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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ4 ワスレナクッキー
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ハイボクノリユウ

アクセスありがとうございます!



 スタジオでは試食が始まっていた。


「これは素晴らしい!」

「味もさることながら、この料理の美しいこと」


 まずは先に完成させたカナンの料理が審査委員の前に並べられ、試食役の料理研究家と料理学校の講師は絶賛。

 鉄板の皿に用意されたハンバーグはカナンの技術を駆使した特性デミグラスソースと、その周囲にはニンジン、ブロッコリー、ジャガイモで彩られた花々が華やかで美しい。


「当然よ!」


 その評価にキッチンの前で腕を組んでいたカナンは胸を張り改めて自信を取り戻す。


「このハンバーグ、美味しい~!」


 もう一人の審査委員、ハルノヒカリこと光は相変わらず美味しいを連呼するのみで会場を笑わせていた。


『では続いてリナシェフのハンバーグを試食して頂きましょう!』


 司会者の合図にスタッフがカナンの料理を下げ、愛の料理を並べていく。


「これは何というか……」

「こんな料理対決、初めてですねぇ」


 料理研究家と料理学校の講師が苦笑いするのは、先ほど試食したカナンの料理とそっくりなハンバーグが並べられたからだろう。


「ふん……確かに見た目は似てるヨウだけど、はたして味はどうかしら?」


 挑発的に向かいのキッチンに問いかけるカナンだったが


「あの……そこまでして頂なくても」

「気にしないでください」


「……ナニしてるのよ?」


 スタッフに止められるのも無視して愛は洗い物中。


「使用した器具の片付けです。暇だったのでつい」

「もっと緊張感を持ちなさいよ!」


『それでは試食をお願いします』


「あ~もう! なんなのよこのグダグダは!」


 マイペースな愛に苛立ちを覚えるカナンだが、戸惑いつつ試食役がハンバーグを口にすれば――


「こ、これは……!」

「信じられない……!」


 驚愕する料理通の審査員二人にまさかと振り返る。


「さっきのハンバーグと同じだね~」


 演出か、それとも素なのか言葉をためる二人の横で光が感想を述べた。


「そんな……ウソよ!」

「いやいやほんとに。よかったら食べてみる?」


 と、光がフォークに刺した一口分のハンバーグを差し出せば、収録中なのも忘れてカナンは駆け出した。


「あり得ない! 見ただけで味まで真似されるなんて……ワタシは世界一の――」


 最後まで否定を続けていたカナンだったが、ハンバーグを口にした瞬間、表情が青ざめ


「……ワタシの、ハンバーグと……同じ」


『おぉー!』


 自らその完成度を認めたことで会場がざわめいた。


「いや、凄いことだよこれは! 見るだけで調理を覚え、完全な再現をするなんて!」

「カナンシェフの高等技術を使えることもですね。まさに天才だ」


『おぉーっと! リナシェフに審査役のお二人も絶賛の嵐だー!』


 試食役や司会者もテンション高く、会場内を更に煽う。


「うんうん。美味しい美味しい」

「…………」


 そんな中でもマイペースにハンバーグを頬張る光と、自分のことなのに我関せずの愛は洗い物を終えて手をタオルで拭いていた。


 そして――


『では……採点にはいります! 勝者はどちらに』


 会場の熱気が冷め止まぬまま採点が始まった。

 試食役は採点パネルへ移動し、愛とカナンもキッチンから離れてメインカメラの前へ。


『まずはカナン・カートレットシェフの採点をお願いします!』


 司会の合図にそれぞれの試食役の頭上に設置された電光掲示板が数字がロールし、その全てが一〇点で止まった。


『パーフェクトです! なんとカナンシェフ、これで四週連続の満点だー!』


「ま、まあ当然ヨネ」


 番組の新記録にドヤ顔を見せるカナンだが、目元がヒクついていた。


『続きまして……我々に奇跡の調理を見せた鳥越リナシェフの採点をどうぞ!』


 そしてリナ改め愛の採点が始まる。

 前代未聞の同じ料理の審査に会場内が固唾を飲んで見守る中


「なるほど。CMを挟むと言っても、進行は続いたままなのですね」

「はぁ?」


