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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ6 ココロノリョウリ
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カエルバショ

アクセスありがとうございます!



「そんな……もっとアナタと学びたかったのに」

「ユウスケさん……本当に辞めちゃうんですか?」


 教室に戻った優介を待っていたのは突然の自主退学を知ったクラスメイトたちの引き留めで。

 特にメゾとテーラが必死になって引き留めた。


「ユウスケ……本当にすまなかった。キミを侮辱した数々の暴言、取り消して欲しい」

「なんの話かさっぱりだ」


 どこから聞きつけたのかロイまでも姿を現し謝罪するも優介は相変わらずで。

 故に一度決めたことを訂正するワケもなく、荷物を手に教室内を見回した。


「それなりに楽しめた。機会があればまた会おう」

「……そうね。きっとまた」

「あの……いつか日本へ行きます。そして……ユウスケさんのお店に行きます!」

「ボクもだ。いつか日本にキミの料理を食べに行くよ」

「歓迎しよう」


 メゾ、テーラ、ロイと名残惜しむ一人一人と再会の約束を交わしていく。

 最後は大勢の生徒に見送られて、空港まで同行するソフィと共にライズナー学院を後にした。


「……凄い人気でしたね」

「どいつもこいつも大げさなんだよ」

「でもどうしてみんな知ってたんでしょうね? 優介さんが学院を辞めること、一緒にいた私ですら聞かされていなかったのに」

「……なぜ怒る」


 駐車場までの道すがら機嫌の悪いソフィに優介はため息一つ。


「どうせあいつのプロデュースなんだろ」

「あいつ?」


 首を傾げるソフィだったが、駐車場に到着するなり納得。


「そう言えば……いませんでした」

「ようやく分かったか」


「待っていたよ、我が永遠のライバル」


 車にもたれかかり、カルロスが無駄にポーズを決めていた。


「どうだったかな? ボクからキミへの花道は」

「大げさすぎてうんざりだ」

「おやおや? 驚いていないようだね。せっかく理事長室での会話を盗み聞きしてまで、ボクの連絡網を駆使したサプライズな演出をしてあげたのに」

「あなたもブレませんね……」


 無駄な執念を燃やすカルロスにソフィは脱力してしまう。


「この一月、キミには驚かされてばかりだったからね。最後くらいはボクが……と思っていたのに。いやはや、驚かすのはボクの専売特許、嫉妬すら感じてしまう」

「どうしましょう優介さん、この人イラッとします」


 その犠牲者としてこの一月驚かされたソフィが怒りを覚える中、カルロスは意味深な微笑みを浮かべた。


「ならば仕方がない。ボクのとっておきの秘密を教えてあげよう」

「聞きたくありません」


 笑顔で拒否るソフィを無視してカルロスは両手を広げた。


「実はね、このボクは――」


「ジュダイン・ライズナーの孫、とでも言うつもりか」

「…………」


 言葉途中で優介が呟き、カルロスは両手を広げたまま固まってしまい


「…………へ?」


 やはりソフィが驚かされてしまった。


「この気持ち悪い人が……ジュダイン様の……お孫さん?」

「恐らくな」

「でも……名字が……」

「母方の父なら違ってもおかしくないだろ」

「そうですけど……」


 認めたくないと否定をするソフィを余所に、カルロスはゆっくりと両手を下ろした。


「……本当に、キミには驚かされる。どうして分かったんだい?」

「そうだな」


 理由を尋ねられ優介は一息つく。

 確信したのは昨日の料理勝負。

 あの時、優介にとってお客はテーラとロイであり、会場に居た全ての料理人。

 表情や反応を見るのは日々平穏の店主として当然のこと。

 そしてココロノレシピで再現した料理を誰もが驚く中、カルロスだけが気にした様子もなかった。

 ならば彼は能力を知っていると言うことで、それを知るのは喜三郎の盟友ジュダインのみ。

 つまりジュダインが秘密を話すほどの関係が二人にはあったと予想しただけのこと。


 だが最初の疑惑は単純明快。


「お前ら二人と白河の爺さんと孫が似ていたんでな。何となくだ」

「そんな理由で……ハハハ、本当にキミは面白い」

「お前ほどでもねぇ」


 素直に納得してカルロスは降参したように両手を挙げた。


「そうさ、ジュダイン殿はボクの祖父であり料理の師匠だ。キミの師、喜三郎殿のこともよく聞かされていたよ。自分を超える素晴らしい料理人がいるとね」

「さすがに弟子とまでは気づかなかったな。で、それを教える為にわざわざ待ち構えていたのか」

「……いや、キミに聞きたいことがあってね」


 優介の質問にカルロスは真意な表情で。


「ココロノレシピ……だったね。祖父もキミを呼ぶに辺り必要になるだろうとボクに教えてくれたが本来は他言無用の能力。なのに昨日の料理勝負、観衆の前でもキミは堂々と使用した。まあ幕が下りるギリギリまで料理をしなかったが」

