チョウセンジョウ
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カナン・カートレット。
美しく長いブロンドをリボンで一束にまとめ、シンプルながら上品な黄色いワンピースを纏い、印象より小柄に見えるが間違いなく昨夜テレビに出演していた天才料理人。
「お、お嬢さま……人に指をさしては失礼です」
予想も出来ないカナンの来訪に静まり返る中、彼女の背後から弱々しい声。
カナンの登場に衝撃を受けて気づかなかったがもう一人の来客。
同じく美しいブロンドを肩ほどのセミショートだが、前髪だけ目が見えないほど長く、カナンより頭一つ以上背が高い――恐らく一七〇はある女性。
「あらソフィ、主であるワタシに口答えするの?」
「……すみません」
カナンの指摘に女性――ソフィは高身長をちぢ込ませる。
「そう言えばカナン・カートレットはフランスの名家産まれでしたね」
「顔忘れてても情報は覚えてるのね」
二人のやり取りに愛と恋が注目するのは生粋のお嬢さまであるカナンの付き人、ソフィ。彼女は藍色をしたシックなメイド服姿。
本当にメイドはどこでもメイド服を着ているのかと注目して――
「「くっ……!」」
いなく、メイド服の上からでも分かるソフィの見事なスタイルに、自称中途半端な愛と認めていないが残念な恋は恨めしそうに睨んでいた。
「まあいいわ。それでユウスケ、ワタシの勝負を受けるの? 受けないの?」
そんな恋愛コンビも目に入れずカナンは自信満々に胸を反らし(ちなみに恋より残念だった)優介を見据えた。
「もちろん受けるわよね。世界一の料理人であるワタシに――」
「開店の邪魔だ」
「……は?」
言葉途中で優介が口を開き、カナンは呆気にとられる。
「愛、追い出せ」
「わかりました」
「てぇ! もっと他にあるでしょ!」
更に誰であろうと憮然な態度を取る優介と素直に従う愛に溜まらず恋が突っこみ。
「何であんたがいるのとか! 勝負ってどうゆーこととかさぁ!」
「ソーヨソーヨ!」
思わぬ扱いにカナンも恋に同意するがそこは俺様主義の優介、興味無しと仕込みの続きをしている。
「愛も昨日のモヤモヤ解くチャンスじゃないの? なんでか知んないけど本人来てるじゃん、しかも勝負挑んで――」
「私のモヤモヤよりも優介さまの指示が最優先です」
「あ、そう」
「なによりこれ以上優介さまに近づく女狐を増やしたくありません」
「おもっきし自分優先じゃん!」
「なのでさっさと帰りなさい」
恋愛コンビの警戒なやり取りに取り残されていたカナンの手首を愛は掴む。
「……ちょっ! なにするのっ? ソフィ、ワタシを助けなさい!」
「あ……はい。あの……お嬢さまを離してくださいませんか……?」
引きずられるカナンの指示通りソフィが弱々しく懇願。
「あなたも優介さまに近づくおつもりですか……?」
「ひっ!」
しかし淡々と問いかける愛の迫力に小さな悲鳴を洩らし、ソフィの身体は可哀想なほど震えてしまう。
「お嬢さま……この人、怖いです……」
「主の危機に使えないわね! もういいわ、こうなったら……て、何よこの女! ゴリラみたいなバカ力でぜんぜん……!」
必死に抵抗するが全く太刀打ちできず悲鳴を上げるカナン。
「私と恋を一緒にしないでください」
「ちょっと待ちなさい」
ソフィの代わりに愛を制したのは恋だった。
「この子がいつ、あたしとあんたを一緒にしたのよ?」
「ゴリラのような馬鹿力、と言ったではありませんか」
「誰がゴリラよ!」
「そうでしたね。あなたはゴリラではなく泥棒犬でした。まったく……狐だけでなく犬の警戒も必要とは、私の心も休まりません」
「誰が泥棒犬よ! そもそもあたしの方が休まんないわよ、どこかの妄想娘に正しい現実を教えるのにね」
「妄想娘? はて、誰のことでしょう」
「目の前にいるじゃない。いつもいつもユースケの妻だって妄想してる泣き虫猫が」
「……っ! 誰が泣き虫猫さんですか!」
「そうやって怒るなら自覚あるんでしょ!」
「……な、なんなのよこの子達」
