ザンネンナフタリ
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一年一組の教室でも生徒たちは噂で盛り上がっていた。
特に一年前、調理実習で優介が代行した際にファンになった女子三人組は憧れの先輩がテレビに出るという噂に色めき立っていた。
「ねぇねぇ! 鷲沢先輩がテレビに出るって本当?」
「さすが鷲沢先輩だよね!」
「これで有名になったらどうしよう! 今からサインもらったほうがいいかな?」
「気に入らない……優介さまの安息を……女狐がまとわりつくのも……」
だが真相を知っているハズの愛が不機嫌すぎて尋ねることも出来ず、クラスに溶け込んでも優介の話題を出せばどうなるかを知るクラスメイトもまた噂について質問できないでいた。
「「「ねぇリナちゃん! 本当のところどうなの!?」」」
故に優介の弟子、リナに生徒らが殺到。
「その……どうなのかなぁ?」
しかしリナとて噂を知ったのは今朝のこと、むしろこっちが知りたいと困惑顔。
こちらは親友として機嫌関係なく愛に聞くことは出来るが、休み時間の度にこうも質問攻めにあえばタイミングがない。
「またまたぁ。先輩のお弟子さんなんだから何か知ってるでしょ?」
「弟子だけど昨日は師匠と会ってないし――」
「それとも口止め? 先輩寡黙だし……そこがいいけど」
「確かに師匠は余計なこと言わないけど――」
「じゃあやっぱり本当なんだ!」
「え? だからリナ本当に知らない――」
「だよね? リナちゃんに口止めしてるくらいだもん!」
「リナの話聞いてよー!」
などと叫んでも既に遅く、勝手に確信を得た三人組はどちらが勝つかで盛り上がってしまい、リナはいつも人の話を聞けと主張する優介の気持ちが良く分かった。
そして上手く答えられないリナに勘繰りを入れる生徒がどんどん増えていく悪循環。
さすがに見かねた愛は三時間目の授業が始まるなり挙手。
「先生、鳥越さんが昨夜お腹丸出しで寝ていたようで腹痛です。保健室まで連行していいですか?」
途端に教室内が爆笑、授業に訪れた教師も呆れていた。
「愛ちゃんっ? リナそんなことしてないし! それに連行ってっ?」
もちろん元気いっぱいのリナは反論するも
「……ぽんぽん、痛いですよね?」
「い、痛いかも……ていうか、胃がキリキリしてきたよ……」
絶対零度の眼光にリナは色んな意味でお腹を押さえる。
もちろん狂言だが同じく愛の冷ややかなオーラを感じ取ったのか教師は頷き二人は保健室に向かった。
◇
「じゃあ師匠が挑戦されたのは本当なんだ」
保険医がいないのをいいことに居座っている愛から事情を聞き、リナはようやく真相を知ることができた。
「それで師匠は受けるの?」
「受けるつもりはない、と仰っています」
「ふ~ん……。ところで説明してくれるのは嬉しいけど、どうしてわざわざリナに仮病使わせたの? 愛ちゃんが気分悪いって言った方が信じてもらえるのに」
「相変わらず胸にばかり栄養がいくスッカスカな頭ですね」
「愛ちゃんも相変わらずなセクハラだよね!」
「私は昼営業があります」
「そうでした……」
理由を聞いてリナも納得。愛は次の授業を抜けて昼の営業に出なければならない、ならば気分が悪いと言えば許可が下りなくなってしまう。
同時に昼休みを使えないのでクラスメートらの目を盗んでゆっくりと説明する時間はない。
「でも天才料理人に挑戦されるなんてさすが師匠だよ。リナも弟子として鼻が高いなー」
「あなたはお気楽でいいですね。私としては――」
と、リナの発言にため息を吐く愛だがふと思い立ち。
「リナ……あなたは優介さまとカナン・カートレット。どちらが優れた料理人だと思います?」
優介の唯一の弟子、リナの意見を尋ねる。
「師匠とカナンさん? う~ん……リナもこの間の料理の超人観たけど、カナンさんって世界的に認められてるプロの料理人だよね。なら普通に考えるとカナンさんかな」
「ですが――」
「でもリナは本人の料理を食べてないから、どっちが美味しいお料理作るかなんてわかんないのが本当」
意外にも冷静な評価を下すリナ、しかし愛は納得いかない。
「あなたの意見はもっとも。ですが優介さまは誰よりも素晴らし料理人です。少なくとも、同年代のカナン・カートレットに負けるはずありません」
「それは愛ちゃんが師匠のこと好きだからじゃないかな」
「私が優介さまを贔屓していると?」
