フランチェスカとレンブラント
フランチェスカは侯爵令嬢でありながら、わりと不遇な身の上だった。
父であるロング侯爵と前妻との間に生まれたフランチェスカは後妻に入った継母が男児を産んだ事により、嫡女としての立場が崩れ去る。
そしてまるで厄介払いをされるかのように当時第二王子であったレンブラントの筆頭妃候補として王宮に上げられた。
王子の妃候補として王宮内に一室を賜り、そこで暮らす事になったのだ。
フランチェスカ十二歳の時の事であった。
「お前がフランチェスカか」
「はい。はじめましてレンブラント殿下。ロング侯爵ヴァランタンの娘、フランチェスカにございます」
「俺と同い年だったか?」
「はい、そのようでございますね」
「……お前、今俺の背を見てとてもそうは見えないと思っただろう。チビだと思ったんだろう」
「いいえとんでもないですわ。そんな事思ってなんかおりません。お小さくて可愛らしい、弟が出来たようで嬉しいなと感じただけですわ」
「思ったんじゃないかっ」
「うふふふ」
とまぁこんな感じで出会った二人。
以降、王子とその唯一の妃候補として共に学び、共に研鑽し合い、共に互いを支え合いながら手を携えて成長してきた。
末端の側妃が産んだ第二王子と、新しい侯爵夫人に追い出されたにも等しい妃候補のコムスメ。
こんな奴らに取り入っても見返りはないと王宮内で碌に相手にもされなかった二人だが、それが却って気楽でフランチェスカには都合が良かった。
レンブラントは違ったのだろうが。
国王は側妃を四人も持っていたが王妃が産んだ王太子以外に王子はレンブラントしかいなかった。
もしもの為のスペアとして、レンブラントも幼い頃から帝王学や王族としてそれなりの教育を受けてはきたが、天と地がひっくり返っても第二王子が陽の目を見る事はないと言われてきたのだった。
しかしその天と地がひっくり返る日が突然訪れた。
レンブラントの異母兄であった王太子が流行病に罹り夭折したのだ。
王太子亡き後、例え第四側妃が産んだとはいえ残された男児はレンブラントのみ。
男子しか玉座には座れないというこの国の法に則り、レンブラントが十六の年に繰り上げで王太子となった。
今まで第四側妃であった実母の宮で暮らしていたレンブラントだったが、当然王太子宮へと居を移すなど彼の周囲の環境は激変した。
多くの側近や警護の騎士が身辺を固め、また侍従や侍女なども王太子の為に特別教育を受けた選りすぐりの者達が配置された。
王太子となったレンブラントは、今まで誰よりも側にいたフランチェスカさえもおいそれと近寄れない遠い存在となってしまったのだった。
それでもレンブラントは側近や侍従達の隙をついては王宮内にあるフランチェスカの部屋へやって来ていた。
特に何をしに来る訳でもない。
ただ、フランチェスカに会いに来るのだ。
この日も晩餐前の空き時間にレンブラントはフランチェスカの部屋へと忍び込んで来ていた。
「なぁフラン。俺は王太子となって変わったと思うか?」
「そりゃあ変わりましたわ。だってこの国の王太子となられたのですもの。環境も身なりも、生き方も変わったではありませんか?」
「まぁそうだが……」
「でも昔からこうやって私に甘えて膝枕を要求してくるところはちっとも変わっておりませんわね」
「……こうしてるのが一番落ち着くんだ」
フランチェスカはソファーに座りながら膝を枕に提供している相手の髪を優しく梳いてやった。
「お疲れですのね。レン様は本当によく頑張っておられますわ」
「もっと褒めてくれ……」
そう言ってレンブラントは頭の向きを変えてフランチェスカの腹部に顔を埋めた。
「レンはお利口さんで、賢くて、努力家で、美形で、スタイルが良くて、性格も良くて、最高に素敵な王太子殿下よ」
「………」
レンブラントは何も言わずに目を閉じた。
「フラン、お前だけは絶対に俺が守るから……」
「え?」
レンブラントが何かを呟いたが、フランチェスカの耳には届かなかった。
レンブラントはよほど疲れているのだろう。
そのまま眠ってしまった。
フランチェスカはそれを優しい眼差しで見つめる。
あんなにチビでちんちくりんだったのに、十七歳になったレンブラントは別人のように長身で逞しい体つきになった。
でも寝顔だけは昔のままだと安心する。
二人を取り巻く環境はどんどん変わってゆく。
先日、唯一の後ろ盾であった実父のロング侯爵が亡くなり、フランチェスカは王太子の妃として政治的になんの利も齎さない存在となってしまったのだ。
フランチェスカには分かっていた。
レンブラントとの別れが近い事を。
そしてそれから更に一年後、
十八歳になったと同時に王太子レンブラントは、フランチェスカの他に三人の高位貴族令嬢を妃候補として選出し、王宮へ迎え入れたのだった。