リョウリノチョウジン
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暗闇の中、一筋の光。そこのは従者の衣服を纏った青年。
「今宵、あなたを美食の世界へ誘いましょう」
青年の声が響き渡り、ゆっくりと光が広がっていく。
そこから見えてくるのは白い布が惹かれた大テーブル、上には様々な食材が並べられ中央に生けられた美しい花々をも魅了している。
そして、両サイドを囲うのは銀色の輝きがまぶしい大型キッチン。
「では参らん、我が名は――!」
両手を広げて演説する青年の声に応えるように、大勢の声が続いた。
『料理の――超人!』
「…………なんだこれは」
テレビから漏れる叫びに優介の呆れた声が漏れる。
「ユースケ知らないの? 料理好きなのに?」
「知らん」
「……そーですか」
即答され恋は肩を落とす。
「食事中にテレビ観てんじゃねぇ。消せ」
「嫌よ。光さん出るから観たいもん」
「またあいつの番組か……」
「毎度の事ながら、御呼ばれしている分際で優介さまの指示に背くのは止めなさい」
優介を援護する愛の言うようにここは日々平穏の店内に隣接する居間。
更には水曜日の休業日で仕事がないにも拘らず恋は学園が終わるなりここへ直行、いつものように自分の家のように過ごし、当然のように夕食を食べていた。
「い・や・よ」
そして我が物でテレビを独占。
普段は食事中テレビを点けず団欒を楽しむ(多少賑やかだが)のが優介のスタイル、それに愛は当然のこと恋も従っている。
しかし唯一、アイドルのハルノヒカリが出演する番組がある時のみ恋は譲らない。
ハルノヒカリこと春日井光は一年ほど前、日々平穏に訪れたお客さま。
同時に数少ない裏メニューを食したお客さまでもあり、現在は島へ来るたび必ず訪れる常連客になっている。
恋は光のファンであり友人、チェックしたいのは当然のこと。
「これだから恋は……」
「行儀悪いんだよ」
意固地な恋にため息を吐く二人だがテレビを消そうとしない。
優介と愛にとってもなじみのお客、そして思い入れのある光の活躍は気になるもので文句を言いながらも一緒に観ていたりする。
特にメディアに疎い優介がバラエティーやドラマなどを観る貴重な機会だ。
「で、あいつが料理でもするのか」
「ほんとに知らないのね……光さんは試食役で出るの」
「試食役?」
相変わらず疎い優介に恋はコマーシャルを利用して番組説明。
「この料理の超人は本格派の料理人がお題に出る家庭的な料理を作る料理対決なの。毎回三人の試食役が一〇点満点で採点して勝敗を決めるって感じで」
「あいつはアイドルで美食家でもなんでもねぇだろ」
「一人だけ一般代表……まあ普通のタレント枠があるの。家庭料理だから食に関わらない人もいた方が面白いんじゃない」
「料理に面白いが関係あるのですか?」
「そこは番組だし」
と、愛の質問に答えたところで番組が再開。
『それでは今回の超人を紹介しよう。まずは京都の老舗、幸寿庵から和の匠――澁谷一!』
説明があやふやなままテレビから司会者のテンション高い声に合わせて、青い和装の調理服を着た初老の男性がセットの下からゆっくりと上がってくる。
『現在四戦全勝、無敗を誇る澁谷氏に対するのはフランス料理界の新星、天才料理人カナン・カートレット!』
続いて逆サイドのセットからゆっくりと現れる人物に恋と愛が目を見開いた。
「若い……ていうか」
「私たちと年は変わらなさそうですね」
二人が指摘するように白い調理服を着た人物はブロンドをアップにまとめ、切れ長の青い瞳をした幼い少女。
多少きつめだが誰もが目を引く美少女は、対戦相手の澁谷と並べば祖父と孫に見える。
『今回初参戦だが、若干十七歳ながら世界各国で行われる料理コンテストで無敗を誇るクイーン! 果たして勝負の行方はどうなるか!』
「へぇ、ほんとに同い年だ。でも凄そう、クイーンだって」
予想通り同年代のカナンに感心していた恋だが
「彼女がクイーンなら優介さまはカイザーです」
「いや……別にユースケと比べなくても……」
何故かムキになって対抗する愛に肩を落とす中、試食役の料理研究家と料理学校の講師、そして光を紹介したところで再びコマーシャル。
「ユースケはどっちが勝つと思う?」
