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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
7/365

ハツコイオムライス 3/6

本日二度目の更新です!

アクセスありがとうございます!



 連休明け、HRが終わるなり優介と恋はいつものように教室を飛び出した。


「まいどまいど……くだらねぇ話で遅くなりやがって」


 おしゃべり好きな担任に苛立ちを募らせる優介をいつもなら恋が落ち着かせるのだが、今日に限って何も言わない。

 そもそも今日の恋は明らかに様子がおかしかった。友人と笑いあう表情も、昼の営業の時も優介からすれば無理をしているように見えた。

 これも幼なじみゆえの眼力であり、理由もわかっているのでなにも訊かない。

 校門に愛がいないことを確認して恋の左手を掴み早足に切りかえても、やはり二人は無言のまま日々平穏へと急ぐ。


「……あ」


 徒歩五分の距離を一分短縮して日々平穏の正面出入り口から店内へ入った途端、恋が小さく呻いた。


「おかえりさない」

「どういうことだ」


 愛が深々と頭を下げるのも見ずに優介は開店前の店内にいる来客を睨みつける。

 帽子を深く被って顔は半分しか見えないが小さな口と異性を魅了する体型、なにより放たれているオーラが自己主張している。


「お店の前に立っていたので、通行人の目を考慮して店内に入れてしまいました。優介さまの意見も聞かず、勝手な真似をしてしまい申し訳ありません」

「いや、いい判断だ」


 謝罪の言葉をつむぐ愛に優介は苦笑する。

 いくら変装していても、これから下校する生徒が増える中に有名人に気づかない者がいないとは限らない。気づいてしまえば騒ぎになり開店に支障をきたしただろう。


「で、そんなにここの料理が気にいったのか。開店前からご苦労なことだ」

「また来るって言ったよね」


 優介の軽口を無視して帽子を取った春日井光の瞳は昨日と同じで敵意むき出しだ。


「今日は午後からオフなの。だからゆっくり時間が取れた。今度こそあの人のことを教えてもらうから」

「それは残念だな。あいにく俺は今から仕事で話す暇なんかねぇよ」

「お願い……あのオムライスを教えた人のことを教えて。どんな事でもいいから」

「恋、俺は着替えてくるからお前も早く準備しろ」

「優介さま。お着替えは居間の方に用意しています」


 光を無視して二階へ上がろうとする優介に、愛が厨房奥の居間を指差した。


「恐らくここで押し問答が始まり、開店時間が遅れると思いまして。ならば話くらいは聞けるようにと」

「……ずいぶんと手際がいいな」

「ありがとうございます」


 嬉しそうに愛は微笑み、仕込みの続きに戻った。


「そういうわけだ。覗くなよ」

「誰が覗くのよ! いいから早く……健一のこと教えて!」

「けんいち? 誰だそれは」

「あのオムライスをあなたに教えた人よ! (まと)()(けん)(いち)、会ったんでしょ!」

「知らねぇよ」

 聞く耳持たず優介は居間へと入り障子戸を閉めてしまい、その態度に光はカウンター席に座り視線を落とす。

「…………健一はすごく口が悪いけど、昔から女優になるって私の夢を唯一真剣に聞いてくれた人なの」


 そして居間で着替えている優介に聞こえるようにゆっくりと語りだした。

 二人の出会いは光が高校に入学してオーディションを受け始めた頃、近所の喫茶店で住み込みとして健一が働き始めてから。

 ふとしたことで顔見知りになり、気づけば愚痴を聞いてもらう仲になったという。面倒げに、それでも健一はいつも話を聞いてくれた。そしてオーデションに落ちるたびにご馳走してくれたのがあのオムライスだったらしい。

 そんな日々が二年続き、光が高校三年生になって間もなく転機が訪れる。

 友人が勝手に応募した雑誌グラビアの一次オーディションに合格したのだ。

 女優を目指していた光にとってノリ気ではなかったが、健一からこれもチャンスだと後押しされてそのままオーディションを受けて見事グランプリに選ばれた。


「女優じゃないけど今まで頑張ってきたことが報われたから嬉しかったわ。だからそのまま芸能界で努力して、いつか女優の道を開こうと決めたの。なのに……」


 都心に引っ越し、芸能人として活動していた光は最初の里帰りですぐさま喫茶店に行った。

 いつものように芸能活動の愚痴を聞いてもらいに、また頑張る気持ちをもらいに。


 しかし健一の姿はなかった。


 なんでも光が引っ越して間もなく喫茶店を辞めてしまい、住み込みで働いていたのもあるが健一は倹約家で携帯電話を所持していない。

 どこへ行ったかマスターに聞いても首を振られてしまい、結果として健一との繋がりは完全に途絶えてしまった。


「酷いと思わない? 私の連絡先は知ってるのにさ、辞めるって教えてくれなかったのよ。どこに行ったかも教えてくれなかった。引っ越すときだって皮肉な感じだったけど……頑張れよ、夢を掴めよって応援してくれたのに……あいさつも無しにいきなりなんだもん……」

