テニイレタツヨサ
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公開料理勝負から翌日。
「……うぜぇ」
教室に入るなり優介は不機嫌を露わに呟いた。
「昨日の今日ですからね、仕方ありません」
「なにが仕方ねぇだ」
ソフィが宥めるのも無視、あからさまなため息を漏らしている。
いつものようにソフィと共に車で登校、しかし学院の雰囲気はいつもと変わっていた。
これまでは遠巻きに注目されるか陰口を囁かれていたにも関わらず、優介は教室に来るまで何人もの生徒に声をかけられた。
理由は昨日の料理対決で優介の作った料理。
ココロノレシピでテーラとロイの思い出の料理を再現したが、その方法を知りたいらしい。
もちろん能力について秘密にしているのでおいそれと話すわけにもいかず言い訳が大変だった。
まあ優介は『知らん』の一点張りで、火消し役を務めたソフィの方が大変だったが。
中には優介の演説に感銘を受けて純粋に話をしたい生徒も多く、いつもの距離が遠く感じたものだ。
「そう言えば……どうしてテーラさんの思い出の料理を作ったのが、ロイさんだと分かったんです?」
「あん?」
「だって優介さん言ってたじゃないですか。あれはレシピと心の声……ですか? 後は調理中のビジョンしか見えないって」
「見えたな。ガキのようなロイが調理していたのを」
「まさか……最初からテーラさんの思い出の料理人を知ってたんですか?」
「まあな」
「どうして教えてくれなかったんですか! と言うか、優介さん知らないって言ってましたよね!?」
「俺は探偵じゃないと言っただけで、知らんとは言ってない」
その反論にソフィは唖然となり、優介は苦笑する。
「なにより、開店準備が出来てなかったんでな。準備も出来てないのに客を迎えるわけにもいかんだろ」
「意味が分かりません……」
ため息を吐くソフィに知る必要はないと優介は教えない。
テーラの思い出の料理は最初に夢を語っていた時、既に見えていた。
しかし日々平穏は休業中、なので店主としてココロノレシピで料理を再現する訳にはいかなかった。
つまり恋と愛が自分の期待に応え、再び日々平穏を開店するのを待っていただけのこと。
これは優介のこだわり。
だから教えない。
「優介さんもすっかり人気者ですね。嬉しいですか?」
「……嬉しくねぇ」
「そうですか」
相変わらずな優介にソフィはつい笑ってしまう。
「うんうん、永遠のライバルとしてボクはとっても嬉しいよ!」
「…………」
「おはようございます」
同時にいつものごとく突然カルロスが会話に参加。
この一月で耐性が出来たのか優介は無視、ソフィは取りあえず挨拶した。
「うむ、おはよう。ご機嫌はいかがかな?」
「あなたが出てきたので最悪です」
「……えげつないな」
笑顔で毒舌を吐くソフィだがカルロスは気にした様子もなく優介へと視線を向ける。
「さて我が永遠のライバル、昨日は素晴らしい料理勝負だったね」
「言ったハズだ。俺は勝負なんざしてねぇよ」
「あの料理勝負、そしてあの大演説はこの学院にいつまでもいつまでも語り継がれる伝説となるだろう」
「あれは独り言だ……といっても聞いてねぇだろうが」
「キミは本当に素晴らしい料理人……いや、素晴らしい男だ」
諦めたようにため息を吐く優介を余所にカルロスじゃしみじみと呟いた。
「料理人にとって大切な心、世界一の料理についてあるべき姿をキミが教えてくれた。ボクはとても感動したよ。いや、ボクだけじゃない……学院の生徒全員さ」
「…………」
