ハツコイオムライス 2/6
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休憩中なので恋は遠慮なく料理が出来るまで光のテーブルに椅子を寄せて色々と話を聞いていた。
その間愛は勉強を進め、好子は食後のビールを楽しんでいる。
「……おい恋」
しばらく調理の音をBGMにお喋りをしていたが、優介の低い声に店内がシンとなる。
「サボってねぇで仕事しろ。料理できたぞ」
「優介さま、それは私が――」
真っ先に反応する愛だが優介は不機嫌そうに首を振る。
「そこの客は恋が招いた。愛は休んでろ」
「……わかりました」
「さっさと運べ」
その態度に訝しみながらも愛は素直に腰を下ろし、恋も特に不満はないようでカウンターに並べられたご飯や小鉢などを両手に器用に乗せてテーブルへ。
「お待たせしました。日々定食です」
「これはすごい」
次々と並べられていく料理に和美が感嘆の声を漏らす。
白米にお吸い物、季節野菜の天ぷら、白和え、茶碗蒸しに鮎の塩焼きと四季美島の山の幸を使った見事な定食。
「美味しそう! それに盛り付けもきれいで……私よりも年下なのに彼氏さん、お料理上手なんですね」
「へ? いや、あんなの彼氏じゃないですって!」
光の言葉で機嫌よく恋は次の料理を運ぶためカウンターへ向かうが――
「……え?」
次に用意されていた料理にその表情が曇る。
「ユースケ、これ……」
「オムライスだろ。なにか違うか」
日々平穏で出している普段の物とはまったく違うオムライスに戸惑う恋だが、器具を洗う優介は平然と言い放つ。
「ほらほら、さっさと運ばにゃいとね~」
代わりに好子に急かされて恋は戸惑いながらも頷いた。
「あの……お待たせしました」
テーブルに問題のオムライスを置いた瞬間、光の表情が強張った。
それは注文どおりのオムライス。強いて特徴的があるとすれば完璧な円形をしたドーム型をしているくらい。
「どうして……」
なのにオムライスを見詰めていた光は、戸惑いつつもスプーンで一口分を口に運び
「――っ!」
食すと同時に表情が苦悶に歪み、かと思えばズカズカとカウンターへ。
「どうしてあんたが知ってるのよ!」
バンッと荒々しくカウンターを叩きつけ、厨房にいる優介を怒鳴りつけた。
その姿はテレビに映る御淑やかな彼女でもなければ、先ほど恋と話していた柔らかい雰囲気もない。あまりの剣幕に恋や和美だけでなく、我冠せずだった愛までも驚いてしまう。
ただカウンターでビールを飲む好子と片付けを済ませ手を洗う優介は平然としていて。
「なんのことだ」
「なんのこと? あのオムライスのことよ!」
「注文通りのオムライスだろ」
冷ややかな態度に光がグッと拳を握り締める。怒りからか別の衝撃からかわからない体の震えを無視して優介は更に続けた。
「それとも半端なのが気にいらないか。ならちゃんとケチャップで『チチでか女』と書いてやればよかったな」
「やっぱりっ!」
再びカウンターを叩き、先ほどよりも更に強い音が響いた。
「……あなた、知ってるよね」
声は消え入りそうなほど小さく、なんとか搾り出した弱々しいもの。
「ここへきたの? どこへ行ったの? お願い……教えて」
なにを言ってるかわからない。
なにを望んでいるかわからないが、とても大切なことだと感じ取れる。
恋は光に妙な共感を得ていた。
それはきっと、彼女の大切な何かがあのオムライスに関係している。
「なんのことだ」
だが優介はいつものように面倒気な口調で一蹴した。
「俺にはさっぱりだ」
「……っ! そんなに私が嫌いって言ってたのっ?」
光もそんな答えで引き下がるつもりはなく、再び声を荒げた。
ここまでくれば恋も気づいていた。優介はなにひとつ嘘は言ってない、説明することが出来ないだけ。
だから恋は何も言えない。ただ優介が光に罵倒されているのを見ているしか出来ず、愛も好子も同じだった。
「あの……すんません」
そこでようやくマネージャーである和美が動いた。彼女の剣幕に脅えているのかへっぴり腰で、どうやら見た目と違って気の弱い人のようだ。
「ヒカリさん、そろそろ撮影に戻らないと……」
「今はそんなこと――っ」
「仕事です。スタッフに迷惑がかかります」
「くっ……! わかったわよ!」
低姿勢で説得されて光が苦々しくも頷くと、和美も安堵の笑みを浮かべた。
「御代は――」
「いらねえよ。客が満足してないなら必要ない」
「ですが……」
「いいんだって。ほらほら、仕事に遅れちゃ迷惑かかるんよね」
戸惑う和美に好子がケラケラと笑う。彼女だけがなにを見ても変わらずマイペースで、その対応に店内の緊張感が消えていく。
「もちろん今見たことは忘れとく。大変だねぇ、アイドルってのも」
「……助かりやす。さ、行きましょう」
