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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ4 ワスレナクッキー
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リョウセイバイ

アクセスありがとうございます!



「…………そんな」


「リナちゃん!」

「リナ!」


 その行動にリナの膝が折れ地面にへたり込み、恋と愛が慌てて駆け寄る。

 だが二人の声にも無反応でリナは地面に落ちた丼の破片と天丼だった物を見つめたまま呆然として動かない。

 無理もない。食べてもらおうと心を込めて作った料理を一口も食されずに粗末にされたのだ。

 今まで失敗作でも最後まで食べてもらえていたリナにとって、これほど辛い諸行はない。


「お嬢さま! せっかく用意していただいたものになんてことをするのですか!」

「うるさい! アナタまでワタシをバカにするのっ?」

「バカになんてしていません!」


「おいおい……これは酷くないか」


 主の行為にソフィも怯まず叱責するが今のカナンは聞く耳持たず。

 これまで傍観していた孝太もさすがに批判の視線を向けていたが


「……マズイね」


 隣りにいた好子が珍しく危機感を露にした瞬間。


「どいつもこいつも――んぐっ!」


 勢いのまま叫び続けていたカナンの体が突如壁に叩きつけられ、苦悶の声に変わった。

 いつの間にか優介がカウンターから移動していた。

 そしてカナンの胸倉を掴み、壁に叩きつけたのだ。


「…………テメェ、なにしてんだ」


 低く、静かな問いかけ。

 それだけでカナンは歯をガチガチと震えてしまう。

 カナンだけじゃない。

 側にいたソフィもヘナヘナと床に腰を落とし、恋と愛すらも体が震えている。

 今まで見たこともない優介の怒りに当てられて声すら出せない。


「……あ、えっと……鷲沢? さすがに女の子相手にやりすぎじゃ……」

「料理人に女もクソもあるか」


 そんな中で我に返った孝太が何とか止めに入るも見向きもせず即答。


「何より自慢の弟子を冒涜されたんだ、ムカつかねぇ師匠がどこにいる」

「……納得」

「し、しょう……」


 親友の怒りの理由に孝太は苦笑し、今まで無反応だったリナの瞳から悲しみではない涙が零れた。

 だが優介の怒りは収まることなく、再びカナンを睨みつけゆっくりと口を開く。


「一口食って気にいらねぇなら料理人が悪い。だがな……食う前から粗末にするのはただの冒涜だ」

「あ……ひ……っ!」

「この料理はバカ弟子がテメェに用意した。確かにまだまだ未熟だ、それでも未熟なりに心を込めて料理したんだよ。それを一口も食わずに粗末にしやがって」


 淡々と紡がれる言葉をカナンはただ怯えて聞くしか出来なかった。


 だが――


「そんなこともわからねぇテメェが料理人だと? ふん、笑わせるな」

「……ワタシは……料理人よ!」


 嘲笑された瞬間、カナンの瞳に強さが甦り真っ直ぐ優介の瞳をにらみ返し反論させた。


「世界一の……料理人なんだから! 誰にも……誰にも否定……させない!」


「――――くっ」


 同時に優介は目に手を当てて怯み、同時に開放されたカナンの体が床に落ちた。


「お嬢さま――!」


 優介の怒りが消えたからか、メイドとしての忠誠かソフィが弾けるようにカナンの元へ。


「お嬢さま大丈夫ですか? どこか痛いところは?」

「ワタシ頑張ったんだ……一人の世界で……」


 咳き込みながらも呟き続けるカナンの強い思いにソフィの瞳が滲んでいく。


「…………カナン」


