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東日本大震災 被災地訪問記  作者: 放浪日和
7/10

2011年9月25日③  石巻市(宮城県)・追分温泉

 南三陸町を後にしてさらに南下して行くと、国道は内陸部の方に入っていった。海沿いの風景は見えなくなり、ごく普通の山あいの道を行く。

やがて、道は石巻市へと入っていった。


 しばらく走ると、道沿いに「追分温泉」という看板が出ているのが目に入った。

 車中泊旅行なので、風呂は銭湯の類に頼るしかない。せっかくなので、地元の温泉にでも浸かりたいところだった。

 しかし、看板が指し示す方向は東、すなわち海方向。

 …どうせ、津波に破壊されているんだろうな…。

 そう思い、一度は看板の前を素通りした。しかし、何故だか妙に気になり、少し行ったところでUターンして戻り、その温泉を目指してみることにした。

 カーブが続く山道を15分ばかり走ったところで、唐突に道がひらけた。さらに少し行くと、木造のレトロな雰囲気の建物が見えてきた。どうやら、これが追分温泉の施設のようだ。

 駐車場がはっきりわからず、駐まっていた他の車のそばに適当に車をつける。車に積んであった風呂セット(黄色の洗面器とタオルと石鹸)を持って車を降り、正面玄関へ向かってみた。

 玄関扉に貼り紙があり、「震災の避難所として使用中の為、風呂のみ開放」とあった。どうやら、宿泊スペースが震災の避難所にされているようだ。私は風呂のみの利用予定なので特に問題はないのだが。

 それにしても、だいぶ古い造りの木造の建物なのに、震災の影響はなかったのだろうか。語弊のある表現かも知れないが、本当にレトロな、それこそ絵に描いたような昭和の匂いがする建物なのだった。それはもう、わずかな振動でも崩れてしまうのではないか…と余計な心配をしてしまうほどに。

 受付で話を聞いてみた。話によると、この辺りも震度6クラスの揺れに見舞われたとのこと。しかし、この周辺の地盤がかなりしっかりしていて建物に影響はなく、また高台の立地であったことに加えれ沿岸からもいくらか離れていた為、津波の影響もなかった…との話だった。

 「被災地」になるかならないかは、本当に紙一重…ということなのだろう。


 入浴料は、300円だった。料金を取り出して受付の女将らしき人に渡そうとすると、その女性はカウンター横にある大きめの貯金箱のようなものを手で指し示した。

 「頂いた料金は全て、被災地へのカンパとさせて頂いています。どうぞそちらへ」

 …宿泊場所を避難所として開放した上に、収益をカンパに回すその心意気…!

 ちょっぴり心を打たれた私は財布を取り出し、中にあった硬貨を全て募金箱へ入れた。

 「まあ、どうぞお気を遣わずに…。ご旅行中では何かと物入りでしょう」

 女将は驚いたように声をかけてくれたが、私の好きなようにしているだけなので気遣いは無用とだけ言った。

 しかし、後から思えば、硬貨などとケチなことを言わず、思い切って札でも入れれば良かった気がする。所詮、私は生来の貧乏性なのだろう。


 館内も、至るところで昭和の匂いの残るノスタルジックな雰囲気だった。その場にいるだけで、何故だか懐かしい気分になってくる。古い邦画に出てきそうな「いかにも」な風景なのだ。

 その雰囲気を楽しみながら、木製の浴槽にゆったりと浸かり、ドライブ疲れを癒す。

 さっぱりとして浴場を出た私は、瓶牛乳の自販機の前で足を止めた。

 …風呂上がりは、やはりコレでしょう!

 財布を取り出して…硬直。


 そういえばついさっき、受付で小銭ぜんぶを募金箱に放り込んだのであった…


 かくして、千円札をくずして購入した風呂上がりの牛乳の味は格別だった。タオルを首にかけ、外の風景を楽しみながら一気飲み。

 本当はビールも呑みたかったのだが、これからまた運転するのでここは我慢…。

 余談だが、ここでくずれた小銭もまた、例の募金箱に入れた。


 心身ともにさっぱりした気持ちで、私はこのノスタルジックな温泉を後にした。


(続く)

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