愛の章 前編 ナヤメルアイ 2/2
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「それでそれで? お料理の修業って何するの?」
食材を冷蔵庫や野菜庫に移し、エプロン着用で厨房に立つリナが早速問いかける。
「まずはメニューの確認。全ての料理を出来るだけ早く調理できるようにします」
対し愛は調理服に着替えて練習でも実践モードだ。
「じゃないと注文溜まっちゃうもんね」
「もちろん味に妥協無く、むしろ今より上の味付けになるよう試行錯誤してみましょう」
「だと思って試食役を琢磨さんにお願いしといたよ。いっぱい泳いで部活終わったらすぐに来てくれるって」
「助かります。さすがに私たちだけでは一品ずつでも食べきれませんから」
「じゃあ早速――」
「それともう一つ。心を込めること」
リナがメニューリストを手に取るも愛は静かに続けた。
「この課題がもっとも重要です。ただ早い、美味しいだけでは日々平穏の厨房に立つ資格は得られません。むしろ心を知らずしてどうして優介さまの代役を務められるでしょう」
「そ、そうだよね。師匠が一番大切だって言ってるもん」
「正直な話、私よりもリナ、あなたの方がこの厨房に立つ資格があります」
「リナに? でも愛ちゃんの料理の方が美味しいし手際も良いのに?」
思わぬ賞賛に目を丸くするリナだが愛は首を振る。
「確かに調理技術においては私の方が上でしょう。むしろこの一年、優介さまの弟子として料理の指南をしていただいてるにも関わらず私すら超えられないとは、やはりその胸が成長を吸い取ってるのですね」
「こんな時にまで胸のこといじらないでよ!」
呼吸をするようなセクハラ発言にリナは胸を両手で隠して抗議。
「……ですが、さすが優介さまの弟子でもあります。技術は未熟でも、こと心に関せばあなたは私よりもよほど上。心を込めた料理を作れるあなたは私よりも資格があるのです」
「そうかな? 愛ちゃんもちゃんと心の大切さを知ってるじゃない」
「知っているだけ。以前話したかも知れませんが私は上條愛という料理人の味が分かりません。それは優介さまの仰る『料理は心』という言葉を本当の意味で知らないのです」
「それはリナだって同じだよ」
「……無意識に理解しているところが、あなたの凄いところです」
「へ?」
首を傾げるリナに愛はため息を吐き、
「仕方ありませんね。論より証拠、私とあなたの心の差を見せてさしあげましょう」
「心の差? どうやって?」
「いいから何か作りますよ。そうですね、簡単な卵焼きで」
「……うん」
意味が分からないも共に調理開始。
「やっぱりここの厨房ってお家のキッチンよりお料理しやすいなぁ」
「…………」
「ほらほら、リナも少しは上達してるでしょ。綺麗に巻けたよね」
「…………」
リナが一方的に喋る中、愛は真剣に心を込めて卵をボウルに解き、味付け、焼き上げていく。
そして完成。
さすが愛というかその見た目は美しく均等な黄の色合い、ふっくらとした焼き上げ感は食欲をそそる見事な卵焼き。
対しリナは若干白色が混ざり端には焦げ目、萎んだ層があるとはいえ家庭料理としては十分な出来映えの卵焼き。
「うにゅ~! 甘くて美味しい~!」
「あなたは油を引きすぎです。油は少量で手早く焼きなさい」
お互いの卵焼きを一口試食した結果は愛に軍配が上がったところで
「やっぱ愛ちゃんの方が凄いじゃん!」
見事なかませ犬を演じたリナが突っこんだ。
「言ったでしょう。技術は私が上、味や見た目は勝って当然。ですが、心を込めた料理といった点においてはあなたが上」
「でもさ、心みたいな抽象的なものにどうやって差を付けるの?」
「……思い出に残る料理には記憶が残ります」
問いかけるリナを尻目に、愛は立ち上がる。
「誰と食し、どのような時間を過ごしていたか」
そしてリナの卵焼に手をかざした。
「愛ちゃん? それって……」
一連の行動にリナは唖然となる。
「それは過ぎ去った、温かな時間」
愛の呟きに呼応するように左手が淡いオレンジ色の光に包まれていく。
優介のココロノレシピの対となる日々平穏の裏メニューに必要な、料理人の心を夢幻の世界で伝えることが出来る愛の能力――レシピノキオク。
使用しているところを見たことはないが、リナは愛に聞いていた。
