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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ4 ワスレナクッキー
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フミニジラレタココロ

アクセスありがとうございます!




 二度目の来訪以来、カナンは日々平穏に現れなくなり優介らは文字通り日々平穏に過ごして――いなかった。


 料理の超人出演との噂は僅か一日で島中に広まり、優介が料理タレントになる、海外の三ツ星レストランにスカウトされたなどと誇張され周辺は賑やかだ。


『鷲沢、オンエア見るからな!』

『鷲沢先輩頑張ってください!』

『しっかし優ちゃんもいよいよ世界デビューか』

『タレントになるのはいいけど店もたまには開けてくれよな』


 そして土曜の午前営業でも、常連客をはじめとする友人知人が来店し食事ついでの激励に来る始末。

 もちろん恋を中心に火消し活動をするも、気の良い島の住民はノリもよく聞く耳持たずで徒労に終わり。


「テレビに出るならちゃんと恵美の紹介してよ!」

「わたしとレオのことも忘れずにお願いします。ゆうすけお兄さん」

「……飯食ったならさっさと帰れ」


 自称お嫁さんの小学生コンビ、恵美と千香子からの激励という名のアピールをする頃には渦中の優介が無視を決め込むようになっていた。


「ゆーすけは恥ずかしがりなんだから」

「でも対決料理の研究で忙しいのかも。恵美ちゃん、そろそろ帰ろっか」

「だね。じゃあゆーすけ、ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


 小学生コンビが手を振って店を出ると優介からため息が漏れる。


「どいつもこいつも暇な奴等だ」

「お店の売り上げが良くなるのはいいけど……さすがにね」

「ただの土曜なのに忙しかったよなー」

「リナ疲れたよ……」


 暖簾を下ろし休憩中の札に差し替える恋は苦笑、カウンター席で孝太とリナがグッタリ。

 本来孝太やリナのバイト組みは恋か愛の休暇、または観光シーズンの出勤なのだが噂により集客率が倍増、急遽呼ぶことになった。


「お疲れさまでしたリナ」

「愛ちゃんありがとー」


 洗い物を終えた愛が用意してくれたお冷にリナは感謝する。


「……愛ちゃん、俺には?」

「自分で用意してください」


 その隣りで孝太が羨ましげに呟けば愛はさらりと拒否。


「リナはこれからまかないの用意があるから特別です」

「へいへい……で、昼飯なに?」


 仕方なく自分でお冷を用意する孝太は、修行としてまかないの指導をする優介に問いかける。


「五人前なら簡単なものがいいな……丼物にするか」

「じゃあリナ天丼がいい!」


 思案する優介にリナが主張。


「……親子丼のほうが簡単だろ」

「でもせっかくだし揚げ物に挑戦したいの。リナが揚げるとなんかべっちゃりするからもっと上手くなりたいもん」

「お前らは異論ないか」


 弟子の向上心を重視して優介が確認するが他の三人も異議なしの声。


