ワスレナクッキー
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「まさか本当にお嬢さま技術を……?」
「で、でもそんなこと出来るの?」
一方楽屋でも愛の神業にソフィとリナは驚愕していた。
「出来るのが愛の恐ろしいところだ」
「だよねー。あたしもユースケも、最初に見た時は驚いたわ」
しかし優介と恋は知っているのか驚くことなく呆れている。
優介の説明によれば愛はレシピさえ分かれば完璧な料理を作れるらしく、また料理人の調理を見るだけでもいい。
「本人はやれば出来る子って言ってたけど、あの子って変に器用だし頭の回転も速いからね~」
「やれば出来る子って……そんな簡単に……」
「実際俺も同じことをされた。一年前、愛が四季美島へ来た時にな」
「師匠の料理も真似したの?」
「当時は包丁さえ握ったことのないバカ弟子以下のド素人だった愛にな」
「でも愛ってば思考が不器用だから料理人の真似はできても応用が利かないのよね。レシピ本もそのままな料理しか出来ないし、だから普段は普通の料理しか作れないの」
その事実にリナは唖然。
レシピ通りの料理を再現、そして誰かの料理を再現するのはまるで――
「そんなの師匠のココロノレシピみたい……」
「……おい」
「あっちゃー」
思わず呟くリナに優介が睨みつけ、恋が額に手を当てるがもう遅い。
「ココロノレシピ……? 優介さんも愛さんのように料理を再現出来るのですか?」
「…………あ」
ソフィの反応にリナも自分の失態を自覚した。
ココロノレシピ――師、喜三郎より受け継がれたこの能力は秘密にされている。
故にリナも恋人の琢磨にさえ内緒にしているにも関わらず――
「ごめんなさいでした!」
無自覚とはいえアッサリばらしてしまったことにリナは全力で土下座した。
「あ、あの……」
「もういい」
突然の土下座に混乱するソフィを横目に優介が盛大なため息。
「これから客の相手をする。バカ弟子はどこかへ行ってろ」
「……わかりました」
秘密をバラしてしまった手前、素直に従いリナはションボリと楽屋を出て行こうとするが 。
「あの……師匠、一つだけ教えて欲しいんだけど」
「なんだ」
「愛ちゃんが凄いのは分かったけど……愛ちゃんの料理って師匠の味と違うよね。どうして?」
先ほどの説明なら愛は最低でも優介と同レベルになる。
しかし普段の料理は優介が『凄く美味しい』なら愛は『普通に美味しい』と差がある。
身近にこれほどのお手本が要るにも関わらずこの差がなんなのかリナは気になった。
「最初に俺の調理を真似した後、金輪際するなと禁じた」
「どうして? 凄く便利なのに」
「……相変わらずのバカ弟子が」
「バカって――はいリナは良い子に愛ちゃんの応援してきます」
呆れられ反論しようとするが睨まれリナはスタジオへ駆け出した。
「さて、ようやく当初の目的を果たせる」
ドアが閉まると優介は恋に目で合図。
恋も先ほどのやり取りで理解できたのか一応確認。
「愛がいないのにいいの?」
「そこにいるだろ」
優介がテレビを指さし恋も納得。
テレビ越しでも愛はここに居る、別の方法で特別なお客さまの対応をしていると判断。
では――と恋は気持ちを改め、一人オロオロしているソフィに一礼。
「本日ご予約していただいたソフィ・カートレット様ですね」
「はい? 予約……ですか?」
「まさかソフィさんがお客さまだったなんて思わなかった」
お決まりの接客にソフィは首を傾げ、恋は予想外の相手に苦笑。
「いいからさっさとしろ」
「はいはい。んじゃ、お店じゃないけど、ごあんな~い!」
優介に促され恋はソフィの手を引き椅子に座らせた。
「あの……これはいったい……?」
「ま、当然の疑問よね。ユースケ、いいんでしょ?」
「今更だ」
「だよね。えっとね、実は日々平穏には裏メニューがあるの」
お墨付きを貰い恋は説明を始めた。
誰しも懐かしい味、思い出の料理がある。
