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オフィスミステリー

学生課の美人受付嬢!社長御曹司にアラブの石油王。言い寄る男たちの中から最後に選んだのは? (1000)

作者: 栗色マロン

「学生証の再発行ですね。この申請書への記入が終わったら、顔写真を持ってもう一度受付に来て下さい。」


昼休みは学生課がもっとも混雑する時間帯だ。特に正月休暇を控えたこの時期は、帰省前の学生達が窓口に殺到しがちで、ここ数日まともな時間にランチを食べた記憶がない。


「忙しそうですね。親父から帝国ホテルのディナー券をもらったんだけど、今晩か明日の夜、二人で行きませんか?」


彼は本多浩一郎。ロボット工学科の4年生である。父親は某自動車メーカーの社長で、卒業後は父親の会社に入社することが決まっている。何不自由なく育ったいわゆる良家のお坊ちゃまで、性格は悪くないのだが少々自分勝手で女性関係も派手らしい。


私も一度だけ二人で食事に行ったことがある。社長御曹司という人種に興味があったのだが、面倒なことは周りが全てお膳立てしてくれる世界に慣れてしまった、ただの世間知らずだった。それ以上の興味を失った私は、以降は適当な理由をつけて二人で会うのを避けている。


「ごめんなさい。しばらくは残業続きで忙しいの。でもロボ研のバーベキュー大会には参加するから。」

「わかった、幹事に話しておくよ。ディナーの件は行けそうだったら、いつでも連絡して!」


ディナーってなによ!あの女ちょっと美人だからって、調子に乗ってない?!

本多浩一郎の隣にいる女子学生が私のことを睨みつけながら、彼に詰め寄る。

可愛らしい丸顔に、太ももの露出が眩しいミニスカート。あれは情報サイエンス科2年の川島優花里だ。あなたにはその娘の方がお似合いよ。私は心の中でそっとつぶやく。


――――――――――――――――――


その日の午後、私は化学棟6階にある先端バイオ研究室を訪ねる。今日中に学会の申請書へ教授印をもらう必要があるからだ。だが教授は不在だった。


「教授は外出中で、戻るのは3時すぎの予定です。」


一人で留守番をしていた島哲人が教えてくれる。彼はこの研究室に配属されている4年生で、バイオ研始まって以来の天才研究者と言われている。

時計を見ると、まだ2時を少し回ったばかりだ。私は出直すことにする。

ところが研究室を出ようとした時、後ろから追ってきた島哲人が私の腕を掴む。


「この前お話ししたこと僕は本気です!イエスと言ってくれるまでは、あきらめません。」


またその話しか。

島哲人は大学卒業後にアメリカの研究機関に赴任することが決まっている。彼の論文に感銘を受けた高名な教授が、特別研究員としてスカウトしたのだ。そして彼は、私に同行して欲しいと言っている。


「僕が今研究しているIPS細胞の新しい培養法が完成したら、ノーベル賞だって夢ではないんだ。君にもその瞬間に立ち会って欲しい。」


だが私は、彼に対して特別な感情を持っているわけではない。せいぜい一度だけ、二人で食事に行ったことがあるくらいだ。研究者という人種は、研究以外にはどういうことを考えているのだろう?少し興味があっただけなのだ。

だがディナー中の彼の話題は、やはり研究の話しばかり。私には退屈な時間だった。それ以降はバイオ研の集まりには時折参加したが、島哲人からの個人的な誘いは全て断っている。


入口の扉が突然開き一人の女性が入ってきた。年齢は30才前後であろうか。面長で長い黒髪、少々きつい目をしているが美人の部類に入る顔立ちだ。研究助手の水野由貴子。彼女は島哲人の指導員であり、共同研究者でもある。そして島哲人とその才能をこよなく愛している。