「その証拠に昨夜ね、寮生が集い色々と話し合ったんだ。心の料理について、忘れてはいけない心について……。優等生も劣等生も関係なく、みんなで意見を出し合っていたよ。その光景にボクは思った、理事長の掲げるライバルと切磋琢磨するというのはただ腕を磨き合うだけじゃなく、あのようにライバル同士が心と心で語り合うことも含めてのことではないか、とね」
「きっと、そうだと思います」
なにも言わない優介に代わりソフィが同意を。
「この学院はこれから大きく変わる。今まで以上に素晴らしい料理人がたくさん、たくさん現れるだろう。これも全てキミの功績さ」
「何度も言わせるな、俺はなにもしてねぇよ」
「……キミはブレないね」
「優介さんですから」
面倒げにため息を吐く優介にカルロスとソフィは苦笑する。
「だが……お前がそう言うならもういいだろう」
「「え?」」
同時に講師が教室へ。
HRが始まるとそれぞれが席につく、にも関わらず優介は立ちあがった。
「理事長は来ているか」
「…………は?」
講師が唖然となるも優介に睨まれてしまう。
「理事長はいるか、と聞いている」
「あ、ああ……理事長室に……」
「そうか」
と、確認するなり優介は一人教室を後に。
「本当に……ブレないね」
「ブレなさすぎです!」
呆然となる生徒らを余所にソフィは慌てて後を追った。
「優介さん!」
「うるせぇぞ。授業が始まってんだろ」
「分かっているなら戻ってください!」
「必要ない」
「必要ないって……ちょっと優介さん!」
◇
ソフィの説得も空しく優介は歩を止めず理事長室へ。
「邪魔するぞ」
「おや? ユウスケ、もう授業は始まっているよ」
ノックのみの登場にもジュダインは気にせず、手にした書類を置いた。
「あんたに話があってな。時間はあるか」
「優介さん……!」
「私に話……いいよ。そこに座りたまえ」
「ジュダイン様まで……はぁ。もういいです……」
相変わらず心臓に悪いやり取りだが、やはり耐性の出来たソフィも抗議を止めて優介の隣に座った。
「なぜお前が同席する」
「私の勝手です。ジュダイン様、よろしいでしょうか?」
「……なぜ俺の意見は聞かない」
「優介さんの真似です」
「はっはっは、私は構わないよ」
頬を膨らませるソフィに肯定し、ジュダインも二人の前に座った。
「それでユウスケ。私に話とは?」
「もうこの学院に用はない」
「「は?」」
「よって俺は日本へ帰る」
「「…………は?」」
余りに端的で突然の内容にソフィだけでなく、ジュダインまでも唖然。
「世話になった。以上」
「…………ちょ、ちょっと待って下さい!」
更には勝手に締めくくられてしまいソフィは慌ててしまう。
「何ですか突然っ? どうしてです?」
「師の代わりは務めたはずだ」
「……師の代わり?」
ソフィは首を傾げるも、優介はジュダインを見据えた。
「そうだろう? 我が師の盟友、ジュダイン・ライズナー」
「…………へ? ジュダイン様と喜三郎様が……盟友?」
初耳な情報に混乱するソフィに優介から更に追加情報。
「ついでに言えばカナンの師、アリス・レインバッハもだ」
もう言葉も発する気力もなくソフィはソファにへたり込んでしまう。
「……やれやれ。喜三郎だけでなく、アリスとの仲にも気づいていたか」
そんな中、ジュダインは降参したように肩を竦める。
「喜三郎とのことはキミの能力で気づかれたと思っていたが、どうしてアリスのことまで分かったんだい?」
「あの爺さんがあんたとアリス、両料理人と盟友なら自ずとその二人もまた盟友と思ったまでだ」
「なるほど。喜三郎と出会う以前から、私とアリスは良きライバルだった」
「では……アリス小母さまがカナンにここを推薦したのも……」
「彼女に頼まれたのさ『私の最後の弟子、カナン・カートレットをよろしく』とね」
