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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ6 ココロノリョウリ
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ココロノリョウリ

アクセスありがとうございます!


 それは偶然だった。 


 物心ついた頃から料理は身近な物で、いつか自分も料理人になると夢見ていたロイは、父親の経営するレストランに通っていた。

 勉強のため、そして尊敬する父親の料理を美味しいと食べてくれるお客さまの笑顔を見ていると誇らしくて。

 だからその日も勉強のため、お客さまの笑顔を見るために店に行ったのだが。


『つまんない……』


 テーブルに座る小さな少女が足をブラブラさせて、寂しそうな表情を浮かべていた。

 ロイは父親の料理を笑顔で食べてくれない少女に怒りよりも共感を持った。

 それは無理もないこと。

 いつもは大人達が食べに来る料理を自分よりも小さな子供が食べても味は分からないだろう。

 同時にある意欲が湧いてくる。

 少女の気持ちが分かってしまったロイは厨房から材料をくすねて、従業員が寝泊まりする部屋のキッチンで料理を作った。

 時間は限られているから簡単で、喜んでもらえそうなパンケーキ。

 女の子だから小さく、ハート型にすればもっと喜んでくれると必死に。

 完成したパンケーキを箱に包んで、接客係にお土産として少女に渡して欲しいと何度もお願いした。


 パンケーキが本当に少女の手に渡ったかは分からないが、ロイはきっと少女が喜んでくれていると信じていた。


 ◇


「…………本当に渡してくれるなんて」

「じゃあ……ロイさんが?」


 テーラが恐る恐る問いかければロイは小さく頷く。

 同じように小さな切っ掛けから記憶が蘇ったのか、独り言のように口を開いた。


「自信はない……でも、ボクにもユウスケとキミの言ってたような記憶があるんだ。そしてこのパンケーキにも……見覚えがある」


 ロイの告白に会場内は水を打ったように静まり返っていた。

 テーラが忘れていても料理人が覚えていればレシピを知り、過去の話も知ることが出来る。

 だがその料理人さえも忘れていた思い出の料理を優介は再現している。


 なぜ?

 どうして?

 どんな方法で?