優介は相手の目からそのレシピを読み取る能力を持っていた。
ココロノレシピ――思考に残る料理の形や味だけでなく、料理人の込めた想いまで読み取り完璧に再現できる。
そして必要なお客さまがいれば招き、懐かしい味と時間を楽しんでもらう日々平穏の裏メニュー。
「相手の目から作り方を読み取り……作った料理人の想いまで再現できる……」
全てを知り唖然とするソフィだが同時に新たな疑問が。
「……どうして私がそのお客さまに?」
つまり自分はその特別なお客さまに選ばれたことになる。
懐かしい味と時間を楽しむ必要があると判断されたのだが、ソフィには心当たりがない。
「では尋ねる。カナンが目指しているのは世界一の料理人なのか」
「はい。お嬢さまは世界一の料理人を目指し、これまで努力を重ねて――」
「テメェが間違っているからカナンが間違っているんだよ」
肯定するソフィの言葉を遮るように優介は否定した。
「先ほど恋が言ったようにココロノレシピはその料理のレシピだけでなく、料理人の心も読み取れる。当初はカナンの目を覚ましてやるつもりだった。あいつが忘れていた本当の心、恐らくカナンが師と崇めている素晴らしい料理人の心の味をもう一度食させてやろうとな」
「お嬢さまの……それはアリスさまのことでしょうか?」
思い当たる人物の名を口にするソフィだが優介は無視、テレビへと目を向けた。
「だがテメェの話を聞いて気が変わった。カナンに必要なのは師の心じゃない」
◇
(認めない認めない認めない――!)
スタジオではカナンが調理を続けていた。
やはり数秒遅れで愛が同じ肯定をするがもう気にしない。
カナンの心には世界一の料理人になる――その信念のみ。
彼女には尊敬する師匠がいた。
十年前、カナンとソフィがスクール帰り偶然知り合った一人の老婆。
その老婆の作る料理は軽食でも家のシェフ以上の味で、その美味しさにカナンは驚き、気づけば師と仰ぎ料理を習うようになった。
調理学校に通ったのも師匠の薦めだ。
全寮制で名門と呼ばれる調理学校に師匠の推薦で入学。
師匠の期待に応えるべくカナンは人一倍努力した。
もっと腕を磨き、成長した自分を見てもらいたい。
より美味しい料理を食べてもらいたい。
その一心で努力を続けた。
だがその夢は果たせていない。
入学した二年後、師匠は余命を全うし自分の手の届かない場所へ旅立ってしまった。
それでもカナンは立ち止まらなかった。
世界一の料理人――いつか師匠の墓前へ、その称号という花を添える為に。
(だからこんなところで私は負けられないのよ!)
アリス・レインバッハと入学前に約束した誓いを胸に、カナンは調理を続けていた。
◇
「ソフィ、そのアリスという料理人は今どこに居る」
唖然としていたソフィに突然優介が問いかける。
「アリスさまは……その……二年ほど前、お亡くなりに……」
「やはりな。あれほど素晴らしい料理を作る師が居ながら、カナンが間違ってしまうのは他に理由は無いだろうと思っていた」
「ですがどうして優介さんがアリスさまのことを?」
「この能力は相手の心に残る料理と、料理人の心を読み取る。以前、見えたんだよ。カナンの心に残る師の料理を、その心全てが」
「お嬢さまの心に残る料理……あ、あの! お嬢さまはいったい何をお忘れなのですか? アリスさまの心とはいったい……っ」
我慢できず立ち上がり問いかけるソフィだが、優介は背を向けた。
「言ったはずだ。今のカナンに必要なのは師の心じゃない。どれだけ尊敬しようと、どれだけ思い焦がれようとあいつの師匠はもういねぇ。死んだ人間は何もしてくれねぇんだよ」
「ですが優介さんならアリスさまの料理をお嬢さまに――」
「今のあいつに必要なのは、居なくなってしまった姉の心だ」
「姉の……心」
ハッとなるソフィを尻目に、優介は置いていたバッグから包みを取り出す。
そして包みをソフィの手に乗せて。
「開けてみろ」
「…………」
無言で言われるまま包みを開くソフィの目が見開いた。
