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Re:Creator――造物主な俺と勇者な彼女――  作者: 金斬 児狐
第一部 旅立ちと出会い編
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第十五話 ああ、無情。露出狂の変態は温泉の街で笑われる

 こんな覚えはないだろうか。

 何気なく道を歩いているときに、空からとある物体が落ちてきて、見事に当たってしまったという経験が。その後うんざりしながらもとある物体を洗い落したという経験が。

 まあ、遠回しな表現を止めていうと、鳥糞を引っかけられた事があるのかないのか、を聞いている訳だが。

 別に他の例えだっていい。通学路にある余所様の玄関先で飼われている気性の荒い犬に手酷く噛まれた事が在るとか、食事中にポケットから出していた財布を無くしたとかでも十分だ。

 結果があるのだから、当然そうなる過程が必ず存在するし、生き物が一瞬一瞬に問われる幾多の選択肢は、上記の例を避ける未来だって用意されている。

 鳥糞を引っかけられる直前、地面には無数の跡と残骸等がよく見られる。そして直上には電線に止まった鳥の群れ。ここで糞が落ちてきて身体に着いた未来が想像できれば、自然とその下を避けて通る事だろう。すると鳥糞を引っかけられるというリスクは激減する、といった具合だ。

 まあ、避けられない場合もあるにはある。しかし、およそ大抵の場合は事が起こる直前、その周囲の情報を読み取る事で回避は可能だ。

 他の例で言っても、余所様の飼い犬に噛まれるのが怖ければ別の道を行けばいいのだし、財布は出さずにずっとポケットに仕舞い込んでおけばいい。

 つまり、人が生活している以上、危険は起きる直前に何かの警告を発しているものであり、避けて通る事も可能だという事だ。

 その為危険を回避できる人間は、そんな些細な警告を確実に捉え、最善の選択肢を選べる存在であり、人間関係を上手に築いていける人物なのだ。


 だから今のこの状況は、最善の選択を見逃した俺のミス、なのだろうか?

 いいや、これは絶対に違う。俺はミスをしていない。俺が選べる中で、最善の選択肢を常に選んで来たはずだ。長い月日によって練磨された洞察眼と、この世界の神秘にしてブラックボックス、レアスキル<断定者>がそれを可能にしている。

 しかしただ、不運だから、最善の選択肢を選んでも厄介事に巻き込まれてしまうのであろう。

 そう、<堕ちて来た勇者>の特性の一つ、不運補正なんてモノがある限り、俺は何をしようとも巻き込まれる時には巻き込まれ続けてしまうのであった。



「カナメ様、現実逃避をする演技はそろそろ止めたらどうでしょうか? 一々オーバーリアクションで、正直言って、少々イラっときます。後頭部をこう、バットで殴りたいような感じです。無論金属バットで」


「だがなリリー、演技でもして自分の不幸っぷりを表さないと、神様には届かないんだ」


「何を言いますか。常日頃から『神とかマジで死ねばいいのに』とのたまっていらっしゃるカナメ様が。気持ちが悪い」


「不幸をアピールしていたら、それを見た暇な神が降りてくるかもしれんだろう? その時抹殺しようと思って、こうやって自分を餌に釣りをしている訳だ」


「なるほど、なんと浅はかな考えでしょうか」


 会話すると必ずと言っていいほど配合されているポイズンリリー成分に、カナメのガラスのような心は侵されていく。しかしそんな素振りを見せるとポイズンリリーは濃度を上げて毒を放つようになるので、カナメは毒に侵されているという事を微塵も洩らさないように仮面を被った。

 五百年という経験は、完璧なるポーカーフェイスを可能にしたのである。いや、まあ、そんなに時間を掛けなくてもできるようにはなるのだけれど。


「貴様等、今がどのような状態にあるのか、分かっているのか!?」

 

 カナメの眼前で、完全武装したヴァイスブルグ皇国軍皇女直轄近衛兵団<紫雲剣爪皇女隊アヴィルヴァ・ルートニア>の隊長と思しき二十代中盤の青年が、苛立ちを込めた声音でそうはっきりと言い捨てた。

