サイアクノリョウリ
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本番二〇分前。
「リナ、私と変わってください」
「へぅ?」
愛の申し出にリナは間抜けな声を漏らす。
無理もない。本番を前にスタッフの指示を受けていると突然愛が現れ、優介と入れ替わったばかりの自分とまた替われと言っている。
しかもどこで着替えたのか自前の調理服姿。
「リナと替わるって愛ちゃんが番組に出るってこと?」
「そうですが? すみません、諸事情の為選手交代です。それと調理場のセッティングについて少しばかり変更をお願いします」
更にスタッフへ申告。
そのスタッフも愛の淡々としながらも有無を言わせない迫力に従い、慌ただしく走り出した。
「…………急にどうしたの?」
一部始終をただ見ていることしか出来なかったリナが問いかけると、愛は目を伏せる。
「どうしても納得できないのです」
「納得……?」
「優介さま以上の料理人がこの世にいること……カナン・カートレットに劣っているという事実が私はどうしても納得できません」
それは以前、保健室で聞いた愛のこだわり。
「優介さまは自分が負けると仰っています。謙虚なのは優介さまの美徳、ですがいくら優介さまのお言葉でも私は認めたくありません」
優介とカナン、どちらが優れた料理人か?
愛はずっと悩み、信じていた。
「私は優介さまの……あの優しい味こそ、世界で一番の料理だと信じています。だから優介さまに替わって私が……私が証明したい」
「愛ちゃん……」
「だからリナ、どうか私に優介さまの替わりを……任せてください」
最後は深く頭を下げて懇願する。
愛が出ることでどう証明できるのかリナには分からない。
だが――
「うん、交代しよ」
自分の九九パーセントが優介への愛で形成されていると豪語する愛に頼まれては、断ることが出来なかった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあリナお邪魔になるから楽屋に戻るよ。愛ちゃん、頑張って」
「はい」
エールを送りスタジオから出ようとするリナだったが、不意に立ち止まり
「でも交代する気なら最初から教えて欲しかったよ。いきなり愛ちゃんが来るからビックリしちゃった」
調理服といい先ほどスタッフに渡した自前の包丁セットと準備万全なのは、思いつきではなく最初から交代するつもりで用意していたからで。
せめて親友として事前に伝えて欲しかったと苦笑するリナだが。
「本当はどうするべきか悩んでいました……ですがあのような挑発をされては引き下がれるわけがありません」
「なんのこと?」
いまいち要領の掴めない言葉にリナは首を傾げるも、愛が目を閉じ集中してしまい聞くことは出来なかった。
「……なにが一緒に謝罪する、ですか」
一人になった愛は目を閉じたまま小さく呟く。
優介の命令に背くことに悩んでいた自分に、最後の最後で迷いを消した恋のお陰だとどうしても口にしたくなかった。
◇
「チョット! これはどういうことナノ!」
リハーサルと違い優介ではなくリナの名前がコールされ、挙げ句別人の登場に収録中なことも忘れてカナンは司会へ猛抗議。
『では、ご説明いたしましょう』
だがそこはプロの司会者、怒りで詰め寄るカナンも何のそので予定通りに進行していく。
『実は今回の挑戦者はこちらにいるカナンシェフも認める、同じく現役高校生の天才料理人が出演する予定でした』
「ワタシはあいつのことなんか認めてナイ!」
『ですがその方がどうしても外せない用があると言うことで――』
「さっきいたでしょ! ソコニ!」
『今回はなんと! そのお弟子さんが師匠に替わって挑戦して頂くことになりました! みなさん、美しき師弟愛に拍手!』
「ワタシの話を聞きなさいよー!」
カナンの突っこみを無視して会場内は爆笑と拍手で大賑わい。
ドッキリは見事に成功して司会者を始め、スタッフも大満足だが
「そもそもあの子は弟子でもないじゃない!」
話にならない司会者から狙いをリナ改め愛へチェンジ。
「アナタ……アイだったわね? それでも変装してるつもり?」
「いいえ私はリナです」
「ウソ言わない!」
「はい嘘です」
「アッサリ!」
簡単に認められ目を丸くするカナンの前で愛はヴィッグとメガネを外した。
「別にリナのつもりで変装したわけではありません。私の本名と顔をテレビにさらすと快く思わない方がいるので……まあ、この程度の変装で気づきもしないでしょうけど」
「なんのことよ……で、何でアナタがいるのよ? ユウスケはどうしたの?」
「あなたごとき料理人、わざわざ優介さまが相手をする必要もないでしょう。私で十分です」
「な――っ! アナタ誰に言ってるのっ? ワタシは……!」
その過小評価にカナンは怒鳴り散らすが最後まで続かなかった。
目の前に立つ愛は無表情。
しかしその瞳から伝わる優介以上の迫力――恐怖に冷や汗まで出てくる。
『では今回の料理は……ハンバーグだ!』
静かになるカナンを納得したと捉えたのか司会者がお題のメニューを発表。
説明を聞く会場を尻目に愛は再びヴィッグとメガネを装着。
「さてカナン・カートレット。私の、最悪の料理を見せてあげましょう」
そして微笑を浮かべ進行通りキッチンへ向かう。
「いいわ……ユウスケの前にアナタに吠え面をかかせてあげる!」