「…………」

「門外不出の料理を、どうしてリスクを冒してまで使用したのか、少し気になってね」


 問いかけに優介はしばし沈黙。


「……秘密だろうが何だろうが客が求める料理を提供するのが日々平穏店主の勤め。知られたら知られたでその時考えれば良い」

「ならばどうして隠そうとしたんだい?」

「ギリギリで調理を始めたのは隠すためじゃねぇよ。パンケーキなら一〇分もありゃ出来る。なら少しでも出来たての料理を提供するのが料理人の勤めだ」


 不敵な笑みを浮かべる優介から聞いた理由に呆気に取られていたカルロスは納得したように小さく笑った。


「なるほど……キミは最初からそうだったね。ボクの宣戦布告でオムレツを作った時も、班実習の時も……昨日の料理勝負も、全力で妥協なく料理をしていた。場所も状況も関係なく、真剣に料理と食す者と向き合っていた。本当にキミにはたくさんの心を教えられたよ」


 カルロスは手を差し出す。


「師匠がそうだったように、ボク達も良いライバルでいたいね」

「……そりゃどうも」


 面倒げに優介も手を伸ばし握手を交わした。

 喜三郎とジュダインが盟友でいるように、その弟子の優介とカルロスもまたこれから先の長い料理道を盟友として歩み続ける。


「お二人とも……うちのカナンもお忘れなく」


 誓いの握手に今まで沈黙を守っていたソフィが頬を膨らませて抗議。


「あの子もアリスおばさまの弟子ですよ? アリス小母さまとジュダイン様、そして喜三郎様がそうだったように、カナンも仲間に入れてあげて下さい」

「……お前、おばさんというよりもうオカンだな」

「もちろんさ。彼女もまたボクの永遠のライバルだよ」

「あなたのではなく、優介さんのです。そもそもあなたはカナンに何度も負けているんでしょう? なら優介さんやカナンのライバルとして恥じぬよう、口だけでなく心を磨きなさい。その気持ち悪い心を」