「そうなるね」
「確かに私の思考は優介さま第一、上條愛の九九パーセントは優介さまへの愛で形成されていると言っても過言ではありません」
「なんか聞いてるリナが恥ずかしいよ!」
平然と気持ちを口にする愛に何故かリナが顔を赤くしてしまう。
「ですが私も未熟者なりに日々平穏の厨房に立つ料理人、料理に私情を持ち込むつもりはありません。これはあくまで冷静な分析をしての発言です」
「分析って?」
「ではあなたもよく知る石垣楓子と比較してみましょう」
それはリナも知る人物で、昨年秋ごろ日々平穏に訪れ裏メニューを食したお客。
「正直なところ彼女と優介さま、どちらの料理が美味しいと思います?」
「師匠だけど……」
現在はフードコーディネーターとして若いながら四季美島観光で活躍しているプロの料理人だけありリナは当然、愛よりも腕は上。
しかし優介となれば間違いなく断言できる。
「そうでしょう。実際、彼女も優介さまの方が上と認めています。それどころか調理学校の講師でも優介さまほどの料理人はいないと言っていました」
「そ、そうなの……?」
「比較といえば学園長……孝太さんのお爺さまですね。仕事柄、日本だけでなく海外の料理店で食事をされていますが、優介さまの腕は他の名店、老舗の料理人と比べても全く遜色ないと仰っていたのを耳にした事があります」
「マジで……?」
「ちなみにお爺さまなら比べるだけ無駄と。優介さまの師が相手ですから仕方ないですが……」
「それでも凄いよ……」
「そうです。優介さまは凄いのです。なによりお爺さまの味を知り、少しでも近づき追い越そうと日々努力を続けられることが何より凄いのです。お客さまの体調面を考慮するべく栄養学を学び、更には気分にあわせる味付けをする為に心理学まで研究なさっています」
「…………」
次々と語られる事実にリナはもう言葉がなかった。
「リナ? あなたはカナン・カートレットをプロの料理人だと言いましたね。確かに彼女はフランスの名門調理学校を出ています。世界中のコンクールでも賞を取っているようなので実績は上でしょう。しかし料理は経歴や実績で作るものではありません。料理に対する姿勢、心が何より大切です。料理に対する心がカナン・カートレットより優介さまの方が劣っていると思いますか?」
「思わない……かな」
「だからこそ納得できないのです。どうして優介さまはあのような……」
気づけば愛は一人の世界に入ってしまい、取り残されたリナは
「もしかして師匠って……リナが思ってる以上に凄いのかな……?」
自分の師匠が想像以上の料理人と理解し唖然となった。
◇
『遅いわね! 日本の学校はいつになったら終わるのよ!』
同時刻、日々平穏の前ではカナンが癇癪を起こしていた。
『お嬢さま……もう帰りませんか……』
優介の迫力に腰の引けたソフィが懇願するもカナンはぶんぶん首を振る。
お嬢さま然のカナンとメイド服のソフィは実に目立ち、通りすがる住民も好奇な視線を送るがフランス語の飛び交う中に声をかけようとする者はいなかった。
『嫌よ! こうなったら何が何でもあの男を平伏さないと気がすまないわ!』
『で、ですが……帰ってこられてもお店があるんですよね? ならまた邪魔だって怒られるのでは……』
『そうなったらソフィ、あなたが私を守りなさい』
『酷いです!』
『主の命令が聞けないのっ?』
『……怖いです……帰りませんか……』
『あ~もう! あなたは私の専属メイドとして――』
ついにはブツブツと呟き始めるソフィを叱咤するカナンの声を、排気音がかき消してしまった。
「おりょん? 金髪メイドさんだー」
一台のバイクが二人の前で停車、フルフェイスを外すなりドライバーは人懐っこい笑顔を向けた。
上條好子――愛の姉であり日々平穏のオーナー(一応)なのだが、彼女を知らないカナンとソフィは顔を見合わせ首を傾げる。
『……何よこの女』
『お店のお客さまでしょうか』
『ならバカな客よね。休業中の看板が読めないのかしら。私でも読めるのに』
『私の記憶ではお嬢様は日本語は話せても字はまだ読み書きできないハズですが……』
『主の揚げ足取らない!』
『すみません!』
『にしても、日本の女性が奥ゆかしいなんて嘘ね。あのハルノヒカリって子も、この人も胸はだけ過ぎじゃない? ちょっと胸が大きいからってバカみたい』
バイクから降りる好子を横目にカナンとソフィが不信感を露にする。
