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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ5 ココロノアリカタ
70/365

恋の章 前編 ミウシナウコイ 1/2

アクセスありがとうございます!



「恋ちゃん」


 昼休み、恋が学食できつねうどんを啜っていると声を掛けられた。


「あ、香織。日向くんも」


 顔を上げると別クラスの友人、九重香織とその幼なじみ日向海里の姿。


「テーブル、一緒いいかな?」


 どうやら混雑する学食の空いている席を探していたようで、二人ともトレーを持ったまま。


「いいけどお二人さんのお邪魔にならない?」


 もちろん恋は歓迎するが、二人は幼なじみながら今年のバレンタインに思いを通じ合わせた恋人同士、遠慮と少しの冷やかしを。


「そんなことないよ! ねぇ海ちゃん?」

「……ああ」


 頬を染めて香織が同意を求める海里の顔はもっと赤い。

 それもそのはず、恋人となる以前引っ込み思案の香織と冷やかしが苦手な海里は長きに渡るすれ違いにより幼なじみだと周囲に隠していた。

 しかし香織の勇気が海里の心を成長させたことで、今では周囲も認める仲良しカップル。こうして昼食を一緒にするようにもなっている。


「もう……恋ちゃんイジワルだよ」

「ごめんごめん。でも二人が学食にいるのって珍しいんじゃない? いつもは香織がお弁当を作ってるって聞いてるけど」


 かく言う恋も普段は昼営業のため学園を抜けているので学食を利用するのは珍しいが、生徒も利用する日々平穏には色々な情報が集まるのでよく知っている。


「うん、今日は寝坊しちゃって……夏休みボケかな?」

「ただの夜更かしだろ。まさか始業式の後に課題で泣き付かれると思わなかった」

「うぅ……海ちゃんもイジワルだよ」

「まあまあ。日向くんだっていつも香織にお弁当作ってもらってるんだから、それくらい安いモノじゃない?」

「……ま、まあな」


 照れながらも頷く海里に香織も嬉しそうに微笑む。

 友達として二人がこうして仲良くしていることに恋は素直に嬉しく思う。


「……恋ちゃん、大丈夫?」


 しかし香織から笑顔が消えて、心配げな眼差しを向けられた。


「ん? 何のこと?」

「だって恋ちゃん、元気ないみたいだし……」

「そ、そうかな?」


 香織の指摘に恋は素直に驚いてしまう。

 普段通り、変わらないよう振る舞っているつもりなのに――と、頭を過ぎると同時に恋は苦笑してしまう。

 振る舞っている時点でもう普段通りではない。

 気持ちがアンバランスになっていることは気づく人は気づいてしまう。それが友人ならなおさらだ。


「鷲沢くんのことが心配?」

「心配はしてないよ。ただ……ちょっと調子が狂ってるだけ。ほら、仕事がお休みだからあたしも休みボケ、みたいな?」


 慌てて取り繕うも香織は心配したままで、隣に座る海里はあえて指摘せず話題を変えた。


「鷲沢から連絡はあったのか?」

「うん、一昨日にフランスに着いたって」

「それだけか。鷲沢も相変わらずだな」

「まあユースケだから」


 呆れる海里に恋は笑ってみせる。

 夏休みが終わる前に優介は料理修行の為、フランスへ渡った。

 それ以来気持ちがアンバランスになっているのは恋も自覚している。

 いや、アンバランスになっているのはもっと前からかもしれない。


 夏休みを目前にしたあの日、カナン・カートレットが来店してから――


 ◇


「――ユウスケ、フランスで料理の修行をしてみない?」


 恋愛コンビの言い争いにソフィが巻き込まれる賑やかな日々平穏の店内に、カナンの声が大きく響いた。


「……なんの話だ?」


 その提案にいつもは聞く耳持たずの恋愛コンビも思わず口を閉じてしまう中、普段通りに優介が面倒気に首を傾げる。


「だから、フランスで料理の修業よ」

「……だから、何故いきなりそんな話が出る」

「カナン……ちゃんと順を追って説明しなさい」


 話のかみ合わない二人にソフィがため息を吐きつつ説明不足を指摘すれば、カナンは素直に従い改めて説明を始めた。

 なんでもカナンが通っていたフランスの調理学校の理事長が優介をスカウトしているらしく、こうして話を持ちかけているらしい。

 故にフランスで料理の修業なのだが、当の優介は意味が分からない。


「そもそも何故、俺が――」


「「はんたーい!」」


 なので問いかけようとするも、先に恋愛コンビの叫び声が。


「は? なに? どういうこと? なんでユースケがフランスに行かなきゃいけないのよっ?」

「そうです意味が分かりません! 優介さまがフランスに? は、意味不明です!」


「いや、だから料理の修業だって――」


「そんなのダメっ! 絶対反対!」

「料理の修業ならばどこでも出来るはず、故に断固反対です!」


「……どうしてフランスへ行くのがダメなの?」


 猛反発の恋愛コンビに気圧されるカナンだが、同時に疑問が湧いて首を傾げてしまう。


「別にニホンの料理が悪いとは言わないけど、フランスだって一流の技術と芸術センスに溢れた素晴らしい料理の国よ?」


「「それは……」」


「料理人なら憧れるはずだし、ワタシの通っていた学院は多くの料理人を輩出している名門。しかもそこの理事長がユウスケを見込んで是非にと誘ってるわ。これはとても名誉なことよ? それの何がダメなの?」