「……しかもえげつない」


 ソフィのお説教に優介が呆れ、カルロスは苦笑した。


「全くその通り。ボクが一番遅れているからね、これからは全力で追いかけさせてもらうよ」


 素直に反省しつつカルロスはポケットから小さな包みを取り出した。


「…………なんだそれは?」

「ボク特製のマドレーヌさ。昨日のキミの言葉に感銘を受けてね、是非試食してもらおうと作ってきたが……まさか餞別になってしまうとは」

「ありがたく頂こう」

「ではユウスケ・ワシザワ、またどこかで」


 マドレーヌを渡し、カルロスは学院へと戻っていく。


「……最後まで気持ち悪い人でしたね」

「お前も大概、あいつを嫌っているな」

「もちろんです。さて優介さん、行きましょうか」


 清々しい笑顔を浮かべるソフィに従い優介は車に乗り込んだ。


「まずは家に寄って荷物を纏めて……カナンへの挨拶はどうします? まだ仕事中ですが……」

「必要ない。知ればうるせぇだろうし、お前がしておけ」

「では直接空港に来てもらいましょうか」

「聞いてねぇ……」


 スマホを手にするソフィを横目に、優介はため息を吐きつつ包みを開きマドレーヌを口にする。


「……ソフィ」

「何です? カナンへの挨拶はご自分……むぐっ?」


 振り向なりソフィの口にマドレーヌの欠片を指ごとねじ込まれた。


「なななんあなななななっ?」

「食ってみろ」


 そう言われてもソフィは混乱するばかり。

 優介の指を舐めてしまった。

 しかも恋人の『あ~ん』的なシチュエーションで。

 というか先ほど同じ指で自分の口に付けていたハズ。

 ならばこれは間接キスと、気恥ずかしさで頭が真っ白になるソフィだったが――


「…………美味しい」


 羞恥も吹き飛ぶほどの味が口の中に広がる。

 ただのマドレーヌのハズなのに、これまで優介やカナンが作った夕食よりも。


「あの野郎……最後の最後で驚かせやがって」


 ソフィの予想を肯定するように、優介から悔しげな呟きが漏れた。


 ◇


 一度帰宅した優介は日本から持ってきた荷物を纏め一月暮らした家を後に。

 しかしカルロスに一本取られたことで終始不機嫌、空港へ向かう途中の車内でも会話はなかった。

 お別れが迫っているにも関わらず不穏な空気に、ますますカルロス嫌いになったソフィも不機嫌で。


「ごきげんよう。待っていたわ」


 シャルル・ド・ゴール空港に到着した二人を待っていたカナンはもっと不機嫌。


「…………」

「…………」

「…………」


 結果として見送る側と見送られるのとは思えないほど空港内の一部はギスギスしていた。


「…………ふぅ、まあいいわ。アナタが勝手なのはいつものことだし」

「はい、いつものことです」

「それは結構」


 だが一月寝食を共にした間柄、カナンのため息を合図に三人は笑みを浮かべる。

 優介にとってフランスでの料理修行、最後はやはり気持ちよく終わりたい。


「ユウスケ、ワタシはアナタを見送りに来たわけじゃない。日本へ帰る前に伝えておきたいことがあっただけ」

「ほう?」

「……優介さん、私は搭乗手続きをしてきます」


 ライバル同士の会話を聞くのを無粋と思ったのか、ソフィは席を外した。


「出来た姉だ」

「自慢のね。それで……あの、ユウスケ――」

「その前に、これを渡しておく」


 カナンが切り出すより先に優介はバッグから封筒を一枚取り出した。


「……なにこれ?」

「家賃だ。一月分と数日分も計算しておいた」

「こんな時に……アナタはどこまで無粋なのよ!」


 律儀だが空気を読まない行動にカナンは突っこんでしまう。


「お前が請求しないのが悪い」

「だからってねぇ……っ」

「ついでに、これは世話になった礼だ」


 抗議しようとするも優介はマイペースで、再びバッグに手を入れ古びた書籍を取り出した。


「……今度はなに?」

「礼だと言ったろう。表紙を見てみろ」

「こんな古い本が何の礼になるって――」


 しぶしぶながら言われるまま表紙を目にしたカナンだったが、瞳が大きく見開かれる。


「アリス・レインバッハ……これって師匠の……」


 喜三郎の蔵書でカナンの師匠、アリスの書いた物。

 ソフィと同じく存在を知らなかったカナンは驚くばかり。


「どうしてアナタがこれを……? ワタシも知らなかったのに……え、何で?」

「詳しいことはソフィにでも聞けばいい」


 やはり混乱しているカナンだが、優介は説明しない。

 そもそも持ち主は喜三郎、アリスも彼に送った思い出の品。

 優介にとっても大切な形見のような物。

 それでもカナンが持つべきだと思い、日本から持ってきていた。

 自分と同じように師匠がこの世にいなくとも敬愛し続けるライバルの為に。

 この選択をきっと二人も許してくれる。


「大切にしろよ」


 故に喜三郎と、師アリスに代わり優介は告げた。

 何かを感じ取ったのか、カナンは本を大切に抱きしめる。


「アナタって……ほんっとによく分からない奴……」


 カナンもまた伝えていことがあった。

 昨日の料理勝負で思ったこと、悩んだこと。

