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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ6 ココロノリョウリ
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ヤリカエシ

アクセスありがとうございます!



「ていうか、喋れるなら最初から言いなさいよ! ソフィを一緒に通わせる為にワタシがどれだけ苦労したと――」

「お前らが勝手に勘違いしただけだ」

「あ、あんたねぇ……!」

「やっぱり優介さんフランス語が出来たんですね」


 先ほどのロイとのやり取りで理解したような口ぶりをしていただけに、予想していたソフィはようやく納得。


「まあな。よって俺に通訳は必要ない、お前はこれまで通りカナンと共にいろ」

「いいえ。せっかくなので優介さんと共に通わせて頂きます」

「……なんだと?」


 気遣いのつもりだったが拒否されてしまい優介は眉根を潜める。

 ソフィは一度カナンに視線を向け、優介に向き直った。


「アリス小母さまのように笑顔を生む世界一の料理人を目指すカナンの夢はとても大変なモノ。ならば側にいる姉として、自分の料理の腕を磨き妹のお手伝いをするのが私の夢ですから」

「ソフィ……!」


 秘めた志知り感涙するカナンへ向けてソフィは恥ずかしげに笑った。


「なによりカナンと優介さん、お二人がここまで夢中になる料理の世界を私も知ってみたくなりました。ジュダインさま、当初の理由とは異なりますが私も学ばせてください、お願いします」

「ソフィの腕はワタシが保証します! 理事長、どうかお願いします!」


 ソフィに続きカナンも立ち上がり深々と頭を下げ、ジュダインはしばし沈黙。


「確か……ソフィさんは今年で一九才になると聞いていたが」

「はい。その通りですが……」

「ここで学ぶ条件は料理人を志す一二才から一九才までの若者。なら問題ないね」

「では……」

「そして受験を合格するか、強力な推薦者がいれば入校する資格も得る。カナンくんが推薦するなら全てクリアしているね。まあ一年だけだが、ソフィ・カートレットくん。我が学院へようこそ!」

