お茶会にて
ヴィゾネット侯爵令嬢アンジェリックからお茶会の誘いがあったのは、王家主催の夜会が来週に差し迫った頃だった。
妃候補が王宮に揃ってからというもの、リーグ公爵令嬢ヴェロニカとソレム辺境伯令嬢コリンヌの二人は何度かお茶会を開いていたが、そのいずれもフランチェスカは招待されていなかったのだ。
妃候補同士のお茶会なんて……腹の探り合い、粗の探し合い、揚げ足の取り合い、と字面にするにも恐ろしいそんなものに参加する必要はないとロナに言われたが、本音を言うと同世代の令嬢とお喋りをしてみたいという気持ちはあった。
まぁその時のフランチェスカは王宮を出て行く事しか頭に無かったし、戻って来たら今度は翻訳作業で忙しく、仲間はずれにされている現状など気にしていられなかったというのもあるが。
しかし今回初めて、ヴィゾネット侯爵家のアンジェリックがフランチェスカをきちんとした形で招待したのだ。
「まぁ……わたしなんかが出席して他の方が気を悪くされたりしないかしら?」
フランチェスカが申し訳なさそうに言うと、ロナがムキになって答えた。
「何を仰るんですかお嬢様!この王宮では国王陛下の妃殿下方に次いでお嬢様は古株でいらっしゃるのですよ!それを礼儀も弁えない新参者の小娘どもがぁ……っ、お嬢様は堂々と大きな顔でドドーンとババーンとお出になればよろしいのです!」
「ドドーンとババーンと?わたし…そんな音、鳴るかしら……?」
大好きなロナの期待に応えたいフランチェスカにとって新たな問題が生じたが、ロナは「それよりも……」と難しい顔をして考え込むように言った。
「注視すべきはヴィゾネット侯爵令嬢ですね。今までお茶会を開こうとはされず、ただ受け身なだけだったのに何故急に?しかもお嬢様を招待するとは……」
何か思惑があるのは間違いない……
フランチェスカが王太子の想い人である事を察したか……
とロナは思考の海にどっぷりと浸かりながらブツブツと言っている。
それに構わずフランチェスカはロナに話しかける。
「ねぇロナ…わたし、楽器か何かを手にして出席した方がいいかしら?」
――それともお嬢様の力量を測ろうとしているのか。だとしたら他の二名の令嬢と違い油断ならない存在なのかもしれない……
「わたし、ピアノは得意だけれども持ち歩く事は出来ないし……あ、タンブリンはどうかしら?あれならドドーン、ババーンは無理でもパンパーンやシャシャーンとは鳴らせるわ」
「まぁどちらにせよ出席して相手の出方を見る方がいいでしょう。お嬢様、この事はもちろん殿下にも伝えて他の暗部の要請をします……って、ん?タンブリン?」
「ふふ。そうなのタンブリンがあれば、わたしでも大きな音が出せるわ」
「確かにシャンシャンバンバン賑やかに出来ますね」
「そうでしょう?」
「さすがはお嬢様です」
……ツッコミが永久不在のフランチェスカの部屋であった。
◇◇◇◇◇
そうしてお茶会当日。
フランチェスカはヴィゾネット侯爵令嬢アンジェリックの部屋へ、ロナと共に赴いた。
自身の侍女からフランチェスカの到着を知らされたアンジェリックがフランチェスカを出迎える。
「ようこそおいで下さいましたフランチェスカ様。今日はゆっくりと楽しんでくださいませね」
フランチェスカは笑顔で返す。
「本日はお招き頂きありがとうございます。アンジェリック様をはじめ、皆さまとお喋り出来るのを楽しみにして参りました」
「フランチェスカ様は……思った通り、素直なお方なのですね」
「?」
「さぁこちらへどうぞ。ヴェロニカ様もコリンヌ様も既にお出でになられてますわ」
「そうなのですね」
アンジェリックに案内されて、フランチェスカは二人の候補者が座るテーブルへと行った。
「皆さまごきげんよう」
フランチェスカは笑顔で挨拶をしたが、ヴェロニカとコリンヌは口の端を少し上げるだけで挨拶を返す事はしなかった。
――あら、聞こえなかったのかしら?やっぱりタンブリンがあった方が良かったのかもしれないわ。
そんな事を思いつつも、アンジェリックに勧められてフランチェスカは席に着いた。
美味しいお茶に美味しいお菓子。
暖かな日差しが降りそそぐサンルームでのお茶会は穏やかに過ぎてゆく。
――あぁ……なんて素敵なひと時。歳の近いご令嬢達と優雅なティータイム……憧れていたの……!