 続く正論に言葉が出ない恋愛コンビだったが、そう簡単に引き下がるわけもなく。


「で、ですが優介さまには日々平穏のお仕事があります!」

「そ、そーよ! それに学園はどうするのよ?」

「その通りです恋! 優介さまは学業とお仕事、とてもお忙しい身!」

「フランスになんか行ったら卒業できないし、お店も開けられないんだからね!」


「まあ、そうだけど……」


 必死の説得にカナンも怯んでしまう。

 対し優介は自分のことにも関わらず蚊帳の外で呆れたようにため息を吐き。


「……それはどのくらいの期間だ」


 その問いかけにカナンの表情が華やぐ――が、恋愛コンビは目を丸くしてしまう。


「えっとね――」


「ちょっとユースケ! なんでそんなこと聞くのよっ?」

「まさかこのようなお話しに乗るおつもりですかっ?」


「ワタシが喋ってるんだからジャマしないの!」


「「あんた(あなた)が邪魔よ(です)!」」


「ゴメンナサイ!」


 再び割って入る恋愛コンビにツッコむカナンだが、その迫力に思わず謝罪。


「邪魔はお前らだ」


 しかし、それ以上の迫力ある声で優介が二人を睨みつける。


「でも……」

「ですが……」


「いいから黙ってろ」


 明らかに不機嫌な優介にさすがの恋と愛も口を閉じた。


「お前もさっさと質問に答えろ」

「アナタねぇ、そもそも……まあいいわ」


 静かになり改めて優介は向き合うが、余りにぶしつけな態度にカナンは反論しようとするも、首を振り切り替えた。


「そうね……最低でも一年かしら?」


「「そ――」」


「恋、愛」


「「…………」」


 即座に反論しようとする恋と愛を再び優介が遮る。


「本当は最低二年の在学が必要だけど、ユウスケは特例だし課程さえ終えれば早くなるとは思うけど」

「つまり、俺の腕次第というワケか」

「そういうこと。まあ、ワタシが通っていたのは三年制のカリキュラムだったから三年かかっただけ。今なら半年もあれば――」


「なら却下だ」

「どうしてよ!」


 負け惜しみのような理由をカナンは得意げに語っていたが優介の否定に突っこみを入れた。


「一年だろうが半年だろうがその間、店を空けることになる。それに学園もな」

「でもこれはチャンス――」

「チャンスだろうと俺には契約がある」


 好子から日々平穏を買い取った際、背負った一千万という借金の返済と高校を卒業するのを条件で優介は契約している。

 なら一年もの時間を無駄には出来ない。


「それを反故するわけにいかねぇんだよ」


 キッパリと断りを入れる優介に恋と愛は安堵し、カナンは残念そうにするも納得。


「よく分からないけどユウスケにも事情があるようだし仕方ないわ。残念だったわね、ソフィ? ユウスケがフランスに来ればいつも一緒にいられるのに」

「カナン! だから違いますってば!」


 とばっちりを食らうソフィを余所にカナンは背を向けた。


「でも気が向いたらいつでも連絡ちょうだい。理事長も答えを急いでないから」

「もう……あの、お騒がせしてすみませんでした」

「まだ聞きたいことがある」


 呆れながら頭を下げてソフィもカナンに続くが、二人の背を優介が呼び止めた。


「なに? もう気が変わった?」

「……なぜ俺だ」