「ダメだよ愛ちゃん! それ使ったら愛ちゃん疲れて――!」
「別に使用するつもりはありません」
故に副作用を知るので慌てて止めようとするが、愛は目を開け嘆息する。
「そもそも、これは優介さまがココロノレシピで調理した料理から過去の記憶を再現、または料理人の心をお客さまに伝える力。この卵焼にはあなたの心はあれど、誰と食し、どのような時間を過ごしたかの記憶は無いでしょう?」
「でも手が光って……」
「だからあなたの込められた心の輝きを抜き取ったのです。これは能力の応用のようなもの、優介さまが料理人の心を読むことができるように、私はこうして輝きとして知ることが出来るのです」
「へぇ~そんなことも出来るんだ」
「でないと料理人の心を夢幻の世界で再現することが出来ないでしょう。それよりどうですか? 自分の心の輝きを視覚に捉えた感想は」
納得したリナは差し出された愛の左手に視線を向けた。
淡いが芯の強く、温かな光に自然と表情が緩んでいく。
「キレイだね……」
「とても。輝きだけなのでどのような心かは分かりませんが、これまで見てきた料理人の心に負けず美しいですね」
ですが――と、愛が手を振り光を消滅させ、続いて自分の卵焼に手をかざした。
「思い出に残る料理には記憶が残ります――」
発動の言葉を紡ぎ、リナが見つめる前で料理から心の輝きを抜き取った。
「……どうですか?」
「弱い……? ううん、何だか悲しいっていうか……」
リナの言うようにその輝きは先ほどに比べて淡いだけで輝きも弱々しい。
「私は私なりに心を込めて料理をしたつもりです。試食とは言えあなたの為に、喜んで欲しいと心を込めて作りました。その結果が……」
言葉途中で愛は手を振り光を消滅させた。
「これまでも何度か試してみました。修行で作った物、優介さまに作った食事、恋へのものまで一通り……なのに私の心の輝きは弱い。リナ、あなたはどのような心構えで調理をしているのですか?」
「そんなこと聞かれても……リナだって同じだよ。愛ちゃんに喜んでもらいたいって」
「わかりません……私とリナ、そしてこれまで見てきた誰かの心に残る料理人といったい何が違うのか。……この一年、自分なりに精進しましたが、どうしても分からないのです」
「愛ちゃん……」
「料理が美味しいのは大切なこと、ですが心を込めた料理を作れない私がどうしてここの厨房に立てるでしょう。どうして優介さまの代わりが務められるでしょう。故に、資格がないのです。無自覚でもあれほどの心を込められる弟子のあなたこそ、代わりを務める資格があるのかも知れません」
ついには自分の未熟さに愛は俯いてしまう。
「ですが……泣き言を言っている場合ではありません。優介さまの為にも、期待し応援してくれるみなさんの為にも、私は心の料理を作れるように精進します。それが――」
「夫の留守を守る妻の役目、つまり師匠の代わりを務める愛ちゃんの役目。だよね?」
「当然です」
それでも顔を上げれば瞳に強い意志が宿っていて、リナも安心して問いかけられた。
「その為にあなたにも協力してもらいますよ。出来ることを一つずつ、まずはメニューのおさらいです」
「はーい! リナお腹空いてるからいくらでも食べられるよ」
二時間後――
「遅れて悪い! 部活が長引いた」
部活後に走ってきたのか息も切れ切れの琢磨が日々平穏に。
「琢磨さん……待ってたよ~」
「ごめんごめん。でもさ、めっちゃ腹減ってるから……て、なんじゃこりゃ!」
リナに謝りつつ店内に入った琢磨は驚愕した。
涙目でテーブル席に陣取るリナの前には空の丼や皿が積まれ、更には他のテーブルにも所狭しと並べられた料理。
しょうが焼きやハンバーグ、カツ丼や牛丼と少なめに盛りつけているがその量は軽く十人前ほど。
日々平穏のメニューは先代から受け継いだものから優介の代に増やしたものまである。神がかり的な技術を持つ喜三郎と、優介の努力により和洋中と他の定食屋に比べてメニューは豊富だった。
「綿引琢磨ではありませんか、いらっしゃいませ。待っていましたよ」
「愛ちゃん……これはいったい?」
厨房から出てくる愛に(手には酢豚の皿が)琢磨が問いかければ。
「リナから聞いているのでしょう? 試食です」
「いや、聞いてるけど……まさかこの量全部?」
「ご心配なく。島のみなさまのご厚意で無料で食べ放題」