お願いするより先に悟ってくれたことに安心した和美は、悔しそうな光を連れ立って出入り口へ。
「なんだ、食べないのか」
その背に優介が呆れたように呟くと光は立ち止まり、振り返ろうとして――止めた。
「食べれるわけないじゃない。そんな不味いもの」
「……そうか。ま、そうだろうな」
「また来るから」
そして先に外に出てしまい、和美は一度頭を下げて後を追った。
「しっかし、テレビのとずいぶんイメージ違う子だったねぇ」
静まり返った店内で好子が可笑しげに感想を述べると恋はようやく我に返った。
「ユースケ! どうして使ったのよ!」
「なんのことだ?」
「ココロノレシピ! あのオムライスは光さんの思い出の料理だよね?」
「恋、あんたは優介が何の意味もなく料理を作ると思ってるのん」
「そ、それは……」
あまりの剣幕に好子が苦笑交じりに助け舟を出すと恋は押し黙る。
「だよね~。見えちゃったんだから仕方ないっしょ」
ココロノレシピは相手の目からメニューを『知ろう』としないかぎり発動しないが、その料理に対する思い入れが強い相手は目を見るだけで入り込んでくる場合がある。
そんな相手には出来る限り料理を提供してほしい――これは喜三郎から能力を受け継いだ後に祖母のイチ子から頼まれたと、能力について教えられた時に恋は優介から聞かされていた。
「さっきさ、あの子がオムライスって言った時偶然目合って見えちゃったんよね?」
普段より二割り増しで不機嫌そうに優介が頷く。彼にとってもこの遺言めいた条件は不満のようで、故に恋はこれ以上なにも言えず視線を落とすしかない。
「――うい~す」
そんな重い空気の中、能天気に孝太が店内に入ってきた。
「勉強頑張ってるみんな、つーか宮辺に爺ちゃんから差し入れを――」
「ちょうどいい。白河、入れ」
「……は?」
間髪いれず優介にシフトに入ることを告げられ孝太が目を丸くする。
「恋はもう帰れ。ぜんぜん勉強できてないだろ」
「え……。そんなの平気だって、夜やれば……」
「ここは飯を食うところだ。しょぼくれた面の奴がいれば飯がマズくなる。なにより、今のお前は仕事に集中できるか」
「…………」
「納得したなら帰れ。愛、そろそろ開店準備に入るぞ」
「わかりました」
愛は素直に従い、自分と恋の勉強道具を片付け
「お疲れ様です。さ、早く帰って勉強なさい」
「…………わかった」
愛から荷物を受け取ると恋は店を出て行った。
「もーちっと優しく言えないのかねぇ」
「なんのことだ」
「なんたって思い出の料理がオムライス、しかもハルノヒカリのファンみたいだし。気になってしょーがないよねぇ」
「ふん」
「あのさ……俺のシフトは決定してんの?」
いつになくシリアスな優介と好子だったが孝太の場違いな問いかけにため息が漏れた。
「テメェ何してる。さっさと開店準備しろ」
「俺の都合お構いなしかよ!」
「どうせ暇だろ」
「暇じゃねぇよ! 俺はこれから――」
「シフト入ったらボーナスくれるって」
「ボーナス?」
その言葉に孝太がピクリと反応すると、好子は先ほど光たちが座っていたテーブルを指差した。
「……オムライス? 食いさしだけど、まさかこれがボーナスじゃ――」
「さっきちょー可愛い女の子が食べ残してったのよ。しかも巨乳ちゃん」
「――それは困った子猫ちゃんだ」
途端、キリッとした表情になり孝太はオムライスのあるテーブルへと座った。
「食べ物を粗末にするのはこの卵を産んでくれたニワトリさんに申し訳ない。仕方ない……俺が食べるか」
「変態」
普段より二割り増し冷たい愛の呟きも今は聞こえず、孝太は素敵な笑顔でスプーンを手に取る。
「やべ、これって間接キス? でも新しいスプーン出すのも面倒だし……仕方ないか」
「……ド変態」
更に三割追加の呟きも聞こえずオムライスを一口。
「…………?」
すると顔に困惑が浮かび上がり、徐々に汗を流し――
「かれぇぇぇぇぇっ!」
叫んだ。
テーブルのしょう油刺しなどをチェックしていた愛が震えるほど力強い叫びだった。
「かっ! なっ! えっ? ちょっ!」
パニック状態の孝太は何か言いたげで、しかし何も言えずに意味もなく椅子から座ったり立ち上がったりを繰り返し、最後はトイレに駆け込んでしまった。
「…………なんなのですか?」
一連の動きに呆然とする愛だが好子はジョッキ片手に笑っている。ちなみに優介は黙々と準備を続けていた。
「かっかっか! 孝太はいいリアクションすんねぇ。あの子は芸人になりゃいいよ」
「その意見には賛同しますが……何があったのですか?」
「さっき作ってるとこ見たんだけどそのオムライス、ケチャップの代わりにタバスコと豆板醤タップリ使ってんのさ」
「…………」
「ガキみてえな料理作りやがって」
絶句する愛の耳には優介の不満の声が聞こえなかった。
残った日々定食は好子が、激辛オムライスは孝太が(無理矢理)美味しく頂きました。
