さようなら
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皆がそろそろベッドに入ろうかという夜更けに突然窓から現れたレンブラント。
フランチェスカは驚き過ぎて思わず「レンっ?」と大きな声を出してしまった。
レンブラントは窓の向こう側で口元に指を当て「静かに」とジェスチャーを送ってくる。
そしてこれまたジェスチャーで「窓を開けろ」と伝えてきた。
フランチェスカは訳が分からないながらも窓を開ける。
「レン様?一体どうなさったの?どうしてこんな時間のこんな場所から?」
今度は小声でフランチェスカは訊いた。
「こんな時間でないと周りから人が居なくならないんでな。妃候補一人一人に公正に接すると公言しているのだ、会う曜日でもないのに大きな顔でお前に会いに行く訳にも行くまい」
レンブラントがそう答えるとフランチェスカはますます訳が分からなくなった。
「ではどうして公正ではないと思いながらもここへ?」
フランチェスカがそう尋ねるとレンブラントは徐にフランチェスカの額に手を当てた。
「?」
「トーマスから風邪気味だと聞いた。大丈夫なのか?熱は無いようだが」
あ、そうだった。
昼間フランチェスカはトーマスに風邪気味であると言ったのだった。
嘘なんだけども。
「だ、大丈夫ですわ。ご心配には及びません」
「しかし王宮に上がってから一度も風邪なんか引いた事がなかっただろう?」
「まぁ、そういえばそうですわね。私ったら本当に頑健に生まれついているのですわね……ふふふ」
最後に風邪を引いたのはいつだったか……
記憶にないくらい昔だった事に思わずフランチェスカは可笑しくなる。
ころころと笑うフランチェスカを見て、レンブラントは安心したような眼差しで微笑んだ。
「ホントに大丈夫そうだな」
「ええ。ごめんなさい」
「なぜ謝る」
だって風邪気味なんて嘘だから、とは言えない。
「お忙しいレン様を煩わせてしまったもの」
「煩わされたとは思っていない」
「ふふ」
そうなのだ。
レンブラントは昔からこうなのだ。
フランチェスカが迷惑を掛けても迷惑だとは思わないと、いつも言ってくれた。
変わってしまったようで変わらないものもある。
この優しさを持ったままなら、きっとレンブラントは良き君主となれるだろう。
これからはこの国の民草の一人として、いずれ訪れるレンブラントの御世を見守ってゆく。
「レン」
フランチェスカはレンブラントを昔からの愛称で呼んだ。
これが最後だと思いながら。
「なんだ?」
「ふふ。なんでもないですわ」
「……暖かくして寝ろよ」
「はい」
また窓から去って行くレンブラントの背中を見送りながらフランチェスカは心の中で語りかけた。
さようなら。
さようならレンブラント。
大好きだったわ。
私の可愛い元おチビさん。
どうか、どうか幸せになって。
翌日、フランチェスカは侍女のロナと共に六年間暮らした王宮から姿を消した。
華やかな三人の妃候補の陰に埋もれるようにひっそりと暮らしていた彼女の不在に、側近のトーマスが部屋を訪れるまで誰も気付かなかったのだ。
その為、出奔発覚までに丸一日を要したのであった。
誤字脱字報告、かたじけのうござりまする!