フランチェスカは幸せを噛み締めながら馥郁としたお茶の香りにうっとりとしていた。
現実はそうではないが。
「ヴェロニカ様。昨日も孤児院に行かれて奉仕活動をされたのですってね。(点数稼ぎの為にいたいけな孤児達を利用するなんて)なかなか出来る事ではありませんわ。尊敬(軽蔑)いたします」
「まぁおそれいります。そう仰るコリンヌ様こそ、(普段から色仕掛けで侍らかしている)騎士の方達のご意見を取り入れて鎧の改良などをご提案されたのでしょう?(不特定多数の殿方と付き合いがあるのを匂わせるような行為)私にはとても真似の出来ない事ですわ。おほほほ」
「うふふふふ……」
と、ヴェロニカとコリンヌは貴族特有の言い回しで嫌味の応酬が繰り広げていた。
そしてその矛先はもちろんフランチェスカに向けられる。
「フランチェスカ様は文書室で文献の整理のお手伝いをされているとか?ご自分の身の丈にあった(地味でダサくてなんの役にも立たない)活動を涙ぐましく努力されて頭が下がりますわ」
フランチェスカはカップをソーサーに置いて答えた。
「お気遣いありがとうございます。おかげさまで毎日楽しくお仕事をさせて頂いておりますわ」
「それしか出来る事が無ければ仕方ありませんわよね~」
「まぁ、わたしの事をよく存じて下さっているのですね!そうなのです、わたしは昔から本を読む事しか能がなくて……お恥ずかしいですわ」
「ふふ。(ライバルとして)毒にも薬にもならない感じでよいのではないですか?これからも頑張られて下さいね(文書室に大人しく引っ込んでろ)」
「はい、ありがとうございます。頑張りますわ」
「「………」」
嬉しそうにはにかみながら言うフランチェスカに、ヴェロニカとコリンヌは呆れているようだ。
そしてすぐにコイツに何を言っても無駄だと興味を失くしたように二人でまた嫌味の応酬を繰り広げた。
そんな二人を尻目に、アンジェリックがフランチェスカに小声で囁く。
「……とんだ茶番だと思いませんこと?お茶会なだけに……ぷっ」
「え?」
フランチェスカは今俄に聞こえた言葉が本当にアンジェリックの口から出たものなのか耳を疑った。
ちらりと後ろを振り返り、控えていたロナの目が僅かに見開かれているのを見て間違いないのだと悟る。
「……よく分かりませんが茶番がお嫌なら、お茶を濁しておけばよろしいと思いますわ、お茶会なだけに……」
何が茶番なのかは分からないがとりあえずフランチェスカがそう返すと、アンジェリックの顔がごく僅かだが輝いたような気がした。
「ふふ」「ふふふ」
フランチェスカとアンジェリックが互いに目を合わせて小さく笑い合った。
その後でレンブラントはロナや他の暗部からお茶会で起きた事の報告を受けた。
――ヴィゾネット侯爵家のアンジェリックか。
そういえば他の二人と違って悪い報告は耳にしないな。
フランチェスカの敵になるような令嬢でない、か……?
そしてレンブラントがぽつりと呟いた。
「……へそが茶を沸かすような集まりに、意外な収穫か?お茶会なだけに……」
「殿下……」
コホン、と一つ咳払いをしてレンブラントはお茶を口に含んだ。