 別のことに一人感心する愛に拳を握って掲示板を見ていたカナンから力が抜けた。


「アナタねぇ! こんな時になに気にしてるのよ!」

「やはりテレビを観ているだけでは分からないことも多いな、と」

「この……! いい加減に――」


『おぉ~!』


 怒り任せに叫ぶカナンの声を大きな歓声がかき消した。


「な、ナニ? なんなの?」

「結果に驚いたのでしょう」


 戸惑うカナンに対し愛は冷静に掲示板を指さす。

 料理研究家と料理学校の講師の一〇点を表示する文字。


 そして光が出した点数は〇点。


『こ、これは……意外な結末です』


 結果は三〇対二〇でカナンの圧勝、これには誰もが面を食らっている。


『ハルノヒカリさん。お一人だけ〇点ですが……いったいどうして?』


 代表して司会者が問いかけると光は愛に視線を向けて微笑んだ。


『私はいつもの愛ちゃんが良かったな』

『は……? あいちゃん?』

『じゃなかった。リナちゃんの料理じゃないから美味しくても味気なかったってこと』

『そ、そう言えばハルノヒカリさんはリナシェフのお知り合いでしたね。ではその――』


 気を取り直し理由を追求する中、勝利したことでカナンは胸をなで下ろす。


「……これでようやく、納得できました」


 そんなカナンの耳に愛の呟きが聞こえたが、二人は話をすることはなく進行は続いた。


 ◇


 スタッフのお疲れさまを合図に拍手が起こり無事収録も終了。


「残念だったね」


 変装を解く愛の元へリナが歩み寄り笑顔を向ける。


「……いいえ、結果に興味はありませんから」


 釣られて笑みを漏らす愛は首を振った。


「愛ちゃん凄いんだね」

「何のことです?」

「師匠から聞いたよ。調理してるところを見るだけで覚えて真似するんだもん。リナビックリしたよ」

「ああ、そのことですか」

「でもさ、どうして師匠はこんなに凄い料理を禁止しちゃうんだろうね? 見るだけで覚えちゃうなら便利だと思うなー」


 先ほど優介に問いかけた疑問をリナが口にすると、愛から小さなため息が漏れた。


「だからあなたはバカ弟子なのです、リナ」

「愛ちゃんまでバカって言った!」


 同じ返答に突っこむリナだが


「あなたも半年前、自分以外の料理で喜ばれても虚しいことを経験したでしょう」

「……あ」


 続く言葉に理解した。

 リナが琢磨と恋人になる前の話。デートの際、お弁当作りを一度失敗して助けを求め愛に代わりを作ってもらったが、そのお弁当を美味しいと琢磨が褒めるたびに寂しい気持ちになった。

 それと同じ。

 いくら愛が料理しても所詮は人真似、なら美味しいの言葉は愛にではなく、真似をした相手に向けられている。


「調理法や味付けなどは、長年鍛練を積んだその料理人のクセのようなモノがあります。故にいくら模写したところでその料理は私の料理ではありません。だから私は自分なりの料理を模索しています」


 だから優介は真似することを禁じ、愛も自分なりの料理を作ろうと日々精進している。


「ですが私はまだまだ未熟。いくらレシピ通りの料理を作れても、私は私自身の……上條愛という料理人の味が分かりません。これはきっと優介さまの仰る『料理は心』という言葉を本当の意味で理解出来ていないからでしょう」


 そして自分なりの料理を見つける為、日々精進している。


「ですが今回、久しぶりに人真似をして思い知りました。やはりこの調理法は最悪です」

「そっか……だから最悪の料理なんだ。納得だよ」


 ようやく理解し、改めて優介と愛を尊敬するリナだったが


「ナニを納得したの?」


 スタッフに捕まっていたカナンが二人の会話に割って入る。


「アナタ、さっきも何かに納得してたけど、ワタシの料理を真似できないことでも納得できたのかしら?」

「そのことですか」

「でもそれは当然のこと、世界一の料理人であるワタシが負けるはずないもの」


 結果により自信を取り戻したのか得意げに語るカナンに対し、愛は小さくため息。


「私が納得したのは、優介さまがあなたよりはるかに勝る素晴らしい料理人だということです」

「な……! どういうこと? ワタシは勝利したわ、なのにどうしてユウスケの方が上だと納得できるのよ!」


 激怒するカナンが理由を問えば、愛は面倒げに彼女を見据えた。


「先ほどの採点、春日井光以外の審査員が私とあなたに同じ点数を付けました。理由も『同じ料理を比べることが出来ない』とも仰いましたね。これは私とあなたの味に差はないと言うこと」

