「無敵」を求めて
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふーん、「無敵の牙城、ついに崩れる」か。
こう、ナンバー1から転げることって、何かとニュースにされやすいと思わない? スポーツにせよ、エンタメにせよさ。
無敵って、いったいなんだろう? こーちゃんは考えたことないかい?
何かと「最強」と同じ、並び立つものがいない意味で、使われることの多い言葉だ。憧れをもって、この言葉を好む人も多いと思う。
でも無敵って「平和」とも取れないだろうか?
読んで字のごとく、敵がいないこと。それは競争相手の不在を意味するばかりじゃなく、自分を脅かすものが存在しないということも、差すんじゃないか?
人畜無害、和光同塵、付和雷同……他人を害さないよう、害さないようと心掛けるスタンスを表す言葉は、いくつも伝わっている。これを理想とする人も、昔からたくさん存在したことだろう。
けれども、本当に「無敵」でいることは難しい。たとえ世の中に、そうそう交わらない道を選んだとしても。
ひとつ、僕の知る「無敵」を求めた男の話、聞いてみないかい?
むかしむかし。あるところに仏像づくりの名手として、頭角を現し出した青年がいた。
当時は、仏教が広く人々の間に浸透し、救いを求められることも多かった。その偶像である仏像を作る仏師は、かなり高い地位にいることができたらしい。
その分、跡目争いも多かった。誉れ高い仏師の頭目ともなれば、寺と結びついて力を持つこともできるかもしれない。当時の寺の力は、まつりごとに影響を及ぼす可能性があるほど、大きなものだったとか。
ゆえに青年へも、先輩仏師たちからの圧力があったらしい。このままだと、師の跡目を継ぐ公算が高かったから。自分たちの輝かしい道を、若造に閉ざされてしまう恐れがあったから。
青年は悩んだ。
彼が像を彫るのは、先輩たちが望む富や誉れなどではなかった。
自分の彫った像を、あまねく世に広げる。そして真に救われるべきである、端々の人にも像を届ける。
それが、青年の志すものだった。
自分の像を必要としてくれる誰かに届かせるためには、無名のままではいけない。だから名の知れていた師のもとで、力を着けようと思ったんだ。
そのことを先輩たちに何度も告げたが、信じてはもらえなかったらしい。
彼らはそのようなきれいごとではなく、名誉や栄達を望む、俗で浅ましい言葉を、彼の口から引き出そうとしたんだ。
自分たちが望むものを、こいつだって望まないわけはない。
たとえ表向きだけでも、そのような言葉を引っ張り出そうとした。有望な後輩を、自分たちと同じ次元まで引きずり下ろすために。
青年は先輩たちの陰口にも、暴力にも、自分を傷つけてくるものにはよく耐えた。
それでも、師のもとから離れる決定打となったのは、自分の作った像を壊されたことだったんだ。
――像のひとつ程度で折れるとは、なんと軟弱な奴。
口さがない者は、そう彼をおとしめたものの、彼自身の問題はそこにない。
――本来、この像を手にして救われるべき誰かが、これによって救われなくなってしまった。
その一点が、名も顔も知らない誰かを助けたいという、彼の心の器に巨石を放りこんだんだ。ひと息に砕かれ、粉々の破片と化した器を、再び取り戻そうとする気力は、傷ついた彼にはもはや残ってなかった。
俗世を離れる決心をした彼は、家族と特に親しい友人にのみその旨を伝え、ひとり名もない小島へ隠居したんだ。
「もう、誰の敵ともならず、生きていこうと存じます」
誰かの肩を持ち、助けようとすれば、誰かに疎まれ、攻撃をされる。
だからこそ皆も、このような自分への干渉や手助けはすべきではない。自分のことをおもしろく思わないものに知れれば、きっと良くないことが起こるから……と、残した文は結ばれていたんだ。
それでも、子を思わない親などいるだろうか。
両親は息子の無事を確かめるべく、彼の隠居した島へ定期的に赴いた。自分たちが難しいときには、息子自身も知る信のおける使いも送った。
青年もあのように結びながらも、両親にだけは自分の隠居先を伝えていたあたり、二人だけは絶対の味方だと、甘えたかったのかもしれない。
青年が隠居したのは、陸より船で数刻漕いだところにある、小さな島だ。
