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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ5 ココロノアリカタ
75/365

愛の章 前編 ナヤメルアイ 1/2

アクセスありがとうございます!



「おはようございます」


 まだ早朝の、人気の少ない一年一組の教室で既に登校していたリナに愛は挨拶を。


「…………」

「どうしました? 朝の挨拶はおはようですよ」


「愛ちゃんっ!?」


 しかし隣の席についてもポカンとしたまま動こうとしないリナに首を傾げれば、まるで死人に出会ったように驚かれてしまう。


「え? なんで? どうして愛ちゃんが?」

「どうしてもなにも平日なので登校しただけです」


 しかし愛は変わらずなマイペースな反応をすれば突然リナが抱きついた。


「良かったよ~! 愛ちゃんが学校に来てくれたよ~!」

「大げさですよリナ。それと抱きつくの止めてください。あなたのうざったい脂肪の塊がムカつきます」


「愛ちゃんのセクハラ発言久しぶりだよ~! 本当に愛ちゃん元気になったんだねー!」


 妙な確信をしながらも歓喜して泣き出すリナにため息を吐きつつ、愛は優しく頭を撫でた。


「はい……私はもう大丈夫です。心配をかけてしまい、すみませんでした」

「ううん、リナは愛ちゃんが元気になってくれたから良いよ」


 新学期になって二週間、愛は一度も登校していない。

 優介の旅立ちに心が折れて、自分の殻に閉じこもり部屋から一歩も出ようとしなかった。

 そんな愛を心配したリナは毎日のようにお見舞いに来てくれた。

 親友が心配しているにも関わらず無反応で無気力な態度をとる自分を見捨てず、食事を届けてくれて声を掛けてくれた。

 学校へ来ただけで喜んで泣いてくれる。


「ありがとうございます……リナ」


 愛は改めて親友の存在に感謝する。

 彼女が親友で良かったと。

 思っていたのだが。


「……リナ、そろそろ離してくれませんか」

「うぇーん!」

「困りました……」


 一向に泣き止む気配のないリナに愛は途方に暮れてしまう。

 気づけばクラスメイトも増えて泣きじゃくるリナに何事かと向ける視線が痛い。


 結局、リナが落ち着いたのはHRが始まる頃だった。


 ◇


「じゃあ恋ちゃん先輩は今お店にいるんだね」


 長期欠席で休み時間を課題やらに追われ、ようやく落ちついた昼休み。

 愛と共に学食で昼食をとりながら事情を聞いたリナは腫らした目を丸くする。

 昨夜、日々平穏を再開させると決めた恋は、好子や母親に許可を取りそのまま空き部屋に寝泊まりしている。

 全ては日々平穏を潤滑に機能させる為。


「でも想像できないよ。愛ちゃんと恋ちゃん先輩が一緒に暮らしてるの」


 家に帰る時間も惜しんだ結果らしいが、リナの疑問ももっともな話。

 いくらお店の為とはいえ二人が同じ家に住むことに想像が出来ない。


「正直、私としては最悪です。恋と寝食を共にするなど何のバツゲームですか」

「うん……辛いのは分かったからお箸折っちゃダメだよ?」


 やはりと言うかたった一晩で愛のストレスは相当らしく、手にしていた割り箸が嫌な音を立てている。


 だがリナの心配を余所に愛の手からふと力が抜けていく。


「ですが今回ばかりは恋を賞賛せざるえません。今は私情を抜き、出来ることをする。優介さまの不在を補うにはいくら時間があっても足りないほど」


 今まで恋の仕事は主に接客と急な買い出し、売り上げなどのお金を管理すること。

 対し愛は接客と調理時のサブ程度。

 その他は優介が一人でやっていた。

 下ごしらえから調理はもちろん運営方針、業者とのやり取り、新メニューの考案など全て。

 今にして思えば本人の希望とはいえどうしてこれほどまで負担を掛けていたのか思い直して愛は悔いたほどだ。