取り合えず恋は料理に対しもっとも知識のある優介にお決まりの問いかけ。
「さあな」
「少しは予想しなさいよ……」
「俺はどっちの料理人も知らん。腕前もわからねぇのに予想もないだろ」
「何で知らないのよ? ユースケも料理人でしょ」
「知らなくとも料理は出来る」
「……そうだけどさ」
だが予想外の無知ぶりに再び肩を落とすと番組が再開。
『そして今回の料理は――ブリの照り焼きだ!』
「ブリの照り焼き?」
「これは不公平ではないでしょうか」
お題のメニューに恋と愛が疑問を持つようにテレビから観覧客のざわめきが漏れる。
フランスの料理人、しかもまだ若いカナンに対して明らかに不利なメニュー。
更に相手は和食を得意とする名人なのだ。
騒然とする会場内に予想の範疇なのか司会者は咳払いを一つ。
『今回のお題に不公平と思う方も多いことでしょう。ですが対決メニューは毎回視聴者のリクエストからランダムで選んでいます』
システムを説明されてもやはり納得いかない会場内だったが
『もちろん主催側も公平を期すため変更を考えていたのですがこちらのシェフ、カートレット氏が変更しなくてもよいと了承してくれたのです!』
司会者の言葉に会場が湧き上がる中、カナンは司会者からマイクを受け取った。
『日本のミナサン、ごきげんよう』
流暢な日本語に感心する会場内、しかし――
『メニューについてご心配されているヨウですがお気になさらず。世界一の料理人であるワタシにはちょうど良いハンデですから』
自信満々な発言に唖然。
対しカナンは微笑を浮かべたまま優雅に一礼、マイクを司会者に返した。
「世界一の料理人て……」
「どうやらお花畑な脳ミソをお持ちのようですね」
微妙な空気を払拭しようと、無駄にテンション高くルール説明にはいる司会者を哀れみながら恋と愛もカナンの発言に呆れてしまう。
「ふん、このカナンという料理人。随分としたたかなようだ」
だが優介は苦笑し、むしろ感心しているようで恋は怪訝そうな表情。
「ただの自信過剰じゃない」
「さて、どうかな」
「どう言うことです?」
愛の問いに優介は箸を置きテレビに視線を向ける。
「一見カナンに和食は不利と思えるが、フランスといえばムニエルを始めとする魚を使った料理が多い。そしてフランス料理はソースが命とも言える、ならばこのメニューはいくらでも応用が利く」
「「なるほど」」
「更にただでさえ自分の畑である和食、若い料理人、負けられない立場にいる澁谷を挑発することで心理的な攻撃。澁谷の顔を見てみろ」
言われるままテレビを見れば澁谷の表情が明らかに怒りで引きつっていた。
「和食は素材を生かした調理が基本、乱れた心で包丁を振るえばその味もまた乱れる。この勝負、なかなかに見物だ」
「なるほどねぇ~」
「さすが優介さま。素晴らしい慧眼」
その説明に心から感心する恋と愛だが優介は平然と湯飲みに口をつけていた。
『では、レディ……キッチン!』
司会者の合図に澁谷とカナンがスタジオ内のキッチンで調理を開始。
「ごちそうさま。愛、今回の南蛮揚げは中々だった」
「ありがとうございます」
同時に一人食事を終えていた優介は手を合わせいつものように感想を告げる。
愛の表情が綻び、少しだけ面白くないとむくれる恋を尻目に
「ほう……両者とも素晴らしい手際だ」
優介は感心しながらテレビに集中していた。
「さすが和の匠と謳われるだけある。さっきまでイラついていたのにもう心を落ち着かせているようだ。恋、澁谷の包丁捌きを見たか? 実に素晴らしい」
「え? あ、うん凄いね」
「対しカナンは……やはりソース作りのようだ。様々な野菜を刻んで煮込む。ふん、言うだけあり洗礼された包丁捌きもまた見事。愛、実に美しいと思わないか?」
「は、はい。思います」
「なによりこれだけカメラが周りをうろついてるにも拘らず集中力が途切れてねぇ。さすは一流と言ったところか」
「「…………」」
「ブリの捌き、下拵えも両者共に素晴らしい。無駄なく素早く、素材の鮮度を落とさぬ細心の注意は――」
今までになく饒舌の優介に恋と愛は先ほど以上に唖然となる。
いつものように不機嫌顔だがテレビに集中する優介はどことなく高揚感に満ちて、まるで子供がアニメを夢中で観ているよう。
「ユースケ? なんていうか……楽しそうね」
