オテナミハイケン
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メンバー報告を済ませ、今だ決まらないクラスメイトを置いて優介らは明日のコース料理の打ち合わせをするため学院近くのオープンカフェへ。
「……優介さんはどうしてあんなことをするんですか」
席に着くなりソフィから大きなため息が漏れた。
「なんだ、お前が代表をしたかったのか」
「……それはお断りします」
「勝手に四人で申請したことか」
「違います。テーラさんの誘い方に問題があるんです」
悪びのない優介にソフィは額に手を当ててしまう。
その後のテーラはとにかく怯えて、ソフィが声をかけてもひたすら謝り続ける錯乱状態。ここへ来るまで必死に励ましたので今は落ち着いているが、何故か自分が謝らせているようで周囲の視線が痛かった。
「レディをエスコートするなら優しく優雅に、だよ」
「うぜぇ……」
更にカルロスにまで注意され表情をゆがめる優介。
「……ごめんなさい。せっかく同じ班に入れてくれたのに……迷惑かけて」
なのにテーラは怖がったことに謝罪、これにはソフィが申し訳なくなってしまう。
「この子はホントに……健気な良い子……」
「またおばさん臭い……まあいい。落ち着いたなら話を進めるぞ」
「なのに優介さんは……」
相変わらずなマイペースに呆れるソフィだが時間がないのも確か、まずはミーティングに集中する。
「あ、あの……」
にも関わらず今度はテーラがおずおずと挙手。
「なん――」
「どうしましたテーラさん。何か問題でも?」
苛ただしげ問いかけようとする優介よりも先にソフィが仲介に。
そのお陰かテーラも怯えることなく意見を口にする。
「ど、どうしてわたしなのかなって……。誘ってくれたのは……嬉しいけど……わたしはみんなと違ってお料理へただし……失敗して……迷惑かけるのに……」
「またそん――」
「迷惑だなんてありませんよ。それに、お友達を誘うのは当然ではありませんか」
再び優介の言葉を遮るソフィ。
「そうだね。失敗すればフォローするだけのこと。気心の知れた仲間でチームを組む、当然のことさ」
「ソフィさん……カルロスくん……」
更にはカルロスの励ましにテーラは感極まり涙する。
この半年、孤独な彼女にとってこれほど温かな言葉はない。
ならせめて足を引っ張らないよう頑張ると心に決めるテーラだったが――
「テメェらはバカか」
温かな雰囲気を切り裂くような冷たい声。
「お友達だから誘う? 気心知れた仲間がチーム? それはただの馴れ合いだ」
「ちょっと……!」
「失敗されりゃ迷惑なモノは迷惑だ。フォローなんざ考えるんじゃねぇ、他人の心配する暇も全て料理に集中しろ」
「おやおや」
続く厳しい反論にソフィが、カルロスが目を丸くする。
「相手が理事長だからじゃねぇ。誰だろうと食す者は客、なら俺たち料理人は己の全てを料理に注ぎ、満足させることを考えろ」
しかし優介は目を閉じたまま、底冷えする口調を止めない。
「いいかテーラ。フォローしてもらえるなんざ考えるな、そんな甘えは捨てろ。邪魔になる、迷惑になると思うなら、ならないよう死ぬ気でテメェの全てを出し切れ」
「あぅ……あ……」
「優介さん!」
余りの言葉にソフィは我慢できず怒りを露わに声を上げた。
「どうしてそんな酷いことを言うんですか!」
「真実だ」
「ですが……少しはテーラさんのことを考えてあげてください!」
「考えているんじゃないかな」
ソフィの訴えを遮ったのはカルロスだった。
「ソフィくん、よく解釈してみるといい。言葉にトゲはあるが彼は料理人としての心構えを説いただけであって、テーラくんを否定していないよ」
「……あ」
「なによりテーラくんを誘ったのは彼だ。ユウスケくん、何故キミはテーラくんを誘ったのかな?」
その問いにソフィとテーラの視線が向けられ、優介は苦笑した。
「言ったはずだ。客に満足のいく料理を提供する、その為にテーラが必要だ」
「わたしが……必要?」
予想外の賛辞にテーラはただ呆然。
