重なる断罪
リーグ公爵父娘が連行され、会場内は俄に騒然としていた。
それを鎮める為に国王はレンブラントに王太子妃となる事が決まったフランチェスカとのダンスを命じる。
「承知いたしました」
レンブラントは父王に軽く礼を執り、フランチェスカの手を掬い取る。
「ではフランチェスカ嬢。子どもの頃から何度も共に踊ってきた集大成を皆に披露しようか」
「ふふ。昔はよくレン様の足を踏みましたけどね」
「あれのおかげで俺の足は鍛えられて頑丈になった」
「まぁレン様ったら憎らしい」
レンブラントはダンスを踊る為にフランチェスカを連れてフロアの中心へと向かおうとした。
しかしその時、
「お待ち下さい」
よく通るバリトンボイスが会場に響いた。
レンブラントとフランチェスカ、そして会場中の皆が声がした方へと一斉に向く。
そこにはコリンヌの父であるソレム辺境伯アドレナスが娘を支えるようにして立っていた。
父親に支えられ辛うじて立っていられているような状態で、コリンヌは両手で顔を覆って啜り泣いている。
小柄で妖精のような容姿のコリンヌが流す悲しげな涙に、会場内の紳士達は早くも胸を痛めている様子だ。
「………何か用か?ソレム伯」
レンブラントが抑揚のない声色で言った。
ソレム辺境伯は痛々しげな目で娘を見遣り、悲痛な面持ちで訴えた。
「畏れながら殿下、我が娘は殿下の妃となる為に血の滲むような努力をして参りました。王宮に召し上げられました後も、殿下に選ばれる事を目標に研鑽し騎士達の鎧の改良の提案など、娘なりに懸命に頑張ってきたのです。それらを無視して何故我が娘が選ばれなかったのか、是非ご説明して頂きたいっ!」
「殿下ぁぁ……わたくし、本当に貴方様の事をお慕い申し上げているのです……うぅ……」
はらはらと綺麗な涙を流しながらコリンヌは情に訴えかけるように告げた。
恋慕う相手に純粋な想いを募らせる可憐な女性の涙に、場内からは息を呑む声がチラホラ聞こえる。
それらの訴えに、レンブラントは気の毒そうな顔をして答えた。
「ああ、すまないソレム辺境伯令嬢。そなたの並々ならぬ努力は良く知っているつもりだ」
その言葉を聞き、コリンヌは希望を見出したかのようにパッと表情を明るくする。
「本当ですかっ!」
レンブラントは「もちろん」と答えてから話を続けた。
「そなたらがリーグ公爵令嬢(に乗せられて)を排除するために暗殺者を用意したとか、懇ろになった数名の騎士に鎧の改良案を考えさせていたとか、処女膜を復元させる魔術とそれの施術跡を絶対に残させないように処置させていただとか…そんな文字通り血の滲むような努力をしていた事は全部分かっているつもりなのだ」
「え?」「は?」
「そんな明後日の方向に爆進した努力を王太子としてきちんと理解している。だからこそ、そなた達のその明後日の方向の努力に報いる為に私はこの国の誰もが認める妃を選んだに過ぎない。そしてそれがこのロング侯爵令嬢だという事なのだ」
コリンヌやソレム家が陰でやっていた事が全て王家の影により暴かれていたなど思いも寄らない親子にレンブラントは語って聞かせた。
この場で騒がずともどうせ断罪される身であるのに、よほど皆の前で公開処刑をされたいらしい。
それならばこちらもその意気に応えねばなるまい。
レンブラントはパチンと指を鳴らした。
一人の仮面を被った者が怪しげな魔術師風の男を連れて来た。
――ロナ……
魔術師風の男を連れてきた者がロナであると、何故かフランチェスカには分かった。
その男を見て、ソレム親子の顔色が変わる。
「っ……!」
「なんだ?何故そのように幽霊でも見たような顔をするのだ?口封じの為に殺した筈の医療魔術師が生きていた事がそんなにも信じられないのか?安心していいぞ、これは幽霊ではない。正真正銘、生きている者だ。嬉しいだろう?ご令嬢の処女膜を復活させた恩人だぞ?国に禁じられたその処置を施した罪人でもあるがな」
優しげな声で語られたがその内容は、コリンヌが既に純潔ではなくしかも魔法律で禁じられた復元医療魔術を行ったというものだ。
レンブラントはその事を皆に知らしめる為に明確に告げた。
またもや妃に選ばれる為の虚偽に、そして王家を謀る大罪の露見に誰もが言葉を無くしてソレム親子を見た。
驚愕の表情と侮蔑の眼差し。
それら全てが己に注がれている事に耐えられなくなったコリンヌが泣きながら訴え出す。
あくまでも泣きの一手でこの場を切り抜けるつもりである。
「そんなっ……これは何かの間違いですっ!わたくしはそのような者は存じ上げませんっ……これはわたくしを陥れる為の他者の陰謀です、酷いですわ殿下っ……何故そのような虚偽を信じてわたくしを信じて下さらないのですかっ……?」