「うぅ……琢磨さん~美味しいの、凄く美味しいの……」
唖然となる琢磨に文字通り床を這いながらリナが抱きついた。
「でも限度があるよ~リナもう食べられないよ~」
「ちなみにリナちゃんはどのくらい食べたの……?」
「腐らないように海鮮丼とお刺身と……あとオムライスとお子様ランチと――」
「うん……リナちゃんよく頑張ったね」
小柄な体格にも関わらず大食い選手権を続けた恋人を琢磨は優しく労った。
「愛ちゃん、とにかくこれを食べりゃいいんだよな?」
「はい。もちろん感想なども頂けると助かります」
「うっしゃ! 後は俺に任せとけ!」
「琢磨さん……かっこいい……」
気合いを入れてテーブルに着く琢磨にリナは妙な感動を覚えた。
◇
以降も放課後になると、試食会と言う名の大食い選手権は続いた。
もともと大食漢な琢磨はさておき、リナの体重を犠牲にしたことで豊富なメニューをわずか一週間で完全制覇。
更には愛独自の味付けをした料理も増やすことが出来た。
「…………まだ、ダメなのですか」
しかし二人を見送った後、厨房で自分の左手を覆う輝きを見つめながら愛は肩を落とす。
これは琢磨に作った料理からレシピノキオクで抜き取った心の光。
先にリナへの料理から抜き取った光と同じく弱い輝き。
たった一週間でもできる限りの努力は続けた。
優介のように食べる者の好みに合わせた味付けはもちろん、心構えも気遣いながら調理したりと工夫を凝らした。
それなのに結果は変わらない。
一週間前と同じく輝きは弱々しい。
味も手際の早さもそれなりに満足いくレベルになったと思う。
優介にはまだ遠く及ばないかも知れないが今の愛が出来る最高の料理。
しかし心の料理に進歩がない。
これでは資格を得たとは言えない。
もう時間は限られている。
別行動をしている恋の開店準備はそろそろ終わるだろう。
そうなればさすがに愛も参加しなければならない、毎日の仕入れ量や業者への挨拶は厨房に立つ者の仕事。
それにリナや琢磨にこれ以上試食役をさせられない。
二人はなにも言わないが乱れた食生活は身体を壊す。
料理で体調を崩されるなど料理人として失格。
なにより――
「いったい……どうすれば」
ふと手の光が消滅すると同時に愛の体が糸を切れたように崩れ落ちる。
いくら日々平穏内では回復力が早くても休まずの料理修行は体の弱い愛にとって過酷なもの。肉体的、精神的に追い込まれたまま続けては壊れるのは時間の問題。
そうなればみんなが心配するし、なにより本当の始まりである日々平穏の再開に支障が出る。
今は体を休め、来たるべき日に供える必要があるのにまだ出来ない。
資格を得られない自分に休む暇はない。
だがこのままでは再開は絶望的。
「優介さま……」
焦りと不安に押しつぶされそうで愛は愛しい人の名を呟いた。
彼ならきっと自分に足りないものを知っている。
いや、そんなこと関係なく声が聞きたい。
力強く優しいあの声を聞けばまだ頑張れるはず――
「どこまで愚かなのですか……上條愛っ」
沸き上がる弱音に愛は床に額を打ち付けた。
優介は今、フランスで修行している。
異国の地で、友人も知人もいない場所でたった一人で努力を続けているのだ。
対し自分は断然恵まれている。
親友がいて、友人がいて、応援してくれる島の住民に囲まれて。
間近では同じ志を胸に頑張っているライバルの姿もある。
なにより安息の場所、日々平穏で料理修行ができる。
そんな自分が僅かな時間でも彼に甘えるわけにはいかない。
なら今は弱音を吐くよりも考えるべき。
自分に足りないもの。
料理に心を込めるという意味。
何か無いか?
それを知る方法が。
誰かいないか?
それを知る人物は。
優介のように料理に精通し、心を重きに調理をする料理人は――
「……いるではありませんか」
たった一人だけ特定の人物に思い当たり愛は顔を上げ、よろよろと立ち上がりスマホを手に取る。
正直、協力を願いたくはないが今は体裁よりも出来ることをする。
藁にもすがる気持ちでアドレスからその人物を呼び出し
「そう言うわけなので協力して下さい」
『…………どういうこと?』
挨拶もなく不躾な愛の言葉に、受話器越しから楓子の戸惑った声が聞こえた。
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