フタリノオーダー
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同じくステージではロイが呆然としていた。
下拵えをしつつお手並み拝見と五メートル先のキッチンを見れば誰も居ない。しかし首を傾げるより前に優介がなぜか舞台袖から現れた。
放置してあったのか、それとも用意していたのかパイプ椅子を持っていて。
そのまま座ってしまった。
「な、なな……!」
「なにやってんのよアナタは!」
徐々に思考が戻り抗議するロイより早く観客席からカナンが飛び出し、ステージ下から声を張り上げる。
「座っている」
即答だった。
あまりに清々しい即答にカナンは呆然、しかし瞬時に口を開く。
「そんなの見てれば分かるわよ! そうじゃなくて、もう始まってるのよっ!?」
「んなの分かっている」
「ならさっさと調理しなさい!」
「断る」
「なんでっ?」
「俺は定食屋の料理人なんでな。三〇分も調理時間なんざ必要ないんだよ」
淡々とした口調でロイに視線を向けて優介は微笑する。
「アナタ……まさか根に持ってる?」
「なんのことかさっぱりだ」
「絶対持ってるわね……」
「――っ! まさかキミはボクに定食屋の料理で対抗するつもりか!」
「さあな」
呆れるカナンに変わってロイが指摘するも、やはり端的な返答。
「そんな心配している暇があるならテメェは調理を再開したらどうだ。なにを作るか知らんが時間がかかるんだろ?」
「キミは……どこまでボクをバカにする……!」
「さあな」
「く……っ! いいだろう……お望みとあらばボクの全てでキミを叩きつぶしてやる!」
「料理で叩きつぶす……カツオのタタキでも作るのか」
優介の軽口はもう届いていないのかロイは調理を再開。
先ほど以上の集中力で包丁を振るっている。
「ほう? 苛立ってたわりには見事な手さばきだ」
「褒める暇あったらアナタも調理始めなさい! もう一〇分経ってるわよ!」
再びカナンがステージをバンバン叩き抗議。
「うるせぇ……」
対し優介は表情を歪めて調理服の内ポケットに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。
「アナタ何でケータイなんか持ち歩いてるのよ! ここはキッチンよっ? 必要ないでしょう!」
カナンのお説教を無視して優介は通話ボタンをプッシュ。
同時に観客席で唖然としていたソフィのポケットに入っているスマホが震えた。
「…………まさか」
タイムリーな着信に恐る恐る確認すれば、着信者は優介。
周囲の視線が集まり、戸惑いながらもソフィはスマホを耳に当てた。
『俺だ』
受話器越しとステージから微かに聞こえる生の声が重なりソフィはため息を吐く。
「……分かってます。それで優介さん……あなたは何をしてるのですか?」
『座ってると言ったハズだが?』
「それは聞きました。ではなくて、勝負の最中に電話なんて何を考えているんですか」
『耳栓はないか』
「……は?」
優介の問いにソフィは呆気に取られた。
『カナンがうるさくてな。二歳上のお姉さんなら準備していると思ったんだが』
「……まだ言いますか。持っていません。というか、カナンが怒るのも無理ないですよ? どうして調理もせず暢気に電話をしてるんです?」
『持ってないならいい』
「まさか……本当にそれだけの用件で……」
プツリと通話が切れてしまいソフィは脱力した。
◇
「さてと……そろそろか」
携帯電話を調理服に戻すと優介はようやく立ち上がる。
「おいカナン、ギャーギャーうるせぇ。調理の邪魔だ」
「アナタねぇ……っ」
注意されて拳を握るカナンだが、調理をするなら文句も言えず仕方なく司会席に戻った。
「お疲れさま、カナンくん」
「全くもう! ユウスケはなに考えてるのっ? 正直、カルロスの方がよっぽどマシな人間に見えるわ!」
「ははは、それは光栄だね。しかし公開料理勝負で調理をしない、挙げ句に電話をするなんて前代未聞のイベント。さすがユウスケくん、盛り上げ方を分かっている」
「…………訂正。アナタと良い勝負ね」
冷ややかに呟きカナンは優介へ視線を向けた。
本当に調理をするようで念入りに手を洗っているが、残り時間は一五分を切っている。
「そういえば……結局、ユウスケの注文した材料って何なのよ?」
この短時間で何を作るか見守っていたが、材料から予想しようとカルロスに問いかける。
「卵さ」
「他には?」
「以上さ」
「……は?」
カナンは何度目かの唖然。
「ね、何を考えているか分からないだろう?」
苦笑するカルロスの言葉はもうカナンに届いていない。
