恋愛の章 前編 コイカラアイヘ
アクセスありがとうございます!
もう何日経っただろう?
暗い世界でずっと何をするでもなく過ごす時間。
そんな自分の元へ親友は来てくれる。
だからこうして生きながらえているのかも知れない。
それはとても感謝している。
彼女の支えがなければきっと壊れていた。
でも申し訳ないが、そんな親友の期待に自分は応えられそうにない。
寂しい。
悲しい。
苦しい。
どれだけ泣いても、どれだけ喚いても負の感情は消えてくれない。
この虚無感を拭えない。
まるで心が消えてしまったように、何かをしようと思えない。
出来ることはただ一つ、ひたすら帰りを待つだけ。
だったのに――
『愛、入るわよー』
突然ドア越しで呼ぶ声に愛は目を開けた。
「暗っ! あんた電気も付けずになにやってんの」
入ってきたのは恋、相変わらず我が家のような図々しさで返事も待たずに室内へ。
更には勝手に電気やら加湿器のスイッチを押していく。
しかし愛は何も言わず布団にくるまり無視を決め込む。
いつもなら勝手な行動と不愉快な相手に憎まれ口をしているがそんな気分にすらなれなかった。
なのに恋は愛を許さない。
「取りあえず熱計ろっか」
いつも以上の図々しさで布団を剥がすと愛のパジャマのボタンを空けて、体温計を脇に差し込んだ。
それでも愛は反抗する気が起きずされるがまま。
「どれどれ……? うん、平熱。病気で寝込んでるわけじゃないなら取りあえず安心ね。それにしてもあんた臭くない? ちゃんとお風呂入ってんの? まあ良いわ、ちょっと待ってなさい」
一度部屋を出て戻った恋の手には湯の入った桶とタオルが。
「まったく、面倒かけさせるんだから。はい起っきして」
呆れながらも愛の身体を起こし、衣服を脱がせ絞ったタオルで身体を拭いてくる。
その温もりにさすがの愛も感謝の気持ちが――
「……あなたは何をやってるのです」
湧くわけもなく、恋の気ままな行動に苛ついた。
「あんたご飯食べてんの? 前からガリガリな奴と思ってたけど更にやせてない?」
「スレンダーと言いなさい……ではなく、何のつもりだと聞いているのです」
背中を拭いているので見えないと分かっていても睨みつければ、恋から苦笑が漏れた。
「よし、取りあえず憎まれ口は叩けるみたいで安心した」
「当然です。なぜ私があなたに介護されなければならないのです」
「いい調子……だから愛、そのままあたしの話を聞いて」
背後から聞こえる恋の声が不意に真剣なものに変わった。
「この二週間、久しぶりに普通の女子高生を満喫した。放課後は友達と一緒に遊んで、休日はお泊まり会して、時間を気にせず目一杯遊んだ」
「そのような報告を私にして、何のつもりです」
「楽しかったよ。今まで忙しかったからってみんなが誘ってくれて、たぶん気を遣ってくれただけかも知れないけど休む暇もなく遊んで、お喋りして……楽しかった」
「それは良かったですね。人気があって羨ましいこと」
ただの自慢話に愛は面倒気に相づちを打つが
「うん……楽しかった」
言葉とは裏腹に恋のトーンが明らかに落ちていく。
「楽しかった……楽しかったはずなのに……あたしはちっとも笑えなかった」
「……恋?」
「分かってた……本当に楽しいことから目を背けて、逃げるみたいに暮らしてれば心の底から笑えないって」
タオル越しに恋の両手が震えているのが伝わり、愛が振り返ろうとするが
「愛……あたしとあんたで日々平穏を再開させよう」
小さくも強い意志の込めた言葉に愛の心臓がはねた。
「あたしは日々平穏が好き、ここで働いてることが一番楽しい。もうここ無しじゃあたしは笑えない。心の底から楽しいって感じない」
「…………」
「でもただ再開させるだけじゃダメ。日々平穏は美味しい料理と楽しい時間を過ごせる場所、料理が出来ないあたしだけじゃお客様を満足させることが出来ない。それはもう日々平穏じゃない」
恋の言いたいことはもう愛には伝わっている。
だが愛は信じられなかった。
「だから愛の力がどうしても必要なの。ユースケに変わって日々平穏の厨房に立って」
まさかあの恋が、自分に協力を願うなどと考えられなかった。
「大丈夫、ユースケは文句言わないから。日々平穏はユースケとあたし達二人のお店だもん。あいつもあたし達どちらかいなくても営業してる。二人でなら文句は言わない」
確かに恋の言うように優介は勝手なことと思わないだろう。
フランスへ行く前、自分たちに営業するなと言わなかった。
むしろ後は任せた――そう託してくれた。
恋がただ楽しみたいから再開させようと言っているわけではないと、愛もまた分かっていた。
優介が尊敬する祖父母の死後、大切な場所を守る為に再開させたように。
尊敬する二人の大切にしていた場所を、大好きな人が守り続けたように恋もまた守りたいだけ。
二人が愛し、恋した人が愛し、自分の愛する日々平穏を。
「……どうして私があなたを楽しませる為に協力しなければいけないのです」
だが分かっていても愛の口からは否定の言葉が出てくる。
愛にとっても日々平穏は大切な場所。一年半、ここで過ごした時間は楽しく、尊いもの。
しかし祖父が、優介が守り続ける厨房に自分が立つという事実が
「そもそも優介さまがいないのに……営業なんて……出来るわけがありません」
その計り知れない重圧に恐怖してしまう。
「ふざけんな……別にあたしの為に頑張れなんて言ってない」
しかし恋は逃がしてくれない。
「あんたはあんたの為に頑張ればいい」
怯える愛の肩を掴み強引に振り向かせ
「なによりユースケがいないから出来ない? それはあんたが絶対に言っちゃいけない台詞だってわかんないのっ?」
逃がさないよう両手で肩を押さえ、目を反らすことを許さない真剣な眼差しで問いかける。
「いい愛? 夫の留守を守るのは誰の役目?」
「そ、それは……」
「あんたはユースケの妻なんでしょ!」
恋の叫びに愛の両目がようやく現実に引き戻す。
同時に恐怖も全て忘れさせるには十分な迫力で。
「……これでは妻失格です」
「なにか言った?」
もう目の前にいるのは普段の恋。
相変わらずなお人好しの笑顔に愛の調子も戻り、小さく首を振らせた。
「何でもありません……ただ、優介さまが修行に出ているなら、帰る場所を守るのは妻の役目、つまり私の仕事だと思いだしたまで」
「あーそー。つまりいつもの妄想が始まったわけね」
「そしてあなたのような泥棒犬が暴走しないよう、躾けておくのも面倒ですが私の仕事です」
「はいはい。夢見てんのはもう分かったから」
「……いつまで私に触れているのですか」
「ふん」
手を払いのけた愛はタオルを手に自分で肩を拭く。
恋もハンカチを取り出し自分の手をごしごし拭く。
「ですが、あなたと協力なんてまっぴらゴメンです」
「上等。どうせあたしとあんたが勝手に働いたところで、目的一緒なら問題なし」
そして二人で不敵に笑いあった。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へお願いします!
また感想もぜひ!
読んでいただき、ありがとうございました!




