愛の章 後編 アイノママニ1/2
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お爺さまとお婆さまに代わり、優介さまが日々平穏を継ぐ。
学生の身で背負った重い選択を少しでも軽減できるように、愛する人に生涯を捧げる為、私は四季美島へ訪れた。
なのに最初から躓いた。
あの頃の私にはまだ傲慢な心があった。
レシピノキオクという能力、そして未経験ながらも何故か出来た料理で優介さまを支えることが出来ると。
ですが先に従業員として雇われていた宮部恋という優介さまの幼なじみに、レシピノキオクという能力、更には料理の才能だけでは支えになれないことを思い知らされた。
それでも優介さまは私を迎え入れてくれました。
本来は自分ではなく、孫娘の私にこそこの店を継ぐ権利がある。
傲慢で間違いばかりな未熟な私を見捨てず、もう一人の従業員として雇ってくれました。
優しく、懐の深い優介さまはやはり私が生涯愛すべき殿方。
私にとって優介さまのお言葉は絶対。
今でも優介さまのお言葉は一字一句、心に書き留めています。
優介さまのお言葉には必ず深い意味がある。
その真意を知ることが、実は私の密かな楽しみの一つだったりします。
その中で、未だ真意の掴めないお言葉があります。
『俺はお前に料理を教えるつもりはない』
私を日々平穏の従業員に迎えてくれた時、給料などの条件を話し終えた後、突然告げられた。
どうして優介さまはこのようなお言葉を告げたのでしょう。
もちろん意地悪を言ったとは思いません。
あの方は意味の無いこと、必要の無いことはしない主義。
故にわざわざ口にしたのなら、私に必要な言葉だから。
もしかすると――この中にあるのかもしれません。
私にかけているもの、心の料理という意味が。
「早速ですが、ご教授お願いします」
二日後の放課後、商店街にある喫茶店で愛は待ち人が訪れるなり頭を下げた。
この二日間、修行だけでなく学校も休んだので体力気力共に回復したので気合い十分。
「いや……だから何の?」
しかし待ち人こと楓子は首を傾げるのみ。
無理もない。
二日前に突然連絡があったと思えば一方的に会える時間を聞き出し、待ち合わせを決めただけ。
まあ愛も体が限界で焦っていたのだが。
「相変わらず察しの悪い人ですね。それでもプロの料理人ですか」
「愛さんこそ相変わらず無茶言うよね……」
理由どころか言い訳もせず呆れる愛に楓子はため息を吐く。
「仕方ありません。最初から事情を説明するので聞いて下さい」
「……そうしてもらえると助かるわ」
未だ注文も出来ないまま楓子はようやく呼ばれた理由を聞くことが出来た。
修行でフランスにいる優介に代わり自分と恋とで日々平穏を再開させる。
その為に厨房を任された自分は料理修行をしているが未だその資格がないこと。
レシピノキオクについては秘密なので心の輝きについては説明できず、ただ優介のように心の込もった料理を作りたいと。
「つまり、愛さんは私に料理を教えてもらいたい……でいいのかな?」
「はい。優介さまに代わり、料理人としてお客様に料理を提供するに必要な心構えなどを是非ご教授下さい」
確認する楓子に改めて愛は頭を下げた。
石垣楓子――数少ない裏メニューを食したお客様であり、若いながらもフードコーディネーターとして四季美島の観光会社で働くプロの料理人。
更に先代の喜三郎やイチ子とも親しく、自分の知らない日々平穏で食事をしたこともある。
プロとして料理に精通し、優介だけでなく喜三郎とも交流のあった彼女なら心の料理に必要な心構えを知っているかもしれない。
「事情は分かったけど……優介くんの代わりに、か。私じゃ役不足かもしれないわね」
「それは当然でしょう。私もあなたに優介さまの代わりなど微塵の期待もしてません」
「じゃあ何で私呼ばれたのっ?」
酷い物言いに楓子は思わず突っこんだ。
もちろん愛も楓子を嫌ってるわけではない。
