ムクワレタココロザシ
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「失礼ながら理事長、どうして私たち他の班には採点できず……彼らの班だけ出来るのですか!」
ジュダイン相手でも睨みつけ、優介らを指さし不満を爆発させる。
「もしや彼が理事長の推薦したなどという理由で――」
「……キミは私が彼を贔屓していると?」
だがジュダインの小さな呟きによってメゾは言葉を続けることが出来なかった。
「この私が、自らの体裁を気にした故の採点をしたと」
ジュダインに陽気な空気はなく、フランス料理界の重鎮と呼ばれる故のオーラを放ち問いかける。
「料理を侮辱するような八百長をしたと……そう言っているのかな?」
その迫力にメゾだけでなく、生徒らが恐怖する。
「ご無礼な発言……失礼しました」
震える身体で何とか頭を下げるメゾにジュダインは普段の笑みを浮かべた。
「分かってもらえて嬉しいよ。なにより私の課題が意地悪なのも事実、いやいや申し訳ないね」
「滅相もございません……ですが、教えて下さい。私たちは何がいけなかったのですか? 私たちは自分の持てる技術を使い……時間をかけ、料理をしました。いったいどうして……」
許されたことに安堵しつつメゾは問いかける。
優介班と他の班の違い。せいぜい減点ありきで下拵えをしたこと、それにより他の班よりも早く料理を一品ずつ並べたことくらい。
悩み続けるメゾに優介はため息一つ。
「お前らは課題を無視した料理を作った、だから採点がない。当然の結果だ」
「どういうこと……? 私たちはちゃんと課題通りにフルコース料理を用意してる……なのに課題を無視なんて……」
それぞれのテーブルを見つめるメゾの疑問に優介は面倒げに頭をかいた。
「最初に講師から説明を受けただろ。理事長を客として迎え、俺たちはプロの料理人として迎えろと」
「だから私たちは……私は持てる技術を全て使い最高の料理に仕上げた。制限時間をフルに使って……私の全てを――」
「料理の善し悪しじゃねぇ。問題なのはお前らが客を相手にどの料理を、どの順番で出したかだ」
「順番で……? まさか――」
メゾはハッとなる。
優介班と他の班の違い。せいぜい減点ありきで下拵えをしたこと、それにより他の班よりも早く料理を一品ずつ――オードブル、スープ、サラダ、メインディッシュ、デザートの順に並べたことくらい。
対しメゾを含めた他の班は、各自で調理し完成した順番にテーブルに並べていた。
例えばメインディッシュを担当したメゾは同じ班で最後、デザートを担当した生徒よりも後だ。
「お前らはフルコースをバラバラに客へ提供したんだよ」
たどり着いた答えを正解だと言わんばかりに優介は指摘した。
「そもそもこの課題は減点ありきで設定されている。九〇分の制限時間とはつまり客が食事をする時間、なら最低でもオードブルは開始一〇分以内で提供しなければならない」
たった一〇分でオードブルに大切な鮮やかさによる後の料理へ食欲を促進させる演出、見栄えの凝った料理は不可能。
そしてスープ。コンソメ、ポタージュ、ヴィシソワーズ、どれを選ぼうとじっくり煮込む時間が必要。
これら短時間で出来ない料理をするため、あえて減点覚悟で下拵えをしたのだ。
フルコースの基本中の基本、オードブル、スープ、サラダ、メインディッシュ、デザートの順番でお客が滞在する時間内に食事を楽しんでもらうために。
「……減点を恐れた時点で、私は理事長をお客様として招く料理人の資格が……なかったのね」
志の違いにメゾは力なく膝をつく。
「どうしてこんな基本を……私は気づけなかったの? フルコースの順番だなんて……分かってるはずなのに……」
「クラスメイトのよしみだ。面倒だが教えてやってもいい」
「え……?」
自分でも分からない疑問を優介が教えると言いだし、メゾは顔を上げた。
「そもそも班実習は『調理場は一人ではなく複数の料理人も立つ』という意味がある。だがテメェらはただ相手を意識し、競争することばかりだ。事実、わざわざ代表を選出されたにも関わらず、協力することなく一人で一品仕上げただろ」
「……そうね。あなたは代表として……つまり料理長として指示を出していたわ」
「ああ、テメェらが仕えないと切り捨てたテーラにもな」
その言葉にテーラは肩を振るわせる。
前回の成績は最下位、これまでの実習でも失敗を繰り返し迷惑ばかりかける落ちこぼれ。それはテーラのコンプレックスだった。
しかし今は違う。
腕は未熟、一番下手だと自覚もある。
それでも優介が教えてくれた――だから下を向かず、顔を上げた。
