エガオノリョウリニン
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「お疲れさま。さっきはごめんね」
「ま、愛は気にしてないでしょうけど」
スタジオを出た愛とリナを待っていたのは光と恋。
「ええ。どうでもいいことなのでお気になさらず……それより」
点数の一件に謝罪する光に首を振り、愛は視線を泳がせた。
「優介さまは……どちらに?」
「ユースケなら帰ったよ」
「……そうですか」
恋の返答に愛は目を伏せる。
やはり自分勝手な行動に怒っているのかもしれない。
勝手にリナと交代して、禁じられた料理まで披露して自分の納得の為に動いたことに怒っている。
「用が終わったから帰っただけで、愛のことを怒ってないよ」
「……本当、ですか?」
だが続く恋の言葉に愛は顔を上げた。
「だってリナちゃんの料理を粗末にされて悔しかったんでしょ?」
「え? リナの?」
自分の名前が出てキョトンとなるリナに恋は苦笑し。
「なら俺がとやかく言うことじゃないって。自分も弟子のことであんなことしちゃったみたいに、愛も親友を侮辱されて約束を忘れてしまっても仕方がない、だって」
「……やはり、優介さまには敵いませんね」
伝言に愛は嬉しそうに降参。
「じゃあ……愛ちゃんはリナの為にカナンさんに?」
「そうですね。納得する、というのが九九パーセント。後の一パーセントはリナの料理を粗末にした彼女を許せなかったのかも知れません」
優介への愛が九九パーセントで形成されている愛なのでその比率は当然のこと。
「ありがとう愛ちゃん!」
それでも少しの理由でも、親友のことで怒ってくれた愛にリナは満面の笑みで抱きついた。
「……なんの話?」
「さぁ? なんの話しでしょうね」
経緯を知らない光が訝しむのを流し、恋は付け加えた。
「でも勝手なことをした罰として、当分帰ってくるなって」
「え~! それってどうなの? 師匠酷くない?」
伝言に愛から離れリナが不服を漏らす。
「大丈夫だよ愛ちゃん! 今度はリナが師匠を――え?」
だが不意に愛の身体がふらつき、リナが驚き手を伸ばすより早く恋がその身体を支えた。
「お店の厨房でもないのに無理しすぎ」
「……あなたの肩を借りるなど……最悪な処罰です」
苦笑する恋に向けて息づかいの荒い愛は悪態を吐く。
本来愛は体が弱く日々平穏のみ回復力が早い、だがテレビ収録と不慣れな場所。
同時に高い集中力が必要な調理をしたことで体が限界のようだ。
つまり体調不良を予想していた優介は島に帰るよりホテルで休ませる方が安全だと考えた罰で――
「さすが師匠だよ!」
「当然……です。優介さまは……世界一、お優しいお方」
「ていうか、リナちゃん手のひら返すの早すぎ」
先ほどの怒りをなかったように褒めるリナに恋愛コンビは呆れてしまう。
「それよりも愛ちゃん大丈夫なの? 病院行く?」
「いえ……少し休めば平気です。できれば……大事にしないように」
「そう? じゃあ私和美さんに車出してもらうよう言ってくる!」
慌てて駆け出す光を見送り、恋とリナに支えられたまま愛も駐車場に向かう。
「そう言えばさ……結局師匠の用事って何なの?」
途中、思い出したようにリナが呟くと、途端に恋と愛は渋い顔。
「カナン・カートレットではなく……ソフィ・カートレットでしたか」
「まだどうなるか分かんないけどね」
「優介さまの……お客さまで、幸せにならない者など……いません」
「だよね」
「……何のこと?」
「ユースケが女の子に優しくするのは面白くないってこと!」
「優介さまが私以外の女性に優しくするのは気に入らないのです!」
◇
恋愛コンビの主張にリナがキョトンとしている頃、カナンは一人楽屋に戻っていた。
電気も付けず暗い室内で、力なく椅子に腰掛け茫然自失。
対決には勝利した。
だが――
『……どうしたのです? 電気も付けずに』
室内の電気が点灯しソフィの声が。
『ソフィ……観たんでしょう?』
『……はい』
『フフフ……とんだピエロだったわ。私が長年磨き上げた技術を愛にアッサリ真似されたの』
自嘲気味に笑い、カナンは両膝に顔を埋めた。
『あのリナって子にも言われたわ。優介の方が私より素晴らしい料理人だって』
料理歴の短い愛に自分の技術を簡単に盗まれて、挙げ句未熟なリナに料理人の心構えを指摘され。
結果としては完全な敗北。
愛の言ったようにこの程度で世界一を豪語していた自分が滑稽で、情けない。
『私はこれまで何をやってたのかしら? 師匠に料理を教えてもらって……世界一の料理人になると誓った挙げ句にこのざまよ』
『お嬢さま……』
『ホント……バカみたい』
珍しく弱音を吐き自虐的な発言をカナンは繰り返す。
『覚えていますか? アリスさまと初めてお会いした日のこと』