若くしてプロの料理人として島の観光に一役買い、お客さまに喜んでもらおうと日々努力しているのは尊敬すらしている。
しかし優介に近づく女性、親しい女性というだけで愛は快く思わない節がある。
「……ですがあなたの腕は私より上、なによりプロの料理人としての実績も豊富」
だが今は嫉妬心も体裁も捨てる。
やるべきことをする。
「あなたになら、私にかけているものがなんなのか……お客さまに喜んでもらえる料理とはどういったものか知っているはず」
故に愛は真剣に、三度頭を下げた。
「どうかお願いします……未熟な私に修行をして下さい」
「……そう素直に頭を下げられると、私も弱いなぁ」
そんな気持ちが伝わったのか、頬をかきながら楓子は笑みを浮かべる。
「なにより愛さんは私の恩人でもある喜三郎さんとイチ子さんのお孫さん。なら協力することはお二人への恩返しにもなるしね」
「では……」
期待を込めて頭を上げる愛に向けて楓子は親指を立てた。
「料理を教えるのも修行の一つ、私でよければ教えてあげる」
「ありがとうございます」
感謝を込めて愛はやはり頭を下げた。
◇
料理を教えない。
どうして優介さまはあのようなお言葉を告げたのでしょう。
最初に思い当たったのは私が他人の料理を真似るから。
なによりも心を重んじる優介さまは、私が教わったことを忠実に従うことを危惧した故と思いました。
ですがその答えは間違いだとすぐに分かりました。
なぜなら優介さまはご自身の調理をしている姿を私に見せてくれます。
もちろん進んでではありません。
お言葉通り教わらないよう、優介さまの調理を見ないよう仕事中も気をつけていた私に
『見たきゃ好きにしろ』
と、仰いました。
私は料理人の調理を見るだけである程度真似るやれば出来る子。
そんな私に調理を見せるのは一つの教えにも関わらずです。
その前に人真似だけは絶対にするな――とも忠告されていましたが。
やはり私を信頼しているから……などと自惚れてはいません。
きっと私が優介さまの調理を見ることは必要なこと。
そして助言や相談に乗ってもらえないことが、必要の無いことだから。
楓子を講師に愛の料理修行が始まった。
と言ってもプロの料理人として働く楓子と学生の愛では纏まった時間はとれず、日曜日限定。
しかも再開の日が迫っているので愛にはたった一日のチャンスだ。
故に昼から開始にも関わらず愛は朝早くから厨房の準備を済ませ、一人静かに気合いを入れていた。
「ごめん愛さん! 寝坊した」
にも関わらず楓子は約束の時間より三〇分の遅刻で日々平穏へ。
「お気になさらず。本日はわざわざお越し頂きありがとうございます」
それでも愛は怒ることなく丁寧に歓迎。
このリアクションに楓子は拍子抜けしたのか胸をなで下ろす。
「そうなの? てっきりめちゃくちゃ怒られると思ってたからよかった」
「……私はそこまで冷徹ではありません」
忙しい中、自分のわがままに付き合ってくれた。
なにより本来は教わる愛こそ出向くべきなのに、一日修行をするなら回復力の高い日々平穏の方が適切なのでわざわざ出向いてもらったのだ。
「本日は私の無理を叶えて頂きありがとうございます」
そんな楓子を遅刻程度で怒るほど愛も傍若無人ではないのだが
「いいのいいの。こっちこそ夢を叶えてくれてありがとうって感じだから」
「は?」
逆に感謝されて呆気にとられる愛を無視して楓子は荷物をテーブルに置くなり一目散に厨房へ。
「日々平穏の厨房……喜三郎さんが長年立ち続けた場所。修行とは言えここで料理が出来るのよ? 喜三郎さんに憧れて料理の道を志した私にとってはどんな調理場にも比べられない素敵なところ!」
「……そうですか」
「修行とはいえ私がここで調理をする……そう思うと興奮して寝れなかったほどよ!」
どうやら仕事疲れの寝坊ではなく、例えるなら遠足前の子供のような理由。
無邪気に感動する楓子に愛も呆れはするが悪い気はしない。
尊敬する祖父の厨房で料理をする、それだけでここまで喜んでもらえるとむしろ誇らしい。