相手は日本人なのでフランス語は理解できないとカナンは言いたい放題だが
『そっちの穣ちゃんは光ちゃんの知り合いかにゃー?』
スタンドを立て終えた好子から流暢なフランス語で問いかけられビクリと肩を震わせた。
『もしかして友達かにゃー? しっかし光ちゃんに芸人の友達がいるなんて――』
『誰が芸人よ!』
見事な勘違いにプライドの高いカナンが怒りを露にするがそこは好子、笑みを絶やさず二人を交互に指差した。
『穣ちゃんとメイドさん。いやー外人さんのコスプレ芸人なんて斬新さね』
『コスプレでも芸人でもないわよ! 私はカナン・カートレット、こっちは専属メイドのソフィよ!』
『ほうほう専属メイドときたもんだ。いやーそんなの本当にいるんだねぇ。てーか、メイドさんいるならカナンちゃんはお金持ちのお嬢さまかい?』
『ええそうよ。フランスの由緒正しいカートレット家令嬢であり、世界一の料理――』
『しっかし本物のメイドさんって以外に地味なんね。せっかくオッパイ大きいんだからもっとセクシーなのに――』
『ひとの話を聞きなさいよ!』
どこまでもマイペースを崩さない好子にカナンは本物の芸人顔負けの突っこみ。
『あ、あの……あなたはここのお客さまではないのですか?』
変わって両腕で胸を隠しつつソフィが尋ねれば、興味津々で観察していた好子は首を振った。
『私はお客さんじゃなくて、ここの住人さん。上條好子っての』
『上條さまですか……?』
途端に考え込むソフィと同じくカナンも違和感を覚え首をかしげた。
『ここに住んでるのは鷲沢優介でしょ? 姓が違うじゃない』
『世の中色々あるんさね。まあ言うなれば? 私は優介のお姉ちゃんみたいなもんよ』
『お姉ちゃん……ふ~ん』
『…………』
好子の言葉にカナンとソフィの間に微妙な空気が落ちる。
しかし好子はあえて無視、カナンへと向き直る。
『そんで話し戻すけど、あんたらなにしてんのかにゃー? てーか優介のことも知ってるみたいだけど、あの子に用事かい?』
『……ええ。どちらが優れた料理人か証明する為にね』
『優れた料理人? なんのこっちゃい』
首を傾げる好子にカナンはため息一つ。
『ソフィ』
『あ、はい。実は――』
変わってソフィが経緯を説明。
『……ほへぇ、それで料理勝負をしにきたと』
『そうよ。ま、こんな定食屋の料理人が私より上なんてあり得ないけど、勘違いされるのも面白くないもの』
『にしても、店の名前だけでよく優介にたどり着いたねぇ。ここって何の宣伝活動もしてないのに』
得意気に髪をかき上げるカナンだが、好子も恋と同じ疑問を口にした。
『はい……最初はネットで調べたのですが同じ名前が多くて大変で……ですがハルノヒカリさんがこの島の観光イメージをしているのを知って……』
『でも、観光ガイドにも載ってなかったっしょ。なにが決めてさね』
ソフィの返答にやはり疑問が払えない好子が追求すると
『その……日々平穏と四季美島で検索すればここへ食事をした方々の情報を見つけまして……その内容を見たお嬢さまが間違いないと』
『情報ねぇ。美味しいって書いてたから凄腕の料理人がいるってわかったのかい?』
『凄腕の料理人……ね。それならもっと料理の内容について書かれてるはずだわ。なによ、楽しい食事とか、幸せな味って何? 意味不明よ』
呆れたようにカナンが愚痴るも、好子は愉快げに指摘。
『だから自分の知る料理人とは違うって、何か感じ取っちゃって気になったわけだ』
『……気になんかしてないわ。ただ料理人ならもっと味の評価をされるべきって……私は本当の料理がどんなものか教えてやろうと思っただけ』
どこか負け惜しみに聞こえる反論に好子の笑顔が柔らかいものへと変わった。
『若いっていいねぇ。この子も青春してんだ』
『何か言った?』
『なーんも。でも教えるつもりで来たけど追い返されてどうしようか悩んでるわけだ』
『別に悩んでないわよ!』
しかしそれは一瞬で、普段通りの好子に茶化されカナンは目を吊り上げて反論。
『ありゃそうかい? なら優介とまともに話せる方法を教えなくてもいっか』
『え、それって……ふん! 別に知りたくないけど聞いてあげなくもないわ』
『おおツンデレだー』
『わけわかんないこと言わずさっさと教えなさい!』
『ほいさね』
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