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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ5 ココロノアリカタ
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愛の章 後編 アイノママニ2/2

アクセスありがとうございます!



 優介さまは私に料理を教えてくれない。


 ですが私の親友、リナには弟子として教えています。

 正直、羨ましくないと言えば嘘になります。

 私もリナのように手取り足取り、指南して頂きたい。

 本当にあなたは幸福なお弟子さんですよ、リナ。

 なのにリナは天真爛漫というか無邪気というか……優介さまの教えを無視して暴走するわ、口答えはするわ……一度お説教をしないといけませんね。

 いくら師弟間の問題とはいえ、あの子は私の親友、私は優介さまの妻なのですから。

 まあ楽しげに修行のお話をしてくれるのはありがたいこと。

 リナを通して、私も学ばせて頂いているよう……ですが、あの子は感情型なのでいまいち何を言ってるか理解不能なことが多いのが不満。

 そう言えばあの時のお話も理解不能でしたね。

 優介さまではなく、リナから聞いたので忘れていました。

 あれはそう、リナが日々平穏のようなお店を持つ夢を話してくれて、修行が本格的なものになって間もなく。

 リナは優介さまに料理が上達するコツを聞いたらしいのです。

 お客さまに喜んでもらいたい心を大切に、日々の精進を忘れない――そのような返答をしていると予想したのですが。


『俺たち料理人はある意味、常に傲慢であるべきだ』


 それを聞いたリナは天才の自分は合格だね――と、相変わらず胸にばかり栄養が補給される彼女らしい返答をしてバカにされたと怒っていました。

 もう少し頭を働かせなさいリナ、優介さまはある意味と仰っています。

 ですが私もバカなのでしょうね。


 今だその言葉に秘められたコツ、優介さまの真意が分からないのですから。




 楓子との修行を一方的に切り上げられた翌日。


 愛は未だ悩んでいた。

 自分に欠けているもの。

 心の料理という意味。

 楓子がくれたヒント、日々平穏の厨房に隠されたもう一つの理由。

 そして誰の為に料理をしているのか。

 一つだけ答えは出ている。

 誰の為に料理をしているか――言われるまでもなく食してもらう人の為。

 相手を軽んじては心のこもった料理は作れない、当然の発想だ。

 だが他の問題を解決しないと日々平穏の厨房に立つ資格はない。

 故に愛は悩み続けていた。

 あれからずっと、寝る時も学園にいる時も、答えを出そうと。

 そんな愛をリナは心配してくれていたが、これは自分で見つけるべきだと楓子に指摘されたように相談せず見守ってもらうようお願いした。


 悩んで悩んで、悩み続け――放課後、愛は商店街にいた。


 もう時間は無い、そんな焦りから愛は楓子に頼ることにした。

 答えを教えてくれなくても、せめて他にヒントはないか。

 土下座をしてまで聞き出す覚悟だった。


「…………ストーカーとして通報した方がいいですか」


 しかし思い詰めた表情で楓子の家に向かっていた愛だったが、不意にため息をつく。


「それとも今ここで、大声で助けを呼んでもいいですよ。不審者につけられていると」


「それは勘弁して!」


 すると数メートル後ろの看板から慌てて顔を出す人物。


「いやマジで! そんなんされたら俺ボッコにされるから! 愛ちゃんは自分がどれだけ人気あるかもっと自覚してくれませんかねぇ!」

「……ならばあなたも、不審者顔だと言うことをもっと自覚して下さい」

「どんな顔だよ!」


 と、突っこむのは孝太。

 学園を出てからというもの、何故か後を追っていたようで、下手くそな尾行は悩む愛でも気づけるほどだった。


「それで、わざわざ私の後をつけてまで何のようです? 不審者さん」

「だから不審者は……まあいいや。ま、用って程のことはないけど悩んでたみたいだからどこ行くか気になって」

「孝太さんには関係なく、かつ心配して頂く必要はありません。ではさようなら」

「相変わらずとりつく島も無いね……」


 簡潔な拒絶に孝太はため息を吐きつつ、しかし気にした様子もなく後を付いてくる。


「さてさて、どうしたもんかねぇ」