「なるほど、そう言うことか」


 寄り添う二人を見つめていた優介が不快感を露に吐き捨る。


「いいだろう……思い知らせてやるよ」


 そしてカナンを見据え不適に笑った。


「同胞のよしみだ。テメェの心がどれほど腐ってるのか俺が思い知らせてやる」

「同胞……?」

「どういうことでしょう?」


 優介の宣戦布告に疑問をもつ恋と愛だが、先ほどの怯えが嘘のようにカナンの表情が華やいだ。


「あら、思い知るのはどっちかしら?」


 立ち上がり不敵な笑みを返すカナンだが優介は何も言わない。


「…………」

「…………」

「…………ぅ」


 同時にようやく念願が叶ったことで冷静になり自分のしでかした行為による周囲の視線がとても痛かった。


「ふ、ふん! 料理人としての格の違いを思い知らせてやるんだからぁぁぁっ!」

「えっ? お嬢さま私を置いて行かないでくださいぃぃぃっ!」


 居た堪れなくり逃げるように店を飛び出すカナンを慌ててソフィも追いかけ、ようやく店内は落ち着きを取り戻すも微妙な空気。


「やれやれ。さっさと飯にするか」


 そんな空気を振り払うように優介は思いため息を吐き床に散らばったままの丼を片付け始める。


「……あ、ユースケそれはあたしが――」

「優介さま、私にお任せください」


 名乗り出る恋より早く愛は箒とちりとりを手に片付けを変わり、ゆっくりと立ち上がるリナに視線を向けた。


「残念でしたね。せっかく用意した料理を……このような」

「愛ちゃん……大丈夫だよ。カナンさんに怒られたのは悲しかったけど……でも、リナ嬉しかったから」


 励ましにリナは首を振り、強がりではない普段通りの無邪気な笑顔を浮かべる。


「嬉しい? はて、あなたは変態ロリ巨乳なだけでなくマゾでもありましたか」

「師匠がリナの為に怒ってくれたからだよ!」


 突っこみつつリナは優介へと視線を向ける。

 なにより料理を大切にする優介なら粗末にしたカナンを許せなく、怒りを覚えるのも当然のこと。

 だがリナはその中に師匠として許せなかったこと、自慢の弟子と言ってくれたことが心から嬉しかった。

 正直、料理には申し訳ないが師の心を知れたことはリナにとって良い結果かもしれない。


「師匠……リナ凄く嬉しかったんだ。ありがとう」


 故に心からのお礼を口にするが、何故か優介は表情を歪ませ


「俺としたことが……自慢とバカを言い間違えた」

「どういう意味っ!」


 本気の後悔にリナが突っ込むが優介は無視、そのまま恋へと向き合う。


「恋」

「ん、なに?」

「俺を殴れ」


「………………は?」


 その申し出に恋は硬直するが優介は構わず続けた。


「遠慮はいらん。全力でこい」

「あ……え? いや……なんで?」

「さっさとしろ」

「でも……え?」


 催促されるも殴れるわけもなく戸惑うばかりの恋に優介は小さく舌打ち。


「もういい。愛、俺を殴れ」


「…………はひ?」


 続いて指名された愛は恋以上に間抜けな表情で硬直。


「ああ、指を痛めたら困るな。蹴りでいい、全力で俺を蹴れ」

「け……ける。私が優介さまを……」

「さっさとしろ」


 苛立つ優介に睨まれていた愛は意を決し――


「そそそそそれはつまり優介さまにそのようなご趣味があると? ならば私も全力を持って挑む所存ですがですがですが私としてはどちらかと言えば優介さまにしていただきたいともうしますかむしろ優介さまはそちらではなくこちらの属性と思っていたので私と相性が良いと嬉しく日々いつか訪れるチョメチョメを想像し心待ちにしていたのですがいきなり逆転してしまうと心の準備を改めて挑まねば失敗してしまいますああですが優介さまのご命令に背くことはできません私は覚悟を決めてこの場で――」