「ね? ね? 入ってもいい? 喜三郎さんが使ってた器具とか手にとってもいい?」
「当然構いませんが……どうせなら料理人として入ってはどうですか」
故に愛はお客様としてでなく、料理人の楓子として夢の場所に立つよう着替えを進めた。
一〇分後、居間で調理服に着替えた楓子は念願の日々平穏の厨房へ足を踏み入れた。
「ここが……喜三郎さんの厨房」
てっきり先ほどのように興奮すると思っていたが、楓子は感傷深く周囲を見渡す。
「この厨房で喜三郎さんは素敵な料理を生み出していたのね……あの温かくて、優しくて、美味しい料理を……」
丁寧に、器具の一つ一つを手に取り微笑した。
「そして今は優介くんが……うん、やっぱり彼は素晴らしい料理人ね。フライパン、お玉、まな板とどれも大切に使ってる。年季が入った物なのに、どれも心を込めて丁寧に整備してるのが見るだけで分かる。さすが喜三郎さんのお弟子さんだわ」
「……さすがですね」
楓子の呟きに愛は素直に賞賛する。
ここにある器具はほとんど先代より受け継いだもの。
もちろん使用している内に使えなくなった物はあるが、優介はできる限り器具がその使命を全うできるよう大切に扱っている。毎日心を込めて手入れを怠らない。
それを一目で理解できる楓子はやはり優介と喜三郎、二人に負けず劣らず心を大切にしている。
なら彼女なら分かるかもしれない。
愛に足りないもの、心の料理について。
「感動しているところ申し訳ないのですが――」
「ねぇ、このお店って喜三郎さんが建てたのよね?」
「……は?」
はやる気持ちを抑えて愛が始めてもらおうとするが、不意に楓子から意味不明な質問をされて首を傾げてしまう。
「あの……お爺さまは料理人であって大工さんではないのですが……」
「そうじゃなくて。なんて言えばいいのかな……例えばもともとあった建物を買い取ってお店にしたとか、他の誰かから引き継いでお店をしてたんじゃなくて、何もない場所で一から喜三郎さんが日々平穏を始めたかって意味」
「はぁ……確かここはお爺さまがお店を始める際、当時何もないこの場所を選んでいます。店内のレイアウトや厨房の設計に関わったと学園長よりお聞きしたことがあります」
ちなみに住居はイチ子の要望が多く取り入れられていると愛は説明するも。
「それがどうかなさったのですか?」
妙なことを気にする楓子に問いかければ、彼女はまな板の置いてある流しに手を置いた。
「その割には厨房全体が低い位置にあるなと思って」
「低い……ですか」
「そう。私も仕事柄いろいろな厨房に立つし、学生時代はバイトで他の定食屋の厨房にも立ったことあるんだけど、ここは随分低いの」
今度は手を上げて自分の頭一つ分上で止めた。
「私の記憶だと喜三郎さんの身長は一七〇中盤くらい、それだとこの厨房は低すぎる。後、ここから見て始めて気づいたけどカウンター席との幅も狭いし垣根も低いわ」
本来、厨房は火や刃物を使うのでカウンター席から距離を置き、油が飛ぶ心配もあるので垣根は高くしているらしい。
だが楓子が言うには日々平穏の厨房は、その距離や垣根の高さが危険にならないギリギリの距離を意図的に保っているように見えるという。
この厨房しか知らない愛は気にしたこともないが、言われてみるとここの厨房は低い位置にある。それこそ主に使用している住居側の台所よりもだ。
だから背の低いリナが自分の家の台所よりも調理がしやすいと言っているのか、などと愛が納得していると。
「でもその分、特等席かも。ここからならお店が全て見渡せる」
「あ……」
厨房から店内を見回しながら呟く楓子にその秘密を愛はようやく理解した。
喜三郎の味の秘密、食す者に合わせた味付け。
お客さまの顔を見て、体調や気分を観察する為にこのような工夫を凝らしたのかもしれない。
その秘密を愛が説明すると楓子は驚愕し、同時に苦笑した。