「分かったならさっさと始めるぞ。決めることは山ほどあるのに時間はねぇ」
「……そうですね」
何となく面白く無さげにソフィが頷き、ようやくミーティング開始。
「先に誰がどの料理を作るか決めたいところですが……私たちは四人、料理は五品。まずは誰が二品担当するか決めましょう」
「じゃあ……みんなの得意な分野を聞いてから……決めるのはどうかな?」
「それよりもサラダとスープを兼任しよう。他の料理と比べて手間もかからないからね。しかし下拵えを先にすれば減点とは、理事長殿も酷な注文をする」
「…………まさかお前ら、制限時間内だけで料理をする気か?」
したのだが、早速優介が流れを止めた。
「当然だろう」
「時間外の調理は減点ですし……」
「わたしも……したいけど……減点は……」
三人は頷き、優介は大きくため息を吐いた。
「どうやら、お前らはこの課題の狙いに気づいてないようだな」
「「「…………?」」」
「……もういい。カルロス、テーラ。寮の外出許可を取ってこい」
突然の指示に一同がキョトンとなる中、優介は立ち上がった。
「今日は俺の家に泊まれ」
翌日、開始時刻三〇分前。
「カルロス、オードブルの飾り細工は」
「もう少しで完了だよ」
「なら終わり次第サラダの分も始めろ。ソフィ、スープの煮込み具合はどうだ」
「上々です」
「テーラ、メインディッシュの下拵えは」
「何とか……」
「何とかじゃねぇ完璧にしておけ!」
「は、はいっ!」
「優介さん、もう少し優しく……してる暇ないですよね」
班実習が行われる調理室で既に一組の班、優介らが調理を開始していた。
◇
「昨日言ったように今から班実習を行います」
五列に並んだ大型キッチンに班ごとが着くと、担当講師が宣言。
「その前に、ワシザワ班のみ開始二時間前から下拵えをすると申請がありました。なので減点とします」
続く言葉にクスクスと笑い声が聞こえる。
報告されるまでもなくここへ来た時点で他の班も知っていた。
なにより材料のみが用意されているキッチンに、優介の班のみほとんどの工程を終えているのだ。
テーラを加えたのが失敗だ――そんな陰口まで囁かれる。
「やはりみんなは気づいてないようだね」
「でも……ユウスケさんはよく分かりましたね。凄い……です」
「うちのカナンが認める料理人ですから」
「ソフィ……どこまでおばさん臭くなる気だ」
それでも優介らは全く気にせず一仕事終えた達成感に満たされていた。
「では、始める前に理事長から一言お願いします」
講師が一礼し、各班に用意された五つのテーブルの前に座っていたジュダインが立ち上がる。
それだけで私語が止み、調理室内が静まりかえった。
「生徒諸君、私のわがままを聞いてくれてとても嬉しいよ。今日は一人の客として、またみなさんはプロの料理人として持てなして欲しい。では楽しみにしているよ!」
「調理始め!」
講師の合図で各班一斉に調理開始。
それぞれがプライドをかけて己の技術を全て出し切る中、ジュダインは笑みを浮かべつつキッチンへ。
ある者は手際を褒められ感激し、ある者はアドバイスを受けて歓喜。
フランス料理界の重鎮だけあり、生徒一同みな殿上人として尊敬するのは当然。
なのだが――
「やあユウスケ。調子はどうだい?」
「……調理中に話かけんじゃねぇ」
フランクなジュダインに対し優介は手を止め睨みつけ、その態度は教室内に戦慄を走らせた。
「はっはっは、相変わらずでなにより。どうだい? こうして二週間通った我が学院の感想は」
「またその話か……そんなもの、今話すことじゃねぇだろ」
「いやいや……なんというか……」
「はわわわ……!」
これにはさすがのカルロスもどん引き、テーラは顔を青ざめオロオロとなる。
「優介さん……あなたと言う人は……」
唯一耐性のあるソフィは呆れるばかりだが、他の生徒や講師までも心臓が止まりそうになっている。
「確かにそうだ。しかし私も忙しくてね、キミの噂は聞くがやはり本人の声も聞いてみたいモノ。違うかい?」
「ちっ……面倒な」
(((舌打ちしたっ!)))
