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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ5 ココロノアリカタ
71/365

恋の章 前編 ミウシナウコイ 2/2

アクセスありがとうございます!



 以降も恋は放課後になると毎日のように遊んだ。


 いつもは仕事で忙しくする恋に遠慮していた友人がここぞとばかり誘ってくれる。

 ウィンドウショッピングやケーキの食べ歩き、カラオケや映画と普通の女子高生を楽しんだ。

 休日はお泊まり会、数人の女子が香織の家に集まり夜通しお喋りも。

 とにかく普段出来ないことを目一杯楽しんだ。

 二度目の休日はアイドルのハルノヒカリこと春日井光が家に泊まりに来てくれた。


「一度さ、恋とゆっくり女子会したかったのよね」


 偶然スケジュールが空いたらしくサプライズの訪問、たまたま家にいた母親も交えて芸能界の話を聞いて驚いたり笑ったり、少し怖かったりと賑やかな時間。


「いい気分転換になったわ。恋、楽しかったよ」

「本日は光さんのわがままにお付き合いして頂き、ありがとうございやす」


 駅まで迎えに来たマネージャーの和美にお土産まで持ってきてくれた。


「それじゃあ恋、またね~」

「お気を付けてお帰りください」


 光の乗った車を見送り恋も家路へ向かう。


 この二週間とにかく遊んだ。


 正直、一年分は遊んだんじゃないかというほど友人とお喋りして、笑って過ごした。

 遊び疲れもまた心地よく、今日はぐっすり眠れそうだと海岸沿いを歩いていたが――


「おやおやん。そこを歩く可愛い子ちゃん」


 一台のバイクが恋の隣りに停車、フルフェイス越しに声を掛けてくる。

 ナンパではなく、口調と声で顔を見ずとも誰だか察するも、なぜか恋の表情が強ばった。


「……好子さん」

「そのとーし。美人でやり手な好子さんさね」


 ヘルメットを取れば長い髪が垂れ落ち、相変わらずの飄々とした好子の笑顔。


「こんな時間にどうしたん? お買い物かい?」

「まあ、そんなところで……好子さんは?」

「私はちょっくら取材旅行。帰るんだったら乗せてったげるよ?」

「大丈夫です。近くだし」

「そりゃ残念。恋の身体の感触を味わえるチャンスだったのにさ」


 相変わらずオヤジよりもオヤジくさい発言をする好子に、恋は苛立ちを覚える。

 どうしてこの人はこんなにも変わらないんだろう。

 いったい誰のせいで――


「感触と言えばこないだ優介を空港に送った時もさ、あいつ――」


「どうしてそうデリカシーがないんですか!」


 好子の口から優介の名前が出た瞬間、恋の頭で何かがキレた。


「バイクに……うにょん?」

「みんな、みんな……気を遣ってくれてるのに! 光さんだってなにも聞いてこなかったのに、どうして好子さんが平然とユースケの話するのっ?」


 恋の怒声に好子は首を傾げる。

 恋もこれが八つ当たりだと分かっているが、押さえられなかった。


 優介の心変わりに関係ないが、その背中を押したのは間違いなく好子だった。


 ◇


 八月、お盆休み最終日。


 優介、恋と愛は日々平穏を定休日にして朝早くに学園の裏山に向かった。

 島の中枢に位置する山の頂上付近、島全土を見渡せる場所に墓地がありここに上條夫妻が眠っている。

 お盆の最終日は必ず三人でここへ来るのを去年から決めていた。

 上條家の墓を三人で掃除をして、三人で出し合ったお金で買ったお花を供え、三人で用意した線香を焚いて手を合わせる。


「……じゃあな」

「お爺ちゃん、お婆ちゃん、またね」

「ごゆるりとお休みください」


 優介の声に続いて恋と愛も一礼、この後は仕事もせずノンビリと日々平穏の居間で過ごすのも去年と同じで。


「おお、優坊じゃないか」


 三人に声を掛けるのは上條夫妻の旧知の仲、白河十郎太。

 彼もまた二人の命日とお盆休みは必ず訪れているのでここで会うことは珍しくない。


「優坊はやめろ」

「恋愛コンビの二人も、ようきたのう」


「「恋愛コンビ言わないでください!」」


「聞いてねぇのは今更だが、場所を考えて騒げ」


 思わず突っこんでしまう恋と愛に十郎太は愉快げに笑った。


「ええじゃないか優坊。喜三郎もイチ子さんも辛気くさいのは好まん、ほれ喜三郎。これでも飲め」


 更には手にしていた一升瓶の中身を墓石にぶちまける。


「……いま掃除したばかりだぞ」

「固いことを言うな。後でバカ孫に掃除させれば良かろう。イチ子さん、ワシの家内から美味いまんじゅうをあずかっとるよ」


 続けて小さな木箱をお墓に添えて十郎太も手を合わせた。


「ではまた……美味い酒を持ってくるぞ」