*
――四季美島に住んでた頃の幼なじみのお爺さんが偉い人で、連絡すると支援してくれた。
おかげで引っ越しを決意してから驚くほどさくさく決まっていく。
あたしの包帯が取れて(眼帯はまだつけてるけど)すぐに島へ引っ越した。
以前住んでた家じゃなくてアパート借りてお母さんと二人暮し。荷物なんてほとんど処分しちゃったから身軽な引っ越しは半日で終わった。
それからお母さんと一緒にお礼を言いに家まで訪ねた。二年前と代わらない無意味に大きい和風の家を見ると、昔はよく探検したなって懐かしさが込み上げる。
あたしはお爺ちゃんにお礼を言ってすぐに部屋を出た。
大人の話は難しいし、お礼を言うことが目的だもん。
それにここには幼なじみもいるし、ちょっと会ってみたかった。三年ぶりだしね。
『上村? うわ、久しぶり!』
記憶を辿って部屋に行けば幼なじみはあたしを見るなりポカンとしてたけど、すぐに顔をほころばせた。一瞬誰だか分かんなかったみただけどあたしはすぐわかった。
だって幼なじみ――白河孝太ってば昔と全然かわんないから。
『久しぶりコータ。でも、あたしもう上村じゃなくて宮辺だよ』
その変わらない仕草に安心しつつ間違いを正してやった。離婚しちゃってあたしは上村恋じゃなくて宮辺恋になったから。
出来るだけ明るく正したつもりだったけど、コータはバツの悪い顔して俯いちゃった。
『そっか……いや、悪い』
『べつに謝んないでいいよ。そっか、コータも知ってるんだ』
前に住んでた町はこの島からずいぶん離れてたから事件のことは知られてない。でも白河のお爺ちゃんには詳細を説明してるから孫のコータも話は聞いてるよね。
『まあな。あ、この島じゃ一部の大人だけ。だから心配すんなよ』
『でも名字変わってるから友達にはバレるかも』
大きな町と違ってこの島には小学校、中学校、高校は一つしかない。ほとんど子供は代わり栄えしないから以前住んでた時の友達は気にすると思う。
『まあ……そんときは普通の離婚って感じでいいんじゃね?』
『普通の離婚ってなによ』
『そりゃあ……』
コータがあたしに視線を向けた。ああ、この左目のこと気にしてるんだ。
『そだね。普通の離婚、だからこの眼が見えないことは秘密ってことでよろしく』
知らないなら知らないほうがいい。あたしは同情されたくてこの島に帰ってきたわけじゃないから。
あれ? ならあたしは――なんでこの島に帰ってきたのかな?
『上……じゃなかった。宮辺がそういうなら秘密にしとくけど……でも、ここのみんなは気にしないと思うぞ』
ふと浮かんだ疑問はコータの気遣いの言葉がかき消した。
うん、そんなの知ってるよ。
ここのみんなが優しい人だって、昔住んでたからよく知ってる。でも、だからこそ変な心配させたくないんだ。
それからコータと色々話した。
お互い三年も離れてたから話題はいくらでもある。
でも気になることが一つ。こんなにコータと話してるのにあいつの名前が一回も出てこない。なんかコータが避けてる感じがする。
あたしにはもう一人幼なじみがいる。物心ついた頃から三人でいつも一緒、なにをするのも一緒って、性別を超えた友情を感じていた仲良し三人組。
もしかしてコータあいつと喧嘩でもしたのかな?
『ねえ……ユースケ、元気にしてる?』
先に痺れを切らしてあいつの名前を口にすると、コータはあたしの名字を訂正した時よりも暗い表情になった。
『あ~……うん。まあ、元気かな?』
『なに? 喧嘩でもした?』
気づかない振りして質問すると、コータは急に真剣な表情になった。
『なあ宮辺……もしかして……』
『な、なによ?』
『もしかして鷲沢に会いたくて帰ってきたのか』
『にゃににょっ!』
突然真剣な顔になったかと思えばなに言ってんのよこのバカコータ!
『わからんでもないけどな。昔から宮辺はあいつにベッタリだったから』
た、たしかにいつも一緒にいたけどさ! それはコータも一緒で……そりゃあ、ユースケは何でも出来て頼りになって……ちょっと目つき悪いけど優しくて……てぇ!
『んなわけあるかぁ!』
『まあまあ、そう怒るなって。冗談だよ』
『言っていい冗談と悪い冗談があるっての!』
結局、そこでお母さんが迎えにきてタイムアップ。あたしは白河家を後にすることになった。
コータの冗談にプリプリしてたけど……ふと思い出した。
どうしてコータはあんな顔したんだろ?
それに帰り際に言った言葉。
『ビックリせずに、昔みたいに仲良くしようぜ』
どういう意味だろ? わかんないけど、会えばわかるよね。
どうせ同じ中学だし、クラス違っても会いに行けばいいだけだもん。
べ、べつに会いたいわけじゃないけどね!
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