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三人の姉

 風雅が方向転換をした途端、これまであたし達に見向きもしなかった魔物たちが襲ってきた。

 神族の王の加護が切れたのだ。


「風雅。あんた、クローエンを助けたいでしょ」


 あたしは風雅に覚悟を問う。風雅はあたしの真意を測りかねているのか、訝りながらも、『む、無論だ』と答えた。


「その心意気やよし!」


 あたしは風雅の首筋をポンと叩くと、周辺の魔物に向かって声を張り上げる。


「聞け! 魔性の者ども! こいつは竜騎士隊隊長の飛竜よ! 手柄が欲しい奴はこっちに来なさい!」


 予想通り、あたしの声を拾った魔物たちが一斉にこちらを振り返り、我先にと向かってくる。風雅が『なにをー!?』と絶叫したのも、予想通りだ。


 あたしは普段は眠らせている母親の血を解放させると、くるりと体を反転させて風雅から転げ落ちた。

 魔気を使って宙に浮き、スカートの下から長く伸びた蛇の下半身を一振りして、ぐんと前へ勢いよく飛び出す。


「ここは任せたわ。じゃあね!」


 周囲の魔物の注意を風雅に集中させる事に成功したあたしは、独り、城を目指す。

 後ろから、『あとで覚えてろヘビ女ー!』という風雅の怒号が聞こえた。


 ★


 城まであと少し、というところで、聖王とリューク、隊長二人が見えた。あたしの姉三人と闘っている。


 ラグラスの分身である三人は、父親が戦っていた時と同じように、強靭な爪をナイフのように伸ばし、聖王や騎士たちに斬りかかっている。


 ウルスラ。ちょっと尻のラインが崩れたんじゃないか?

 イデット。化粧を変えたようだが、全然似合っていない。

 マルルー。露出狂まるだしの服装趣味は変わっていないようだ。


 ああ三人とも本当に――相変わらず、むかっ腹が立つお顔だこと!


 あたしは怒りに任せてヘビの尾っぽを振り上げると、それを三人の姉めがけて鞭のように振るった。

 あたしの蛇腹に打たれた三人は、まとまって街の廃墟に突っ込む。 


「おおおまえ蛇だったのか! ピッタリ過ぎて怖いわ!」


 慄きながらも減らず口を叩いてくるユウリを「おだまり!」と一喝したあたしは、強力な魔獣が一体、城を襲いに行った旨を口早に話した。


「城にはベルやアミリアもいるでしょ! 早く行って!」


「ここは私に任せろ。リューク、アダンとユウリを連れて行け!」


 あたしが急かすと、エイドリアンがリュークに命令を下した。


 リュークは頷くと、アダンとユウリを伴って城へ引き返す。


 三人分の大きな戦力を失った戦場で、「それで?」とエイドリアンがあたしを見る。


「君は我々の味方をする気か?」


「少なくとも、アミリアとクローエンが生きてるうちは」


 答えつつ、姉達が墜落した廃墟に目をやった。そこにはもう、彼女達はいなかった。


 どこに行った、と考える間もなく、三人の魔女が目の前に突然現れる。

 聖王に準ずる騎士たちが、驚いて声を上げた。

 エイドリアンが忌々しげに苦笑う。


「そうだった。ラグラスの娘たちは『転移』ができたんだったな」


「徒歩一時間程度の距離なら一瞬よ。あたしはできないけどね」


 念の為、追加情報を与えておく。


 三姉妹は、物凄い形相であたしを睨みつけている。嬉しい事に、瓦礫の中に突っ込んだ事で、三人とも全身埃まみれだ。


「あらあらオネエちゃま達。黒いドレスがグレーになっちゃって。どうしたのぉ?」


 嘲笑ってやると、最も短気な次女イデットが「調子に乗るんじゃないよ役立たず!」と唾を飛ばしてきた。膝裏まで伸ばした自慢のストレートヘアには、蜘蛛の巣が絡みついている。


「そおよぉ。わざわざ迎えに来てやったのに、ロゼったらひどぉい」

 

 三女のマルルーも頬を膨らませ、ドリルみたいに巻いた黒髪の束をさっと後ろへ払った。

 

「まあいいわ。探す手間が省けた。帰るわよ、ロゼ」


 長女のウルスラが、無表情にあたしに手をのばす。


 あたしは三姉妹の中で、長女が一番苦手だった。頭頂部で髪を一つにまとめたその下の表情はいつも冷たく、心を表に出さない。邪悪な笑みに顔を歪める事も無ければ、柳眉を逆立てる事も無い。彼女はあたしが物心ついた時から、ラグラスに最もよく似た魔王軍の縦柱だった。


「いやよ」


 あたしは姉達から距離を取った。

 ウルスラの細い眉が僅かに寄って、眉間に浅い皺ができる。

 

「ロゼ。何の為にこんな大軍をつれてきたと思ってるの」


「だから帰らない、つってんでしょ! ほんっとに、時間が無いんだから何回も言わせんじゃないわよ! この――」


 拳を握ったあたしは、三人に向かって声を荒げた。そして、これまで三人に歯向かってきたものと同じやり方で、三連続に心をえぐってやる。


「オバハン! 年増!! 行き遅れ!!!」


 しばしの静寂の後、一人の若い竜騎士が「ひでえ」と呟いた。


「あはは~。久しぶりに聞くと、ちょっとムカつく~」


 マルルーがカラカラと笑いながら、指を鳴らして『お仕置き』の準備にとりかかる。一方、イデットは顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。


「いい気になるんじゃないわよ! お父さまの『創造』があんたに遺伝したのはね、たまたまなんだからね! 本当はお父さまだって、ヘビ女なんかに産ませたあんたじゃなくて、分身のあたしたちに遺伝するのを望んでたんだから!」


 喧嘩ならイデット相手が一番やりやすい。ちなみに以前、あたしが頭突きをした相手もイデットだった。


「知った事かファザコンども! ちゃらんぽらんなオヤジに似た所で、これっぽちも嬉しくないわ! 大体、体罰が日常の牢屋暮らしなんて誰が戻りたがるのよバカ女!」


「はああ!? あれは躾でしょうが! お父さまが、あんたがちゃんとした跡継ぎになれるよう訓練しろってあたし達にねえ――」


「し つ け!?」


 イデットの口から信じられない単語を聞かされたあたしは、声を裏返らせて次女の主張を力いっぱい遮った。


「躾けるんなら恨みを残さないようにやりなさいよ、この脳なしポンチ!」


「なんですって、姉不幸者!」


 悪態の応酬が続く。いつの間にか、魔物も騎士も闘いを忘れ、空中で始まった姉妹喧嘩を茫然と見ていた。


 そして怒鳴り過ぎてあたしの声が枯れ始めた頃、ずっと腕組をして黙していたウルスラが、「もう結構」と冷たい声で割って入る。


「そもそも、あなたに拒否権なんてないのよ。大人しく付いてきなさい。さもないと」


「さもないと、どうする気だ」


 槍を構えたエイドリアンが、ウルスラとあたしの間に大鷹を滑り込ませた。それに続き、他の騎士たちも姉達を囲うように、それぞれの飛行獣を移動させる。


次話はまた明日投稿します

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