「だー! 愛はなに口走ってんのかな!」


 怒濤の勢いで自分の恥ずかしい思想を暴露し始めたので耐えきれず恋が突っこんだ。


「ちょっとしっかりしなさい! ていうか顔あかっ!」

「しかししかしレンレンしかしですね――」

「レンレンってなんだ気持ちわる!」

「あなたも私と同じこちら思想でしょう? ならば私の気持ちはわかるはず踏みにじられると思っていたのに私が蹴るなんて蹴るなんて蹴るなんて!」

「それは……いやいやいやなんであたしにまで変態の烙印押しつけてんの!」


 今までにない錯乱状態の愛に恋までの飲み込まれてどんどん墓穴を掘る恋愛コンビ。


「なんでもいいからさっさとしろ」


 そんな二人の会話に全くついていけず優介はため息を一つ――同時に


「はいな~」


 バキッ


 好子の間延びした返事と共に上段蹴りが優介の顔面にヒット、鈍い音が。

 その衝撃に吹き飛ばされた優介の身体はそのままテーブルをなぎ倒し更に大きな音が店内に響いた。


「なにしてるんですか好子さん!」

「なにをしてるのですお姉さま!」


 突然の行動に恋と愛も我に返り詰め寄るが好子は首を傾げるのみ。


「だって蹴ってほしいみたいだったから」


「「にしても限度があるわ(あります)!」」


「ししょー……大丈夫?」


 恋愛コンビのハモリ突っこみを余所に、倒れたテーブルを避けつつ立ち上がる優介にリナが心配し歩み寄る。


「手に怪我はしていないようだからな、料理に支障はない」

「鼻血のことなんだけどなぁ……」

「ちっ……仕事着についてやがる。ほこりも酷いな、仕事前に着替えるか」

「だから、まず治療じゃないかなぁ」


 リナの心配とは別に注意を置き優介は居間へと向かう。


「どんな理由でも暴力は良くない、ばあちゃんの口癖だ」


 恋愛コンビにお説教されていた好子が優介に向かってウィンク一つ。


「ケンカ両成敗、満足かにゃ~?」

「テメェに成敗されなきゃな」


 問いかけに優介もほくそ笑んだ。


 ◇


「ほんと、今日は色々あったね」


 営業も終わり、いつものように見送ってくれる優介に恋は苦笑する。


「全くだ」


 面倒げに返す優介の左頬には大きなバンソーコーが張られていた。

 むろん好子の蹴りによって治療を受けたもの、その腫れ具合から昔空手をしていた恋の見立てで全治三日ほど。


「とにかく、帰ったらちゃんと冷やしなさいよ」

「わかっている」

「それと今日はお風呂に顔つけちゃダメ」

「何度も言うな」

「はいはい」


 これ以上の心配は機嫌を損ねると判断し恋は一度口を閉じ話題転換。


「そういえば同胞ってどういう意味?」

「あん?」

「カナンさんに言ってたじゃない。同胞のよしみだって」

「ああ……たいした意味じゃない」

「隠さなくたっていいじゃない」

「別に隠す気はないが――」


 一度大きなため息を吐き答えようとする優介だが、正面から見える車のライトに気づき恋の身体を抱き寄せ端に移動。

 その行動に恋は恥ずかしげに顔を染めた。


「あ、ありが――」

「……どうやらまだ面倒ごとは終わってないようだ」

「は?」


 礼を言おうとしたが深い下に吐き捨てる優介に首を傾げる。

 同時に前から来る車が二人の前に停車、四季美島では滅多に見ることのない高級車の後部座席が開き


「あ、あの……こんばんわで、こざいます……」


 メイド服姿のソフィが下りてくるなり弱々しく頭を下げた。


「い、いまお店へ向かうところでその……まさかこのような場所でお会いするとは……」

「まだ何かようか」

「ひっ!」


 優介に睨みつけられ(本人は普通に見ているのだが)途端にソフィは涙目に。

 昼間の怒りや心構えの途中で会ったことでいつも以上に怯えるソフィを察したのか、二人の間に恋がフォロー。


「お店が終わるといつもユースケが家まで送ってくれるの。ほら、夜道は危険だからね」

「そうでしたか……あ、宜しければお送りしましょうか」

「必要ない。それよりも用があるならさっさと話せ」


 嘆息する優介に促されるも、今度はソフィも怯えることなく深々と頭を下げた。


「先ほどはお嬢さまが大変失礼なことをして、申し訳ありませんでした」

「わざわざ謝りに来てくれたんだ」

「ふん、本人が来ないと意味はない。そもそも謝罪するべき相手が違う」

「仰る通りでございます……ですが――? 優介さん、そのお顔……」