「別に楽しんじゃいねぇ。一流の調理を見るのもまた修行だ」
「まあ分かんなくもないけど……」
「もちろん、ただ見て真似るだけでは意味がない。調理工程を観察し、自分ではどうするか、どう工夫を凝らし己の業にするかをイメージすることが大切だ。愛、違うか?」
「……優介さまの仰るとおりです」
話を振られてどことなく表情硬く頷いた愛を一瞥して優介は再びテレビを凝視。
「故に俺はこうして普段出来ない精進をしているだけで楽しんで……チ、ここで中断はねぇだろ」
「いや、むっちゃ楽しそうじゃん……」
コマーシャルに入ると不快げに舌打ちする優介に恋は呆れるが、同時に嬉しくもある。
やはり料理になると夢中で、子供のように目を輝かせる優介は否定しても楽しそうで、こうした時間は仕事一辺倒な彼には良い気分転換になっているだろう。
愛も同じ気持ちなのか再び番組が始まるなり集中する優介の邪魔にならないよう、手早く食事を済ませて同じ時間を楽しんでいた。
優介の解説を聞きながら両料理人の調理を見守っていたが、後半の盛り付けに入ったところで
「ここで大根のかつら剥き?」
一通りの調理を終えた所でカナンが大根を取り出しかつら剥きを始めたことに優介が眉をひそめる。
「付け合わせとして愛称は良いですが……」
「ああ。妙な工程だ」
「……なに? どうしたの?」
「透き通るような薄さ……素晴らしい」
「いや、素晴らしいはいいから」
「かつらむきの前に何か切込みを入れているようだったが」
「うん、無視しないでよ……」
疎外感を覚え恋が肩を落とす中、優介と愛はカナンの調理に注目している。
この中で唯一料理をしない恋だけに、二人が何を気にしているのかが全く分からないのだが、包丁を置いたカナンが大根を広げると――
『おお~!』
「ほう」
「お見事です」
会場内が驚くのに合わせ優介と愛も感心する理由は恋でも分かった。
「凄い……大根が網みたいになってる」
恋の言うように薄く剥かれた大根が網状に広がり、その出来栄えにため息が漏れる。
「飾り包丁か。シンプルだが網の幅が一定で大根も微細な糸のようだ」
「お皿に盛り付けして……なるほど、澁谷一の調理工程を再現したのですね」
「そのようだ。赤いソースで炙ったブリを乗せている」
「あのさ……そろそろあたしにも分かるように説明してくんない?」
しかし再び置いてけぼり状態に恋が促せば優介から呆れたようなため息。
「さっき澁谷がブリを炭火焼にしていただろ。その工程とカナンの盛り付けが似ているように見えないか?」
「言われてみれば……そっくりね」
完成されたブリの照り焼きは白い大根の網に赤黒く炙られたブリが乗り、ご丁寧に皿に垂らされた赤いソースが加わり網の上で炙られているように見える。
更に――
「残った大根でまた飾り包丁か……ほう?」
素早い包丁さばきで大根が小さな白猫になり、更には目元を醤油で黒く塗り盛りつけした皿の横に添える。この完成度に優介も素直に感心した。
それはまるで焼いている魚を狙っている泥棒猫の図、見事な出来映えに会場から大きな拍手が起こった。
「料理は味だけでなく見た目も重要だ。遊び心を加えたビジュアルは食す者を楽しませる」
「それを可能とするカナン・カートレットの技術もお見事。ただの頭がお花畑な料理人ではないようですね」
「しかし澁谷の完成形も素晴らしい。シンプルだが素材と付け合せの彩りもまた和の芸術、さすがだ」
優介が絶賛するように試食役からも澁谷の料理の美しさを絶賛している。
まあ光のみ『美味しそう』と連呼しているだけだが。
そして試食が始まり澁谷の定番ながら素材の味を引き出す至高の味、カナンの改革的で確かな技術が生み出す斬新な味は試食役を唸らせた。
やはり光は美味しいと笑顔。
『では……採点にはいります! 勝者はどちらに』
と、ここでお決まりのコマーシャルに入り恋は予想通りと一息。
「さてと、腕前もわかったことだしどっちが勝つと思う? ちなみにあたしは澁谷さんかな。審査の時にブリの照り焼きの究極だって言われてたから」
「王道、改革と言葉は違えど味は両者互角と言ったところでしょうか。こうなると個人の好みで左右されそうですね。私としては王道です」
お決まりの予想タイムで恋と愛が澁谷有利とするが
「カナンの勝ちだ」
優介は自信満々でカナンの勝利を宣言。