カナンも気持ちを落ち着け自分の持ち場へ。
二人がキッチンに立つのを確認し
『では、レディ……キッチン!』
司会者の合図で愛とカナンが調理を開始した。
◇
スタジオで愛とカナンが衝突している頃、楽屋は重い空気に包まれていた。
「で、お前はノコノコ戻ってきたのか」
「……はい」
直立不動のリナの目の前には不機嫌を露わにした優介。
自分の知らないところで勝手な行動をした愛とリナに大変ご立腹のようで、楽屋に顔を出すなり睨みつけられ、その怒りにリナはすぐさま事情を説明。
「で、でもね師匠。愛ちゃんどうしても師匠がカナンさんより劣ってるのが納得できないから自分の力で証明したいんだよ」
「…………」
「だから師匠……愛ちゃんのこと怒らないであげて。お願いします」
親友を庇い頭を下げるリナを見つめたまま優介は何も言わない。
師弟のことは口を出さないと恋も見守る中、沈黙は続いていたが突然ノックの音。
「あの……失礼します」
ドアが開きソフィが申し訳なさそうに入ってくる。
「これはいったいどういうことでしょう? どうして優介さんが……えっと……」
ソフィもまた収録をチェックしていたが想定外の状況に困惑し確認に来たのだが、楽屋内の空気に尻すぼみしていく。
「……まあいい。お前達二人の処分は後だ」
優介がため息と共に怒りを吐き出すとようやく楽屋の張り詰めた空気が霧散する。
「どういうことも何も、俺も今知ったんだがどうでもいい。取りあえず思い知らせる準備だ、ソフィ」
「は、はい!」
「……なぜ怯える?」
「あんたが怖い顔してるからよ」
リナと同じく直立不動になるソフィに首を傾げると恋から突っこみ。
「で、思い知らせるって何のことよ?」
「ああ……」
『おぉー!』
恋の問いかけに優介が答えようとするがテレビから驚きの歓声が上がり、どうしたとリナとソフィが視線を向け観客同様信じられないと驚愕する。
「え? なに?」
「これはいったい……」
画面はカナンと全く同じ調理工程を続ける愛の姿が映っていた。
◇
(いったいなんなのよアイツ……!)
観客の声も耳に入らずカナンは動揺していた。
料理の超人は視聴者に料理人の技術が観られるようキッチン周辺には三人のカメラマンが常にベストなアングルで撮影している。
またその映像は互いのキッチンの上に設置されてモニターで確認できるようになってた。
違和感は開始まもなく。
下拵えを済ませて愛のお手並みをモニターで確認すれば目の前と同じ光景が映っていた。
最初は回線不良かと思ったが、その後自分の行う行程を数秒遅れでモニターが映しているではないか。
よく見れば画面に映る手や包丁などの器具も自分の物ではなく、疑問を感じて数メートル先のキッチンへ目を向ければ愛も自分を見ていた。
そして再開し自分が動けば遅れて愛も動く。
ニンジンを切れば同じような手さばきでニンジンを切り、ソース作りを始めれば同じくソースを作る。
しかも材料の切る形、調味料の配合も完璧に同じ。
まるで時間差の鏡を見ているようだ。
『こ、これはどういうことでしょう……カナンシェフとリナシェフが、全く同じことをしています』
この不思議な光景にテンションの高かった司会者も唖然。
どうやら自分だけでなく、周りも同じように感じていること――世界一と信じて疑わない自分の腕を真似されているという事実が、プライドの高いカナンを傷つけた。
「~~~~! アナタなんで同じ料理作ってるのよ!」
ついに我慢できなくなり抗議するカナンだが
「同じメニューを作っているので当然でしょう?」
小首を傾げて愛は平然と返した。
「じゃなくて! どうしてワタシと同じ調理法をしてるかってこと! まさかワタシの調理工程見たまま真似してるわけじゃないでしょうっ?」
「真似してますけどなにか?」
「な――っ!」
「私、やれば出来る子なんです」
「モノには限度があるわよ!」
やはり平然と返されカナンは思わず突っこんだ。
愛の告白にスタジオ内は騒然とし、司会者も興奮を露わに愛の技術を絶賛する始末。
「まさか本当にワタシの……そんなことできっこナイ!」
自分の調理技術を簡単にコピーされることを否定し、カナンはニンジンを手にした。
「どんなカラクリがあるか知らないけど……これは真似できないでしょう!」
素早い包丁さばきでニンジンに切れ込みを入れていくと――ニンジンが薔薇の花に変わった。
「ふふん。どう? これも真似でき――」
「出来ますが?」
手のひらにニンジンの薔薇を乗せ得意げに笑うカナンだったが、愛の手のひらにも同じくニンジンで象られた薔薇が。
その完成度は全く遜色ない出来、スタジオ内は騒然とした。
「さすがにこの飾り包丁だけは三日ほど練習しました。さすが世界一の料理人ですね」
「み、三日……? たったの三日で……?」
この包丁細工はカナンが何年も掛けて会得した高等技術。
調理学校時代に同僚とより差をつける為に、自分の武器として磨きを掛けていたモノだ。
それをたった三日の練習で完璧にコピーされてしまった。
愛の賞賛にカナンはショックの余り包丁を落とす。
その底知れぬ才能に恐怖するカナンに向けて愛は微笑みを浮かべた。
「さあ、あなたの自慢する世界一の料理の腕を、もっと私に見せてください」
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