 振り返るカナンに先ほど口に出来なかった問いかけを。


「ずいぶんと優遇してくれるようだが、そもそもなぜその理事長とやらは俺をスカウトする? そいつは俺の料理を知らないだろう」

「さぁ? フランスに帰った時、師匠の墓前に行くついでに寄ってアナタの話したらそう言ってきたのよ」


 優介の疑問はカナンも知らないようでに首を傾げるのみ。


「ワタシも驚いたけど、別におかしな話じゃないでしょう? 有能な料理人を育てたい気持ちは」

「有能な料理人か……俺も随分と買いかぶられたモノだ」


「でも残念ね。ユウスケも師匠の背中を追うなら、世界を知るべきじゃないかしら」


 苦笑されカナンは呆れながらも、最後にそう言い残して今度こそ店を後にした。


「世界を知る……か」


「ねぇユースケ……?」

「もしかして、ご興味があるのですか?」


 正直、一度は否定したがやはり料理人として世界を知るのは必要なこと。

 しかしそうなれば優介がここから、日々平穏からいなくなってしまう。

 一年もの間、離ればなれになってしまう不安から、恐る恐る恋と愛は問いかける。


「俺が興味あるのはこの店だけだ。特に世界を魅力には思わねぇよ」

「そ……そうだよね? ユースケにはこのお店の厨房が一番の修行だもんね?」

「さすが優介さまです。浮気心無いそのお言葉に妻として私も安心しました」

「ちょっと愛! 誰が妻よ!」

「私以外の誰が?」


 やはり行く気が無いようで安心した恋と愛はいつものように言い争いを始めてしまった。


 その後カナンとソフィは現れず、何事もなかったようにいつもの日常が続いていた。


 だがそれは嫌なことに目をつぶっていただけで、恋の心には妙な焦燥感が残っていた。


 そして、この予感は。


 翌月、優介が突然フランスへ行くと言ったことで的中してしまった。


 ◇


 今もどうしてか分からない。

 一度決めたことは曲げないのが優介、なのに突然の心変わり。

 ならばそれなりの理由があるはず、しかし恋には全く分からない。

 仕事や学校を休んでまでフランスへ行く理由。

 強いて上げれば――


「恋ちゃん?」

「……え」


 どうやら考え込んでいたらしく気づけば香織が顔をのぞき込んでいる。


「どうかしたの? やっぱり、鷲沢くんが……」

「だ、だから調子が狂ってるだけだって。ほら、勤労女子高生から普通の女子高生になっちゃったからどうすればいいか分かんない? みたいな」


 笑いながら手を振る恋だが、無理しているのが見て取れるだけに香織は胸を痛めてしまう。

「なら、放課後にでも香織と遊びに行ったらどうだ」


 海里も同じ気持ちなのかそう提案してきた。


「いや、でもお二人さんのデートのお邪魔になるじゃない」

「……香織とだ。俺はこれから秋季大会で放課後は忙しくなる」

「さいですか……」

「いままで仕事で忙しかったなら、普通の女子高生気分を味わえば少しは気分転換になると思う」

「うん! そうだよ恋ちゃん。私も久しぶりに恋ちゃんとゆっくり遊びたいな」


 香織も同意し期待の視線を向ける。

 二人の言うようにこれまで仕事ばかりの時間を持てあましていた恋は頷いた。


 そして放課後。


「あー歌った歌った!」


 カラオケボックスから出てきた恋は大きく伸びをする。

 約束通り放課後になると香織と共に春海町へ。