「それはこちらの台詞です。どうして付いてくるのですか」

「別に、俺もこっちに用があるだけ」

「……好きにして下さい」


 何の悪気もなく嘘を言う孝太に愛は早々に諦めた。

 正直なところこのまま言い争っても孝太に勝てる自信がないのだ。


「で、愛ちゃんはどこ行くの?」

「あなたに関係ありません」

「だよねぇ。じゃあ何に悩んでるの?」

「以下同文」

「……会話になんないね。やっぱ愛ちゃんは宮部みたいに一筋縄にはいかないか」

「恋……? 恋がどうかしましたか?」


 ライバルの名に思わず愛が反応、すると何故か孝太は笑った。


「さすがは恋愛コンビ、相棒のことは気になるのか」

「別に気になどしてはいません。そして恋愛コンビなどと呼ばないで下さい。恋と相棒など吐き気がします」

「……取りあえず安心かな」


 睨まれたにも関わらず孝太は苦笑を浮かべた。


「ずいぶん思い詰めてた顔してるから、心配したけどいつもの愛ちゃんだ」

「…………あなた、何を企んでいるのです?」


 意味深な物言いに愛が眉根を潜めると、孝太は小さく首を振り


「なんも。ただ鷲沢も、上條の爺さんも料理にぞっこんだよなって話」


 その言葉に愛は――首を傾げた。


「今更何を言ってるのですか? そのようなこと当然です」

「うん……俺も無理あったと思う。けどさ~俺にこんな役は無理なんだって。鷲沢の奴、よくもまあ毎度面倒なことできるよな」


 突然両手を地面につき孝太はブツブツと何か愚痴り始めてしまう。

 その光景を気の毒そうに見つめていた愛だったが――


「ワンワン!」

「どうしたのレオ……あ、あいお姉さんとこーたお兄さん」


 犬の鳴き声と少女の声に視線を移せば柴犬を連れた少女の姿。


 鈴野千香子――愛犬レオを救うべく日々平穏に訪れ、優介の心により救われた常連客。恵美と親友で、また優介をお婿さんにすると心に決めている愛の小さなライバルだった。


「お久しぶりですね、鈴野千香子」


 しかし愛も高校生、小学生相手に大人げない態度をとらず微笑みを返す。


「レオもお元気そうでなによりです」

「わん!」

「ふふ、相変わらず素直なワンワンですね」


 すり寄るレオに愛は体をかがめ優しく撫でる。


「あなた達はおさんぽですか?」

「はい。愛お姉さんとこーたお兄さんは何してるんですか? もしかして放課後デート――」

「ぐふっ!」


 無邪気に問いかける千香子だったが、突然四つん這いになる愛に目を丸くした。


「ど、どうしました? もしかしてどこか痛いとか……」

「いえ……孝太さんとそのように見られたと思われただけで……吐き気が……」

「そんなに嫌ですかねぇ!」


 余りの扱いに孝太が突っこむ。


「ごめんなさい……わたし、あいお姉さんにすごく酷いこと言っちゃった……」

「千香子ちゃんは俺にも気を遣って!」


 更に本気で後悔する千香子に続けて突っこんだ。


「いいのですよ……鈴野千香子。分かって頂ければそれで……レオ、あなたも慰めてくれてありがとうございます」

「くぅん」

「はは……レオ、俺も慰めてくれ……」

「わふん!」

「プイってされた!」

「レオはとっても素直なんです」

「だから千香子ちゃんは笑顔で傷つくこと言わないで!」


 突っこみ疲れと扱いに本気でヘコむ孝太を無視して、愛は千香子に視線を向けた。


「それにしてもおさんぽにしては随分と遠出をしていますね。あなたのご自宅からなら観光区へ向かった方がもっと広々とした場所があるでしょうに」

「もちろんお休みの日は広いところでレオと遊んでます。でも今日は夕ご飯のお買い物があるからこっちに。ゆーすけお兄さんにお料理を教しえてもらってから、わたしがレオのご飯を作ってるんですよ。ね、レオ」

「わん!」

「まさか毎日ですか? 立派なことです、あなたも忙しいでしょうに大変ですね」

「そんなことないですよ。まだまだ上手く出来ないけど、辛いなんて思いません」


「辛いと……思わない?」


 愛が首を傾げると千香子は嘘偽り無い笑顔を浮かべた。


「だってわたしのご飯でレオが美味しそうに食べてくれて、喜んでくれるのを見てるだけでわたし嬉しいんです。だからもっと上手くなりたいなって、レオに喜んでもらいたいなって頑張らなきゃって思うんです」


 その心は愛と同じ。

 相手に美味しく食してもらいたい、喜んでもらいたい。

 料理における大切な心。

 だがどうしてだろう?