「ありがとうございます!」


 両手を広げ歓迎するジュダインにソフィは勢いよく頭を下げた。


「やったねソフィ! おめでとう!」

「はい……! ありがとうございます、カナン」


 歓喜するソフィとカナンを見つめ、優介も微笑を浮かべていたが、すぐさま表情を面倒げに戻した。


「おい理事長、ここはコンテストとやらの成績順でクラスが振り分けられているらしいな」

「ん? ああ、そうだよ。対等な腕を持つ者同士、切磋琢磨できるようにね。だがそれがどうかしたかな?」

「ならちょうどいい。俺とソフィはその成績で最低ランクのクラスにしろ」


「「は……?」」


 突然の提案にジュダインはもちろん、先ほどまで喜んでいたカナンとソフィも唖然。


「それとここは調理を学ぶ生徒は全寮制と聞いたが、俺は寮に入るつもりはない」


 更に続く無理難題に空気が硬直した。


「あ、あ、あ……あんたはどこまで無茶苦茶なのよ!」


 余りに不躾な態度の優介についにカナンがキレた。


「はぁっ? 最低ランクのクラスにしろっ? あんた理事長のご厚意でより高いレベルの授業が受けられるのよ? それがどれほど名誉なモノか分かってんのっ?」

「さあな」

「あまつさえ寮に入らないっ? 全寮制って意味わかってんのっ? だいたい寮に入らずどこ住むのよ!」

「探せば良いさ」

「ムキー!」

「カナン……ジュダインさまの前で止めなさい」


 錯乱状態のカナンを窘めるソフィだが、やはり戸惑いは隠せない。


「ですが優介さん、あの……どうしてそのような要望を? もしかして料理を本格的に学んだことの無い私の為……でしょうか」


 自惚れかも知れないが、カナンとの一件で優介の為人を知ったソフィは恐る恐る問いかける。


「……それもある。だが俺もまた師の教え以外、調理を学んだことは無い。ならば基礎から始めるのは当然のこと」

「では寮については……」

「俺はあくまでフランスへ修行に来た。なら学院以外の時間は自由に使わせてもらう。フランスは芸術の都であると同時に、食の都でもある。ならば国を知ることもまた修行だ」

「なるほど。そのお考えは納得できますが……」

「だからって勝手すぎよ」


 それなりに考えた理由にソフィと、しぶしぶながらカナンも納得。


「以上が俺の要望だ」


 だがいくら何でも勝手すぎる。確かに優介は理事長であるジュダイン自ら呼び寄せた、いわばゲスト。

 しかしゲストといえど生徒、ならクラス変更や入寮拒否など許容範囲を超えた要望だ。


「ふむ……」


 これには今まで笑みを絶やさなかったジュダインでさえ困惑顔で、カナンとソフィは生きた心地がしない。


 はずだったが――


「もしダメだと言ったら?」

「縁が無かったと国を知るのみに専念するさ」

「ではその要望を受け入れよう」


「「アッサリっ?」」


 あまりのスピード決断に違う意味で心臓が止まりかけた。


「さすがはフランス料理界の重鎮、話が早くて助かる」

「いやいや、キミの度胸にも感心する。私にこれほど物言いする者など、正直何年ぶりだろうか。いや、実に愉快」

「ならば暇な時にでも料理談義をするか? あんたのような一流の料理人なら話をするだけでも修行になりそうだ」

「一流の料理人ね……それは光栄だ。楽しみにしているよ」

「あのぉ……お言葉ですが理事長?」


 更には和やかに雑談を始めてしまい、恐る恐るカナンは挙手。


「本当に宜しいのですか……? その、規律を重んじる立場であるお方がそのような要望を聞いてしまって……」

「まあ仕方ないからね。ここで彼に帰られては招待した私のメンツも丸つぶれだ」

「仕方ないって……」

「ではユウスケ・ワシザワ、手続きはこちらで改めて変更しよう。ソフィくんの入校手続きも含めて終わり次第連絡する。それまでに住む場所を決めておきなさい」

「いいだろう。忙しいのに邪魔したな」


 用件は終わりだと優介は立ち上がり手を差し出した。


「……せいぜい楽しみにしていろ」

「期待して待ってるよ」


 ジュダインもその手を取り、握手を交わし。


「じゃあな」


 優介は一人理事長室を後にした。


「…………」

「…………」

「…………は! ちょ、ちょっとユウスケ待ちなさい!」

「こらカナン! 挨拶も無しに……あのジュダインさま、本当にご迷惑をおかけしました。失礼します!」


 我に返ったカナンも飛び出し、ソフィは何度も頭を下げ後を追う。


「ふむ……実に型破りな男だ」


 静まりかえる室内でジュダインは苦笑するしかなかった。


 ◇


「アナタなに考えてんのよっ? ていうか、見てるこっちの身にもなりなさいよ!」

「知るか」

「知るか、じゃない! お陰で私の寿命縮まったし……あのメチャクチャな要望!」

「それはもう説明したはずだ」

「だからって――!」

「カナン……恥ずかしいから止めなさい」


 学院内から校門を出ても一人癇癪を起こすカナンに面倒気な優介と実に目立ち、追いついたソフィは周囲の視線が痛かった。


「ところで優介さん……どちらに向かってるのです?」

「宿探し以外の何がある」

「……宛てはあるんですか?」

「さあな」

「ですよね……」

「とにかく料理をする台所があればどこでもいい」

「はぁ……でも、簡単に契約できるでしょうか?」

「出来ないなら住み込みとしてどこかで働けばいい。むろん料理屋でな」

「そんなことしたら学院に通う時間が無いでしょ!」


 あまりの無計画ぶりにソフィは呆れ、カナンは激怒。

 しかし優介は立ち止まると大きくため息。


「別にお前らの力を借りる気はない。テメェで決めたことだ、テメェで何とかする」

「…………っ」

「最悪、テントでも買って野宿すればいい」

「野宿……」

「安心しろ、迷惑をかけるつもりもない」


 じゃあな――と再び歩き始める優介に対し、苛立ちを露わにカナンは頭をかきむしり目でソフィに合図を送る。


「ああーもう! 迷惑ならもう散々かけてるじゃない!」


 アイコンタクトで察したソフィがスマホを手に取ると同時にカナンは優介の手を掴んだ。