結局、言い争いが始まり開放されたカナンだが、日々平穏名物の恋愛コンビを知らないので安堵よりも呆気に取られてしまう。
「お嬢さま……この人たち、怖いで――っ」
その迫力にソフィが怯えるも、二人をはるかに上回る恐怖を感じて言葉を失った。
「テメェら……なにやってんだ?」
「――っ」
低い地響きのような声にカナンの顔も青ざめた。
「とっくに開店時間になってんぞ。なのにギャーギャー……うるせぇんだよ」
厨房からゆっくりと優介が歩んでくる。
その威圧感は勝気なカナンですら黙らせる迫力で、ソフィにいたっては完全に泣いてしまっている。
「妄想とは失礼です! 私は真実を述べているだけで妄想などしていません!」
「その真実が妄想だって言ってんのよ! 夢見んのは寝てるときだけにしなさい!」
しかし慣れっこなのか、目の前にいるライバルに引けないと意地になっている恋愛コンビは全く気づいた様子もない。
「……テメェら」
「だいたい愛は――!」
「……いい加減」
「そもそも恋は――!」
「人の話しを…………聞きやがれぇぇぇぇっ!」
「「ひぃぃぃ――っ!」」
故に毎度のごとく優介が一喝、鬼すら逃げる迫力にカナンとソフィは脱兎のごとく店を飛び出してしまった。
ちなみに日々平穏は過去最高の三〇分遅れの開店を記録した。
◇
その日の閉店後、優介がいつものように恋をアパートまで送っていると光からラインが入った。
日々平穏とカナンに共通する人物は光のみ、故に営業中ラインで確認を取ったのだが
「……やっぱり光さんが原因みたい」
「だろうな」
恋が確認すると優介から盛大なため息が漏れる。
「なんかカナンさんの料理よりユースケの料理のほうが美味しい、みたいないこと言ったらしいね。なるほど、だから挑戦してきたんだ」
「お蔭でこっちはいい迷惑だ。開店は遅れ……ああ、それはお前と愛が原因か。なら光に文句は言えねぇな」
「……悪かったわよ。でも日々平穏ってお店の名前だけで付きとめるなんてカナンさんも凄い執念ね」
優介の嫌味に謝罪しつつ、スマホをポケットに入れつつ恋は感心する。
光のラインによればカナンには優介の名前は出さず日々平穏の名前を出しただけ。
しかも場所すら教えていないのにカナンは見事たどり着いた。
インターネットの普及により情報はいくらでも手に入るので難しくないと思われるが、実のところ日々平穏は何の宣伝活動もしていない。それどころか四季美島の観光ガイドにも載っていないのだ。
先代の喜三郎が店名の由来を『四季美島の住民が名のごとく、観光事業が成功する以前のようなゆったりとした時間を過ごす為の場所』と話していたので今でも守られている。
だが同時に島の住民に愛されている日々平穏を少しでも知ってもらいたいと、宣伝活動をせずとも島の住民が勧めているので観光客の来店も多く、知る人ぞ知る名店となっていた。
なのにカナンは名前だけで四季美島の日々平穏が光の言う定食屋だと突き止めた。
ネットに住所も載ってなければ観光ガイドにすら記載されていないだけに、その執念は確かに賞賛できる。
「あ、でもうちに来てくれたお客さまがツイッターとかで紹介してくれてるからかな? 結構書いてくれてる人多いんだよ、美味しかったって」
ちなみに女性従業員二人が急にケンカを始めて驚く、との内容も頻繁に書かれているがもちろん恋は伝えない。
もう一つちなみに料理についての絶賛は当然ながら料理人の目つきが悪い、怖い、との内容も頻繁に書かれているのをもちろん恋は伝えない。
ただそれ以上に素敵なお店との評価を得ているので恋としては誇らしいがそれはさておき。
「だがそのツイッターとやらでなぜ光の言っていた店がここだとカナンに分かる」
「そっか……同じお店の名前なんて他にもありそうだし」
優介の指摘に恋も納得。
やはり店名だけで突き止めたカナンの執念に改めて感心してしまう。
「それよりも観光客が満足しているのは結構なことだ。この調子で夏休みも気合入れて稼ぐぞ」
どことなく嬉しそうな優介に微笑み恋は携帯電話を閉じた。
「ほーい。で、どうするの?」
「なにをだ」
