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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ6 ココロノリョウリ
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ヨミガエルキオク

アクセスありがとうございます!



『さあ、両料理が出そろったことだし試食に入ろう! まずは先に完成したロイ・シュタイナーからさ』


 カルロスの進行に従い、ジュダインの待つテーブルにロイが歩み寄る。


「どのような形であれ、あなたに食して頂けることを光栄に思います」

「うむ、私も楽しみだ」


 一礼し、ロイは皿を置き銀蓋を開けた。


「スズキのタマネギクリーム煮、トマトソースがけでございます」

「これは実に美味しそうだね」


 ジュダインが絶賛するように丁寧に処理されたスズキにタマネギで越されたクリームの白、皿に盛られているトマトソースの赤が鮮やかで、見た目こそ派手ではないが色と香り食欲をそそる、短時間で仕上げたとは思えない鮮麗された一品。


「ふむ……タマネギの自然な甘さがトマトソースの酸味を引き出せているね。それにスズキの淡泊な味を壊すことのない味付けのバランス、その若さで見事」

「ありがとうございます」


 味も申し分なく完食するジュダインにロイは微笑み頭を下げた。


(この空気はなんだ……!)


 だが内心苛立っていた。

 ジュダインに褒めてもらうことは料理人として名誉あること。

 なのに会場内の空気はどことなく冷めている。

 まるで前座扱いな雰囲気にロイは屈辱を感じていた。

 幕の下りる寸前で調理を始めた為、何を作ったのか全く想像できない。

 加えて調理前の態度、誰もがこの後行われる優介の料理に対する試食に興味津々だ。


『では続いて、ユウスケ・ワシザワの料理さ』


「……いよいよね」

「…………」


 カルロスのコールにカナンは息を飲み、ソフィが祈るように手を合わせる中――


「ほらよ」


 会場の緊張感とは裏腹に優介は平然と蓋を開けた。

 現れたのはふんわりとした白っぽいハートの形をしたモノが二つのみ。

 遠目からは何があるのか分かり辛いのか、観客席が騒然となる。


 ただ一人だけ――その料理に反応する人物がいた。


「くくく……はっはっはっは!」


 唖然となっていたロイが突然高らかな笑い声を上げた。


「……何が可笑しい」

「い、いや……すまない。キミの料理を笑っているわけじゃ……ただ、何だいそれは?」

「見てわからねぇか」


 苛つきながら優介が睨みつけるもロイは呼吸を整えるのに必死で答えることが出来ない。


「……パンケーキ、よね?」

「うむ……ボクにもそう見えるよ」


 代わりに司会席でカナンとカルロスがボソリ。

 最前列なので優介の料理を理解しているが確信を得られない。

 そう、優介の料理はパンケーキ。

 強いて特徴を挙げるなら手のひらサイズでハート型、茶色の部分が少ない白っぽいパンケーキ。

 あれほど焦らした結果に会場内はシラケムード、ため息を吐く者までもいた。


「ちょっとユウスケ! まさか本当にただのパンケーキを作ったのっ?」

「そうだな」


 思わずカナンが声を上げて問いかければ、優介はキッチンに置いてあったいちごジャムを塗ってみせる。


「どうだ」

「どうだって……」

「うむ、実に可愛らしいね」


 得意げな優介にカナンは愕然。

 隣でカルロスが褒めるように赤いハートマークは確かに可愛い。

 可愛いのだが、それだけで。


「素晴らしいよ! キミは顔に似合わずファンシーな料理を作るんだね」

「顔は余計だ」

「しかし……そんな料理でボクに勝てるとでも思っているのか?」


 明らかな軽視する態度を見せるロイに、優介はため息を吐いた。


「勝てる? なんの話だ」

「ん……?」


「俺はテメェに世界一の料理を見せると言ったが、勝負をするとは一言もいってねぇ」


 胸を張り言い返す優介に会場内は唖然。


「そういえば……」

「……言ってませんね」


 カナンとソフィも優介とのやり取りを思い返して納得。

 確かに優介は一度も勝負を受けたとも、するとも言っていない。


「なら聞くが、そんなパンケーキがキミの言う世界一の料理とでもいうのか!」


 だからと言ってロイは納得できるはずもなく反論。


「そもそも、テメェの言う世界一の料理なんざこの世に存在しねぇんだよ」


 対しゆっくりと、しかし低く力強い優介の声が会場中に響く。


「誰しも日々成長していく。それに連れて体格や思考が変わるように味覚も変わる。そして心がある故に好みは変わっていく。なら全ての客が満足する料理なんざ存在しない」

「だったらそのニーズに合わせた料理を提供するのがボク達料理人の使命、違うか?」