『……?』
『よく三人でお茶会をしていましたね。アリスさまのお菓子はとても美味しくて……お嬢さまはたくさん食べていて……とても幸せな時間でした』
『ソフィ……?』
その昔語りにカナンが視線を上げると、いつの間にか目の前にソフィが。
そして――
『……カナン』
真っ直ぐ見据えてその名を呼んだ。
『主を呼び捨てにするな!』
たまらずカナンが怒鳴るもソフィは怯まない。
『お姉ちゃんが妹を呼び捨てにして何が悪いの』
『お姉ちゃんって……っ』
『そうですよカナン。昔から私はカナンのお姉ちゃんで、カナンは私の妹、違いますか?』
昔のように姉として問いかけるソフィ。
ここには主とメイド、主従関係という仕来りはない。
優介が教えてくれたカナンに必要な、姉としてのソフィの心があった。
『今さら……私を妹扱いするな!』
反論しながらもカナンは涙を浮かべる。
『師匠がいなくなって!』
世界は大きく変わっていた。
『一人で頑張ってたのに!』
言うなれば最高から最低に。
一人で頑張ったのに、辛くても悲しくても頑張ったカナンに対する神からのご褒美は師匠に成長した自分を見てもらいたいという願いを永遠に叶えられない事実と。
『勝手にいなくなったくせに!』
仕来りによってメイドに変わってしまった大好きな姉だった。
カナンの涙にソフィは自分の間違いを自覚した。
料理修行から帰ったカナンを迎えたとき、既に仕来りでソフィは姉ではなくメイドになっていた。
その事実がカナンに寂しい思いをさせた。
尊敬する師匠がいなくなって。
大好きな姉が姉でなくなり。
信じていた幸福な時間、全てを失ってしまった。
それでもずっと側にいて欲しいと思ってくれたから専属メイドとして一緒にいさせてくれた。
そんな妹の心を忘れて、大切なモノを見失っていた。
『ごめんなさい、カナン。これからはずっと一緒にいますよ』
『本当に……? ソフィはメイドじゃないの? もう家のこととか関係なく……私は甘えてもいいのね?』
『はい、甘えていいですよ。でも私はお姉ちゃんなので甘やかすだけではダメ』
ならもう仕来りに囚われず、昔のように姉妹としてこれからはずっと一緒にいると約束して、ソフィは新たな最初の一歩として
『いいですかカナン? 負けたくらいで落ち込むんじゃありません!』
カナンを叱った。
妹を甘やかし、時にはお説教をするのは姉の特権。
『あなたはアリスさまのような、食べてくれる人を笑顔にする世界一の料理人になるんでしょ?』
『……笑顔に? 私は世界一の料理人じゃなくて、笑顔にする料理人になるんだっけ?』
叱咤激励にカナンは惚け顔。
やはり志を忘れていたようでソフィは呆れてしまう。
でも無理はない。
一人で孤独に努力を重ね、悲しい別れを繰り返したカナンが間違うことは仕方がないのだ。
だからこそ優介はアリスではなくカナンの料理を再現した。
この世にいないアリスではなく、ここにいる――共に生きている姉のソフィの忘れていた心を取り戻した。
そして最後はソフィが、忘れているカナンの心を取り戻すお膳立てまでしてくれていた。
『これを食べたときに言ってたではないですか』
ソフィはメイド服のポケットから包みを取り出し、カナンの手に乗せる。
不思議そうにしていたカナンが包みを開き――目を見開いた。
包みの中にはマカロンが。
普通のモノより一回り小さく、七色の可愛いマカロンがカナンの記憶を刺激する。
『これは……師匠の……』
『はい。アリスさま特製、虹色マカロンですよ』
『どうしてソフィがこれを? だってこれは師匠しか作れないのに』
カナンが驚くように、このマカロンのレシピはアリスしか知らない。
しかしカナンの心からレシピを読み取った優介がレシピをソフィに教えてくれた。
そのレシピを元にソフィはテレビ局の調理場を借りて再現した。
ココロノレシピは使えないから完全な再現ではない。
でも、優介が教えてくれたように姉として、大切な妹の為に心を込めて調理した。
『カナンは忘れっぽいです。昔二人で教わったではないですか』
だがソフィは嘘をつく。
今の二人にココロノレシピの話は無粋だから。
『本当に……私って忘れっぽい』
ソフィの嘘に納得したカナンがマカロンを口にする。
『……やっぱり師匠は世界一の料理人だよ』
そしてソフィの心に答えるように笑顔を浮かべてくれた。
『ねぇ、ソフィ』
『なんですか?』
『私もなれるかな? 師匠みたいに、みんなを笑顔にする優しい料理人に』
『カナンならきっとなれます』
『うん! ソフィがそう言ってくれるなら私はこれからも頑張れる!』
アリスのマカロンを前に、昔と変わらない仲の良い姉妹の笑顔が帰ってきた。
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