「ならバカ弟子、さっさと調理にかかるぞ。五人前の揚げ物は時間がかかる」

「はい師匠!」


 と、リナが気合を入れて厨房に周ると同時に背後の居間から物音が。


「……六人前か。面倒な」

「おやおやん? 今日は随分と大人数さね」


 優介がため息を吐くと戸が開き、好子が現れた。寝起きなのか髪はぼさぼさ、シャツにジャージと相変わらずなズボラぶり。


「観光シーズンでもないのに忙しいのかい?」

「まあな」

「好子さんもご飯食べます? リナが作るからあんまり美味しくないかもだけど……」

「いやいやん。リナちゃんの料理も美味しいから、チョー楽しみにしてるよん」


 自信なさげなリナの背中をポンと叩き好子はカウンター席に座り、愛が櫛を用意。


「お姉さま、髪を直しますので動かないでください」

「ありがとう愛。ん~相変わらず出来た妹で私は嬉しいよ」

「……姉は相変わらずなバカだがな」


 仲睦まじい姉妹に優介が毒舌を吐くも好子は気にせず、恋の用意したお冷を一気に飲み干した。


「ぷはぁ! 喉渇いてたから助かるねぇ。でも私としてはビールがいい」

「まだお昼ですよ……」

「起き抜けにビールって……」


 実にオッサン臭い発言に恋と孝太が肩を落とす。


「でも珍しいっすね。好子さんがこんな時間に起きてくるなんて」

「ほんとはチョー眠い。昨日も寝たの八時だし」

「夜のじゃなくて今朝なら今日っすよ」


 孝太が苦笑するように好子は神条愛子のペンネームで小説家をしている。

 二日前に取材旅行と称したツーリングから帰って以来、部屋に引きこもり執筆活動をしていたので昼夜逆転の生活をしていた。

 なので家にいても店にはほとんど顔を見せず、せいぜい原稿上がりに一杯やる時なのだが。


「だからチョー眠いんだけどさ、愉快なイベントがあるのに寝てちゃもったいにゃいしねー」


「「「愉快なイベント?」」」


 意味深な笑みを浮かべる好子に恋と愛、孝太が首を傾げる中――今度は店玄関が開かれた。


「失礼するわ!」

「あの……お邪魔します」


 意気揚々なカナンと怯え腰のソフィの登場に優介が代表して大きなため息。


「わわ! テレビで見たあの…………メイドさん?」


 対し有名人との初対面のリナは興奮するも、メイド服のソフィに唖然。

 残念な空気になっているとも知らずカナンはお嬢さまらしく優雅に店内へ。


「ユウスケ・ワシザワ、もう逃がさないわよ!」

「別に逃げた覚えはない」

「ふふん、この時間は休憩中だと知ってるんだから。邪魔だなんていいワケも通用しないのよ」

「休憩中と分かってるなら入ってくるな」

「さあユウスケ、ワタシと勝負なさい!」

「聞いちゃいねぇ……」


 三日前と同じく指差し挑んでくるカナンに優介は額に手を当て、にんまり顔の好子を睨みつけた。


「……テメェの差し金か」

「はてさて、何のことかにゃー?」


 怯えることなくとぼける好子だが


「ふ、ふん! そんな顔しても怖くないんだからね! 土日の休憩時間ならヒマしてることと一緒にアナタは生まれつき凶悪な顔してるだけでただのヘタレなのはコウコから聞いてるんだから!」