「カナンさん。うちを探し当ててまでユースケと勝負したいって来たじゃない」
「する気はない」
「でしょうね」
即答されて恋はもう勝負について何も言わない。
昨夜の敗北宣言には動揺したが、冷静になれば納得できる。
例えカナン以外の料理人でも優介は受けないだろう。
必要のない事をしない、これこそ優介らしいと思える。
「でもカナンさん、また来るかもよ?」
「来たところで追い返すまでだ」
故に納得した笑顔で問いかければ優介は苦笑した。
◇
「……まさかこんなに早く来るなんて」
「これではストーカーです」
「…………」
「なによ? ワタシの顔に見惚れてるの?」
翌朝。
朝食を終えていつものように優介、恋と愛が登校の為裏玄関を出ると自信満々なカナンの姿。
「朝早くにお邪魔して怒ってるんじゃないでしょうか……」
そして変わらずメイド服のソフィ。
昨日の一件がトラウマになっているのかへっぴり腰で指摘するも、カナンはキョトンと首を傾げる。
「怒る? 昨日は開店の邪魔だって言うから時間を選んでわざわざ来てあげたのに?」
「ですが……みなさん学校があるから……」
「学校なんて休めばいいじゃない。世界一の料理人であるワタシと勝負できるんだから」
「で、ですが……」
「さあユウスケ! 今度こそ勝負を――」
ソフィを無視して意気揚々と指を突き刺すカナンだが
「行くぞ」
「ほーい」
「わかりました」
「しなさいよ!」
相手にせず横を通り過ぎる三人に抗議、再び回り込み睨みつける。
「無視すんな! ワタシが――」
「遅刻するだろうが」
「……ハイ」
だがもっと鋭く睨む優介の迫力に素直に道を譲った。
「朝っぱらからうぜぇ……」
その場にへたり込むカナンを介抱するソフィを無視して学園に向かいながら優介はため息一つ。
「この調子だとまたきそうね。さすがにお昼の営業は遠慮してもらいたいなー」
「ご安心ください優介さま。今度こそ私が排除してみせます」
「それ以前に、もうまとわりつかねぇ方法を考える必要がある。これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだ」
などと吐き捨てる優介だが既に遅かった。
『カナンってあの料理の超人の?』
『そうそう。日々平穏に来てたの』
『しかも鷲沢に勝負挑んだって』
『じゃあ鷲沢くん、料理の超人に出るの?』
『すごーい!』
「…………なんかもう、もちきりだな」
「チッ……面倒だ」
一時間目の休み時間、教室内の盛り上がりに苦笑する孝太に優介は舌打ち。
登校してからというもの好奇な視線を向けられていたので機嫌はすこぶる悪い。
何でも昨日カナンが来店したこと、そして今朝のやり取りを目撃した生徒がいたらしく『優介が料理の超人に出演、相手はあの天才料理人のカナン』との噂が学園中に広まっていた。
その真相を知りたいがご機嫌斜めな優介に聞ける生徒はいなく、現在恋が対処中。お蔭で孝太は邪魔されることなく話を聞いたのだが
「それで、勝負すんの?」
「するか」
取り合えず確認すれば即答さてしまう。
しかし予想通りなのか理由を問わずに立ち上がった。
「なら俺も火消しに周るかな。宮辺も大変そうだし」
「頼む。期待はしないがな」
「そこはしようぜ……。しかしまあ、天才料理人に勝負挑まれるなんて鷲沢も随分と有名になったもんだ」
「ケンカ売ってんのか?」
「うんにゃ。ただなんつーか……嬉しいもんだ。お前の料理が正しく評価されんのは」
「……面倒なだけだ」
反論しつつも優介の表情は少しだけ和らぐ。
カナンに勝負を挑まれるのは本当に面倒な話。しかし優介とカナン、両方の料理を食した光が美味いと評価してくれたことは素直に嬉しく思う。
噂よりもそんな心情に気づいて喜んでくれる孝太に優介は感謝する……が
「にしてもカナンちゃんって結構可愛いかったよな」
「……ただのうるせぇガキだ」
やはり相変わらずな孝太に最後はため息を吐いた。
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