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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ6 ココロノリョウリ
92/365

ナゾノコウドウ

アクセスありがとうございます!



「久しぶりね」

「カナン?」


 勝負開始一〇分前、楽屋として使われている個室から出てきたロイを出迎えたのはカナンだった。


「どうしたんだい、こんなところで。もしかしてボクに激励かな?」

「…………一応、同僚だもの」

「それは嬉しいな」

「ただ、これは激励じゃなくて忠告」

「忠告……?」


 首を傾げるロイにカナンは冷めた表情で。


「ユウスケを舐めないように」


 その言葉にロイから笑みが消えた。


「……残念だよ。キミはボクが認めた唯一のライバルだった。なのにどうして……そんなに彼の料理は美味しいのか?」

「美味しい……けど、それだけじゃないの」

「どういうことだ?」

「分からない……でも心、なのかな? アイツの料理はただ美味しいだけじゃない。味覚で感じられない不思議な味がするの」


 言葉を探しつつカナンはロイを見据えた。


「きっとそれは、ワタシやアナタに足りないモノよ。そしてユウスケは間違いなく、アナタにそれを教える為にこんなくだらない勝負をするつもり」

「…………」

「だからロイ、アナタも――」


「もういい……カナン」


 ロイは寂しげな表情を浮かべて言葉を遮った。


「これ以上……ボクを失望させないでくれ。心? 不思議な味? キミは本当にどうしたんだ?」

「やっぱり伝わらないか。まあ分かってたけど」


 同情する言葉にカナンは苦笑を浮かべて。


「ならユウスケの料理を知りなさい。ワタシの言葉よりもわかりやすく伝わると思うわ」


 そのままロイの元から去って行く。

 会場に向かいながらもカナンは考えを巡らせていた。

 どうしてわざわざロイにこのような話をしたか。

 勝負前の料理人を惑わせるようで気が引けたのに、それでもカナンは伝えずにはいられなかった。

 それはきっと、カナン自身が知りたいと思ったから。

 だから言葉として表現したくて、その相手はロイ以外に考えられなかった。

 昔の自分のように、ただ美味しい料理を、世界一の料理人を目指すために料理をする元ライバルに。

 あの不思議な味の隠し味がなんなのか、知りたいだけ。


「……全く、ロイにはいい迷惑よね」


 自嘲気味にカナンは笑い――


「アーハッハッハ!」

「ひうっ!」


 それ以上の高笑いに肩を振るわせてしまう。


「その気持ち悪い声は……まさか!」

「そうボクさ! キミの永遠のライバル――カルロス、参上!」


「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ――!」


 どこからともなく現れたカルロスにカナンは全力で悲鳴を上げた。


 ◇


 ライズナー学院講堂。

 講演や集会を主な仕様とし、また学院ならではの料理勝負が行われる場所なので普通の講堂とは作りが大きく違っていた。

 広いステージの両サイドにあるキッチン、ひな壇の席は大学の教室のような作りでステージをよく見渡せる。

 そして今日、二人の料理人による公開勝負が行われることになり席は多くの生徒や講師らで満席状態。


『コフォン……レディス・アンド・ジュエントルメン!』


 賑わう中、マイク越しにテンション高い声が響き渡る。


『待たせたね、ではこれよりライズナー学院公開料理勝負を始めるよ! みんな拍手を!』


 この合図に割れんばかりの拍手が。


 起こらなかった。


 せいぜいパチパチと一人分の拍手が聞こえたくらいで。


「……あなたは素直ですね」

「恥ずかしいです……」


 顔を赤くして俯くテーラの頭をソフィは優しく撫でていた。

 盛り上がってもおかしくないイベントなのに、なぜここまで冷ややかな状態かといえば過去の料理勝負と空気が違うからで。

 本来は講師が進行しつつ淑やかに行われる伝統行事なのに、ひな壇最前列の特等席を占領するカルロスが我が物顔で進行していた。

 故に一同は呆気に取られ、同時に関わりたくないと見て見ぬふり。


『アーハッハッハ! やはりみんな楽しみにしていたんだね。盛大な拍手をありがとう!』


 しかしそこはカルロス、気にした様子もなく進行続行。


『では始める前に今日の料理勝負に相応しいゲストを紹介しよう。みんなも知ってる昨年度首席卒業、現在はプロの料理人として活躍する我が永遠のライバル――カナン・カートレットさ!』