 ふんぞり返ったカナンが律儀に説明するのでアッサリばれてしまう。


「凶悪な顔……」


 しかし優介は追求するよりも若干落ち込んでいた。


「お嬢さま……分かってても怖いです……」

「…………」


 更にソフィが追い討ち、優介は完全に沈黙してしまい、恋と愛、孝太とリナはその沈みっぷりに声をかけることが出来なかった。


「にゃはは! やっぱ愉快なイベントさね。頑張って起きたかいもあったってもんさ」


 そんな中でも好子は腹を抱えて笑い


「んじゃま優介、勝負するしないは勝手だけど話くらいは聞いてやんな」


 優介に向けてウィンクした。


 ◇


 差し金でも不当な扱いでも好子には頭の上がらない優介は仕方なしにカナンの話を聞くこととなり、リナの指南を愛に任せてテーブル席へ。

 向かいには念願かなってご満悦なカナンと隣に立つソフィ、恋と孝太もテーブル席で見守る中――


「で、何の用だ?」

「言った通りよ、ワタシと料理勝負をしなさい」


 面倒げに優介が問いかければカナンは即答。


「断る」


 だがお返しと言わんばかりに優介も即答。


「どうしてよ! 世界一の料理人であるワタシが――」

「興味ねぇ」


 カナンは両手をテーブルに叩きつけるが優介は再び即答。

 あまりの憮然な態度に目を吊り上げるカナンだが、突然肩の力を抜いてしまう。


「なるほどね。世界一の腕を持つワタシに怖気ずいたの」

「そうかもな」


「え……あれ?」


 余裕の笑みで納得してみせるが平然と肯定されてしまいカナンは呆け顔。


「……ア、アナタもそこそこの料理人のようだけど所詮は定食屋の料理人、世界の腕は怖いのね」

「そうだと言ったハズだが?」

「で、でも世界一のワタシと勝負できるなんて滅多にないチャンスよ? アナタも料理人の端くれなら良い思い出になるんじゃないかしら」

「ボランティアなら俺以外にでもしてやれ」

「あ……うぅ……こ、腰抜け! 勝負もしないで負けを認めるなんてアナタそれでも男なのっ?」

「腰抜けで結構」

「ヘタレ! アンポンタン! オタンコナス!」

「ほう? そんな言葉も知っているとはさすが天才料理人だ」


「~~~~~~っ!」


 平然とした態度を崩さない優介にカナンは悔しさを滲ませていた。

 優介の性格を考慮して挑発すればノッてくるとカナンは予想したのだろうが、彼をよく知る者からすれば甘い考えだ。

 普段から機嫌悪そうで度々叫んでもいるが、実のところ優介は短気ではない。

 一店主としての懐の深さ、加えて忍耐力も高く実際周囲が騒いでも(主に恋愛コンビだが)それなりに我慢している。

 なにより小学生コンビやリナと言ったお子様思考にも慣れているのでカナンの罵倒も子供の戯言と気にも留めないのだろう。


「バーカバーカ! ヘタレ料理人!」

「結局のところ、お前は何が言いたいんだ」


「……なんつーか、可哀想になってきた」

「コータにまで同情されるカナンさんが可哀想」

「おい宮辺、さらりと俺を貶めるな」


 故にカナンの残念ぶりに孝太と恋が哀れみの目を向け見守っている。


「いやー実に愉快さね! さすがメインイベントは一味違うね」


 ちなみに好子は満足そうに笑っていたが


「先ほどから聞いていれば……優介さまへの数々の暴言、もう許せません」


 ただ自分の九九パーセントは優介への愛で形成されていると自称する愛はカナンの発言に我慢できず不快を露にテーブル席へ。


「カナン・カートレット。先ほどの発言を全て撤回し、優介さまへ謝罪なさい」


 突然の介入にキョトンとなるカナンに対し、優介からため息が漏れる。


「……愛。さがってろ」

「いくら優介さまの指示でも従えません。このようなお花畑頭に優介さまが侮辱されるなど……」

「俺は気にしてねぇ」

「私は気にします」

「ほうほう? 愛が優介に自分の主張してんよ。いやーお姉ちゃんとして嬉しいかぎりさね」

「まあユースケのことってのが愛なんですけどね……」


 一年前ではありえなかった光景に好子は素直に喜び、呆れながらも恋が同意。

 相性最悪でも同じ従業員、相方の成長は喜ばしいものだが――取り残されていたカナンは愛の着用している藍色のエプロンドレスに注目。


「アナタ誰よ? もしかしてユウスケのメイド?」


「妻です」

「てぇ! またあんたは!」


 愛のお決まりの妻発言に恋の喜びは簡単に消えてしまった。


「いい加減その妄想止めなさいって何度言ったらわかんのよ!」

「妄想ではなく真実とあなたもいい加減認めなさい!」


「え? ツマ? ユウスケって結婚してるのっ?」


「誰が認めますかっての! そもそもあんた謝罪させたいんじゃなかったのっ?」

「その謝罪をさせようとしたところにあなたが勝手に割り込んできたのです!」


「お嬢さま……日本では男性の方は一八歳にならないと結婚できませんよ」