 今の愛には千香子が眩しく見える。

 彼女の心はきっと眩い輝きを放つと確認しなくとも分かる。

 同じ心なのにこの違い、それはきっと――


「……なるほど、千香子ちゃんも料理にぞっこんなわけだ」

「はい! ゆーすけお兄さんと同じくらい大好き」


 孝太の問いかけに迷いなく千香子は頷き、愛は目を見開いた。


「…………ふふ、そういうことだったのですね」

「あいお姉さん?」

「感謝しますよ鈴野千香子。あなたのお陰でようやく分かりました、私に足りないもの。足りなかった心がなんなのか」


 キョトンとなる千香子を尻目に愛は立ち上がり。


「ですが優介さまの妻はこの私です。そのことはお間違いなく」


 最後は笑顔でクギを刺し、元来た道へ歩を進めた。


「……どうしたんでしょうね。あいお姉さん」

「さぁ? 何か忘れ物でもしてたんじゃないかな」


 先ほどとは違い、自信に満ちた愛の背中を見つめながら孝太は苦笑する。


「宮部といい、愛ちゃんといい、今回ばかりは小学生コンビに救われたよ」


 ◇


 心の料理。


 食す者を思い、心を込めて料理をする。

 ずっとそう考えていました。

 ですが私は根本的な勘違いをしていたのですね。

 ならまずは正していきましょう。

 自分に問いかけてみましょう。

 私は、上條愛はどうして料理をするのか。


 誰の為に料理をしているのか。




「突然呼び出してすみません。リナ」

「気にしなくていいよ。でも今日はお料理の修業はしないんじゃなかったっけ?」


 日々平穏のカウンターに座りリナが首を傾げる。

 突然の呼び出しにも関わらずリナはすぐに来てくれた。

 理由も言わず、ただ来て欲しいという愛の願いに応えてくれた。


「これは料理修行ではありません。ただあなたと食事がしたい、そう思ったまでのこと」

「もちろんいいけど……急にどうしたの?」

「なんとなく、です。では少し待っていて下さい」


 感謝の気持ちを胸に愛は包丁を手に取った。


「ところでリナ、今日は綿引琢磨と会わないのですか?」

「え? うん、琢磨さん部活だし」

「そうでしたね。彼にも協力して頂いたことを、改めてお礼を言わないといけません」

「いいんじゃないかな? 量が多かったけど琢磨さん嬉しそうに食べてたし。実はリナね、琢磨さんが愛ちゃんのお料理は美味しい美味しいって、リナのお料理より喜んでたから嫉妬しちゃった」

「ふふ、惚気られました」

「……どーしてそう思うかな。でも、リナのお料理の方が嬉しいよって言ってくれたけど」

「ほら、惚気です」

「そーみたいだね」


 調理をしながら愛はリナと会話を続けた。

 何気ないこと、料理と関係ないことを語りながら笑顔で、それでも調理は丁寧に心を込めて。

 大切な親友と食事を楽しみたい、美味しい料理でもっと楽しい時間を。

 やっと分かった。

 喜三郎がこのような厨房を設計したもう一つの理由。

 喜三郎のようにお客様の顔を見るだけでなく、こうして互いに楽しむ為に日々平穏の厨房はオープンなのだ。

 やっと分かった。

 優介が自分に料理を教えなかった理由。

 愛は優介の為に料理を始めた。

 そして食す者に喜んでもらいたいと日々精進していた。

 でもたった一つ、欠けているものがある。

 だから優介は料理を教えなかった。

 自分が指示したことを愛が忠実に従うと危惧して。

 そのまま続ければ愛が料理における大切な心を見失うから。

 だから愛は自身に問いかける。

 料理をしながら、リナとお喋りしながら問いかける。

 どうして自分は料理をしている?


「そんなの簡単です……リナ」


 調理途中に愛に呼ばれてリナは顔を上げた。

 やっと分かった。

 自分に欠けていたもの。

 心の料理という意味。

 それはとても簡単なこと。


「料理は楽しいですね」

「うん! 楽しいよね!」


 相手に喜んでもらいたい心。

 そして自身が料理を楽しむ心。


 二つ揃って始めて完成するのが心の料理。

 確かに料理人は傲慢だ。

 自分の好きなことで、相手に喜んでもらいたいと願うのだから。

 もうレシピノキオクで確認する必要は無いと、愛には自信があった。

 親友を思う心と、自身が料理を愛する心。


 その心はきっと輝いているはずだから。


 ◇


 私の料理をリナは喜んで美味しいと言ってくれたました。

 ですが少しだけ失敗。

 お喋りに夢中で卵焼きを少し焦がしてしまいました。


『愛ちゃんが失敗するなんて珍しいね』


 やはり私はまだまだ未熟のようです。

 そして心の意味もまだ掴みかけているだけ。

 ですから優介さま?

 帰ってきたその時は、未熟な私に是非御指南を。

 ご安心下さい。

 私はもっともっと上手くなりたいだけですから。


 大好きな料理をこれからもずっと続けていく為に。


 ◇


 リナを見送り、愛は片付けを済ませて二階へ。

 階段すぐ隣りの部屋は、普段客間として使われていないがここに寝泊まりしている。

 だから自信を持って、愛はふすまを開ける。

 部屋では恋が机に向かって何かを読んでいた。


「私は準備できました」

「あたしはとっくの昔に出来てた」


 振り返らず自信満々に返されて愛は笑った。

 これからが本番。


 優介のいない、日々平穏の再開。




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