 恋は住む場所が違い、愛も身体に負担を掛けられない理由はあるが、考えれば考えるほどただの甘えでしかない。


 後悔を取り戻すのは今。


 啀み合わず自分のすべきことをする。

 優介が帰ってきたその時、負担を減らせるように己を高める必要がある。

 それを理解しているから恋は行動している。

 これまでの営業日報を読み直し、少しでも利益を出す方法を探り、業者との交渉や忙しい日に供えてヘルプの確保。更にはお店の清掃まで自分一人でやるつもりだ。


「言いたくはありませんが優介さまに変わり、お店を動かせるのは恋以外いません。あの交渉力や行動力は私では勤まりませんから」


 そして日々平穏のウリの一つ、楽しい時間に恋は絶対不可欠な存在。

 愛や優介はどうしても愛想に掛けるが、恋は違う。人を引きつける魅力や無条件で楽しくなる笑顔は先代のイチ子を彷彿とさせる。


 故に愛も認めざるおえない――日々平穏の顔は間違いなく恋だと。


 珍しく恋を褒める愛にリナは驚き、同時に感心してしまう。


「ふ~ん、恋ちゃん先輩ってやっぱ凄いんだね。ただ優しい人だなって思ってたけど結構やり手なんだ」

「……そうですね」


 その賞賛に愛も素直に頷いた。

 確かに恋はただのお人好しではない。

 学生にして一店主を務める優介に匹敵するほどのバイタリティが彼女にはある。

 ただ気になることが一つ。

 恋もまた優介の旅立ちに沈んでいたハズ、なのに突然行動に出たこと。

 愛も考えようとしなかった優介不在の中で日々平穏を再開させると言い出したり、以前にはなかった心の強さを感じられる。

 いったい自分が沈んでいた二週間で何があり、彼女をあそこまで強くさせたのか?

 更に危機感を覚えるほど恋は美しくなっている。

 優介に替わり、彼の隣に立っても違和感のない成長を遂げたライバルに愛は何もしなかったことを後悔していた。


「まあいいでしょう。今はすべきことをする、それだけです」


 だが嫉妬や後悔をしていても仕方がないと首を振る。

 今はそれよりもすべきことがある。

 恋に運営を任せるように、愛にも大きな大役が待っていた。


「優介さまに替わり日々平穏の味を守る、それが私のすべきこと」


 日々平穏のもう一つのウリ、美味しい料理。優介に替わり厨房に立ち、お客さまに料理を提供しなければならない。

 それがどれほど難しいことか、弟子として理解できるリナも息を飲む。


「そっか……愛ちゃん、師匠に変わってお料理しないといけないもんね」

「はい。ですが今の私は未熟、優介さまに替わり日々平穏の厨房に立つ資格などありません」

「でも――」


 弱気な親友を元気づけようとリナが声を掛けようとするが、愛の表情に不安の影が見えないことに気づいた。


「ですが資格がなければ手に入れれば良いだけです。恋の準備が終えるまでになんとしても優介さまの、せめて足下に及ぶ料理人へ成長しなければなりません。それが優介さまの妻として、私のすべきこと。違いますか?」

「さすが愛ちゃんだよ」


 お約束の台詞にリナの心配は吹き飛んだ。

 優介を思う愛情、これこそ愛の原動力。


 そして放課後、HRが終わるなり愛とリナは足早に日々平穏へ。


「では、始めましょうか」

「うん!」


 裏玄関から入り居間へ荷物を置き、店内に続く襖戸に手を掛ける愛にリナが頷く。

 緊張の面持ちで愛は戸を引き――


「…………っ」


 胸が締め付けられた。


「二週間しか経ってないのに凄く久しぶりだよ」


 先に店内へ入り懐かしむリナだが愛にそんな余裕はない。

 優介が旅立って二週間、自分の記憶にある店内が別世界のように見えてしまう。

 火の消えた厨房、閑散とした店内。

 定休日で何度も見ているはずなのにただ休業しているだけでこうも悲しく、寂しい光景に変わっている。

 もしかすると恋も見たのだろうか?