 周囲には青年と同じ紫を基調とした実用的かつ見た目も悪くない金属製のアーマーに身を包んだ隊員が、約十五名ほど。

 紫色のアーマーに使われている素材は<玉紫鋼パーゼラート>と呼ばれるもので、硬い上に軽く、対魔性に優れている事で有名なモノであり、ヴァイスヴルグ皇国だけが生成方法を知っている希少合金だ。生成方法は完全な極秘事項で、他国に漏れた事が無い。

 その為玉紫鋼で造られた近衛用のアーマーを着るという事は、皇国の騎士にとってはとても名誉ある事だとされている。つまり、エリートだけが玉紫鋼で造られたアーマーを付けられるという事だ。


 そして機玩具人形三女、シャドウキャットからカナメは今目の前に居る、ヴァイスブルグ皇国軍皇女直轄近衛兵団<紫雲剣爪皇女隊アヴィルヴァ・ルートニア>の情報をある程度受け取っていた。

 内容は『<紫雲剣爪皇女隊アヴィルヴァ・ルートニア>は、現皇帝イグザルタの親馬鹿が発揮されて相当腕の立つ人員にゃけで構成されているらしいにゃ』というモノだ。

 そして最後の方には『それにゃりに良い装備ともあいにゃって、下手な軍隊よりも手ごわいんじゃにゃいの? 多分にゃ』と補足されていた。


「……貴様、我々を舐めるのもいい加減にしろ! 今なら大人しくそいつらを差し出せば見逃してやるが、これ以上邪魔立てするというのなら、我々にも考えがあるぞ!!」


 端正な顔立ちをしている隊長が声を荒げると、それに追随するように、カナメ達を包囲している隊員は腰に提げる刃引きされた剣を抜き放ち、ゆっくりと包囲網を狭めんと前進した。カナメ達の背後は壁によって塞がれているので、逃げ道は既にない。

 いやまあ背後の壁を“喰えば”道はできるのだけれど。


「って、言ってるけどさ、俺はこの場合どうしたらいいのだろうか? なぁ、バジル」


「助けて欲しいってのは本音なんやけど……」


「また巻き込んですいません。本来なら偵察だけのつもりでしたが……」


「ドジを踏んでしまった、と言うわけか」


『はい』


 カナメとポイズンリリーに庇われる形で身を小さくしている男女――サラヴィラとバジルは異口同音にそう言った。



 八人の仲間を逃がす為に残る形になったサラヴィラとバジルには同情するが、しかし何故厄介事をこちらに持ちこむのか問いただしたい。

 昨日の恩を仇で返された気分だ。

 貸し切った宿に泊めてやっただけでなく、温泉や豪華な晩飯を奢ってやったというのに、何なのだろうかこの状況。流石に憤りを感じないでもない。

 というか、皇女がここに居るか確認しに行って、近衛兵に怪しいからと職質されて、それでバレたと勘違いして一人を魔術でぶっ飛ばすとか、正直馬鹿だろと言いたい。

 世界の理不尽に、本気で頭痛がする今日この頃。しかも温泉を堪能して、さあオルブライトを目指すぞ! と思っていた瞬間に転がりこんでくるとは、これ如何に。

 いやまあ、バジルが魔術で敵をふっ飛ばしちゃったから罪の反動がこうして俺に降りかかってきたんだろうけどさ。

 

「もう一度だけ言う。その狼藉者を、渡せ」


「黙ってろ餓鬼。お兄さんはこの馬鹿達のせいで頭が痛いんだ。というか、幾ら何処の国にも属さない自由領域にあるアグバウアだからって、我が物顔で騒ぐなって話です」


 それなのに、これだから偉ぶった餓鬼は大っ嫌いです。

 人が世界の不条理に嘆いているというのに、空気を読まずにそんな事を言ってくるのだから。少しは老人を労わるという事はできないのだろうか?


