リーグ公爵家の罪
「ヴィゾネット侯爵家ご令嬢、アンジェリック=デュボア様ご入場!!」
自身の名が呼び上げられ、アンジェリックはフランチェスカに言った。
「ではお先に参りますが、やはりフランチェスカ様は最後なのですね」
「ふふ、納得の最下位ですわね」
フランチェスカが笑うとアンジェリックは小さく首を横に振った。
「この順位は逆だと思いますわ。最下位から入場する運びになっているのでしょう。それでは……」
そう言ってアンジェリックは同伴者と共に会場へ入って行った。
――順位が逆とはどういう事かしら?
そう思った瞬間、すぐ後ろから名を呼ばれた。
「フラン」
少しだけ肩をびくっとさせて、フランチェスカは後ろを振り向く。
「レン様!」
振り向いたフランチェスカを見たレンブラントが一瞬小さく息を呑んだ。
そして熱の篭った眼差しで言う。
「あぁ……やはり似合うな。思った通りだ。フラン、綺麗だ。本当に綺麗だ……」
ドレス姿を褒められ、フランチェスカはくすぐったいような気持ちになった。
「ふふ、ありがとうございます。レン様のセンスがいいからですわ」
「そんな事はない。身に纏う者次第ではどんな豪華なドレスもただの布きれになってしまうものだ」
「まぁ、トーマスといいレン様といい、いつの間にそんなにお口がお上手になったの?」
「本心を口にしただけなのだが……そうか、トーマスもそんな賛辞をお前に捧げたのだな。ただでさえ俺よりも先にその姿を見た事が許せんというのに……」
「うわっ、やっぱりネチネチと言われるコースだ……」と向こうでトーマスが言っている。
「だけどレン様、なぜこちらに?もう会場入りされているとばかり思っていましたわ」
フランチェスカが尋ねるとレンブラントはフランチェスカの手を掬い取り、指先にキスを落としながら答えた。
「それは勿論、我が最愛の婚約者のエスコートをする為に馳せ参じた次第でございますよ、フランチェスカ嬢」
「え?婚約者……?でも……」
「フランの言いたい事は分かる。でも俺の妃はフラン、お前に決まりだ」
「え?」ともう一度フランチェスカが声を上げた時、トーマスがフランチェスカの名を告げた。
「ロング侯爵家ご令嬢、フランチェスカ=ロング様、……そして、王太子アトラス=オ=ルイ=レンブラント殿下ご入場っ!!尚、この順番は序列の最下位からとなり、最後に入場した者が候補者筆頭、序列第一位と位置付けするっ!!」
「………え?」
レンブラントが同伴者となる事だけでも驚いているのに、更にトーマスの口から告げられた言葉にフランチェスカは目を丸くしてレンブラントを見た。
それに対しレンブラントは微笑みを浮かべて言った。
「詳しくはこれから説明する。まずは会場中の皆に知らしめに行こうか、俺たちの事を」
そしてレンブラントはフランチェスカの手を自身の腕に添わせ、「行くぞ」と言って歩き出した。
レンブラントに促され、フランチェスカも歩き出す。
何がどうなっているのか分からないが、ここまで来たらなるようにしかならない。そう覚悟を決めた。
序列第一位と宣言され、王太子を同伴者として会場入りしたフランチェスカに数多の人間の視線が集中する。
並の人間なら足が竦んで動けなくなってもおかしくはない。
だけどフランチェスカはこの王宮で十二歳の頃から生きてきたのだ。
第二王子時代のレンブラントと、そして王太子となったレンブラントと共に生きて来たのだ。
叩き込んだ王族に相応しいマナーも、少々の事では狼狽えない図太さも、全てレンブラントの側で身につけてきた。
そして今、隣にはずっと一緒に生きてきたレンブラントが変わらず側に居てくれる。
何も怖いものなどない。
もしあるとするならば……
それはやはり、レンブラントに嫌われる事だろう。
――こんなわたしでも、レン様が望んでくれるならいつまでもお側に居たいもの。
レンブラントの雰囲気に相応しい様な、凛々しく格好よく…というのはフランチェスカには無理だ。
だけど自然体で、しなやかに風に揺らされる柳のように、その実体は流体だと言われる猫のように、熱湯の中で踊る茶葉のように……最後のはちょっと自分でも意味が分からないが、そんな感じでありのままの自分でいたい。
フランチェスカはそう思った。
一歩一歩足を踏み出して行く。