「それは……」

「やれば出来る子なので、私はどのような料理もある程度練習すれば完全に同じものを作る自信があります。ですが優介さまの料理だけは別です」

「あれ? でも師匠も最初に真似されたって言ってたよ?」


 リナの疑問にも愛は首を振り、両手を胸に当てた。


「確かに見た目や食材の味は近い物を作れたと思います。ですがあの温かな……優介さまのような優しい味は私には出せませんでした」


 愛の心に残るあのタコさんウィンナー。

 初めて優介の料理を食し、初めて料理に感動した想い出の料理。

 料理と言うにはシンプルで、ウィンナーに切れ込みを入れるだけなのに真似できなかった。


 それこそカナンの技術よりはるかに劣る細工でも愛は一度も再現できなかった。


「リナ、春日井光だけ私の料理に点数を付けませんでしたね」

「うん……いつもの愛ちゃんの料理じゃないからって」

「それは彼女が私なりに心を意識して作った料理を食べたことがあるからです。全く心のこもっていない、真似するだけに必死で無心の料理に満足できなかったからでしょう」


 リナに語りかけていた愛は視線をカナンに戻し、


「つまり、あなたは私程度に真似をされた。そして自分の料理なのにも関わらず心を込めることが出来ないあなたの料理が優介さまの料理より勝るわけがないのです。カナン・カートレット」

「な、なによ! 黙って聞いてれば……心なんて味に関係ないわ!」


 断言されそれでもカナンは引き下がらない。


「優しい味? 心の料理? バカバカしい! 料理はどれだけ美しく、美味しいモノを作るかが全てよ! なのに曖昧な話で納得できるわけナイ!」

「う~ん……そうかもしれないけど、カナンさんより師匠の方が素晴らしい料理人なのは間違いないよ」


 ヒステリックになるカナンに話を聞いていたリナがボソリ。


「それはアナタがユウスケの弟子だからよ! 弟子のヒイキで――」

「ううん。そうじゃなくて」


 と、リナは撤収作業が始まったスタジオを指さした。

 そこには二人が先ほど使っていたキッチンで。


「だって素晴らしい料理人なら最後までちゃんと調理するもん」


 リナの指摘はスタッフがセットと共に撤収している二人のキッチン。

 カナンの使用していたキッチンはスタッフが調理器具や材料の後片付けをしているが、愛の使用していたキッチンは調理後自分でやっていたのでスムーズに作業が続いている。


「料理人なら最後まで心を込めて調理しろってリナは教えてもらったよ? 師匠はお店でも料理した後は自分で洗ってお片づけもしてる。ただ調理だけじゃなくて、器具も大切にする心は美味しい料理を作る料理人よりも、素晴らしい料理人じゃないかな?」

「それは……っ」


 その言葉にカナンは目を伏せる。

 確かにカナンも自分の用意した包丁は手入れをしたが、他の器具はスタッフがやるので無視していた。


「さすがリナ、優介さまの自慢のバカ弟子です」

「今くらいバカはいらないんじゃないかな!」


 言葉を失うカナンを尻目に愛が絶賛すればたまらずリナはツッコんだ。


「そして私の、自慢の親友です」

「……ずるいな、愛ちゃんは」


 しかしその口説き文句に拗ねながらも笑った。


「さて、彼女も納得したことですし私たちは戻りましょうか」

「うん! あ……師匠まだ怒ってるかな」


 そして愛とリナは楽屋へ戻ろうとするが


「こんな結果認めナイ! ワタシは……ワタシは世界一の料理人に――」


 背後から最後まで否定するカナンの叫びに愛は仕方なくと振り返る。


「別にあなたに認めてもらおうと思っていません。私は自分が納得できれば満足なので」

「それでも――」


「ですが料理歴一年程度の私に真似される腕で世界一? 笑わせます」


「一年……? そんな……」


 愛の料理歴を知り愕然となるカナンに一礼し、今度こそスタジオを後にした。



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読んでいただき、ありがとうございました!

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