 顔を上げてようやく優介をまともに視界に入れたソフィが治療の跡に気づいた。


「ほら、カナンさんに酷いことしたじゃない? だから同じように酷い目にあったの」


 無視する優介に変わり恋が経緯を説明。

 不器用で優しい反省を聞き、改めて優介の人柄を知ったソフィから緊張感が抜けていく。


「そのようなことが……あの、優介さん。お嬢さまは本当に反省しています。なので、出来ることなら許して捧げてください」

「許すも何も言ったとおりだ。謝罪すべき相手が――」

「……それと優介さんの言葉にとても喜んでおいででした」

「何のことだ?」

「喜ぶことあったかな? めちゃくちゃ怒られただけだったけど……」


 言葉途中にソフィがどこか嬉しそうに呟くので優介と恋は首を傾げる。


「そのお叱りがお嬢さまにとって喜ばしいのです。性別関係なく優介さんは料理人としてお嬢さまと向き合ってくれました。そして家柄関係なく、本気でお嬢さまを叱ってくださいました」


 フランス名家の令嬢であるカナンには常にカートレット家の名前が付いて回った。

 故に嫉妬や遠慮もあり、また女性としての魅力で今の地位があると修業時代は陰口を囁かれていたらしい。

 それは日々の鍛錬で今の実力を身につけたカナンにとっては不服な名誉。

 だからこそ女だとか令嬢なんて特別扱いしない、一人の料理人として本気で怒りをぶつけてくれた優介の行動が嬉しかったのだろう。


「お嬢さまは口にしていませんが、あれから優介さんの名前を出す時、表情が緩んでいましたから」


 最後は苦笑交じりに締めくくるソフィに恋は感心する。


「カナンさんのこと、よく分かってるんだ。結構昔からの付き合いなんですか?」

「はい。幼少の頃から共に居ました」

「じゃあ姉妹みたいなものってこと?」

「お嬢さまが調理学校へ行くまでは、そのような関係でしたね」

「ん?」

「失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私はソフィ・カートレットと申します」


 妙な言い回しに疑問を抱く恋に、ソフィは一礼し長い前髪をかき上げ目を合わせて説明を始める。


「私の一族は代々カートレット家に仕え続けることから、光栄にもカートレットの姓を名乗らせて頂いています。なので幼少の頃はお嬢さまとは姉妹のような関係でした。ですがカートレット家の仕来りで、今はメイドとしてお仕えしています」

「……よくわかんなんだけど」

「早い話が家柄故の面倒な関係だろ」


 これまで静かに聞いていた優介が面倒げにまとめるとソフィは寂しげに微笑んだ。


「主人の無礼は私の無礼でもあります。ならば私が謝罪をするのもまた当然のこと。優介さん、お嬢さまをどうか許してください」

「お前の拘りを理解した上で、本人次第と言っておこう」

「ありがとうございます」


 充分な返答を得て、ソフィはもう一度頭を下げて車に乗り込む。


「なんていうか、お金持ちも良いことばかりじゃないんだ。姉妹みたいなら姉妹でいいじゃない。なのに今は主従関係なんて、本当に面倒な話ね」


 車が走り去るのを眺めつつカナンとソフィの関係に恋がぼやけば優介が大きくため息。


「ああ……実に面倒だ」



 約束を取り付けたからか、または帰国しているのか以来カナンとソフィが姿を現さないようになり日々平穏は名の如く平穏な時間を過ごしていた。


「今日のおひたしは中々いい味付けだ」

「ありがとうございます」


 一週間後の日曜、一階の居間では優介と愛の朝食タイム。

 ようやく戻った平穏な朝にのんびりとした時間。

 特に忙しい優介が一日のうち、安らげる僅かな時間はいつも長く続かない。

 インターホンも押さず、我が家のように入ってくる足音に二人はため息を吐く。いつものように恋が現れ、同時に賑やかな朝食に変わるのだが。


 今日は違った。


「ちょっとユースケ!」

「……なんだ、朝から騒々しい」

「恋はいつも騒々しいですよ」


 居間に入るなり声を張り上げられ優介と愛は吐露するが恋は無視。


「今朝、光さんからライン来たんだけどあんた料理の超人に出演するのっ?」



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また感想もぜひ!

読んでいただき、ありがとうございました!

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