赤銅色の籠手などである。
一見すると有り触れた品揃えというか、統一性の欠片もない商品であるが、これらは全てカナメが造った作品であった。
一定以上の強力な概念が封入された宝具シリーズとは違い、簡単な概念だけが封入された狙撃銃などと同じ一般的な作品であるのだが、しかし、この作品達にはある意味重要な役割が課せられていた。
それが、適応者探しである。
とある条件を満たし、自らに相応しい者だけを引き付ける概念が封入された作品達は、ここに並べられた昼過ぎから一つたりとも売られていない。それはつまり適応者が存在していないという事であるが、何故このような事をしているかというと、ぶっちゃけた話、今カナメがしているのは人材発掘に他ならなかった。
「そうだが、まあ、今日は帰るか。適応者も居ないみたいだし」
「そうですね、いい加減面倒です」
「また暇なら適応者探しでもしようかね」
「断固御断りします」
しかしそれもココまでとなり、並べられた作品はカナメの掌の口で捕食され、綺麗さっぱり消え去った。
店の後始末は働いている従業員に任せ、カナメとポイズンリリーはギルドホーム経営の宿へ向けて歩き出しす。
空は既に、夜の帳が下りようとしている。
「しかし、セツナちゃんとの再会は、どうなることやら」
暗い夜道を、カナメとポイズンリリーは肩を寄せながら歩いていった。