卵のみを使って、優介は何を作るのか。
もうそれ以外に興味が湧かなかった。
◇
会場中の視線を浴びる中、優介は目を閉じている。
右手は左胸、携帯電話を入れた場所に当ててゆっくりと口を開く。
「恋、客の案内だ」
優介にとってここはフランスの学院ではない。
「愛、オーダーを」
今の優介は日々平穏の厨房にいる。
恋がお客を招き、愛がお冷やを用意しながら注文を取っている。
一年半、ずっと見てきた光景。
一年半、ずっと大切にしてきた場所。
三人で経営し、三人で守ってきた自分の帰るべき場所。
聞こえるのはお客の楽しそうな声。
恋と愛が言い争う賑やかすぎる声。
つい集中しすぎてお約束の場面が浮かび、優介は苛立ってしまう。
「騒いでないで仕事しろ。オーダーをさっさと通せ」
『ユースケ、オーダー入ったよ!』
『優介さま、オーダー入りました』
世界一の料理
そして二人の声が同時に告げた。
「……いいだろう」
苦笑し優介は両目を開ける。
その両手は淡いオレンジの輝きを帯びていた。
◇
「ねぇ、ユウスケの両手が光ってない?」
調理を始めた優介を凝視していたカナンは首を傾げる。
何かを呟いていたと思えば、気のせいか柔らかな光が両手を包んでるようで。
「確かに……まあ照明の加減じゃないかな」
カルロスは気にした様子もなく呟いた。
◇
「……変だな? ユウスケさんの両手が光ってるような……」
テーラもまた不思議な現象に目を擦っている。
他の生徒らも気づいたのか会場内が囁き声に溢れ、同じく目を擦ったり照明で見えるだけと気にもとめないとそれぞれ。
「まさか……優介さん」
しかし、この現象にソフィはある考えに行き着く。
ココロノレシピ――思考に残る料理の形や味だけでなく、料理人の込めた想いまで読み取り完璧に再現できる優介が師、喜三郎より受け継いだ不思議な力。
調理をするのを見たことはないが、ソフィは確信できた。
優介の両手を包む淡い光、なのに芯が強く温かな光。
あの光を見ているとカナンのクッキーを食べた時のような優しい感覚が蘇る。
だがどうして優介は能力を使うのか?
どんな思い出の料理を作るのか?
この会場の誰が必要としているのかまでは分からない。
ただ疑問に思うソフィの前でキッチンが幕に包まれ見えなくなった。
◇
両サイドのキッチンが見えなくなるのにも気づかないほど、ジュダインはソフィと同じ疑問を持っていた。
古い記憶にある輝きとは少し違うが、確かにあれは同じ力。
やはり優介は使った。
だがなぜあのようなことを言ったのか分からない。
(キミも同じだ。本当に私を驚かせる)
分からないが、これまでの意味不明な行動、そして堂々とした風格。
生涯のライバルと認めた、日本の料理人を彷彿とさせる優介の姿を懐かしんでいた。
そして制限時間丁度に幕が上がり。
「完成しました」
「上がりだ」
ロイと優介の料理は完成した。
◇
「やあユウスケ!」
勝負開始五分前、ステージ袖に訪れた優介をジュダインは出迎えた。
「なぜテメェがここにいる」
「いやなに、私もここから登場するらしくてね。待機中さ」
「……うぜぇ」
相変わらず陽気なジュダインにため息を吐きつつ優介は向き合った。
「調子の方はどうかな?」
「何も問題ない。分かったら黙れ」
「つれないね……」
「……まあいい。始まる前にテメェに言っておきたいことがある」
「ほう? なんだろうね」
首を傾げるジュダインに優介は真っ直ぐ見返し。
「今日の俺は上條喜三郎の弟子として料理をするつもりはない」
その宣言にジュダインの表情から笑みが消えた。
「…………いつ気づいた?」
「さあな」
「なるほど……私から彼の料理を読み取ったんだね」
「さあなと言ったハズだ」
「なら……キミはどうしてこの勝負を受けた。喜三郎の弟子ではなく、どのような心構えで料理をするつもりだ」
「知れたこと」
ジュダインの問いかけに優介は苦笑する。
「日々平穏二代目店主――鷲沢優介として料理を振るう。その為の準備がようやく整った」
「準備……だと?」
「心配するな。例え俺の腕が師に届かなくとも、例え一人一人がまだまだ未熟でも……俺たちは三人で一人。爺さんと婆さんにも負けやしねぇ」
そう語る優介の手は胸に当てられて。
調理服の裏ポケットには携帯電話を忍ばせていた。
昨日届いた一通のメール。
それは優介が待ち望んでいた言葉。
二人が期待に応えた。
なら最後は自分の番。
三人で本当の日々平穏を始めるために、納得するために必要な心。
今度は自分が手に入れる。
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