 あの楽しかった場所が、笑顔あふれるこの場所が変わってしまったこと。

 だからもう一度、今度は自分が本来の世界に戻したいと奮起したのかもしれない。


「愛ちゃん、どうしたの?」

「……何でもありませんよ」


 いつまでも店内に入らないことを訝しむリナに首を振り愛は己を奮い立たせた。


「まず修行の前にお掃除をしましょう。今にして思えば、二週間も放置していたなど本当に妻失格でした」

「でも資格がないなら取り戻せば良いんだよね」

「その通りです」


 愛はそのまま厨房に向かいリナは掃除道具を用意を。


「あれ? 二週間放置してたのにそんなに汚れてない」


 しかし床やテーブル、醤油差しなどがホコリ一つないことにリナは首を傾げる。


「恋の仕業です。恐らく昨夜か今日のお昼に抜け出して終わらせたのでしょう」

「ほんとに恋ちゃん先輩行動力あるよ。一人でここまで綺麗に出来るんだ。でも厨房まで手は回らなかったんだね」


 感心しつつリナが指摘するように店内は完璧でも厨房は時間の経過が見て取れる。


「……これだから恋は気に入らないのです」

「愛ちゃん、そこは許してあげようよ。恋ちゃん先輩だって忙しいんだし」


 宥めるリナだが、指摘したのは別の理由。

 恋の手際なら全てを完璧に清掃するなどそれこそ朝飯前。

 なのにしなかったのはただ一つ。


 恋は楽しい時間、愛は美味しい料理との線引き。


 これから料理人として厨房に立つ愛がここを清掃するのが筋だと理解した心配りだ。


「じゃあリナ達は厨房を――」

「リナ、私一人で十分です。というか手出し無用」

「なんでっ?」


 突然の不必要宣言に目を丸くするリナだが愛は構わず厨房の清掃を始めた。

 日々平穏は優介と恋、愛のお店。

 優介が不在なら二人で清掃をするのは当然のこと。

 何より恋に負けた気がして愛はムキになっていた。


「うぅ……リナもお掃除するのに~。暇だよ~」

「ならば腕立て伏せでもしてなさい」

「どうしてっ?」

「この後試食をするのですよ。少しでもお腹を空かしておきなさい」

「だからって何で腕立て伏せ……」

「ついでにうざったい脂肪も燃焼させてしまいなさい」

「それが狙いっ?」


 一時間後――


「完璧です」


 額の汗を拭いつつ愛は満足げに厨房を見渡す。

 流しからコンロ、器具の一つ一つまで行き届いた清掃は二週間前に比べて何の遜色もない輝きを取り戻していた。


「どうですかリナ? 私もやれば出来る子でしょう」

「り、リナも……やれば出来る子、だったよ」


 子供のように喜ぶ愛に対しこの一時間、律儀にも腕立て伏せや腹筋と休まず筋トレ地獄を体験したリナはグッタリ。


「凄くお腹空いたよ~愛ちゃん、何でも良いから早く作って~」

「では買い出しに行きましょう」

「えぇっ? どうしてっ?」

「どうしてもなにも、現在ここには食材が何もありません。休業するつもりだったので仕入れは止めています」

「じゃあ今度は商店街までお買い物……」

「さすが優介さま。少しでもお客さまに新鮮なものを提供する心配り、加えて無駄のない注文をする予測。これからは私も同じようにできるよう、一層の精進を誓います」

「お腹空いたよ~……」


 などと浸る愛に死人状態のリナと微妙な空気の店内だったが、突然外から車の止まる音が聞こえた。


『ごめんくださ~い!』


 更には休業中にも関わらず戸を叩く音。

 二人は目を合わせ、代表の愛が(リナは動けなかった)店の戸を開けた。


「よう愛ちゃん! 元気にしてたかい?」

「あなたは……」


 色黒で体格の良い無精ひげを生やした中年男性は日々平穏の常連客で商店街の代表、久賀その人。

 突然の訪問に愛が目を丸くすれば久賀は豪快に笑った。


「聞いたぜ聞いたぜ? また日々平穏を営業するんだってな」

「はい……ですが、どうしてそれを?」

「もちろん恋ちゃんから聞いたんだよ」

「恋に?」


 昨夜取り決めた情報を既に知っていることに首を傾げるも一時間ほど前、恋が商店街を訪れ再開の挨拶回りに来たらしく、その話は既に島中に広まっているとのこと。


「商店街の代表として……いや、この島に住む住民の代表として俺は嬉しくてよう。だからいっても立ってもいられなくて応援に来たってわけだ」


 ついには涙ぐむ久賀に愛こそ感謝の気持ちでいっぱいになる。

 恋と二人で決意した再開、勝手な始まりだと思っていたのにこうして喜んでくれる人がいる。

 これほど嬉しいことはない。


「ありがとうございます。みなさまのご期待に応えられるよう努力します。まさかわざわざ激励に来てくださったのですか?」

「それもあるが今日は配達だ。恋ちゃんから聞いたぜ? 愛ちゃんは優ちゃんに変わって厨房に立つ為に料理修行するってな。なら食材が必要だと思って俺が代表で持ってきたってわけだ」


