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クローエンの記憶

 エル・アケルティの王の加護は本物だった。

 あたしと風雅は、まるで透明になったように周囲から気付かれず、混戦状況にある空の中を飛んだ。

 横スレスレをすり抜けても、誰もあたしたちを気にしない。途中、何体かのゴブリンにぶつかったが、ゴブリンは不思議そうにあたりを見回すだけだった。


 右や左、上や下。どこを向いても人と魔物がぶつかり合い、血を流している。

 

 街にも魔物が侵入していた。

 戦士や魔道士が迎え討つ姿も見られたが、一般市民の被害は免れていない。逃げ遅れた人々が、オークやウルク、魔獣の犠牲になっている。教会の向こうには、トロールも数体見えた。

 その混乱する街の中に、致命傷を負った飛行獣や騎士、魔物が落下してゆく。


 今までの私なら、そんな光景を前にしても心が動かなかっただろう。けれど今は、涙が出た。

 多分、クローエンから渡された記憶が影響しているのだろう。

 記憶と共に少なからずの感情も、あたしは受け取っていた。

 

 クローエンの記憶は、カテゴリー別に再生されているようだった。


 青空をバックに、金平糖をバリバリと食べるあたしの姿が見えた。楽しくて、心が躍るようだった。


 あたしが城に来た翌日、エイドリアンと隊長二人とで示し合わせ、偽の軍議を行った。あまりにも世間知らずなあたしに警告を与えるために。あたしがこっそり『遠見』で覗いていると見越しての策戦だった。エイドリアンがあたしの魔気を感じ取っており、軍議を終えると、四人で策戦成功を祝った。


 あたしの掌が、クローエンの左手に張り付いた。街中からの不躾な視線に耐えながら夜辻堂まで走った。


 あたしと連れ立って、魔界へとんだ。ラグラスの命の欠片を宿したオークを、一突きで刺した。己の心は殺していた。


 あたしと初めて出会う。クローエンは、あたしの占いの精度の高さに驚いており、同時にあたしの減らず口を楽しんでいた。


 エイドリアンが魔王の首を取った瞬間。ラグラスの胸からまばゆい光が飛散し、一つがエイドリアンの傍に居たクローエンの心臓に突き刺さった。クローエンも、命の欠片の持ち主だった。エイドリアンからラグラスの命の欠片を持つ者を排除する命を受けた時、クローエンは、最後は自分の命に決着をつける事を決めていた。


 リュークや隊長二人との合同訓練。千歳を越えるクローエンは、三人を弟のように思っていた。


 クローエンが話していた王子の映像が見えた。十歳くらいの、銀色の髪を持った快活な笑顔の少年。クローエンを『先生』と呼んで慕い、武術を教わっていた。

 王子は権力闘争に巻き込まれた挙句命を狙われ、クローエンがエル・アケルティから逃がそうと船を出した。しかし、門を出た直後、追手に襲われ船を壊された。クローエンは、後一歩のところでランスロットに手が届かなかった。神族の王子――ランスロットは、クローエンの名を叫びながら海中に落ちた。そして間もなく、クローエンも海に沈んだ。奇跡的に王都の海岸に流れ着いたクローエンは、エイドリアンに拾われた。ある程度体と心が回復するまで、半年を要した。ある程度動けるようになった頃、戦闘力を買われて騎士にならないかと誘いを受けたクローエンは、竜騎士の資格を得るために飛竜の谷に赴き、死に物狂いで風雅を随順(ずいじゅん)させた。

 クローエンは、地上界で生きる事を決めた。しかし毎晩のように、海に落ちたランスロットが夢に出て、うなされる日々は変わらなかった。


 目の前の悲惨な光景と、クローエンの痛々しい記憶と感情に触れたあたしは、絶望的な気持ちで空を飛び続けた。

 しかも記憶の中の少年ランスロットには、見覚えがあった。


 あたしが暮らしていた隣の牢に、三つの頭を持つ魔獣と融合させられた銀髪の少年がいた。死体同然だった彼を魔王が拾い、試験的に魔獣とかけ合わせたのだと三女のマルルーが言っていた。まだ癒合途中で不安定だが、癒合に成功したら強力な戦力になるだろう、と。

 魔王や姉達はその少年を、『ラン』と呼んでいたが。


 ラグラスが死んだ時、ランはまだ檻の中で眠っていた。

 それがもし、目覚めてここに来ているとしたら――


 不安が的中する。

 山際に、大きな銀色の獣の姿を見つけた。犬のような頭が三つ。翼は無く、魔気を使って空を飛んでいる。大蜂の飛蟲を頭から食いちぎり、その巨大な前足で、騎士を地面にたたき落とした。

 視界に入れただけで、震えあがるほどのエネルギーを感じた。


 ランは群がってくる騎士達を蹴散らしながら、空を大きく跳躍した。あたしと風雅を横ぎり、城へ向かって一直線に走ってゆく。


 間違いなく、ランは城を襲う気だ。あんな獣に襲われたら、城も終わりだ。

 クローエンはまだ飛び立っていないかもしれない。だとすると、迎えうつに決まっている。

 クローエンはランの正体に気付くだろうか。今は獣の姿をしているが、もしランが人の姿に戻ったら――。


 先程、頭を食いちぎられた大蜂の姿に、クローエンの最後が重なった。


「――いや!」


 思わず、叫んでいた。

 あたしは、風雅を方向転換させるため、手綱をぐいぐいと引っぱった。けれど、風雅の首は前を向いたまま、びくともしない。


 ――このバカ竜め、この期に及んでまだ反抗する気か!

 

「戻って風雅! 早く!」


 首筋を叩いて暴れるあたしに、やっと風雅が一瞥をよこす。


『クローエンと約束している。一度神語で命じられたら、そこから先は神語以外の命令は聞かん、とな』


 なんじゃそりゃー!

 

「やっかましい!」


 あたしは怒りに任せて、短剣で風雅の頭をぶん殴った。


「約束なんか知ったこっちゃないわよ! 言葉が通じるんなら言う事ききなさい! じゃなきゃこの剣で脳天ぶっさすわよ!」


『本当に無茶苦茶だなお前は!』


 短剣の一撃が効いたのだろう。風雅は涙声になっていた。


次話はまた明日投稿いたします!

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