玉座に続く中央の道なので周りの様子も良く見て取れた。
その中でフランチェスカの継母とその実兄である義伯父の姿に気付く。
二人とも王太子と共に並んで歩くフランチェスカの事を信じられないといった表情で見ている。
どうやらフランチェスカはもはや終わったものと……名ばかりの妃候補だと思っていたのだろう。
レンブラントが冷たい眼差しでそちらを一瞥した。
そして視界に入れるのも不愉快といった態で目を背けた。
あの二人にはそれで分かった事だろう。
いずれ訪れるレンブラントの御世に、自分達の居場所はない事を。
顔色を悪くして俯く継母と義伯父を気にする必要は無いと言わんばかりに、レンブラントはその一瞬だけ歩速を早めてフランチェスカをあの二人から遠ざけた。
所々からフランチェスカの美しさを讃えた感嘆の声が上がる。
政敵の立場である家門の者からの賛辞も聞こえた。
当のフランチェスカは、見目麗しいレンブラントに対する賛辞だと思っているようだが。
レンブラントはフランチェスカを他の妃候補者の立つ場所ではなく、王族達が並ぶ壇上の下へと連れて行った。
そしてフランチェスカと並び、夜会会場にいる皆の方へと向かい立った。
すぅ…と小さく息を吸ったかと思うと、レンブラントは会場中に届くような大きな声で告げた。
「今宵、この場に集まった皆に宣言しよう。妃選定議員の評定が満場一致で一位となったロング侯爵令嬢フランチェスカを私の妃とする事をっ!!」
その言葉に会場中に響めきの声が上がる。
「何故?」「信じられない」「惰性で選んだのか」「承服しかねる」「不正があったのでは」「他の家門のご令嬢の方がよほど相応しい」
と、レンブラントの言に反発する多くの声があがっている。
何も言わず黙っている者達はフランチェスカの擁立に異論がない者か、静観して事態を見極めようとしている者、どちらかだろう。
その時、一際大きな声で異議を唱える者がいた。
「お待ち下さいませ!そのような決定、到底納得出来ませんわっ!!」
皆が一斉に声の主、リーグ公爵令嬢ヴェロニカの方を見る。
ヴェロニカは怒りに顔を歪ませて言った。
「一体何故、候補者の中で一番力も無く能力が劣る者が選ばれたのか、きちんとご説明下さいませ!!」
「能力が劣る……か、なら逆に問おう、そなたは私や選定議員の出した結果を不服と捉え、異を唱えられるほどの実績を残したのか?私は最初に言った筈だ。妃として誰もが納得する実績を出すようにと」
レンブラントが冷静な声で言う。
ヴェロニカは小さく顎を突き出して答えた。
「当然でございますわ。私は家柄も血筋も財力もこの国の貴族女性のトップでございますし、日頃から孤児院や救護院などに足繁く通い、平民たちに寄り添う活動を致しております!方やそちらにいらっしゃるロング侯爵令嬢は陰気な文書室に籠りっ放しでお国の為に何の役にも立ってはいないではありませんかっ!」
ヴェロニカのその発言に、「そうだそうだ」と同意する声が聞こえたが、勿論リーグ公爵家の配下の家の者だろう。
フランチェスカがレンブラントの隣でこそっと囁いた。
「まぁホント……わたしはこのところ引き篭もりでしたわ。あ、でもその前には家出もして、外の空気も吸いましたわよね?」
レンブラントは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
そして、「家出はもう二度とさせない」とフランチェスカにだけ聞こえるように呟く。
レンブラントはヴェロニカに向き直り、首を傾げた。
「おかしいな。孤児院や救護院からは、時折やって来ては下仕えの者を顎で使って引っ掻き回すだけ引っ掻き回して帰るだけの奉仕活動だと聞いているが?そしてその間の仕事の妨げになるから慰問という名の押しかけは止めて貰いたいと苦情が届いているとの報告もあったのだが……そなたが言う平民に寄り添う活動とやらは、現場の人間に奉仕をさせる…というものなのか?」
「っなっ……!?」
レンブラントの言葉にヴェロニカは目を見開く。
「その他、口では子ども達が可愛い、天使だと言っておきながら実際に子どもがそなたのドレスを触ろうとした手を、扇子で打ったとかも聞いたな……リーグ公爵家の侍女もシスター達に礼を欠いた居丈高な対応をするとも……奉仕活動が聞いて呆れるという数多の意見が上がっているが、その事について何か言い分はあるか?」
