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混乱の王都と門の鍵

 城の厩舎という厩舎から、武装した騎士を乗せた飛行獣が次々と飛び出す。エイドリアスも素早く装備を整え、聖王に従う一羽の大鷹を飛び立たせた。右手には、魔王ラグラスを討ち取ったと言われている大槍が握られていた。


 エイドリアスが乗る大鷹に、天馬や飛蟲、飛竜の騎士たちが続く。その中には、アダンやユウリ、リュークの姿があった。


 青空がたちまち、飛行獣たちで黒く染まる。


 あたし達は、空へ昇る騎士達とすれ違うように下降した。

 混乱している市民であふれる練兵場に着陸すると、市民を主要施設へ誘導し、そこにある地下道から都の外へ非難させるよう指示を出す聖女ミラの声が聞こえた。

 兵士や警備員が走りまわり、城の地下道へ非難するよう、練兵場に集まっている市民に呼びかけている。


 クローエンが、あたし達を繋いでいたベルトを外した。降りるのだろうと思って身を捻ると、止められる。


「君は下りなくていい。風雅に乗って逃げてください」


「はあ?」


 あたしが風雅に乗ったら、あんたはどうするんだと訊くと、別の竜に乗って出撃するとの答えが返ってきた。

 この緊急事態で、乗りなれない別の竜を使うとか、正気とは思えない。飛行ムカデほどではないが、飛竜も相当気難しいのに。


 断ろうとすると、懐から繊細な細工が施された一振りの短剣を取り出したクローエンが、それをあたしに渡した。


「これを持っていれば、エル・アケルティに入れます」


「どうして今更エル・アケルティなんか――」


 よほど急いていたのか、クローエンはあたしの返答を許さなかった。黙っているように、との意味であたしの唇に人さし指を押し当てると、すぐに説明を始める。


「これは門の鍵。鍵を持つ者が帰還する時には、門を潜るまで王の加護がつく。加護を逃したくなければ引き返していけない。ひたすら南へ飛んでください。いずれ門が開く」


「あんた、神族だったの」


 クローエンは頷く。


「ただし歓迎されるとは限らない。俺はあっちでは多分、罪人でしょうから」


 何の罪か。あたしが問うと、泣き笑いのような表情を作ったクローエンは、王子の命を託されておきながら見殺しにした罪だ、と答えた。

 そしてクローエンは、あたしの両頬に手を添えて引き寄せ、額を合わせる。

 額にピリッと電気のようなものが走ったかと思うと、頭の中で膨大な映像が何層にも重なって流れ始めた。


「俺の記憶です。説明している暇が無いので、これで理解して下さい」


 あたしは茫然とした。

 他人に自分の記憶を渡すなんて、信じられない。だって、恥どころか命にかかわる弱点まで全部さらす事になるのに。


 目の前にある大混乱の練兵場の景色と、勝手に再生され続ける記憶の映像で、脳みそがパンクしそうだった。頭を抱えたい衝動に耐えながら、あたしはクローエンを見つめる。


「……あたしのこと殺しとかないと、後悔することになるかもよ」


 クローエンは驚いたように目を見開いた。しかし、すぐにそれは、今まで見た事も無いような温い微笑みに変わる。


「なぜ? 殺す必要などないのに」


 囁くように言ったクローエンは、短剣を握っていない方のあたしの手に手綱を握らせた。続けてさっと身をひるがえして風雅から飛び下りると、風雅の横っぱらを叩く。


「フウガ! |ン・スィー・ム(エル・アケルティへ)エル・アケルティ(飛べ)!」


 途端、風雅が深く大きな咆哮を轟かせ、翼を広げる。


ヌスゥ(王よ)パフウ゛(門を開けよ)! |セイレイン・トゥ(セイレインの)アァト・クローエン(息子 クローエン)トゥ()ムドゥイ・パファ(使者が行く)!」


 クローエンが紡ぎだす神語に押し出されるように、あたしと風雅は再び空へと舞い上がった。


 

次話はまた明日投稿いたしますm(_ _)m

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