『…………うぅ、どうしてワタシが……』


 カルロスの紹介にマイク越しでカナンの疲れ切った声。


『ふふふ、みんなも予想外な大物ゲストに驚いているようだね。さあ、恥ずかしがらずにカナンくんにも盛大な拍手を!』


 予想外も何も先ほどカルロスに連れられ最前列に座るのを見ているのだが、会場内は同情する拍手に包まれた。


「カナン……見つかったんですね」


 もちろんソフィも労りの拍手を送った。


『ありがとう、ありがとう。さあカナンくん、みんなの拍手に答えて何か一言』

『じゃあ……カルロスに質問していい?』

『おっとボクにかい? なんだろうね』

『なんでアナタが進行してるのよ!』


 会場中の疑問を代弁するカナンの突っこみ、しかしカルロスは爽やかな笑みを絶やさない。


『それはこの料理勝負はボクのプロデュースだからさ! 故に会場のセッティングも試食役も、キッチンの準備まで全て一晩かけてボク一人が行った!』

『無駄に凄い!』

『ならば進行役やゲストの選出もボクの勤め。キミは来てくれると信じてくれたよ』

『アナタがここへ連れてきただけでしょ! さっき! 無理矢理に!』

『いやなに、そもそも今回の料理勝負はボクにも責任があるからね。講師殿の手を煩わせる訳にはいかないだけ、そんなに褒めないでくれたまえ』

『褒めてない! だいたい伝統ある学院の料理勝負をメチャクチャに――』

『ではみなさんお待ちかね、今回の料理人を紹介しよう!』

『聞きなさいよ!』


 などと微妙な空気の中、カルロスはステージ左を指さした。


『まずはライズナー学院の誇る最強の料理人、ここキッチンスタジアムでも数々の名勝負を繰り広げたロイ・シュタイナー!』


「なぜボクがこのような辱めを……っ」


 声に合わせてステージ左袖からロイが早足でステージ中央へ。

 やはり同情の拍手が送られていた。


『そして遠い島国、日本からやってきた我が永遠のライバルユウスケ・ワシザワ!』

『…………』


 ステージ右を指さすカルロスに合わせて優介がゆっくりと中央へ。

 だが会場は水を打ったように静まり返っている。


「…………」


 それもそのはず、遠目からでも分かる不機嫌なオーラに誰もが恐怖し、動くことさえ出来なかった。


 ◇


「おい」

「……なんだい?」

「ずいぶんと愉快なイベントじゃねぇか」

「本当にすまない……彼に全てを任せたボクの責任だ。ただこれだけは分かって欲しい……」

「なんだ」

「ボクも……止めたんだ」

「知るか」


 ◇


『おやおや、どうやら既に火花を散らせているようだね。二人の緊迫した雰囲気がここまで伝わってくるよ』

『間違いなくさらし者にされて怒ってるだけよ。アナタに』

『それでは最後に今回の試食役、フランス料理界の重鎮にして我らが理事長ジュダイン・ライズナー殿の登場さ!』


 カナンの突っこみも無視でカルロスが両手を広げ、ステージ右からジュダインがにこやかに中央へ。

 同時に会場全ての人物が立ち上がり一礼、微妙だった空気が瞬時に緊迫したモノへと変わった。


「では理事長殿、ここにいるみんなに一言お願いします」


 カルロスも敬意を払い、マイクを渡し膝をつく。


『いやいや、実に楽しい料理勝負になったね』


 しかし、ジュダインは満面の笑み。


『いいねいいね。いつもの料理勝負も引き締まった緊張感があってとても素晴らしいが、やはり料理は楽しくなくては。彼にプロデュースを任せたのは正解だった』


 ◇


「テメェの尊敬する理事長さまはたいそう満足しているようだ」

「理事長は寛大なんだ!」

「どうでもいいがあいつらベクトルが似ている」

「ユウスケ……理事長を侮辱するな!」


 ◇


『授業を休み突然の公開料理勝負となったが、調理を観察するのもまた勉強。特にここにいる二人は若いながらも私が認める素晴らしい料理人、きっといい刺激を与えてくれる。今日はキミ達も一つの授業として、勝敗など気にせず勉強して欲しい』