「っ~~~……わ、私は高貴な血筋を持つ公爵令嬢ですっ……下賤の者が何を思おうと関係ありませんわっ……!」
「高貴な血筋、下賤の者か……」
ヴェロニカとレンブラント、それぞれの言を聞き、ヴェロニカの父であるリーグ公爵が慌てた様子で娘の側に寄り、口を挟んで来た。
「ヴェ、ヴェロニカちゃんっ……も、もう黙りなさいっ……」
「どうしてですのお父様っ!!こんな結果、許せる筈もありませんわっ!!どうして完璧な生まれの私が、そんな女に負けなければなりませんのっ!!」
生まれて初めての敗北なのだろう。思い通りにならない事に苛立ちを募らせてヴェロニカは喚き立てた。
「ヴェロニカちゃんっ……!」
リーグ公爵の顔色はもはや真っ青を通り越して真っ白になっている。
先ほどの侍従に耳打ちされた内容により、断罪の恐怖に怯えていた。
レンブラントが彼の名を呼んだ。
「リーグ公爵……」
「は、はいっっ……殿下っ」
「この国の王族の法規は知っておるな?」
「そ、それはもちろんっ……我が父は王弟でございました故っ……」
「では当然、庶子が王族の妃として認められていないという事も知っている訳だな」
「ぐっ……は、はい……」
ここに来て漸く父の様子がおかしい事に気付いたヴェロニカが訝しげに父を見た。
「お父様……?」
レンブラントはリーグ公爵父娘に言った。
「娘のヴェロニカ嬢が、公爵と平民女性との不義の間に生まれた庶子である事を隠して王族の妃に仕立てあげようとした罪、どう言い逃れするつもりだ?そのような重大な事を騙し通せると思ったのか?随分舐められたものだな」
今、言い放たれたレンブラントの発言に会場中が騒めいた。
その事実を当のヴェロニカは知らされてはいない。
本妻に子が出来なかった故に引き取られ、戸籍を偽装して本妻の子として育てられたからだ。
筆頭公爵家ともなれば王家と縁付く可能性はかなり高い。
それを鑑みての処理だったのだろう。
だとすれば十数年に渡る王家に対する裏切りである。
「………え?……しょ庶子……この私が……?嘘……嘘ですわよね?お父様」
父に縋り、問いただすヴェロニカに構わず、レンブラントは話を続けた。
「例え庶子であっても本来なら婚姻に何の瑕疵もない。しかし、王家に嫁ぐ妃とあっては血統のしっかりとした女性が必要とされる。その王族法規が存在する以上、庶子である者を妃に迎え入れる事は出来ない。しかもそれを隠し偽ってのものとなると尚更だ。王族を謀ったという罪を上乗せし、ヴェロニカ嬢の序列は最下位となったのだ。いや、この場を以て候補者から除名する」
「そんなっ……!嫌よっ!私は王妃になるのっ!そしてこの国の栄華を全て私のものにするのよっ!ねぇっ、お父様も何とか言って下さいましっ!」
この期に及んでも現実を受け入れられないヴェロニカが力なく項垂れる父親を激しく揺さぶって喚き散らした。
会場にいる者の中に、もはやリーグ公爵父娘を擁護する者はいなかった。
同じ家門の者でさえだ。
王家を謀った罪は相当なものとなる。
ましてや正当性を重んじる血筋に関して詐称や虚偽は尚更だ。
変に彼らを庇い立てて道連れになるのを恐れたのだ。
少しでもリーグ公爵家に恨み事や不平不満があるのなら余計に彼らは切り捨てに掛かる。
またこれも、リーグ公爵父娘がこれまで行って来た事の現れともいえよう。
レンブラントが静かに告げた。
「リーグ公爵と令嬢を連行しろ」
騎士達に囲まれ、連れて行かれるリーグ公爵とヴェロニカを、フランチェスカはただ見つめる事しか出来なかった。
王太子妃として一番相応しいとされたリーグ公爵令嬢ヴェロニカのまさかの失脚に、誰もが戸惑いを見せずにはいられない。
コリンヌの父、ソレム辺境伯ただ一人を除いては……。
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ハイ一人目終了~
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明日の「無関係だった……」の更新は予定通りあります。
よろちくび♡と某姐御が申しておりました☆
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