包みの中には麦クッキーが。
焦げ付きや型崩れはあるも、色とりどりの形をした可愛らしい麦クッキーがソフィの記憶を刺激する。
「これは……お嬢さまの……」
そう、この麦クッキーにソフィは見覚えがある。
これはカナンが自分へ初めて作った料理。
『――お誕生日おめでとう、ソフィ!』
カナンは優しい言葉とこの麦クッキーをプレゼントしてくれた。
後にアリスが教えてくれたが、彼女は数日前から自分へのサプライズプレゼントとしてこっそり練習していたらしい。
それまで料理をしたことがなかったカナンがアリスに教わりながら一生懸命に、楽しそうに、何度失敗しても諦めずただ一つの想いをこめて。
「言うまでもないが、そのクッキーにはカナンの心が詰まっている」
温かな想い出に呆然としているソフィに向けて優介が教えてくれた。
「優介さん……それは、どのような心でしたか」
「……テメェが一番分かっているはずだがな」
問いかけに優介は呆れるようにため息を吐く。
この麦クッキーを読み取った相手――ソフィ本人に聞かれているのだ。
だがソフィはどうしても知りたかった。
あの時の暖かい味の隠し味を、カナンの気持ちがいったい何だったのか。
「まあいい。一度だけだ」
ソフィの気持ちを汲み取ったのか、優介は面倒げに
「師のような夢溢れる料理を、大好きな姉に食べてもらいたい」
読み取った心を言葉にした。
「あの子が……そのような」
「……仕来りを重んじるのはいいだろう。だが、それは二人の絆よりも守るべきものか」
隠し味を知り呆然とするソフィに優介が問いかける。
「そっか……ようやく納得」
今まで静かに傍観していた恋は理解した。
あの同胞という意味はきっとカナンと自分が似ていると感じたのかもしれない。
尊敬する師匠がいて。
でも突然いなくなって。
一人で師の背中を追いかけることになって。
だから優介は心を軽んじるカナンを許せなかったのだろう。
故に師匠であるアリスの料理を再現し、彼女にとって大切な心を思い出してもらおうとしていた。
しかしカナンとソフィが姉妹のような関係から仕来りによって主従関係になってしまったことを知り、本当に必要な心が見えた。
それはきっと優介が今、師匠がいなくても大切な誰かが――愛や孝太、好子、弟子のリナに……もしかしたら自分もいるから間違わずに師の背中を追いかけているように。
これからも優介と同じようにカナンが師匠の背中を追い求めるなら、メイドとしてでなく姉としてのソフィが必要だと。
「今のカナンの料理が素晴らしいのは認める。だがテメェにとって本当にそのクッキーよりも素晴らしいのか」
「……あ」
恋が見守る中、優介の手がソフィの前髪をそっとたくし上げる。
「綺麗な目だ」
「優介……さん?」
「その鬱陶しい前髪を上げてよく見てみろ。お前の美しい瞳なら、俺のようにこんな能力がなくとも見えるはずだ」
現れた瞳を真っ直ぐに見つめ優しく微笑み、優介はソフィから離れ――テーブルに一枚のメモを置いた。
「そして見えた妹の心を……姉として思い出させてやれ」
「…………」
「恋」
「ほーい。それじゃあソフィさん……いい夢、見てくださいね」
最後の締めの台詞を恋が口にし、優介と共に楽屋を出て行く。
残されたソフィはメモを手に取り目を通した。
「これは……」
そして優介が最後に残してくれた言葉を理解する。
今すべきこと。メイドではなく姉として、大切な妹にしてあげたいことを。
だがその前に、ソフィは麦クッキーを一つ口にした。
「あの子も最初は失敗ばかりでしたね」
苦みとパサパサとした感触が口の中に広がる。
お世辞にも美味しいとは言えない、懐かしいクッキーの味を。
「でも、私には世界一の味です……カナン」
忘れていた温かな気持ちまでゆっくりと最後まで味わい、泣きながら微笑んだ。
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