「確かに一理ある。より美味い料理を作る向上心は必要だ」

「なら――」

「しかしその気遣いはどこからくる」

「……何を言っている?」


 意味が分からないと首を振るロイに優介は左胸を指さした。


「心だ」

「心……だと?」

「食す者の心に残る料理こそ世界一の料理。故にテメェの言う万人向けに美味いだけの世界一の料理は存在しねぇんだよ」

「聞いていれば……何を根拠に! では聞くが、そのパンケーキがどうしてキミの言う世界一の料理だというんだ! 心の料理? はっ、バカバカしい!」


 嘲笑するロイに寂しげな目を向けていた優介は小さく息を吐き。


「……だからテメェは気づかねぇんだよ」

「なんのことだ?」

「この料理がある者にとって世界一の料理だということをだ」


 観客席に視線を移し、一人の女子生徒で止めた。


「テーラ、ここへ来い」

「……はい」

「テーラさん……?」


 優介の使命に頷き、何かに取り憑かれたようにテーラがステージへ歩く。


「十年前、ある少女がこの国に訪れた」


 その間、優介は静かに語りだす。


「その少女は初めて訪れ、初めて食したフランスの料理に感動した。その後独学で料理と語学の勉強を続け、一年前に夢である料理人になるべく再びフランスの地を踏んだ」


 以前、テーラが語っていたあの時、ココロノレシピで見えていた。


「気の弱い少女が単身で、留学するほどの志を与えたのがこのパンケーキ。本人は忘れていたようだが……まあ無理もねぇ。ガキの頃に異国の地、しかも他に様々な料理を食べては感動したんだ。記憶が曖昧になっても仕方はない」


 様々なレシピが入り乱れる中、一際輝きを放っていたレシピ。


「だがハッキリと見えたんだよ。味を忘れても、その料理が何なのか忘れていても、少女の心にはこのパンケーキに込められた心が残っていた」


 優介はステージに登ったテーラの前にパンケーキを差し出した。


「この料理に見覚えがあるだろう?」


 ◇


 最初は遠目で何か分からなかった。

 でもなぜか気になり、テーラは優介の料理から目が離せなくて。

 いちごジャムで塗られた、赤いハートのパンケーキを見て確信した。


「これは……わたしが料理人を目指す切っ掛けになった……思い出の料理です」


 故にテーラは夢見心地で頷くしかなかった。


 ◇


 テーラの告白に会場内が壮絶となる。

 無理もない、本人すら忘れていた過去の料理を優介は再現したのだ。


「そうです……わたし、このパンケーキを食べて……凄いなって。普通のパンケーキなのに……形を変えると美味しくなるんだって……そんなことないのに……昔のわたしは魔法みたいに感動して……」


 だがそれ以上にテーラが一番驚き、混乱している。


「……ユウスケさんはどうして知ってるんですか? わたしが忘れてた料理を……どうして」

「そんなことよりこの料理について知りたくないか」

「え……じゃあユウスケさんはこのパンケーキの料理人を……知ってるから?」

「まあな」

「教えてください!」


 肯定されてテーラは思わず詰め寄った。


「わたし……お礼が言いたいんです! この料理のお陰で今のわたしがあるって……料理の素晴らしさを教えてくれて……ありがとうって……伝えたい」

「忘れていたにも関わらずな」

「それは……」

「まあ、それはお互い様か。どうやらその料理人も忘れているようだ」

「え……?」


 呆れたような呟きにテーラは首を傾げ、優介は頭をかく。


「これは想像に過ぎないが……十年前のお前はレストランで食事をした際、退屈な時間を過ごしたことがあるだろう」

「……はい」


 パンケーキの記憶と共に過去の記憶を取り戻したのかテーラは肯定。

 フランス旅行の途中、両親に連れられた有名なレストランで食事をして楽しくなかった思い出がある。


「無理もない話か。形式張ったコース料理や作法なんぞ要求されりゃ、ガキには退屈だ。いくら一流の料理でも、野菜や魚のすり身を上品な味付けされたところで美味いとは思えん」

「そう……だったと思います。でも……どうしてユウスケさんがそのことを?」

「だから想像だ。その料理人の心が教えてくれたまで」

「料理人の……心?」

「見てたんだよ。自分が誇る世界一の料理人だと思っていた、父親の料理をお前がつまらなそうに食う姿を。だから自分が満足させたいと、ガキの目線で思いついた料理を作った。歳が近けりゃ分かるだろ、ガキはパンケーキが大好きだ」

「まさか……」


 その内容に反応したのはテーラではなくロイだった。


「まさか……それは……」

「思いだしたならガキのテメェが父親の経営するレストランで、どうやってテーラに料理を提供したのか教えてやれ」


 ワナワナと震えるロイに優介は肩を竦める。


「ロイ・シュタイナー」




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