 色々あったのにこんなサプライズを用意されては上手く言葉に出来なくて。


 だから一言だけ――ライバルとして本音を口にした。


「絶対に追い抜いてやるんだから!」

「上等だ」


 ◇


「お待たせしました優介さん、これがチケットで……あれ?」


 二〇分後、慌てて待合室に戻ってきたソフィはカナンの姿がないので首を傾げる。


「カナンはどうしました?」

「用は済んだと帰った」

「帰っちゃったんですか? 全くあの子は……最後までお見送りしないで」

「あいつは見送りに来たわけじゃないんだろ。別にいいさ」


 本当は一言だけ告げた後、涙を我慢できなくてどこかへ行ってしまったのだが面倒なので優介は告げなかった。


「優介さんがいいのなら……でも、私は最後までお見送りします」

「勝手にしろ」

「はい、勝手にします」


 チケットと代金を交換してソフィは優介の隣に座った。

 同時に沈黙。

 正直、最後に二人きりで過ごせることは嬉しいのに言葉が思いつかない。

 あっという間の一月、色々とあった。

 楽しくて、切なくて、優介を知れた大切な思い出の時間。

 そんな時間はもうすぐ終わりを迎える。

 言いたいことはたくさんある。

 伝えたい気持ちもあるのに――


「……そう言えばお土産、買いましたか?」


 出たのは全く関係のない内容で、ソフィは己の不甲斐なさが憎かった。


「ああ。ついさっきな」

「いつの間に……やはり恋さんと愛さんにも……ですよね?」

「あの二人にだけだ」

「え?」

「色々とあってな。まあ他の奴らは帰ってから買えば良い」

「それはお土産でしょうか……」


 適当な答えに呆れながらもソフィは視線を落とす。

 何を考えているかは知らないが、やはり恋と愛は特別に思えて。

 一月だけしか思い出のない自分はやっぱり勝てなくて。

 でも諦めきれず、ソフィは勇気を振り絞り――


「優介さん! 私は――」

「ほらよ」


 思いを告げようとしたのに、目の前に細長い包みを出されて呆然となった。


「…………これは?」

「お前には散々世話になったからな。ついでに買っておいた」

「そんなお礼だなんて……あの、開けても良いですか?」

「お前の物だと言っただろう」


 思わぬサプライズにソフィは一大決心も忘れて丁寧に包装紙を解いていく。


「ブレスレット……ですか」


 夢見心地に呟くソフィの手にはアクセントのハートマークに紫色の宝石が埋められた細いチェーンのブレスレットが。

 意外すぎる贈り物に何度も目を擦るソフィの隣で優介はため息一つ。


「女はアクセサリーが大好きなんだろう。まあ安物で申し訳ないが」

「いえ……嬉しいです。とっても……ありがとう……ございます。大切に……します」

「大げさな奴だ」


 先ほどのカナンのように大切に扱う姿に優介は苦笑する。


 本当に優介には最後まで驚かされてしまう。

 正直、このタイミングでこんなプレゼント。

 憎いまでの心遣いにソフィはずるいと思ってしまう。


「……ちなみに優介さん? ついでと言うことは恋さんと愛さんにもアクセサリーを?」

「まあな。あいつらにはペアのネックレスだ」

「ペアのネックレス……」

「別の物を買うとケンカしそうだろう。それにネックレスなら仕事中に付けても邪魔にならん」

「あなたという人は……」


 同時にアクセサリーをプレゼントした女性に堂々と別の女性へのプレゼントを口にし、あまつさえ恋と愛に同じ物を贈るつもりでいる優介にソフィはワナワナと震えた。

 やはりこの人に想いを伝えるのは早すぎる。

 恋と愛、二人のライバルの存在以前にまず優介の鈍感ぶりを正す必要があった。


「やっぱり優介さんは優介さんですね。さすがです」

「……なんの話だ?」

「何でもありません。それより……どうですか?」


 首を振りブレスレットを身につけソフィが問いかけ。


「……良いんじゃないか。二歳上のお姉さんにはやはり高貴な紫がよく似合う」

「まだ言いますか……」


 どこまでも意地悪な優介に脱力するも、やはり褒められれば嬉しいもの。

 故にソフィはある決意を胸に秘めて小さく笑った。


 いよいよ搭乗時間が迫り。


「では優介さん。お元気で」

「お前もな。ま、機会があればまた会おう」

「はい! またお会いしましょう」


 搭乗口で再会を約束し、ソフィに見送られて優介は一人になった。


 ◇


 フランスの地を踏み約一ヶ月。

 色々な思い出が出来た。

 改めて大切な心を知った。

 同じ道を歩む、大勢の友人が出来た。


 そしてライバルと呼べる二人。


 これから先、師の背中を追い続けるために必要な宝物を優介はたくさん手に入れた。

 早く帰って大切な仲間、大切な場所でまた大切なお客様を迎えたいと素直に思える。

 何よりも大切な二人と共に。

 これからも。

「……さてと」

 なのに優介は荷物を持ち替えほくそ笑み。


「のんびり帰るか」

 



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