「じゃあさっさと謝罪でもなんでもさせなさいよこの泣き虫猫!」

「ならばさっさと引っ込んでなさいこの泥棒犬!」


「そうなのソフィ? じゃあ妻ってどういうこと?」


「だいたい愛は――!」

「そもそも恋は――!」


「さぁ……? あ、もしかして婚約者の意味では?」


「んなわけあるか!」

「大正解です!」


「どっちなのよー!」

「お嬢さま……この人たち怖いです」


「かっかっか! やっぱ恋愛コンビいいねぇ。最高さね」


 お約束の恋愛コンビの言い争いに混乱するカナン、ただ怯えるソフィと何ともカオスな展開にご満悦なのは好子のみ。


「……俺はこの茶番にいつまで付き合えばいいんだ?」

「ご愁傷様」

「やれやれ」


 孝太が手を合わせれば優介はカウンター席に移動、同時に厨房からリナが出てきた。


「愛ちゃん……リナほったらかしなんだけど」

「バカ弟子か。そういやお前もいたな」

「リナ忘れられてたよ! 一人で頑張ってお料理したのに!」

「で、一人で精進した成果はどうなんだ?」

「えっと……まあまあかな?」


 恐る恐る優介の前に丼を置いたリナは続いて孝太と好子に。


「愛ちゃんと恋ちゃん先輩も……聞いてないよね?」


 今だ言い争いを続けている恋と愛の分をテーブルに置いて、更に二つの丼を用意。


「よかったらカナンさんとメイドさんもどうぞ」

「……ワタシに?」

「私にも……ですか?」


 予想外の相伴にカナンとソフィが目を丸くする中、リナは無邪気な笑顔を浮かべる。


「うん。リナたちがご飯食べてるのに二人だけ何も食べないのはどうかなって。ご飯はやっぱり大勢で食べたほうが美味しいし」

「……ふん」


 勝手な行動でも弟子の気配りに優介は優しい微笑を見せるがリナは気づいていない。


「あ、でもお昼食べちゃってるかな? お腹いっぱいなら無理して食べなくてもいいからね?」

「いえいえ、私にまでお気遣いありがとうございます」


 その行為にソフィは素直に感謝して深々と頭を下げるが、カナンは丼を一瞥するのみでリナに視線を向けた。


「ところでアナタ誰?」

「リナは鳥越リナ。師匠の弟子なんだ」

「師匠……? もしかしてユウスケに料理を教わってるの?」

「そーだよ」

「ユウスケの弟子……ねぇ」


 誇らしげに胸を張るリナに対しカナンは丼の蓋を開ける。

 湯気立つ白米に乗る海老、サツマイモ、椎茸、三つ葉と四種類の天ぷらに――嘲笑した。


「なによこれ?」

「天丼だけど……フランスにはないのかな? えっと天丼って言うのはね――」

「ワタシは世界一の料理人、天丼くらい知ってるわ。ワタシが指摘してるのはこの料理のデキよ。なによコレ、衣は油でベチャベチャ、タレをかけすぎて彩りも悪い。しかもアナタこの天ぷら全て同じ温度で揚げたでしょ?」

「そうだけど……ダメなの?」

「ダメに決まってるじゃない。揚げ物は材料によって油の温度、揚げる時間を全て変えないとカラッと揚がらないし味を落とすわ」


 後ろ髪を払い得意げに語るカナンにリナは感心して何度も頷き


「そうなんだ。だからリナが揚げ物するとベチャベチャになるんだね。勉強になったよ、教えてくれてありがとう」


 純粋無垢な笑顔でお礼を言うがカナンのこめかみがヒクリと動く。


「さすがプロの料理人さんだよ。観るだけでわかるなんて師匠みたい」

「…………アナタもワタシをバカにしてるでしょ!」


 更に素直な感想を口にすればカナンの瞳が釣りあがった。


「え、リナしてないよ? だって――」

「だって師匠の敵であるワタシの言葉を鵜呑みにしてお礼なんておかしいわ! なによりワタシとあんな男を一緒にしてる!」


 慌てて弁解するリナの言葉も聴かずカナンは癇癪を起こしてしまう。

 リナとしては純粋に賞賛したのだが、純粋な気持ちは時として相手に負の感情を与えてしまう。

 優介にされたこれまでの扱い、恋や愛の無視とプライドの高いカナンにとっては経験のない侮辱だった。

 そこへ勝負を挑んだ相手の弟子の態度が彼女のプライドを完全に傷つけてしまった。


「お、お嬢さま……この方も別に――」

「ソフィは黙ってなさい!」


 主の気持ちを察したソフィがフォローしようとするが、今のカナンにはリナの援護をしているようにしか思えずヒステリックに叫ぶ。

 今までと違う怒りに恋と愛も言い争うのを止める中、カナンは不快を露に優介を睨みつけた。


「アナタが勝負を拒んでるかようやく理解したわ。この程度の料理しか作れない弟子なら、師匠のアナタもたいした事ないのね」


 そして――


「こんな料理……誰が食べるのよ」


 ガシャン


 勢いそのまま丼を払いのけた。


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