 ココロノレシピを知らぬ者は奇跡を目の当たりにしたようにしか思えない中――


「栄養が成長の糧となるように、料理に込められた心は食す者の心の糧となる」


 再び優介は語り出す。


「そして相手を思う心は、どんな至高の味をも凌駕する思い出の料理になる。テーラが忘れても、ロイが忘れても……互いの心に微かでも残っていたようにな」


 先ほどのように静かに、しかし力強い声で。


「世界一の料理人を目指すのは結構、味を追求するのは当然だ。だが……味だけじゃねぇんだよ」


 これまで見てきた素晴らしい料理の数々、これまで感じた優しい心。


「俺たちの作る料理が誰かの心に残るということを忘れるな」


 会場にいる全ての者へ伝えるため。


「心を込めたところで味は変わらない。だが心があるからこそ、俺たちは料理が上手くなる。なら俺たち料理人は腕と共に心を磨け」


 師、喜三郎の教え。


「さすればいつの日か必ず、相手の心に響く料理が生まれる」


 心の料理とはなにか。


「誰にでもなれるんだよ」


 自分なりに見つけた答えを。


「心に残るそいつだけの……世界一の料理人にな」


 己の心の在り方、その全てを語った。


 ◇


 静まりかえる会場内で小さな拍手が起こった。


 ジュダインが立ち上がり、優介に拍手を送っている。

 それを合図に一つ、また一つと。

 いつしか会場内は拍手の渦で埋められた。


「……何に対しての拍手だ」


 割れんばかりの拍手に対し、優介は苦笑し。


「いい夢でも見てるのかよ」


 一人ステージを後にした。


 ◇


「……テーラくん、だったかな」


 鳴り止まぬ拍手の中、ロイはゆっくりとテーラに歩み寄る。


「ボクの料理がキミにとって大切な思い出になっていたなんて……知らなかった。忘れていて……すまなかった」

「あ、謝らないでください……! わたしも……忘れてたから……」

「だが……」

「それよりも……ありがとうございました」


 顔を上げるロイに、今度はテーラが頭を下げた。


「わたしがここにいるのは……料理を大好きになったのは……ロイさんのお陰です。あのパンケーキ……本当に美味しかったです。だから、ありがとうございました」

「テーラくん……」


 向けられる微笑みにロイは勝負前に言われたカナンの言葉を思いだす。

 自分に足りないもの。

 学院に来てたくさんの料理を作った。

 講師は素晴らしいと褒めてくれた。

 研修先の料理人に筋が良いと褒めてもらえた。

 クラスメイトが凄いと褒めてくれた。

 しかし授業や試験、成績なんて関係なく、純粋に自分の料理を喜んでもらえることが、こんなにも温かな気持ちになれることを。


 ロイは知らなかった。


「……なるほど、ユウスケの言う通りだ。確かに、料理は心で上手くなる」

「ユウスケさんがどうかしましたか?」


 独り言のような呟きにテーラが首を傾げるがロイは小さく首を振った。


「ボクもユウスケを見習って、一から修行のやり直しだと思っただけだよ」

「わたしも……無理かも知れないけど……頑張りたいです。ユウスケさんのように、ロイさんのように……いつか、誰かの世界一になりたいです」

「テーラくん……ありがとう。ボクの名前も入れてくれて」


「だってわたしの世界一の料理は、ロイさんのパンケーキだから」


 ◇


 ステージ上で握手を交わすロイとテーラに再び拍手が起こる中、カナンは席を立つ。


「……どこへ行くんだい?」

「もう終わったんでしょ。なら帰るわ」


 カルロスの問いかけにカナンは背を向けて。


「ユウスケって凄いわね」


 その呟きにカルロスも微笑んだ。


「料理人として彼はボク達の……遙か先を歩んでいるよ」

「あなたもそう思うんだ」

「思うしかないよ。この拍手を聞けばね」

「……そうね」


 頷き会場を後にするカナンをカルロスは優しい眼差しで見送った。


「ワタシもユウスケもまだまだこれから」


 以前、優介の料理を食べて腕は上だとカナンは素直に認めた。

 だが敗北を口にするのは早すぎると思っていた。

 優介の目指す心の料理。

 カナンの目指す笑顔にする料理。

 その答えを、優介は既に見つけている。

 ただがむしゃらに走り続ける自分よりも、目標を見据えて確実に歩を進めている。

 お互い目指す目標は違っても。

 同じ気持ちで追いかけ続けていても。

 自分よりも優介は遙か先を歩いている。


「でも……ワタシの負け」


 だから今は素直に口に出来た。

 そして同時に考える。

 どうすれば追いつけるか。

 どうすれば彼のように答えを見つけられるのか。


 カナンは前を見据えて、自分の心の在り方を見つめ直していた。


 ◇


 同時刻、ソフィは優介がステージから去って行くのを見るなり会場を飛び出した。

 ココロノレシピを知る者として、優介の為人を知る者としてどうしても聞きたくて必死に走り続けて。


「優介さん!」


 楽屋として使われている個室に入ろうとする優介に追いついた。


「どうした」