ソフィの問いかけにジュダインは懐かしげに髭を撫でつつ。
「アリスの最後の弟子を預けられるという信頼、なによりカナンくんの眩い才能。理事長ではなく一人の料理人として成長を楽しみにしていた。だが……私は彼女の最後の願いを叶えてあげられなかった」
悲しげに視線を落とした。
「……どういうことです? カナンはここで立派な成長を遂げています。この学院へ通ったからこそ、あの子は今プロの料理人として活躍できています。なのに叶えてないだなんて……」
「……違うよ。カナンくんは自身の力で成長したまで。私は切っ掛けすら与えていない……ユウスケと違ってね」
「優介さんが?」
ジュダインとソフィの視線が優介に向けられる。
しかし優介はなにも言わず、ジュダインは改めて言葉を続けた。
「私の夢は世界に通用する素晴らしい料理人を育て上げること。だからこの学院を設立した。私が喜三郎やアリスといった素晴らしいライバルのお陰で成長したように……切磋琢磨し、互いの腕と心を磨き上げて欲しいとね」
だが志していた学院が大きくなるにつれ、自分の理想とかけ離れてきたらしい。
学院を大きくすることに夢中だったジュダインが気づいたときにはもう遅く、生徒らは相手よりも自分に固執し、ライバルと言うより敵のような関係になっていた。
間違いに気づかせてくれたのがカナンだった。
入学当初に教えてくれたアリスのような笑顔を生む料理人という志を忘れ、孤独に戦い続ける彼女を見た瞬間、ジュダインもまた自分の志が間違った方向に向かっていると気づいた。
しかし立場上贔屓するわけにも行かずただ見守るしかなかったと言う。
「私はアリスに申し訳なくてね、何度も彼女の墓標に謝罪へ行ったものさ。しかし……三ヶ月前だ、カナンくんが私に会いに来てくれたんだ」
「あ……」
それはソフィも知ること。
日本で忘れていた志を思い出し、師匠へもう一度約束をした帰りに二人で学院へ来たのだ。
「驚いたよ……最後に見た時とは別人のようだった。いや、本来の彼女に戻ったと言った方が良い。純粋に料理を楽しみ、技に拘らず、出会った頃のように真っ直ぐな瞳で『笑顔を生む世界一の料理人になる』と私に語ってくれた」
「そして……語っていました。優介さんのことを」
「自分は未熟だと教えてくれた料理人が日本にいたとね。日本の定食屋、日々平穏の店主だと聞いて私は驚いた。喜三郎は死んだと風の噂で聞いていた……なのにどうしてと」
「だろうな。爺さんは俺を引き取って以来世界を巡るのを止めたと聞いている。なら俺の存在を知らないはず、当然だ」
「ああ……本当に驚いたよ。まさか喜三郎が私たちのように弟子を育てていたと。彼は本当に素晴らしい料理人だった。それこそ、私なんて足下も及ばないほどにね」
「ジュダイン様が……?」
フランス料理界の重鎮、世界一の料理人とも呼ばれるジュダイン・ライズナー自らの敗北宣言に、喜三郎を知らないソフィはただ驚くばかり。
「彼の作る料理は本当に素晴らしい……味は当然のこと、料理に対する心の在り方がなによりも優れていた。私もアリスも、彼に一度として勝ったことはない。私の知る限りでも彼こそが世界一の料理人だ。なのに彼はどうしてか弟子を取ろうとしなかった。なぜかは分からない、もしかしたらあの能力が原因なのかも知れない」
「ココロノレシピ……ですか」
ジュダインの疑問にソフィは視線を落とす。
世界一優しくて、悲しい料理。
もしかすると喜三郎はそれを知っているが故、弟子を持たなかったのかも知れない。
(……でも、どうして?)
だが同時に疑問が浮かぶ。
分かっていて、どうして喜三郎は優介を弟子に取り、能力を受け継がせたのか?
