妃候補たちの戦い
王太子レンブラントは長年唯一の妃候補であったロング侯爵家のフランチェスカとは別に、政治的に有利となる三人の妃候補者を擁立した。
前々からこの方こそ王太子妃に相応しいと、それぞれの家門の臣下達が口煩く推してきた三名だ。
レンブラントの遠縁にあたるリーグ公爵令嬢ヴェロニカ。
ソレム辺境伯令嬢コリンヌ。
そしてビゾネット侯爵令嬢アンジェリック。
いずれも国内の有力諸侯の令嬢で、王太子妃として遜色ない身分と教養を身に付けた令嬢達。
そして妃選びは国の大事。
誰もが納得して誰もが認める者を選ばなくてはならない、としてレンブラントがその三名を選んだのだった。
フランチェスカを入れて四人となった妃候補達にレンブラントは言った。
「王太子妃とはいずれ王妃となる存在の者。そして国母となる女性だ。私は妃には強さと賢さ、そして逆境に負けぬ底力を求めている。これより一年後に選定する妃の座を得る為に、将来の王妃として相応しい功績を残し、強かに勝ち抜いて頂きたい。そして王太子妃選定役人が公正に判断した序列一位となった者を妃として迎える事にする。側妃は要らぬ、選ぶは正妃一人のみ。貴女達の奮闘を期待するところ大である」
――うーん゛
レンブラントのその言葉を聞き、フランチェスカは思わず心の中で唸る。
今の言葉を要約すると、
『己の持つ力でこの妃選定の戦いに勝ち残った者を俺様のお嫁さんにするぞ』
という事になる訳で……
父が亡くなって生家という後ろ盾もない、財力もない、社交界に強力な人脈もなければついでに腕力もない、無い無い尽くしのフランチェスカには圧倒的に不利な条件である。
せめて父が存命であれば……
生家のロング侯爵家は父亡き後、幼い弟が襲爵した。
しかし実質、今のロング侯爵家の実権を握っているのは義母の次兄である義伯父である。
そしてその義伯父は妃候補の一人であるリーグ公爵家の配下という訳で……フランチェスカの味方になってくれる可能性は耳かき一杯分もないのだった。
レンブラントも酷な条件を出したものだ。
これでは絶対にフランチェスカに勝ち目はないではないか。
――そう。そういう事ですのね……
この戦いを勝ち残る術のないフランチェスカは自然と篩い落とされる。
そうすればレンブラントは堂々と今の自分の立場に相応しい妃を選べる訳なのだ。
要するにフランチェスカはもう、レンブラントにとって不要となった訳だろう。
――くすん、ですわ……
フランチェスカは心の中で人知れず泣いた。
レンブラントは妃候補者一人一人へ王宮に部屋を与えた。
そして一人一人と公正に接し、公正に扱った。
フランチェスカに対しても幼い頃からの付き合いだからと特別扱いすることもなく、他の候補者達と同等に接してくるようになった。
レンブラントは週の内決まった曜日、決まった時間にそれぞれの妃候補の令嬢達と交流をし、親睦を図った。
月曜日はリーグ公爵令嬢。
水曜日はソレム辺境伯令嬢。
金曜日はビゾネット侯爵令嬢。
そして日曜日がフランチェスカである。
――惰性ですわね。わたしの場合だけ休みの延長のような感覚ですのね。本気で交流する気は無いとみたわ。
案の定、他の妃候補の令嬢とは庭園でお茶をしたり、温室を散歩したり馬で遠駆けをしたりするのに、フランチェスカとだけレンブラントはどこにも出かけずテラスや中庭やフランチェスカの部屋でゴロゴロダラダラ過ごすだけなのだ。
――まぁ……ここまであからさまに差をつけられましたら、いっそ清々しいですわね~
かといってフランチェスカものんびり精霊の本を読んだり勉強をしたりとゆったりと過ごすのが好きなので敢えて何も言わないが。
そして妃の座を巡って、それぞれの令嬢達の苛烈なマウント合戦や家門を巻き込んでの政治的な水面下での争いは激化の一途を辿っていった。
――王宮という壺の中に入れて戦わせ、勝ち残った者を選ぶなんて……
「まるで蠱毒だわ……」
東方の国にあるという呪術の一つ、蠱毒。
それによく似ているとフランチェスカは思った。
レンブラントは本当にこんな方法で妃を選ぼうというのか。
人生の伴侶を。
生涯心を預ける相手を。
どちらにせよフランチェスカにはもう無理だと思った。
もうレンブラントの側に自分の居場所はない。
このまま放っておいても自分は妃に選ばれず一年後には王宮を追い出されるのだろうし、
それに何より………
――あ、レン様とヴェロニカ様だわ……
月曜の午後、二人で楽しそうに談笑しながら庭園を散歩するレンブラントとリーグ公爵令嬢の姿を、フランチェスカは自室の窓からぼんやりと眺めた。
そう。それに何より、レンブラントが他の女性と仲睦まじくしている姿を見るのが辛いのだ。
共に育ちながら、フランチェスカはいつの間にかレンブラントに恋をしていたから。
淡い初恋。
最初から妃候補者という肩書きではあったが、今まではフランチェスカ一人しか居なかったのだから、実質婚約者の様なものだった。
きっとレンブラントもフランチェスカの事を候補者ではなく婚約者と見てくれていた筈。
いつかは彼の妃となってこの初恋が成就するのだと信じていたのに……
それが今では。
「一年後を待つ必要もないですわね……」
不用品は去るのみ。
王宮を出よう。
レンブラントの幸せを願える自分でいたいから、彼の元から離れよう。
フランチェスカはそう決めた。
「でもさてどうしたものかしら?」
王宮を去るにしても生家のロング侯爵家にはもう戻れない。
となると修道院か市井に降りて平民として暮らすか……
「うーん……どちらがいいのか分からないわ。ロナにアドバイスを貰いましょう」
フランチェスカは自身の専属侍女、ロナに今後の事を相談する事にした。