消え入るような力強い声で(凄い技だ)、コリンヌはその場に崩れ落ちた。
それを見て連れて来られた医療魔術師が言い放つ。
「よ、よくもそんな太々しい事が言えるものだっ僕を殺そうとしておいて!いや実際に殺されたも同然だっ、あと一分でも殿下の手の者に見つけられるのが遅れていたら僕は確実に死んでいたのだからっ!ふっ…でも残念だったな、僕が助かって。僕はお前の治療の全てを魔道具にて記録してるんだっ、術を受けるお前の顔も何度も複数の男を受け入れたであろうお前の使い古された陰部も全て記録済みなんだぞ。そしてその魔道具は既に殿下にお渡ししている!」
「なっ!?」
「という訳だソレム辺境伯令嬢。正当な血筋を残さねばならない王族の妃が、誰にでもパカパカ足を開くような女性では困るのだ。そして何より、私は人のお古は絶対に嫌だ」
「っ~~~~……」
そうレンブラントにバッサリと言い捨てられ、しかも証拠まで有ると知り、コリンヌはそれ以上何も言えなくなり大きな声で泣き喚き出した。
「うわぁぁんっごめんなさぁぁいっ!もう妃になんかなりたいなんて言わないから許してぇぇっ!!」
「こ、このバカ娘がっ!!なんて事をしてくれたんだっ!!」
泣き喚く娘にソレム辺境伯は怒号を浴びせた。
それをレンブラントは冷ややかな眼差しで見つめる。
――娘の素行の悪さを知らない訳はなかったであろうに。
自分の保身の為に娘を切り捨てるか……
ソレム辺境伯は必死になってレンブラントに訴え掛けた。
「で、殿下っ!娘の愚行を…王家を欺く大罪を犯していた事を、私は知りませんでしたっ……えぇ知らなかったのですっ!」
その光景を見て、フランチェスカは思った。
亡き父は継母と生まれた弟との安寧な暮らしの為にフランチェスカを捨てたも同然だった。
気の弱い人で後妻である継母の言いなりであった。
フランチェスカを王家に託した後は親らしい事は何もしてくれなかったが、何故か週に一度は必ず会いに来ていた。
何を届けてくれる訳でもなく(とくに欲しい物はなかったけど)、ただフランチェスカの部屋に来て「元気か」とか「変わりはないか」とかを訊いてくる。
そしてフランチェスカが「皆さまに良くして貰っています」と答えると、「そうか……」とだけ言って帰って行くのだ。
時折小さな鉢植えを、父が自ら育てた花の鉢植えを持って来ては「母さまが好きだった花だ」と言って置いて行く……そんな事が父が亡くなる直前まで続いた。
今となっては父の真意は分からないが、父なりに娘との僅かな繋がりだけは捨てまいと足掻いていたのではないかと思う。
親子とは、家族とは何か、フランチェスカは考えずにはいられなかった。
隣に立つレンブラントを見上げる。
彼もいつか父親になるだろう。
だけどきっとレンブラントなら、どんな時でも家族を見放したり捨てたりはしない、そう信じられた。
そのフランチェスカの複雑な胸の内を察したのか、レンブラントがフランチェスカの手を繋いできた。
そして優しく微笑んでくれる。
フランチェスカは何も言わずに自分の手を包み込むように握る大きな手を握り返した。
レンブラントがいてくれたから、家族を失った悲しみから直ぐに立ち直る事が出来た。
逆に彼の妃候補として王宮に上げてくれた父に感謝したくなるほどにこの六年間、フランチェスカは幸せだった。
もう絶対にこの手を離したくない……、フランチェスカは心からそう思った。
目の前でソレム辺境伯がつらつらと言い訳を熱弁している。
レンブラントはそれになんら聞く耳を持たず、ソレム辺境伯親子を連行するように指示した。
リーグ公爵家に続いてソレム辺境伯家の断罪。
相次いでの有力諸侯の罪の発覚に、会場中の貴族たちの動揺が如実に現れている。
高位であるだけで妃を選ぶからこうなるのだとか、
他の候補者も何かやらかしているのではないかとか、
もう一度妃候補者を立て直して選定をやり直した方がよいのではないかとか。
様々な声が聞こえ出し、レンブラントはその声がこれ以上大きくならない様にする為にダンスの前に、あの事を公表する事にした。
――まぁ想定内だな。
レンブラントは側に控えていた侍従を見て一つ頷く。
すると侍従は一礼してその場を去った。
そしてすぐに数名の人間が夜会会場に入って来た。
妃選定議員四名ともう一人…、文書室での仲間リズム女史の姿がそこにあった。
――リズム様……?
そして、妃選定議員の一人としてその場に現れたカメリオ室長を見てフランチェスカは驚いた。
「カメ室長……?」
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お待たせしました、次回漸くフランの功績が明らかになります。
あと二話で最終話です。
誤字脱字報告、かたじけのうござる!!