 表情は変わらない、いつものように優介は面倒げで。


「優介さんは……優しすぎる」


 だが珍しく心の内を言葉にしたことで気づいてしまった。

 恋と愛ですら気づいていない、優介の心に刻まれる傷にソフィは気づいてしまった。


「あなたの言う料理が世界一なら、ココロノレシピを持つ者は世界一の料理人です」


 優介は大切な思い出こそ、世界一の料理だと教えてくれた。

 つまり人々の心に残る料理を知り、再現できるならまさに世界一の料理人だ。


「でもアリス小母さまの言っていたように……悲しい料理人です」


 同時に悲しい料理人とも教えてくれた。


「どれほど心を込めても、どれだけ努力しても……誰かの料理が自分の料理よりも喜ばれる……虚しさを味わう」


 リナが失敗したように。

 愛が最悪だと言ったように。

 優介は自身が禁じている料理を作り続けている。


「なのに……どうして。虚しさを思い知らされて……その代償で心に苦しみが残ると分かっていて……」


 食した者の笑顔は優介でなく、その先に見える思い出の料理人に向けられている。

 これほど残酷な料理は他にない。


「どうして……優介さんは平然と……ココロノレシピを使えるんですか」


 どうして彼はこれほどまで自分を無視できるのか。

 どうして彼はここまで自分のことを適当に扱うのか。

 どうして大好きな料理にまで、誰かのために裏切るような行為を出来るのか。

 分かっていても優介は悲しい料理を作り続けている。

 アリスの墓前では堪えていた涙を零しソフィは問いかける。


「客の願う料理を提供するのは料理人の勤めだ」

 やはり優介は顔色一つ変えず、平然と答えた。


「なら俺がココロノレシピに頼らなければ、客を満足させる料理を作れない未熟故の代償」

「ですが……っ」


 どこまでも自分に厳しい言葉にソフィが反論するも。


「…………いいんだよ」


 不意に優介の手が頬に伸び、その指がソフィの涙を拭った。


「優介……さん?」


 強がりも押し殺した感情もないような柔らかな笑顔で。


「俺は幸せな料理人だ」


 以前特別なお客として迎えてくれた時よりも真っ直ぐに、彼の優しさが滲み出た綺麗な笑顔にソフィは見入ってしまう。


「どんな時でも俺を信じてくれる奴らがいる。未熟な俺の側で、支えてくれる奴らがいる。だから……いいんだよ」


 ソフィの頭の中で二人の少女の顔が浮かんだ。


「それは……恋さんと、愛さん……ですか」


 常に隣にいて、同じ店を守り続ける二人の少女。

 きっと今も彼の心の中にいて、共に信じ、支えているに違いない。

 だから優介は強いとソフィは確信と敗北感を覚えるが。


「違うな」


 優介は否定し、涙を拭った手を強く握りしめた。


「俺を信じる者、全てだ」


 まるで自分のために涙するソフィの心も支えてくれるのだと言ってくれているようで、自然と涙は止まっていた。


「分かったならいい。今日は帰るぞ、先に車で待っていろ」


 満足したように優介はソフィの頭をポンと叩き、個室に入っていく。

 言われるままソフィは元来た道を歩いて行く。


「……少しだけ分かりました」


 ゆっくりと歩を進めソフィは呟いた。

 初めて教えてくれた優介の心。

 優介の強さの秘密。

 それは当然のこと。

 優介は恋や愛だけじゃなく、孝太や好子、リナ――きっとソフィも知らない島の人全ての笑顔に支えられている。

 同時に大勢の笑顔の期待に応えようと日々精進している。

 だから優介は強い。


「……アリス小母さま。もし世界一の料理人がいるとすれば」


 屋外に出てソフィは空を見上げた。


「それは優しくも悲しい……世界一欲張りな料理人かもしれません」


 一人も無視せず、大勢の心を背負おうとする優介の強情ぶりにソフィは微笑んだ。


 ◇


「……やれやれ」


 個室に入るなり優介は一息つく。

 らしくないことをした結果、ソフィに気づかれてしまった。

 だが、それでいいと思える。

 隠していたわけじゃない。

 恋と愛にも別に言う必要がないと思っていただけのこと。

 それに気づいたのがソフィで良かったとも思える。

 自分の過去を知り同情でも涙でもなく、叱りつけ。

 また料理人として過ちを犯す自分には涙する。

 だからこそあの涙はどんな言葉よりも心に響き、前に進もうとする糧になる。

 まだまだ成長できると確信できた。

 だから良いと思える。


「さて、また叱られても面倒だ」


 ドクン


「――――っ」


 苦笑しつつ着替えようとした瞬間、突然の痛みに優介は声にならない悲鳴を上げた。

 まるで心臓を鷲掴みにされているような。

 なのに心臓ではない部分が潰されている不思議な感覚にたまらず膝をつく。

 長い苦しみを味わい続けるが、それは錯覚で一息つく前に痛みは消えていた。

 謎の異変に襲われた優介は整える必要のない呼吸を整えながら。


「なんだ……今のは」


 呆然と呟いた。




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