 十郎太は笑っているが、やはり寂しさは隠せない。

 喜三郎とイチ子、そして十郎太の三人は幼なじみだと聞いている。

 昔からいつも一緒で、特に喜三郎と十郎太は親友の間柄。

 普段は悪態ばかり吐いているが、やはり寂しいのだろう。

 故に優介は恋と愛に目配せ、一人にしておこうという配慮で静かに去ろうとするが


「さてと、ちょうどええところで会うたわ。優坊、少しいいか?」

「あん?」


 先ほどのしんみりとした空気が嘘のように、十郎太がいつもの豪快な笑みを浮かべた。


「お前さん、フランスの調理学校から誘いを受け取るようじゃな」

「……なぜ知っている」

「バカ孫から聞いとる」

「あのバカコータ……」

「永遠に口封じをしておくべきでした」


 呆れる恋と愛だが、孝太に知られたのも二人の言い争いが原因だったりする。

 優介も特に知られて困る内容でもないので放置していたし、彼から祖父の十郎太へ渡るくらいは予想済みなので気にしなかった。


「で、今更そんな話を持ち出して何のようだ」

「ふむ。いい話なのになぜ断ったか気になってのう。喜三郎も若い頃はフランスだけでなく、それこそ全国を武者修行として飛びまわっとったぞ」

「爺さんが……?」


 その事実に優介だけでなく恋と愛も初耳で目を丸くする。

 だが思い返してみると三人は喜三郎の若かりし頃の話は知らない。

 せいぜい三十年ほど前に日々平穏を始めた、というくらいだ。


「まああの老いぼれも歳には勝てんし、日々平穏を始めてからは時間もとれんかったが、お前さんを引き取る前は年に一度はどこかの国を訪問しとった」

「老いぼれはお互い様だろ。しかしそうか……なるほどな」

「学園が気になるなら休学扱いでも留学扱いにでもしてやらんこともないぞ?」


 ふと考え込む優介に恋と愛は嫌な予感を覚え、同時に口を開こうとするがそれより先に十郎太が提案してきた。


「いい機会でもあるしどのようなところか見てくるのも良かろう。お前さんはまだ若い、世界を知るのもまた修行じゃ」

「……おい、爺さ――」


「で、でもユースケは世界に興味ないんだよね?」

「日々平穏を継ぐことこそ、なによりの修行だと仰いましたよね?」


 優介が何かを言おうとして、遮るように今度こそ二人は口を開いた。


「…………そうだな」


 この確認に優介は頷き、二人は安堵の息を漏らす。


「世界より日々平穏、それもまた優坊らしい。まあ無理にとは言わんよ、本人の意思が何より大事じゃからのう」

 十郎太もそれ以上は追求せず、この話は終わった。


 だが数日後。


「ユウスケ、久しぶりね!」

「カナン……まずは挨拶をなさい」


 一日の営業を終えようとした日々平穏にカナンとソフィが。


「この二人はまた……何しに来たのよ?」

「もう閉店です。はい、お帰りなさい」


 閉店準備をしていた恋と愛は敵意むき出しに追い返す


「そいつらは俺の客だ」

「…………!」


 しかし厨房越しに優介が招き入れてしまい、恋は肩を震わせ愛に視線を向けた。


「そうよ。ワタシはユウスケに呼ばれたお客さま、しっかり持てなしなさい」

「遅くなってすみません優介さん。カナンの仕事が長引いてしまって……」

「いや、気にするな」


 愛も恋に視線を向けていて、その表情が青ざめている。

 会話の流れでもう予想は付くが、まだ信じられない。


「ユウスケこそ気にしなくていいわ。誘ったのはワタシなんだから出向いて当然。それで、ようやく決めたのよね?」


 だがそんな恋の心情を見透かしたようにカナンが問いかけ、これが現実だと優介がその言葉を口にした。


「ああ……俺はフランスへ行く」

 

 脱力感に襲われ恋はそのままへたり込んでしまいそうになる。


「な、なるほど……学園長の仰っていたように様子を見に行かれるおつもりですね?」


 抵抗とばかりに愛が恐る恐る問いかけるが、恋は無駄な足掻きだと悟っていた。


「行くからには納得するまで帰るつもりはない」

「そんな……っ」


 そう、優介はこういう奴だ。

 半端な気持ちで動くような男じゃない。

 だとすれば少なくとも一年以上、優介と離ればなれになってしまう。


「ですが……お店はどうするのです? 優介さまがいないとお店は……」


 それでも抵抗する愛だが、やはり恋は無駄な足掻きだと思ってしまう。


「それなら問題ないさね。私は別に返済を待ってもいいし」

「お姉さま……」


 突然居間へと続く襖戸が開き恋の予想通り好子が了承してくる。

 義理堅い優介が契約している好子へ何の相談もなく決断するはずがない。


「それに白河の爺さんにも留学扱いでいけるよう手配してもらってんだよね?」

「問題ない」

「なら高校も卒業できる。これは契約違反じゃない」


 ただ、どうして自分や愛には何の相談もしてくれなかったのか?