「……光さん」


 話を聞き終えた恋は胸を痛めてしまう。

 彼女が思い出のオムライスを口にして必死になっていたこと。少しでも情報が欲しくてこうして再び訪れたこと。

 きっと光は健一に会いたいのだ。

 そして皮肉にも、その気持ちを唯一共感できる人物がここにいる。


『それを話してお前は何を望む』


 だが、その人物は障子越しに冷たく言い放った。


『可哀相に、大変だった、辛かったろう。そう同情してもらいたいのか』

「そんなっ! 私は――」


 あまりの言葉に光が叫ぶと同時に障子が開く。


「私は……なんだ?」

「それは……その……」


 調理服に着替えた優介の冷ややかな視線に、威勢が鎮火した光は顔を伏せた。

 その光景を恋は信じられなかった。

 光の気持ちを唯一理解できる優介がこんな冷たい態度を取ることを。

 いくらココロノレシピが秘密とはいえ、かける言葉が冷ややかで突き放しているようだ。


「逆に一つ訊ねる」


 重い空気の中、優介は開店準備を始めながら問いかけた。


「お前はそのオムライスを出されて、一度でも完食したことがあるか」


 光は俯いたまま首を横に振った。


「無理に決まってるじゃない……。辛いし……具も私の嫌いなピーマンやニンジンばっかで……あんな嫌がらせ料理……」

「なるほど……だからか」

「それがどういう――」


 一人納得する優介に視線を向け、光は再び言葉を詰まらせた。


「料理人の心、食す者知らず……か。確かにあんなガキみたいな料理を作る奴はバカだが、お前はもっとバカだ」

「なっ!」

「ただの嫌がらせ? は、その程度の気持ちで料理と向き合っていたからテメェは分かってやれなかったんだよ」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ! と言うか……やっぱり健一のこと知ってるんじゃない!」

「知らねぇよ」

「じゃあどうして分かったような口聞けるのよ?」

「同じ料理人だからだ」

「答えになってない! いい加減――」


「いい加減うるせぇんだよ」


 ヒートアップする叫びよりも淡々と言い放つ優介の言葉の方が強く、迫力に押し負けた光は口を閉ざす。


「あのオムライスに随分とご執着のようだが、テメェに話すことはなにも無い。開店の邪魔だ、出て行け」

「…………っ」


 そして拒絶の言葉に光は肩を震わせ、やがて逃げるように飛び出してしまった。


「さて、そろそろ時間だ。恋、さっさと着替えてこい」

「ユースケ!」


 乱暴に閉められた引き戸を一瞥するのみの優介に恋は詰め寄り胸倉を掴んだ。


「どうしてあんなこと言うのよっ? 光さん泣いてた!」

「だから?」

「だからって……あんただけじゃない! 光さんの気持ちを分かってあげられるのはあんただけじゃない! なのにどうして……どうして……!」

「お前……なに言ってんだ?」

「なにって――」

「あの女の気持ちがわかる? 知らねぇよ。俺はあの女と同じ境遇になった記憶は無いんでな」

「あ……」


 その苛立ちの声に恋は胸倉を離す。

 禁句だ。

 いくら頭に血が上っているとはいえ、こんなことを言うなんてどうかしていた。

 なら恋のすべきことは二つ。

 まずは優介に謝罪し、出入り口へと向かった。


「おい、もうすぐ開店だぞ」

「……無視できない。光さんのこと……あたしはこのまま無視なんてできない……」

「なぜだ」

「オムライスが好きな者同士だからよ! バカ!」


 悲痛の叫びを残し恋も店を飛び出してしまった。


「優介さま。開店準備終了しました」


 そんな中でも愛は何事もなかったように報告した。


「お前は使える従業員だ」

「ありがとうございます」

「仕方ねぇ。恋の代わりに白河でも呼んでおけ」

「わかりました」


 頷く愛はスマホで孝太へ連絡を取る。


『――愛ちゃん? 珍しい、なにか用』

「今から五分以内にシフトに入りなさい。さもないと――」


 そこで通話を切り、何事もなかったようにスマホをポケットに戻す。


「それでは暖簾を出してきます」

「……本当に使える従業員だ」



 ――引っ越してから一週間、ようやく手続きも終わって撫子学園中等部に転校した。


 昔仲良くしてた友達、引っ越してきた知らない子、後ゴメンだけど忘れてた友達も名字の変わったあたしに何も聞かず温かく迎えてくれた。

 でも眼帯取れてよかったよ、これなら左目のことバレないしね。片方の視界がないのってすごく不便……距離感とかつかめなくて失敗もした。柳生さんや伊達さんの凄さが身に染みてわかります。

 コータとも運良く同じクラスになれたからフォロー頼めるし良かった。ま、二クラスしかないから確立五分だけど……でもユースケはいないのか。

 お昼休みになると学食一緒に行こうってコータが声をかけてくれた。

 これでユースケもいたら仲良し三人組の復活だね、て返すとなんでか苦笑された。


『……鷲沢も一緒だけど』

『へ?』


 その言葉にキョロキョロ辺りを見回した。あ、そっか。隣のクラスに行ってユースケ誘うんだって思ってたのに――


『よう』


 コータの背後にいた男子がめんどくさそうに声をかけてきてビックリした。

 その人はなんていうか……ヤンキー? みたいで今までの休み時間ずっと自分の席で窓の外ばかり見てる、クラスでもちょっと浮いた感じの人だったから。

 ん? 今の流れからするとこのヤンキーがもしかして……


『もしかして……ユースケ?』

『悪いか』


 いや、悪くないけど……え? このヤンキーがユースケ?

 鷲沢優介。あたしのもう一人の幼なじみで、いつも一緒で何でも出来て頼りになって、ちょっと目つき悪いけど優しかったユースケ……。

 面影なんて目つきの悪さしか……ううん、それもなんかパワーアップしてません?


『ユースケがヤンキーになった!』

『誰がヤンキーだ!』


 思わず出た言葉にすかさずツッコミが入ったけどどうでもいい!


 なんか……ショック。


ハツコイオムライスも中盤、本日中にもう一度更新予定です。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価、感想などをお願いします。

読んでいただき、ありがとうございました!

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