 お茶をした後カラオケに行こうと誘われたが、歌うことが好きな恋にはいい気分転換になったようだ。


「恋ちゃん、歌やっぱり上手いよね」

「そうかな? 久しぶりだったから自信なかったんだけど、でも楽しかった~」


 定休日だけ休む優介と違い、恋のシフトは月に平日と休日に必ず一度は休みを入れるので香織以外の友人とも何度か来ている。

 だがやはり仕事を気にせず遊べるのは開放感が違う。

 時計を見れば七時前、いつもなら明日に備えて帰るところだがもう気にしなくていい。


「…………」

「恋ちゃん?」


 ふと笑みの消えてしまい香織が首を傾げ、恋は慌てて口を開いた。


「あ、うん。そうだ、せっかくだから何か食べて帰らない? 香織は時間平気?」

「もちろん平気。なに食べよっか」

「ここは普通の女子高生らしくファーストフードで」

「普通の女子高生はそんな決め方しないけどね……でもいいよ」


 と、呆れつつも笑顔で頷く香織を連れ立って駅前へ向かおうと恋は歩を進め――


「ふぎゃ!」


 同時に左脇の看板に顔をぶつけて普通の女子高生らしからぬ悲鳴を上げた。


「えぇ! 恋ちゃん大丈夫!?」

「イタタタ……あ~うん、何とか」


 鼻を押さえつつ心配する香織に手を振り恋は立ち上がった。


「ちょっとはしゃぎすぎかな? あたしとしたことが……」

「かも知れないね。さっきもテーブルに膝ぶつけてたし、来る途中だって人にぶつかっちゃうし」


 しょうがないな、と微笑む香織だが恋は自分の不注意を悔いていた。

 通りすがりの人とぶつかったのは左肩、テーブルにぶつけたのは左膝、そして先ほどは左側の看板と失った片方の世界ばかり。

 四季美島へ戻ってくる前、父親の暴行で失明した左目。

 恋の左目が見えないのを知るのはこの島で母親を除き優介、愛、好子、孝太、十郎太と側近のみ。

 事件のことを知られたくなくて、同情されたくなくて失明のことをバレないように振る舞っている。

 だから普段から出来るだけ自然に、注意深く生活しているのに今は見えないことを意識しすぎて、逆に不自然な動きで失敗ばかり。

 もう四年になるのに、どうして今更見えないことを意識しているんだろう?

 いつも優介が左に立ってくれているわけでもなかったのに、どうして?


「ほんと……情けない」


 分かってる。

 いつもいるわけじゃない、でも優介はこの島にいる。

 たったそれだけで安心する自分がいるから。

 この島に、日々平穏に優介がいないだけで不安になって意識してしまう。

 たったそれだけの違いに怯えている自分が悔しかった。


「恋ちゃん……どこか怪我したの?」


 ふと香織が心配する姿が残された片側の世界に映る。


「もしそうなら病院行く?」


 その悲しみに満ちた表情を見るのが嫌で、恋は取り繕うように笑顔を浮かべた。


「大げさ大げさ、こんなの少し冷やせば大丈夫」

「本当に平気?」

「うん。だから早くお店にゴー! 冷たいおしぼりが待ってるよ」


 努めて明るく恋は香織の手を引いた。

 周囲に迷惑を掛けるわけにはいかない。


 とにかく明るく、笑顔を絶やさないように気をつけながら。




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