「だから優介、しっかり世界を堪能してきな」

「どうしてお姉さまは……みなさんは優介さまをフランスへ行かせようとするのですかっ!?」


 完璧なお膳立てに愛が悲痛の叫びを上げる。


「それはこちらのセリフ。むしろ、アイはどうしてユウスケをフランスへ行かせないの?」

「…………っ」

「前も言ったけど、ユウスケの為を思うなら行かせるべきよ。自己流ではどうしても限界があるわ。このお店でも修行は出来る、でもユウスケと並べる料理人はこの島にいない」


 対しカナンに正論を返され愛は言葉が出ない。


「いつまでも孤独にさせておくのが……ユウスケの為になるの?」

「それは……」


 視線を落とし何も言えなくなる愛を納得したと取ったのか、カナンは笑顔を浮かべた。


「決まったな。カナン、いつから行ける」

「いつでも」

「なら明日だ」

「いきなりっ?」

「いつでもいいんだろ」

「でもパスポートの準備もあるんじゃないの?」

「生前爺さんから手続きをやらされたんでな。問題ない」

「……はいはい。じゃあソフィ、早速フランスへ行く手配をするわよ」

「ですね。では優介さん、詳しくは手配が終わり次第ご連絡いたします」


 即決にカナンとソフィは大慌てで店を出て行き、静まりかえる店内で優介はため息を一つ。


「そういうことだ。常連客には張り紙で報告しておく」

「明日だなんて……そんな……」


「――――っ」


 突然の別れに愛の膝が折れるが、これまで静寂していた恋は限界だった。


「さっきから黙って聞いてれば……あんたどこまで勝手なのよ!」


 怒りを露わに優介の歩み寄り、そのまま胸ぐらを掴み上げた。


「あたし達になんの相談もなく勝手に決めて! 明日に行く? ふざけんな!」


「俺のことを俺が決める。それの何が悪い」


 恋の剣幕にも優介は平然と言い放つ。


「それでも! このお店はあんたとあたし、それと愛の三人のお店でしょっ? なのに勝手に休みにして、お客さまには張り紙でいい? あんたにとってあたし達は……日々平穏はその程度のものだったの!?」


 好子や十郎太には相談して自分と愛に何の相談もない。

 三人で続けていたお店なのに、蚊帳の外で。

 全く頼られていないことが悲しくて悔しくて、恋は叫ぶ。


「……それはこっちの台詞だ」

「ユースケ……?」


 だが一瞬だけ優介の瞳に見えた感情に恋は頭が真っ白になる。


 自分の見間違いでなければ――失望。


 優介に見限られた気がして、恋はなにも考えられなかった。


「とにかく、カナンの言う通りだ。客により美味い料理を提供するのが俺の仕事。なら必要なことはするべき、違うか」


 胸ぐらを掴んでいた恋の両手を外し、優介は問いかける。


「愛、お前も異論はないな」

「…………はい」


 力なく愛が頷き、優介のフランス行きは決定した。


 そして翌朝。


「恋、愛。後のことは任せた」


 日々平穏の前で見送る恋と愛に短い言葉を残し、優介は旅だった。


 ◇


「分かってますよ! 好子さんは正しい、ユースケの為を思うならフランスへ行かせるべきだって! お爺ちゃんが世界を見てきたように弟子のユースケも見てみたいことくらいあたしにも分かってた!」


 もし心変わりがあったとすれば、優介が唯一師と尊敬する喜三郎と同じ道を辿りたい気持ち。

 だがそれでも嫌なものは嫌で。

 毎日が物足りなくて、でも寂しくないようにあがいてるのに。

 なのに好子は平然としている。

 笑って楽しそうで、恋は悔しかった。


「満足したかい?」

「はい……八つ当たりしてすみませんでした」


 そう、これは八つ当たりでしかない。

 優介に失望されたのは自分の弱さが原因で、好子は強いから彼の旅立ちを素直に受け入れ喜んでいるだけと恋は自覚して頭を下げた。


「なら良いことさね。んじゃま、私は行くよ」

「……はい。気をつけてください」

「そうそう。私さ、恋のことちょー尊敬してんの」


 もう一度頭を下げて見送る恋だが、ヘルメットをかぶりながら好子が突然褒めてきた。


「ほら、私のちょー可愛い妹の愛ね。あの子ってちょー可愛いしさ、気立てもいいし家事万能、まあちょびっと色気無いかもだけどそれは今後の成長をお楽しみで」

「はぁ……」

「でも一途だしちょー尽くす子だし、ちょー可愛い」

「あの……さっきも聞きましたけど。ていうか、それは愛を尊敬してるだけじゃ……」


 尊敬からなぜか妹自慢を始めるので恋は呆れてしまう。


「とにかくちょー良い女だと思うわけ。普通に考えればさ、誰もあの子に対抗しようとしないよ? なのに恋は愛と一緒にいて、あの子の良いところメッチャ知ってるのに負けようとしない。その根性が女として尊敬するよ」

「それは……あの……」


 更に妙な褒められ方に恋は返答に困ってしまう。


 だが――


「でもさ、恋も結局――ただの恋する乙女なんだねぇ」

「え?」


「それが好子さんはちょー残念でした、まる」


 最後にヘルメット越しにため息まで吐かれ、好子はバイクを走らせる。


「恋する乙女って……それの何が悪いのよ」


 その呟きはバイク音によってかき消されてしまった。



 

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