 口からマイクを離すと大きな拍手がわき起こる。


「楽しみにしているよ」

「はい!」

「……ああ」


 通りすがり優介とロイに激励しジュダインはステージ中央奥に設置された試食テーブルへ。


『最後にルールを説明するよ』


 優介とロイがキッチンに向かう間にカルロスがマイクを手に取る。


『今回のメニューは両者の意見を踏まえて短時間でもお客さまを満足させる一品、という一風変わった勝負をしてもらうよ。なので制限時間は三〇分さ』

『……ずいぶん短いわね』

『これは二人の……と言ってもロイくんの意見を取り入れたまでさ。忙しい理事長殿への配慮と、急なオーダーが入っても満足させるのがプロの料理人、とね』

『その意識はわかるけど、なんでロイだけ? ユウスケには聞いてないの』

『いやいや、彼には好きに決めろと言われてね』

『相変わらずなに考えてるか分かんない奴……アナタよりはマシだけど』

『こんな公共の場で褒めないでくれたまえ』

『褒めてないわよ!』

『それと短いけど今回も残り一〇分前になるとキッチン周辺に幕が下りるよ』

『下拵え、調理だけを見て完成される料理を想像することは創作の練習になる。理事長のお考えね』

『ふふふ、この趣向でキミにはいつも驚かされたね、ボク達の予想も出来ない芸術的な料理は今も覚えているよ』

『……あなたの独創的な料理にも驚かされたわ』

『おっと、褒め――』

『だから褒めてない!』


 などと漫才のような進行に会場から笑いが起こる。

 だがキッチンに立つ優介とロイは集中しているのか表情一つ変えない。


『……両者とも準備は万全のようだね』


 二人の空気に当てられたのかカルロスの声音が真剣なモノへと変わり。


『では公開料理勝負――開始!』


 合図と同時に二人は動いた。


 ◇


「さて、ひとまずボク達の仕事は終わりだね」


 開始の合図を終えるとカルロスはマイクを切りカナンに微笑みかける。


「あら、アナタもたまには空気読むのね」

「理事長殿の言うように調理を観察するのは勉強の一つ、司会など無粋さ」

「出来るなら普段からしなさいよ……それにしても勉強ねぇ」


 同じくマイクを切り、カナンはステージ右側へと視線を向ける。

 そこではキッチンの棚を開けて器具や調味料を確認する優介の姿。勉強も何も材料すら手にしていない。


「彼はここのキッチンは初めてだ。でも、器具や調味料がどこにあり、自分の使いやすい配置に用意しておくのも大切なこと。うん、勉強になるね」

「基本中の基本、まあユウスケらしいといえばらしいけど」

「ロイくんはさすがに慣れているね。もう下拵えを始めているよ」


 対して左側のキッチンではロイが材料庫から魚を取り出し捌いている。その手付きはカナンも注視する見事なモノ。


「あれはスズキね。さて、この短い調理時間でなにを作るのかしら」

「良かったら彼の材料リストを見てみるかい」


 食材で予想するカナンにカルロスが用紙を一枚取り出した。


「調味料は各自で用意してもらったが、材料は質に差が出ないようボクが用意してるからね。材料で予想するのもまた楽しみの一つ」

「ならお言葉に甘えて。スズキに椎茸、タマネギ、トマト……野菜が中心か。ならムニエルをベースにするのかも」

「さすがカナンくん。材料だけで見事な推理」

「ロイはワタシやあなたのような細工包丁を得意とする芸術派じゃなくて堅実派、材料と下拵えさえ分かれば簡単よ」

「しかし、だからこそ恐ろしい。彩りの派手さがない分、味を追求している。基本を忠実に、少しのミスもない処理や味付けは積み重ねた努力と天性の感に優れている故」

「ワタシが知るかぎりユウスケも同じタイプよ。そういえばユウスケはどんな材料を注文したの?」


 問いかけるカナンだったがカルロスは肩をすくめてしまう。


「いやいや、なんというか……」

「……なによ? やっぱりお米とか日本の食材だから大変だったの?」

「それがね……キミの言うように、ボクも彼の考えはさっぱりだ」

「意味分かんないんだけど……いいから――」


 と、カナンが苛立つと同時に会場内からどよめきが起こった。


「な、なに? どうしたの?」

「ははは、本当にさっぱりだ」


 思わず立ち上がるカナンに対し、カルロスは苦笑しつつ左側のキッチンを指さした。


「いったい何を考えているんだろうね」

「はぁ? なにが――てぇ!」


 釣られてカナンも視線を向けて驚愕。


 優介は調理をせず椅子に座っていた。





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