ぎこちない笑みに優介は満足げに頷き、メゾを含めたクラスメイトを見回した。
「友人同士が集まりただ楽しく料理をするのは馴れ合いでしかない。しかしライバルが集い一つの料理を仕上げようと切磋琢磨するのは協力……故に俺はテーラをライバルとして認めた。考えても見ろ、この学院にいるならそれなりの実力を持っているんだよ。なのに失敗ばかりなのは心の弱さが原因だ」
優介が教えてくれた。
失敗を恐れ、迷惑を心配する暇があるなら料理に集中しろと。
料理人を志したあの思い出の料理に負けない感動を理事長へ――お客へ提供するため己の全てを料理に注ぎこめと。
『美味い料理を作るため単身留学する、テメェの強い志を俺は期待したまでだ』
同情でも馴れ合いでもない、ただ自分の夢を追いかける心の強さを信じてくれた。
「死ぬ気でやれば出来るじゃねぇか」
「……はい!」
優介の苦笑に、自分の夢を求める心を証明できたことでテーラは力強く頷いた。
今までとは別人のような彼女に、メゾは小さく息を吐く。
「確かに……私はテーラをただ仕えない劣等生として見下してたわ。でも……劣等生なのは私の方ね。ユウスケのような料理人の期待に応えられるんだもの、あなたは素晴らしい料理人よ」
そしてテーラへと歩み寄り頭を下げた。
「ごめんなさい、テーラ」
「ボクもだよテーラ。今までバカにして済まなかった」
「私も……ごめんなさい!」
「そ、そんな……! 謝らないで下さい」
メゾの謝罪を皮切りに他のクラスメイトからも頭を下げられテーラは慌てふためき――
「素晴らしい……! キミ達はワタシの誇りだ!」
同時に今まで傍観していたジュダインは号泣。
結局、心を入れ替えたメゾ達に感動したジュダインがフルコース料理とは別物として個人の採点を改めてするというグダグダな内容で班実習は終了した。
放課後――
「やれやれ……今日は一段と面倒だったな」
「でも良かったです。テーラさんにたくさんお友達が出来ました」
「お前はオカンか……」
駐車場へ向かいながら母親気分のソフィに優介はため息を吐く。
実習後、これまでの妬みや競争相手のような空気はクラスになく、純粋に同じ料理人を目指すライバルであり同志といった雰囲気へと変わった。
それによりテーラも仲間外れにされず、むしろ素晴らしいライバルとして認められ孤独から抜け出せ喜んでいる。
「クラスのみなさんも、お話しすると良い人ばかりでしたね」
「……まあな」
ソフィと優介もこれまでの妬みはなく尊敬する料理人としてクラスメイトに囲まれ、求めていた学院生活が実現し友人の増えたソフィはもちろん、面倒げにしながらも日本の料理を質問された優介も疲労以上に満足な時間。
「うんうん、仲良きことは素晴らしきことかな」
「あなたも……何というか良かったですね」
当然のように下校を共にするカルロスはと言えば――奇人ぶりに引かれながらもそれなりに声をかけられていた。
「とにかく、早く帰ってカナンに報告しましょう。あの子、自分のことのように喜んでくれますよ」
「うむ!」
「……あなたは来ないで下さい」
カルロスを牽制しつつ車に乗り込もうとするソフィと優介だったが
「――あの、ユウスケさん!」
校舎から追いかけてきたのかテーラが息を切らしながら駐車場へ。
「なんだ」
「その……忙しくて……夢中で……言い忘れてたから……」
面倒気な問いかけにこれまで涙目ばかりだったテーラは、優介の為人を知り恐怖が無くなったようで目を反らさない。
「わたしにお友達がたくさん出来たのも……みんなが優しくしてくれるのも……みんな、ユウスケさんのお陰です。だから……ありがとうございます」
自分の夢を笑わず信じてくれたこと。
信じて、期待して班に加えてくれたこと。
感謝の気持ちを込めてテーラはお礼を口にする。
「何の話かと思えば……俺は礼を言われることなんざしてねぇよ」
なのに優介はため息を吐き否定する。
「お前の努力が実った。それだけだ」
「いやいや、謙遜しなくていい。ボクらの特技を生かした見事な役割分担、キミが素晴らしい料理長を務めた故の結果じゃないか」
「どうだろうな。一年以上使っても俺の店には相変わらず使えない奴がいる、俺もまだまだ未熟」
「ほう? それはまた何とも――」
と、カルロスが興味津々と尋ね、面倒げに優介が答えているが
「ユウスケさん……」
「…………恋さんと愛さんの気持ち……少しだけ分かった気がします」
頬を染め優介に視線を向け続けるテーラの姿にソフィは頬を膨らませていた。
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