「――ッ! 貴様はそこの者達と同罪だ!! 無理やりにでも、連行させてもらうぞ!」


 鼻息荒く、眼が血走った隊長が、声を荒げながらカナメに近付いていく。

 隊長は腰に下げた鞘に納められた剣の柄を掴み、カナメが自分の間合いに入ると同時に、剣を一息で抜刀した。

 シャラン、と鞘走りの音が鳴る。

 今現在とある理由で<紫雲剣爪皇女隊アヴィルヴァ・ルートニア>が持っている剣は全て斬れないように刃引きされたモノなのだが、それでも鋼の塊だ。

 当たれば骨は折れるし、何より居合の剣は達人が使えばそれでも斬れてしまうモノである。

 隊長の一閃がカナメの予想を超えた速さで迫り、抜き放たれた刀身をカナメは捉える事ができなかったが、咄嗟にしゃがんで回避する事には成功した。

 その際髪の毛が数本切断されたが、それは些細な事だ。

 短気な性格ながらも、やはり名のある近衛兵の隊長である。カナメに怪我を負わせられるに足る、鋭い一閃だった。これが使い慣れた剣であったならば、カナメに掠り傷程度は付けられたかもしれない。

 その事実にちょっとだけ、本当にちょっとだけカナメは驚いた。


「おお、なかなかやるじゃん……でもさ」


 カナメは驚きの声を上げたが、しかし驚いているのは声だけだ。表情は先ほどの一閃が何でもないかのように苦笑いを浮かべ、緊張感がない。

 寧ろ、その苦笑いは多分に隊長を馬鹿していた。


「俺に手を出したんだからさ、何されたって文句は言えないんだよな?」


 カナメはそれだけ言うと、一瞬だけ掌にある口を開いた。

 顔にある普通の口とは違う、この世界で目覚めたカナメだけが持つユニークスキルの作用によって生まれた、両掌にある二つの口を。


「んじゃ、頂きます」


 そう言った瞬間、隊長が削られた。上半身全てが、ごっそりと一瞬で削り取られたのだ。それは一瞬の事で、何が起きたのか理解できない事だろう。

 まあ、肉体が、ではなく、肉体以外の全てが、ではあるが。


「……は?」


 隊長が気の抜けるような声を出した。

 現在隊長の身を護っていた玉紫鋼で造られた紫色のアーマーは跡形も無く消失し、その下に着込んでいた肌着も消え去り、ついでに手にしていた剣さえも綺麗さっぱり無くなっている。隊長は今、下半身はアーマーががっちりと護っているというのに、上半身は真っ裸という、なんとも間抜けな風体を晒しているのであった。

 しかも今は街の中。人の目など、腐るほど在る。その上ココは何処の国にも属さない自由領域にあるアグバウア。温泉目当てに多くの国から身分の高い人間がやって来るばかりでなく、世界を放浪する旅商人達が多く滞在している街だ。

 そんな人間達の前でこのような醜態を晒せば、最早この不祥事が世界中に知られるのも時間の問題であった。


「この街で殺しを働くってのも、後々面倒しかないんでね。せいぜい生き恥を晒しなされ」


 世界各地には、カナメ達が居る温泉の街<アグバウア>がそうであるように、自由領域と呼ばれる場所が幾つか点在している。

 自由領域とは、太古の神々が『この場所は人間の物ではなく、我々神々の物である。この地を誰かが支配する事は決して許さん』と決めたとされている場所であり、そこに人は住めても誰かの物には決して成り得ぬ異端の土地として、人々に認知されている特別な場所の事を指している。

 その為自由領域には戦争で荒れた国の難民が在り所を求めて集い、それによって温泉の街<アグバウア>のような観光地が形作られ、何処の国にも属さない街が出来上がったのだ。そうなると自由領域にある街は無法地帯と思われるかもしれないが、決してそんな事は無い。


 自由領域では、犯した罪の分だけ不幸が自らに返って来るからである。


 人を殺してしまえば自分か親しい人間が死ぬし、盗みを働けば自分も盗んだ物と同じ価値の物が盗まれる。

 何故そうなるか原理は分からないが、これは神が取り決めたルール、として扱われている。

 どうしてこうなるのか解明する事は不可能であり、意味不明でありながらそこにある自然現象のようなものだ。このルールはスキルと同じ、そういうモノとして存在しているこの世界のブラックボックス。


 ただ、このルールにも抜け道が存在する。

 

「ちなみに俺が鎧と衣服を喰った事は罪にならない。刃引きされた剣で襲われたから自己防衛しただけだし、何より何かを食べる事は罪にならないからだ。だから、ルールによって俺が害を被る事はあり得ない」


 生き物が生きる上で他者を殺し、食べる事でエネルギーを摂取のは必要な事なので罪にはなり得ず、またカナメの口は生き物以外の全てを食べる口なので、これもまた罪としてカウントされる事は無い。