彼女は、島哲人が上気した顔で私の手を握りしめている姿を目にすると、険しい表情で私の顔を見る。


「うちの学生になにか御用ですか?」


私は仁王立ちしている彼女の脇をすり抜け、すごすごと出口へ向かう。

男子学生に人気があるからって、いい気になってんじゃないわよ。どすのきいた彼女の低いつぶやきが、背中越しに聞こえてきた。


―――――――――――――――――――


学生課の窓口も夕方4時を過ぎると、ようやく落ち着きを取り戻す。今ロビーには、奨学金申請書を書いている後ろ髪を束ねた男子学生が一人いるだけだ。

私はほっと一息をつく。だがそれもつかの間、突然数人のアラブ系外国人が学生課に現れる。先頭にいるのはハサン、石油工学科の4年生だ。


「こんにちは、あなたは今日も美しいです。」


彼は短い挨拶をしただけで去っていく。だがハサンの後ろにいた目つきの鋭い男が、窓口の私へとゆっくり近づいてくる。


「少しお時間よろしいでしょうか?あなたにとって大事なお話しがあります。」


アラビア語訛りなのか、少々イントネーションがおかしい以外は、流暢な日本語を操っている。


「私の主人であるハサンは、この大学を卒業したらアラブに帰ります。ハサンはその時、あなたも一緒にお連れしたいと言っています。第3婦人として。」


私は苦笑してしまった。確かに彼とは一度だけ食事に行ったことがある。アラブの大富豪がどんな価値観を持っているのか、知ってみたかったのだ。だが文化の違いに加え身分的な格差の違いをも痛感した私は、それ以降は彼の誘いを受けることは無かった。

しかし、目つきの鋭い男は簡単には引き下がらない。


「失礼ながら、あなたのことを調べさせてもらいました。」

「来宮ことみ様。東京都港区出身。26才独身。ご家族は両親と大学1年になる弟様。4年前に〇〇女子大学を卒業後、本大学の学生課に就職し現在に至る。現住所は東京都豊島区にある本大学の女子寮。」


私は身を固くした。この男はいつのまにか、私の身辺調査を行っていたらしい。


「ハサン様のお父上は大富豪です。ハサン様も帰国後には3つの会社の社長になられます。

第3婦人ともなれば、15の部屋と3つのバスルーム、専用プールにテニスコート付きの大豪邸が与えられます。お返事はいかがでしょうか?」


ハサンの父親は想像以上の大富豪らしい。だが私は砂漠の真ん中でテニスをする気はない。軽井沢で十分だ。私はやんわりと、それでいて明確な拒絶の回答をする。


「ごめんなさい。やはり私はアラブの方とは結婚できません。」


目つきの鋭い男はため息をつく。


「やはりだめですか。ハサン様はあなたの聡明さと慈愛さに心奪われております。」

「もしかして、あの男性が理由ですか?この近くのカフェで四年生の男子学生と、定期的にお会いになっていますよね?その男性はあなたにとって特別な存在なのですか?」


―――――――――――――――――――


そのカフェは大学から歩いて10分程離れた住宅地の中にあった。古いが小ぎれいに掃除された昭和レトロな店内は意外に広く、テーブル同士の間隔にも適度なプライベート感がある。


約束の10分前に到着した私は店内を軽く見回してから、いつものように一番奥のテーブルの窓際席に座る。ほどなくして入口の扉が開き、一人の若者が入ってきた。背はそれほど高くはないが、引き締まった体つきと固く結ばれた口元が、強い意思を持った人物であることを印象づける。