一同から心の突っこみを受けていると知らず、優介はため息一つ。
「それなりに楽しんでいる。分かったら大人しく座ってろ。カルロス、そろそろ出せ」
「う、うむ」
どこまでも俺様主義の優介に指示され、カルロスはテーブルに料理を置いた。
「おやおや、もう完成したのか。これはオードブルだね」
ジュダインが感心するようにテーブルには魚のすり身を固めたオードブルでも代表的なテリーヌ。カブで象った睡蓮の花の演出が見事な一品。
「見た目も美しく実に食欲をそそる。いやいや素晴らしい」
「ならさっさと食え」
「そうしたいのはやまやまだがね。残念ながら私はお客さまという態でしかない、全ての料理が揃ってから試食するよ」
「ちっ……冷めちまうだろ」
「あの……理事長。そろそろ席についてご視察されてはいかがでしょう? その……生徒達も集中しずらいでしょうし……」
二人の会話を遮るように講師が提案。
恐らくこれ以上聞いていられないとの自己保身だが。
「ふむ、それもそうだね。ではユウスケ、楽しみにしているよ」
「期待してろ」
ようやくジュダインが席に戻り妙な緊張感から抜け出せて生徒から安堵の息が漏れる。
「やれやれ、相変わらず脳天気なジジィだ。まあいい、お前ら…………なにしてんだ?」
解放された優介が辺りを見回せば、グッタリとする班仲間。
「なにもどうも……優介さんのせいです」
「フランス料理界の重鎮相手に……キミという人は……」
「怖かった……です……」
「何のことかさっぱりだが、各自すべきことは分かっているな?」
「「はい……」」
「うむ」
「なら予定通り進めるぞ」
◇
(ふむ……さすが)
調理開始三〇分、全体のキッチンを見つめながらジュダインは感心していた。
どの生徒も高い技術を持ち、素晴らしい調理をしている。
コンテスト下位者でもそれはここの学院の生徒がレベルの高い才能あふれる者ばかり、成績の善し悪しもそれほど差はない。
創設者として誇らしく思う……にも関わらず、この実習に秘められた本当の目的をちゃんと理解しているのはたったの一組。
誇らしく思うと同時に自分の不甲斐なさを痛感させられる。
(期待していろ……か。確かに言うだけはある)
ジュダインの視線は唯一、料理が並べられている優介班のテーブルに向けられていた。
◇
制限時間五分前、全ての班のテーブルに料理が並べられた。
各自指定されたテーブルにはオードブル、スープ、サラダ、メインディッシュ、デザートが並べられ、短い時間でも工夫を凝らしどれも素晴らしい完成度を誇っている。
時間いっぱい使って、自分の全てを出し切った料理だが――
「残念ながら、一組の班を除いて私は採点をできないようだ」
試食を終えたジュダインの発言に、生徒らからどよめきが起こる。
「みなさんの料理はとても素晴らしい。オードブル、スープ、サラダ、メインディッシュ、デザート……どれも実に美味しかった。出来るなら満点を渡したいところだが……非常に残念だ」
「では理事長、その一組の班を教えて下さい」
「いいだろう」
講師に促されジュダインは立ち上がり優介の元へ。
「よく私の意図を理解したね」
「実にやっかいな課題だったな」
握手を交わす二人にソフィ、カルロス、テーラは笑顔を浮かべた。
「やりましたねテーラさん! 満点ですよ満点!」
「夢みたい……わたしが満点取れるなんて……」
「さあ二人とも、ボクと歓喜を分かち合おうじゃないか!」
「キミ達……確かに理事長は満点と仰ったが、減点があるのをお忘れなく」
喜び合う面々に講師がクギを刺すも聞く耳持たず。
例え減点されても採点無し、つまり〇点よりは断然いいと仕方無しの光景。
「――待って下さい!」
だからと言って採点されない班は祝福できるわけもなく、みなの不満を代表するかのようにメゾ・ライティアが声を上げた。
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