「ココロノレシピ……? あの能力にはそんな名前があったのか。私は彼にとっておき、としか聞いてないが」
ソフィの疑問はジュダインの問いかけによってかき消されてしまった。
「適当につけた名前だ。俺も詳しくは知らん」
「ふむ……ココロノレシピか。良い名前だ、まさに喜三郎とユウスケが持つに相応しい。心の料理人、キミは喜三郎の弟子として立派に後を継いでいるよ」
「世辞はいい」
「だからこそ、キミをこの学院に招待した。私やアリスが、喜三郎に料理に対する大切な心を教わったように……キミならこの学院を変えてくれるとね」
「じゃあ……優介さんをお誘いしたのは……喜三郎様の代わりに……?」
「だろうな。俺のような名も知らない高校生のガキを強く推薦するなら、師の名前あってのことだと予想はしていた」
「だからキミは最初から私が喜三郎の関係者だと踏んで、私にココロノレシピを使ったんだね」
「さあな」
この事実にソフィは憤りを感じる。
つまりジュダインは優介の才能や料理ではなく、喜三郎という料理人の代役として選んだということ。
喜三郎がどれだけ凄いのか知らないが、まるで優介がオマケのような扱い。
彼の努力もなにも知らず、ただブランドを評価されているようで――
「お前が怒る必要はない」
まさに抗議しようとした瞬間、優介がソフィの頭をポンと叩いた。
「なにより、利用したのはお互い様だ」
「……優介さん。もっとわかりやすく教えてくれないと……怒りますよ」
「いいだろう」
意味深な言葉にソフィが呟けば、優介は一息分の間を置いて。
「まず訂正しておく。俺はカルロスやあんたが言うような大層なことなんざ何一つした覚えはない」
「そうかな? 昨日の料理勝負、あれこそ私が求めていた授業だ」
「俺は二代目店主として、店に来る客を相手しただけのこと。ついでの結果だ、感謝なんざされては虫唾が走る」
それよりも――と、優介はソファに背を預けジュダインを見据えた。
「先ほど利用したのはお互い様、と言ったように俺はこの学院を利用させてもらった」
「……聞こう」
「俺がフランスへ来た理由は二つ。一つは師の盟友であるアリス・レインバッハへの挨拶。もう一つは、俺自身の心の問題」
「優介さんの……心?」
「爺さんが若かりし頃世界を巡っていたように、白河の爺さんが世界を知るのも修行と言ったように、俺もまた一つの場所に留まることなく世界を知るべきと考えた。知らないことを否定するのはバカのすることだ」
「だから私の誘いに乗ったと、そういうわけか」
「世界でも名門と呼ばれるこの学院なら世界を知るには十分な場所だ。そして爺さん以外に料理を教わり、世界を知り改めて確認できた」
ジュダインとソフィ、交互に視線を向けて優介は微笑んだ。
「我が料理道における師は上條喜三郎ただ一人」
優介の確固たる意思。
世界を知り、これまで機会のなかった大勢の料理人との出会いがあった。
それでもやはり師は喜三郎で、精進するべき場所は日々平穏だと。
「他の誰にも、世界にすらも……教わらねぇよ」
改めて心に刻むことが目的だった。
「……だが喜三郎はもうこの世にはいない」
その決意にジュダインは寂しげに問いかける。
偉大な師はこの世にいない、優介に声すらかけてくれない。
後を継ぐことが精進になるとも限らない。
これからも孤独な料理道を歩み続けること、それが幸せなのかとジュダインは問いかける。
しかし優介は首を振る。
以前は迷ったかも知れない問いかけに。
世界を知ったことで。
これまで機会のなかった大勢の料理人との出会ったことで。
「師の教えは常に心にある。それで十分だ」
自信を持って、自分の胸を指さした。
真っ直ぐな心にジュダインは小さく笑った。
「分かっていたよ……キミの器は私の手に負えないことなど」
それは喜三郎の弟子ではなく一人の料理人、鷲沢優介に贈られた言葉で。
「さすが喜三郎が認めた、唯一の弟子だ」
そして優介にとって最高の賛辞を送った。
「なら今度はあんたの番だ。俺なんぞに頼ろうとせずテメェのことくらいテメェで何とかしろ、師の盟友として恥じぬようにな」
「約束しよう」
「優介さん……最後まで」
まるで逆転の立場な二人にソフィは呆れてしまう。
「約束で思いだしたが、キミとの料理談義もいつかゆっくりとしたいね」
「なら今度はあんたが日本へ来い。ついでに俺のバカ弟子でも紹介してやる」
「ははは、ユウスケの弟子か。また素晴らしい料理人の卵なんだろうね」
「まあな」
だが二人は気にした様子もなく、再会を約束する握手を交わした。
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