「さすが喜三郎さん、と言ったところか。正直、その神業的な調理よりもお客さま一人一人に対する心配りに脱帽よ。私も負けないようにもっとお客さまに喜んでもらえるよう頑張らないと」
「ですが、今は私の修行を頑張って下さい」
「はいはい。喜三郎さんに優介くん、そんな素晴らしい料理人に変わって愛さんはここで料理をしないといけないもんね。大変だけど頑張っていきましょう」
「はい。ではまず、何をすればいいのですか?」
遅れながらもようやく始まる修行に愛が問いかけると
「う~ん……よく考えると私、愛さんの料理食べたことないのよね。取りあえず腕試しとして何か作ってもらおうかな。そういえばまだ何も食べてないのよ」
「ではお店のメニューから鯖の味噌煮定食などいかがですか」
「大好物! 楽しみにしてるよ」
◇
優介さまは必要の無いことはしない。
しかし必要ならばどんなことでも行います。
その一つ、料理に関することで優介さまはお爺さま、お婆さまの料理まで再現して私に食させてくれます。
ココロノレシピ――優介さまがお爺さまより受け継いだ力。
誰かの記憶にある料理のレシピ、そして料理人の心まで読み取り完璧に再現する。
正直、優介さまは余りこの力を好ましく思っていません。
もちろん誰かに必要な時は再現する際、己の心を込めて能力と向き合いますが、できる限り使用しません。
なのに週に一度の日もあれば二日連続、一月に一度と気まぐれのように突然、私にお二人の料理をご馳走してくれる。
そして共に食す時も、普段は口数少なく食事をされるのに、この時だけはお二人の思い出話をして下さいます。
まあ……ご自身のレシピは読み取れないので、協力する恋も一緒に、この料理の時はどうのこの料理を食べた時はこのような話をした、などとお邪魔虫のようにいますけど。
ですがお爺さまとお婆さま、お二人と食事を共にすることやお二人の料理をほとんど食したことのない私にはそれは嬉しく、楽しい食事でもあります。
きっとお爺さまお婆さまと離れて暮らしていた私の為に思い出の共有をとの、心遣いだと思っていましたが、優介さまは食後に必ずこう問いかけます。
『爺さんと婆さんがどんな料理人だったか、少しは分かったか』
どのような時間を過ごしたか――ではなく、どうして料理人という言葉を選んだのでしょう?
「どうでしょう?」
「…………」
愛の問いかけに楓子は箸を咥えたままなにも言わない。
楓子にとってはまるでデジャヴのようだった。
優介と初めて会った日、喜三郎の後を継げるかで恋愛コンビと揉めた挙げ句の味試し。
あの時は黄金チャーハンで、その美しい見た目や自分よりも数段上の味に食のプロとして悔しい思いをした。
そして今、愛の調理した鯖の味噌煮。
カウンター席で見守っていたが無駄の無い手付き、鯖の処理、味付けは思わず見惚れてしまうほど鮮麗されたもので。
また完成度も高く、味も申し分ない。
正直、プロとして経験を積み腕を上げた自分より……いやいや、負けず劣らずとしておく。
まあつまり――
「……私はこの子に、何を教えればいいの?」
少なくとも楓子には愛の料理は完璧だった。
「ですから、優介さまのような料理を作る心構えです」
「そんなの私が聞きたい……」
厨房から嘆息する愛に小さく突っこみを入れ、楓子は箸を置いた。
「なんて言うか自信なくすわ。優介くんは喜三郎さんのお弟子さんだし、まあぶっちゃけ負けても仕方ないと思ってたけど……。でも良く考えれば愛さんはその喜三郎さんのお孫さんだもんね~。同じように料理を教わってて当然か」
負け惜しみのような楓子の呟きに、愛は首を傾げる。
「私はお爺さまに料理を教わっていませんが?」
「へ? じゃあ優介くんに? それなら私も教わろうか――」
「……優介さまにも教わったことはありません。あくまで私の独学です」
その事実に楓子はポカンとなり――
「やっぱ遺伝か! 血縁の力か! 私も喜三郎さんの孫になりたい! あー羨ましい!」
生まれ持った才能の差に楓子は壊れた。
「何を喚いているのか分かりませんが、早く助言なりダメだしなりしてくれませんか」