かつては海よりの侵略に備えていたのか、土塁などの名残が見受けられるも、住まう人の姿はない。そして浜から少し奥へ入れば、ほどなく込み入った緑がお出迎え。
自然の中に残された、いくつものさりげない手がかりをたどることができれば、やがて青年の住まう草庵に行き当たる。
髪もひげも伸ばし放題の彼は、数年もすると実年齢以上に歳を食ったように思えた。しかし文明から隔絶された島に住むにもかかわらず、彼の血色は非常に良く、むしろ本土で暮らしているよりも、太り出しているような気さえしていた。
この島にどれほど食べるものがあるのか。両親は不思議でならなかったそうだ。
やがて両親も老い、島へ行き来できるのも、もうあと何回か分からなくなったころ。ようやく彼らは息子を問いただした。
このとき、草庵はすでに足の踏み場に困るほどの、仏像であふれていたらしい。
息子は隠居してからもずっと、大小を問わず仏像を彫り続けていた。浜辺に着く流木を材料にしたというそれらは――親のひいき目もあったかもしれないが――いま世に出回る像たちに劣らない、際立ったできだったという。
彼は両親の問いに対し、自分の手近に置かれた像のひとつをとる。
開いたハスの花の上に座り、手を組んで瞑想に入っている姿を見せていた。
青年は両手でそれを捧げ持つと、深々と一礼。その後、顔を上げると像をそのまま、左右へ大きく揺らし始めたんだ。
はじめはゆったりと。それがだんだんと加速して、残像を見せるようになっていく。なおも青年の手は速さを増していったところで。
ほんの一瞬。仏像とそれを持つ青年の手が、見えなくなった。
両親が目を見開いたとき、すでに像と手は戻ってきていたけれど、それに一拍遅れて頭上から降ってきたのは、一匹の大きな魚が降ってきたんだ。
草庵の屋根は、ところどころ穴が開いている。けれども、ここは海から離れた森の中。
どうして魚がここへ降ってくるのだろう。
いぶかしがる両親に、青年は笑みを浮かべる。実際には口元からあごまで覆う、豊かな口ひげが揺れただけ。その下の輪郭はうかがい知れない。
「常々思っておりました。この世に敵を作らないためには、ただただ自分を助けるすべさえあればいいと。そしてその思いが、ようやく通じたのです。
これなら、誰も敵に回さず、自分だけを救っていけます」
両親はその言葉と行いをとがめたらしい。
このようなあり方は、摂理にのっとったものではない。すぐに止めるようにと。
けれども青年は、両親の言葉に首をかしげるだけ。そして先ほどの一回でも足らないのか、また像を左右へ揺らしていく。
そのたび、次々と目の前に現れる食物たち。
魚以外に、小鹿や猪などといった山の獣。ごぼうやかぶ、うどといった野菜。果てには、見たことのない、固い殻に包まれた果実らしきものまで。
いずれも虚空だけを介して、家の床に姿を現した。
「ようやく私は至ったのです。自らをただ助ける道に。
これならどこにも誰も、敵に回さずにいられ……」
青年は、最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
大きく振られる像は、そのとき、青年の腕だけでなく、頭も首も胸も一緒に消した。
両親が驚きに身を引いても、新しい食物は姿を見せないばかりか、青年の身も戻ってこない。
それどころか、残ってかすかに揺れていた下半身さえも、ほんの少し間を置いて、同じように消えてしまったんだ。
それからはもう止まらない。
青年が取り出したものは、それが現れた順に、次々と姿を消した。
それがなくなると、次は草庵の柱が一本ずつ。家屋がつぶれると、外へ両親が逃げ出した時には、支えを失い落ちる屋根。それを受け止めるはずだった土台。
双方がいっぺんに消えてしまうところだった。残ったのは、あたかも最初からそこには何もなかったような、草地が広がっているばかりだったという。
青年の見出したもの。
それはこの世ではない、別の世からものを奪うすべだったのだろう。
確かにこの世に敵は生まれない。でも、別の世にとっては憎き敵に違いない。
重なる略奪から、とうとう尻尾をつかんだ別の世が、逆に青年を引き込み、仇を討ったのではないかと、語られたそうな。