私は軽く手を振った。彼は表情を緩め、優しそうな笑顔で私の向かいの席に座る。


「僕の方は、特に問題ないよ。」

「私の方もよ。」


注文したコーヒーが届くのを待つ間、しばしの沈黙が流れる。そして私は彼に向かって話し出す。


「もうすぐ卒業だね。この4年間苦労も多かったけど、今思うとあっという間だったかな。」

「僕ら最初のうちはお互いに緊張しちゃって、二人で会っても黙っている時間の方が長かったよね。」

「そうそう、でも私の忠告をあなたが無視した時は本気で喧嘩になったよね。」


私達が共有した四年という歳月、それはあと数か月で終わりを告げる。

そんな考えに思いをはせていた時、彼は突然意を決したように顔を上げた。そして何かを話し出そうとした、その時である。


「俺は世の中の奴らを見返してやるんだ!うぉー!」


入口近くの客席に座っていた男が、突然立ち上がり奇声を上げる。

その男は血走った眼を私達のテーブルに向けると、ポケットからナイフを取り出し、彼に向かって走り寄った。


「気を付けて!」私が叫ぶと、彼はナイフ男に向かって身構える。


その次の瞬間、カフェの扉が乱暴に開けられ屈強な男達が店内に流れ込んでくる。

先頭の男は素早い動きでナイフ男に接近するや、眉間とみぞおちに手刀を叩きこむ。ナイフ男は一瞬にして床に倒れこみ、男達がそれを押さえ込む。リーダー格らしい男が静かな口調で話す。


「我々は警視庁皇室警護隊だ。親王殿下への暴行未遂容疑で貴様を緊急逮捕する。」


―――――――――――


3月の良く晴れた日。今日は大学の卒業式だ。

構内は卒業生達の笑い声と歓声に満ち溢れ、友人同士で写真を取り合ったり、別れを惜しんだりしている。その表情はみな一様に晴れやかだ。


ナイフ男は同じ大学に通う3年生で、ハサンの召使いと私が学生課で話しをしている時、奨学金申請書を近くで書いていた、後ろ髪を束ねた男だった。彼は半年ほど前から右翼思想にのめり込み、あの時私たちの会話を盗み聞きして、皇族襲撃の犯行を思いついたのだ。私は密かに彼をマークしていて、あらかじめ皇室警護隊を近くに待機させておいたのだった。


そう、私の所属は宮内庁特務内偵班。皇族をもっとも近い場所からお守りするための組織だ。私の任務は親王殿下警護のために学生課職員としてこの大学に潜入し、学内に危険思想の持ち主がいないかを調査内偵することだった。


もし疑わしい人物を発見した場合にはその交友関係を内偵し、時には個人的に食事に行ってその思想の裏付け調査を行った。親王殿下とは週1回大学近くのカフェでお会いし、スケジュールや接触相手の確認、私の調査結果の報告などをしていた。



学生課窓口に立つ私に向かって、一人の男子学生が近づいてきた。私は背筋を伸ばす。皇族用の正装に身を包んだその姿。それは4年間を一緒に過ごしてきた親王殿下だった。彼の周りには少し距離を置きつつも、スーツ姿の屈強な男たちが取り囲んでいる。ナイフ男の一件があって以来、警備が強化されているのだ。


「卒業おめでとうございます。そのお姿もとてもお似合いですよ。」


私が言葉を掛けると、彼は少し照れた表情を浮かべ、すぐに真剣な表情に戻る。


「あなたにはこの4年間感謝の言葉しかありません。でも、もう一つだけお願いをさせて下さい。」

「これからも僕のそばにいて欲しい。僕の伴侶になって頂けませんか?」


彼は言葉を続ける。


「父は僕たちの結婚に反対するかもしれない。それでも僕はどんなに時間が掛かっても、父を説得する覚悟でいます。」


私は嬉しかった。彼の口からこの言葉が聞ける日を、本当は待ち望んでいたのだ。

しかし彼の心配は杞憂だ。彼の父親である皇太弟殿下が彼の願いを拒むことはない。


学生課の職員として親王殿下をお守りする任務は今日で完了する。しかしこれからは殿下の伴侶として、生涯をかけてお守りするのだ。そのことはこの任務に志願し、皇太弟殿下からの選抜を受けた時に覚悟はできている。


だが今の私を駆り立てているのは義務感と忠誠心だけではない。4年という歳月は若い二人にとって、愛情を育むのにも十分な長さだったのだから。




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