「ところで、カナメ様。このような見苦しく愚かで馬鹿な下種は放置して、さっさと次の街に行く事が賢明だと思いますが? このような醜態を晒してしまったのですから、アチラも準備ができ次第襲ってくるものだと思いますが」


 罪が自らに返ってくるのは自由領域の中だけである。

 一歩街を出ればそこは自由領域の外となり、そこで誰かを殺そうと自分が死ぬ事は無い。ルールが無いのだから当然だ。


「そうだな。んじゃ、出かけの駄賃というか、折角これだけ貴重な玉紫鋼が在るんだから、ストックしていきますかね。データ採集も兼ねて」


 そう言うと、カナメは合掌した。

 パン、と景気のいい音が鳴る。

 それからささやかに祈りを捧げた。

 これから生き恥を晒す変態達に幾ばくかの冥福を。


「手加減はしない、とか言ってみたり」


 とカナメが言った次の瞬間、変態が十六人、自由領域に存在する温泉の街<アグバウア>に生まれ出たのであった。

 アーマーを根こそぎ喰われ、剣を喰われ、肌着を喰われて真っ裸になった<紫雲剣爪皇女隊アヴィルヴァ・ルートニア>の隊員は自分の大事な部分を必死で隠しながら、強く心の中で決意したのであった。


『黒髪の男は必ず殺す!!』


 と。しかしそれも、どうでもいい話なのだろう。

 素っ裸になった変態近衛集団を見て笑う者や、子供の視線を必死で遮る者、マジマジと鍛え抜かれた肉体美を観察する者が多数入り混じり、周囲に満ち溢れる喧騒に比べれば、本当に些細な事であった。


「んじゃ放置してたラーさん拾ってさっさと行くか」


「そうですねカナメ様」


「んじゃ、お前らも頑張れよ」


 何時の間にか出来上がっていた野次馬の壁を慣れた様子でするりと抜けつつ、カナメとポイズンリリーは早急に去るべく逃走の段取りを話し合いながら、必死で付いてくるサラヴィラとバジルに向けてそう言った。

 昨晩彼らに出来る事は全てし尽くしたカナメは、最早これ以上干渉する気は無い。

 カナメがその気になればヴァイスブルグ皇国を内部から瓦解させるまでもなく、無理やり崩壊させられない事も無いのだが、それでは後々悔恨を残す事になる。そうなると再び面倒事が起きる可能性が在るので、できるだけ避けたい。

 なので、サラヴィラ達<正当なる秩序キャブルブ・ヘタイロア>にささやかな贈り物をする事にしたのである。

 送ったのは、数品ほどの作品だ。

 一応、ヴァイスブルグ皇国の革命を目的として扱う者にしか御しきれないという制約が付加された物で、この作品達を使う事により、ヴァイスブルグ皇国の首脳部が総入れ替えになる可能性がグググっと高まった。

 それほどの贈り物をしたんだから、もういいでしょ、とカナメは思う。

 これ以上巻き込まないでと切に願った。このままズルズルと引っ張られれば、当初の目的からどんどん引き離されてしまうのだし。


「何度もすいません。ですが、必ず革命を成功させます」


「今度は一杯酒でも付き合おうや。ほんじゃ、またの」


「ま、死ぬなよ」


「では、御武運を」



 そう言って、カナメとポイズンリリーはサラヴィラとバジルと別れた。

 これからカナメ達は堕ちて来た異世界人と会うための旅に戻り、サラヴィラ達は憎き皇帝を討つ聖戦に身を晒す事となる。

 

 四人は再び巡り合えるのだろうか……。





「とか、ナレーターが居たら流れるかもしれないな」


「はぁ……本当に殴ってもいいでしょうかカナメ様?」


「ここで殴ったら自分に返って来るぞ」


「大丈夫でございます。これが世に言う、ツッコミですから」


「いや、待てリリー! ツッコミは決して金属バットを持って行うモノじゃない! しかもそれは普通のバットじゃなく、毒付加式のヤツだろうが!!」


「お構いなく、ささ、ボケてください」


「ボケてたまるか!!」


 こんなやり取りの数秒後、路地裏で悲鳴が上がったという話だけれど、どうなったのかは未だ不明である。

 

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