「着いてきなさい!」


 ◇


「今日からここに住みなさい」


 連れられたのはサルセル郊外の一軒家の前。

 シンプルながらも落ち着いたデザインと周囲に人気がない雰囲気は一軒家と言うより別荘のようで。


「ここはカートレット家の所有する別荘なんです」


 イメージを浮かべる優介の心を読んだようにソフィが説明。


「と言っても、カナンが在学中寮以外に心休まる場所があればと旦那様が買い取って別荘としているだけですが」

「……そう言えばあいつはお嬢様だったな」


 普段の言動や行動で優介も忘れていたがカナンはフランスでも由緒正しいカートレット家の令嬢。


 しかしそれよりも寮生活をする娘のために家を買う金銭感覚が理解できなかった。

「ずいぶん使ってないけど家の者が時折管理してるから問題ないでしょう。まあ少し狭いけど」

「これで狭い……」


 ため息を吐くカナンだが一階建てでも敷地面積は日々平穏の倍以上、庭も店内より広かった。


「それに近所に大したお店もないし、学院まで車で三〇分はかかるけど……野宿よりはマシでしょう」

「確かにな。だが――」

「ワタシはあなたをフランスへ招待した責任があるの」


 当然のように拒否しようとする優介に、カナンは予想通りと説得。


「万が一、何かあったらワタシの責任。それが分からないとは言わせないわ」

「それに迷惑をかけるつもりはないと仰いましたね? なら私たちが安心できるように優介さんを監視させてください」

「俺は犯罪者か……」


 更にソフィが援護し優介は苦笑するしかなく。


「それでも納得いかないなら家賃をもらうわ。そうね……家具完備、光熱費使い放題で月一〇〇ユーロで手を打ちましょう」

「よかったですね優介さん。優良物件が見つかりましたよ」


 優良を通り越した破産ともいえる物件だが、二人の心遣いを無下にするわけにもいかず。


「……いいだろう。感謝する」

「なら契約成立ね」


 素直に頭を下げる優介にカナンは微笑んだ。


 その後、一通り室内の説明を受けた優介はささやかながらのお礼として二人に手料理を振る舞った。

 今まで優介の料理を食す機会がなかったソフィは感激し、違う国の食材でもハイレベルな技術にカナンは感心した。


「世話になった」

「いいえこちらこそ。ごちそうさまでした」

「またね」


 夜も更け、カナンとソフィは帰宅。自室に当てた室内に戻り優介は携帯電話を手にした。


「やれやれ……」


 宛先は好子、無事着いたことと心配無用と短い文章を送るとそのままベッドへ。

 日本を発ち、ようやく一人になり改めて思うことは恋と愛。

 恋と再会し、愛と出会ってからというもの初めての単独行動。

 今にして思えば自分は常に二人と共にいた。

 だが二人は側にいない。

 自分も二人の側にいてやれない。


「いや……俺はすべきことをすれば良い」


 しかし心配ないと優介は微笑する。

 あの二人が必ず理解すると信じて。

 必ず自分の期待に応えてくれると信じて。

 自分も二人の期待に応え、一人精進するだけ。

 新たな誓いを胸に刻み、長旅の疲れで着替えること無く優介は深い眠りに落ちた。



 翌日。


「…………どういうことだ?」


「ソフィ、ワタシの洋服どれにいれたっけ?」

「赤いキャリーケースの中です。私が整理しておくからカナンは洗面道具を出しておいてください」

「はーい」


 優介の疑問を無視してカナンとソフィは室内を動き回っていた。

 昼前と遅い起床をした優介の耳に車が停車する音が。

 誰だと部屋を出れば合い鍵で入ってくる二人。

 建物の所有者なのでそれは問題ない。

 問題なのは大量に運ばれる荷物と、それを整理する二人。


 これではまるで――


「まさか……テメェらもここに住むつもりか」

「そのつもりよ。もちろんユウスケとは別の部屋ね」


 嫌な予感は的中した。


「安心しなさい。理事長にお願いしてソフィも入寮免除してもらったから」

「そんな心配してねぇよ……」

「それと通学もソフィが車で連れててくれるって。良かったわね」

「良くねぇ……」

「だからって変なことしたらダメだからね! 家ではワタシがしっかり監視してるんだから!」

「誰がするか! そもそも男一人が住む家に年頃の女が転がり込むんじゃねぇ!」


 余りの身勝手ぶりについに優介はキレた。


「ふふ、そういった殿方ですから旦那様もお許ししてくださったんですよ」


 と、カナンに変わってソフィが状況説明。

 何でも昨夜別れた後、カナンはすぐさま行動を開始、屋敷で両親を説得したらしい。


 自分が招待したゲストを放置するなどカートレット家の名が泣く――以前から優介につ

いては好感的な話もしていたこともありソフィも同伴ならと許可を得た。


 まあカナンとしてはむしろソフィのみをここに住ませるつもりだったのだが、取りあえず今度は理事長に連絡、優介と同じくソフィの入寮免除を申し出れば簡単にもらえたとのこと。


「しかしだな……」


 事情を理解しても若い男女が同じ屋根の下で住むことに優介は抵抗を見せる。


「私たちが安心できるよう監視させてくださいと説得した際、優介さんは了承しましたよね? だから一緒に住むんです」


 だが笑顔でソフィが拒否権をつぶしてしまい、優介はうな垂れた。


「……勝手にしろ」

「はい、これからお願いします」

「ふふん! ようやくユウスケに一泡吹かせれたわ! いい? ソフィ」


 初の勝利にカナンは満足げにソフィに抱きつき、彼女にだけ聞こえるように囁いた。


「同じ屋根の下、同じクラスと好条件。あの恋愛コンビを出し抜くチャンスよ、しっかりアピールしなさい」

「かかかかカナン! 私そんなつもりで――」

「でもエッチなアピールは禁止だからね!」

「しません!」


「うるせぇ……」


 フランスでの料理修行、賑やかな門出に優介は大きくため息を吐いた。




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