「そー言われてもねぇ……」
愛の冷ややかな眼差しに楓子は落ち着きを取り戻し食事を再開。
「包丁の使い方や調味料の投入順、基礎はしっかりしてる。食材の扱い方や調理も丁寧で無駄がない。味も他の定食屋に比べて遜色なし、愛さんなら十分ここの料理人として資格ありじゃない」
「……そうでしょうか。お褒め頂いたことは嬉しいですが、私にはやはりまだ日々平穏の厨房を任される資格はないと思います」
「どうしてそう自信ないかなぁ? まあ驕るのはダメだけど謙虚すぎるのはよくないよ。私は愛さんの料理なら十分お客さまを満足させられると思う」
「いえ……私はまだ未熟です。いくら美味しいと褒めて頂いても、分からないのです。心の料理、料理に心を込めるという意味が……」
「料理は心、喜三郎さんや優介くんの口癖ね」
「はい。ですから私は調理をする際、常に食して頂く方に美味しいと喜んで頂けるよう心がけ、心を込めて調理をしています。相手を思い、真剣に……」
悔しげに呟く愛だったが、不意に楓子から小さな息が漏れ。
「ちょっと質問だけど、愛さんはどうして料理を始めたの?」
そう問いかけられた。
「どしてそのようなことを?」
「まあいいから」
不意の質問に首を傾げるも楓子は優しい眼差しで返事を待つ。
「それは優介さまのお力になりたいと、この島へ来た際に始めましたが」
「じゃあたったの一年半で、しかも独学でここまで……ほんと、愛さんの愛は凄いね。じゃあ次の質問、どうして愛さんは料理を続けてるの?」
「もちろん優介さまの為、延いては日々平穏に訪れるみなさんに喜んでもらいたいと日々精進を――」
「……なるほど、やっと分かった。愛さんに欠けているものがなんなのか」
言葉途中に楓子が納得し、愛は目を丸くした。
「本当ですか! 私に欠けているものとはいったいなんなのですっ?」
珍しく興奮して厨房から身を乗り出す愛だったが楓子は小さく首を振る。
「それは教えられない」
「何故です!」
「というか教えちゃダメなのよ。これは愛さんが自分自身で気づくべきこと。だから優介くんは愛さんに料理を教えようとしないの」
「私自身が……で、ですが私はこれまで努力をしてきました。たくさん、たくさん考えてきました。ですが分からないのです。心の料理という意味、私に欠けているモノがなんなのか。お願いします……分かったのなら、教えて下さい……!」
ついにはカウンターに額を擦りつけるほど愛は頭を下げて懇願する。
「ダメなものはダメ。これはあなた自身で解決しないといけない。だから悪いけど、料理修行はこれでお終いね」
「そんな……っ」
無情にも帰り支度を始める楓子に愛は愕然と膝をつく。
やはり自分には欠けているものがあった。
それを楓子は気づいた。
なのに教えられない。
自分で解決するべきだと言った。
でもどれだけ思考を巡らせても、どれだけ思い返しても分からないものは分からない。
「勝手に終わらせて本当に申し訳ないけど、こればかりは誰かに教わることじゃないの」
着替えを済ませて居間から出てきた楓子は呆然とする愛の横を通り過ぎる。
「でもね、きっと優介くんは信じてると思う。愛さんは必ず答えを見つけられる。誰かに教えてもらわなくても、愛さんならきっと大丈夫だって」
「ですが……」
それでも迷いを見せる愛に楓子は嘆息し、先ほど完食した料理皿を見つめた。
「そういえば食事のお代払ってなかったね。でも今日はお財布忘れちゃって……だから代わりにヒントをあげるから見逃して」
ここは定食屋だもんね、と微笑みを浮かべて。
「喜三郎さんはあなたが教えてくれたとは別に、他の理由があって厨房をこのようにしてるの」
「他の理由……?」
「それと、愛さんは誰の為に料理をしてるんだろうね」
しっかり悩みなさい――そうエールを送り楓子は店を後にした。
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