「えらくアッサリと決めたね」
「やはりあの飾り包丁による演出が決めてですか?」
「それもある。しかし最大の勝敗は味その物だ」
試食もしてないのに味を決め手に上げたことに恋と愛から期待の込められた視線が向けられ、優介は面倒げにしながらも詳細を口にする。
「この番組はプロの料理人が一般的な料理をどう調理するかが売りだろう。言い方は悪いが味を追求したところで澁谷の料理はブリの照り焼きに過ぎない。だがカナンは和食にフランス料理のアレンジを加えた型破りなブリの照り焼き。味に差がなければ新たな試みを施したカナンの料理を選ぶだろう」
説得力のある優介の推理どおり、再開した採点では澁谷二七点、カナン三〇点でカナンの勝利となった。
更に料理研究家と料理学校の講師が口にした勝敗のポイントも優介の指摘通り。やはり演出もさることながら斬新な味が決め手となったらしい。
『あたしはどっちも美味しかったよー』
唯一両者に一〇点をつけた光のコメントが会場を笑わせたところで優介が空の食器に手を伸ばした。
「さて、随分と遅くなったが片付けだ。今日は俺がやろう」
「優介さまそれは私が――」
自分以外の食器を重ねていく優介に愛が慌てて立ち上がるも
「愛、変わりにこの番組の録画予約しておけ。もちろん毎週録画だ」
「……わかりました」
「ユースケ機械オンチだもんねー」
「オンチじゃねぇ。興味ないだけだ」
恋の言葉に反論する優介だがどことなく機嫌がいい。ならば彼の貴重な時間を楽しんでもらおうと愛はリモコンを操作。
「でもカナンって子凄いよね。あたし達と同い年なのに長年プロで活躍してる人に勝っちゃうんだから」
「料理に年は関係ない。若かろうが年寄りだろうが料理に対する気持ちしだいで美味い物は作れる」
「気持ちしだいね。ならユースケもこの番組出たら勝てるかな?」
「当然でしょう。誰であろうと優介さまより素晴らしい料理人はいません」
録画を終えて断言する愛に恋も同意する。
誰よりも優介の料理を知る二人だからこそ料理歴やカナンのような天才など関係なく、誰にも負けない料理を作れると信じていた。
「俺じゃ勝負にすらならん」
「「え?」」
だが自身の敗北宣言に恋と愛は唖然となるが、優介は平然と食器を手に立ち上がり
「万が一にでも俺が出ることもないがな。よって無駄話は終いだ」
そのまま台所に行ってしまった。
「……ユースケらしいといえばらしいけど」
「優介さまは謙虚すぎます」
残された恋と愛は納得いかない表情。
「だよねー。自分を過大評価しないのはらしいけど、やる前から負けを認めるのはユースケらしくない」
「納得できません……モヤモヤします。恋、今すぐ春日井光に連絡を取りなさい」
「は?」
「春日井光を通じて料理の超人のアポを取るのです。そして優介さまに出場していただきハッキリと誰が一番か――」
「いや無理でしょ。それにユースケがテレビに出るわけない」
「……ですね。ならばカナン・カートレットを連行させここで――」
「それも無理でしょ。光さんは別にあの子と友達でもないし」
「使えませんね。まるで孝太さんのようです」
「コータと光さんを一緒にするな!」
などと言い合うも引っ掛かりを残したままでは調子が乗らず、珍しく恋愛コンビの言い争いに発展しなかった。
しかし翌日。
「……あん?」
学園が終わり夕方営業の準備を進める日々平穏に来客が。
最初は営業前だと注意しようとした優介だが、その人物に表情を歪めている。
「なんで……?」
「…………?」
同じく恋と愛が首を傾げる中、その人物は気にした様子もなく店内に入り周囲を見回した。
「調理服を着た男……なるほど、アナタがユウスケ・ワシザワね」
そして厨房に立つ優介を見るなり不適な笑を浮かべると同時に愛が両手を合わせた。
「思い出しました。カナン・カートレットです」
「忘れてたのっ?」
「髪型が違いますし外国の方は判別しにくいでしょう?」
「そうかもだけど! 昨日あんなに拘っておいて気づかないのもどうよ!」
恋が突っこみを入れる中、渦中の少女――カナン・カートレットは優介を指差し
「ユウスケ、ワタシと勝負なさい」
宣戦布告した。
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