 愛が唖然とするが、久賀はトラックに乗っていた青年三人に合図。

 三人もまた常連客で本屋、電機屋、コンビニの店長と食材と関係のない者達ばかりが次々とダンボールを店内に運んでいく。


「商店街や業者連中からの差し入れだ。足りなけりゃ遠慮なく言ってくれ!」

「十分です……あの、お代はいくらでしょう」


 ざっと見ても一週間分はある食材の山に愛は慌てて財布を取り出す。

 正直、手持ちでは足りないので後で銀行に行く必要がある。


「お代? そんなのいらねぇよ」

「で、ですが……っ」

「いらねぇんだって。この食材は俺たち商店街と業者みんなからの気持ちなんだ」


 遠慮する愛に久賀は視線を上げて日々平穏の看板を見つめた。


「日々平穏――俺たち島の住民が名のごとく、観光事業が成功する以前のようなゆったりとした時間を過ごす為の場所として先代が始めてくれた。だけど店名とは裏腹に賑やかな場所だ。島の住民、新しく島へ来た住民、観光に来る客、誰彼構わず食って飲んで、騒いで怒られて、時にはケンカして……まさに島の我が家って感じでな」


 三〇年の歴史を振り返るように懐かしむ久賀だったが、ふと表情に陰りが落ちる。


「だがよう、先代が逝っちまって俺たちは一つの我が家を失った。でも優ちゃんが復活させてくれた。まだ学生なのに愚痴も言わず俺たちの帰る場所を、家族が集まれる場所を守ってくれてるんだ。そんな優ちゃんが修行とはいえ旅立っちまって……またしばらく集まれねぇのかって俺たちは寂しかったんだ」

「…………はい」


 久賀の言葉に愛は先ほど見た店内の光景を思いだす。

 日々平穏の象徴とも言える従業員とお客は全て家族、その温かな場所が殺風景な世界へ変わったことで辛いのは自分たちだけではない。

 寂しさで胸が苦しくなる愛を余所に、久賀は小さく息を吐くと笑顔を浮かべた。


「なのに愛ちゃんと恋ちゃん、俺たちのアイドルが立ち上がってくれた。もう恥ずかしいばかりだ、俺たちはただ寂しがってただけなのに、二人の方が優ちゃんがいなくて寂しいはずなのに奮い立ってくれた。なら俺たちも家族として応援したいんだ、恋ちゃんが頑張ってるなら応援してぇ、愛ちゃんが頑張るなら何かしてやりてぇ、てな」

「久賀さん……」

「ここはただ飯食うところじゃない。家族が笑い合う場所であって、同時に俺たちの元気の源だ。優ちゃんが、恋ちゃんが、愛ちゃんが我が家を守ってるなら俺たちも頑張っていかねぇと帰れねぇよ」

「なにより恋さんと愛さんをほったらかしにしてると知られたら、優介くんにぶっ飛ばされるし」

「アイドルを応援するのはファンとして当然です」

「僕たち若い衆は、愛ちゃんの手料理を楽しみにしてるんですよ」

「みなさま……」

「つまりこれは島のみんなからこれまでと、これからの感謝を込めた気持ちの現れだ。金なんて必要ない。だから気持ちよく受け取ってくれ」


 常連客の心遣いに愛の視界がぼやけていく。

 だが泣くわけにはいかない。

 感謝には感謝、心には心で返すのが日々平穏。


「いいでしょう……ですが、このカリは必ず返します」


 故に優介に変わって厨房に立つ愛は、彼を真似て頭を下げた。


 だが――


「いやいや、なんつーか」

「なぁ?」

「ホントに俺たちのアイドルは最高だ」


 久賀を含めた常連客が笑いだしキョトンとなる。


「……どうかしましたか?」

「ああ、さっきも恋ちゃんに食材を配達するって言ったら同じように言われてな」

「優介くんのものまねで『このカリは必ず返しますんで』って」

「ケンカばっかなのに優介くんのことになると以心伝心」


「「「「さっすが俺たちのアイドル恋愛コンビ」」」」


「恋愛コンビ言わないでください!」


 お約束の突っこみをもらい、満足した常連客は去って行った。

 愛もトラックが見えなくなるまで感謝を込めて見送り店内へ。


「頑張らないといけないね、愛ちゃん」


 遠巻きに話を聞いていたリナも気合いが入ったようで疲労も忘れて立ち上がる。


「はい……優介さまの為、そして応援してくれるみなさんの為にも」


 先ほどまで残っていた恋への嫉妬も消えて、愛は心新たに決意する。


 なんとしても資格を手に入れる――と。




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