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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ3 カタリベオハギ
53/365

隠し味~白河孝太編~ オレトシンユウ 1/2

アクセスありがとうございます!



 あの日のことは良く覚えている。

 二月七日、四季美島に今冬最後の大雪が降った日。

 そして俺の親友、鷲沢優介が死んだ日。


 今日は雪が降って寒いからと、コタツに入って婆ちゃんと鍋を囲んでいた時だった。

 ちなみに父さんと母さんはこの家には住んでいない。

 二人とも仕事で忙しくて海外飛び回ってるから俺は物心つく前から爺ちゃんと婆ちゃんに預けられててこの四季美島で暮らしている。

 まあたまにしか会えないけど寂しくはないんだよな。

 ここはいい所だし爺ちゃんと婆ちゃんも優しいし、両親も普段仕事してるときには考えられないくらい子煩悩だから、愛されてるって自覚くらいしてる。


「帰ったぞい」


 それはさておき、居間の襖が開いて爺ちゃんが言葉通り帰ってきた。

 さっきまで爺ちゃんも一緒に鍋囲んでたけど、電話がかかってくるなりそのまま何処かに行ってたからどこに何してたんだろって気にはなってた。

 でも、帰ってきたことでまた一つ気になることができた。


「…………」

「優介?」


 爺ちゃんの隣りには優介がいた。

 こいつとは幼なじみで昔からいつも一緒で、さっきも学園の帰りに寄り道して遊んだばかりなんだけど……なんでか優介はランドセルを背負ったまま俺の声にもぜんぜん反応しない。


「寒かったろう。さあ、鍋でも食おうか」

「…………」


 様子のおかしい優介は、やっぱり爺ちゃんの言うことに頷くことも首を振ることもせず、心ここにあらずといった感じで、そのまま爺ちゃんの隣に座った。

 色々疑問はあったけど、爺ちゃんが優しい口調なのに顔が全く笑ってないから黙ってた。

 こんな態度をする爺ちゃんは決まって激しい怒りを押さえ込んでいる時で、下手なことを聞くと怖いので何も言えなかった。


「婆さん、優坊に箸を用意してくれんか」

「わかりました」


 でも婆ちゃんはさすが長年一緒だっただけあって、平然と対応している。

 結局、妙にギスギスした空気の中、夕食が再開。

 爺ちゃんは優介に声をかけながら、鍋の中から魚やら野菜やらを器に取ってて、それを優介は無言のまま口にする。

 そんな状況だから味なんて全然わかんなくて、食った気がしないまま夕食は終わった。


「ごちそうさま。さて……荒川あらかわ


 いきなり爺ちゃんは秘書の荒川さんを呼べば、ずっとそこに居たのかよってタイミングで荒川さんが襖を開けた。

 まあ、居たんだろうな。爺ちゃんの方針で家族団らんで食事をするときは絶対に部屋に入らないから。

 いつも思うんだけどわざわざ廊下で待ってなくてもいいんじゃね?

 荒川さんも寒いだろ?


「はい。先生」


 でも荒川さんは相変わらず平然とした顔で爺ちゃんの前に正座する。

 ほんとに出来た秘書だと思う。

 まだ二五歳だっけ? 若いのに爺ちゃんの右腕だもんな。


「優坊と風呂に入れ。婆さん、片付けが終わったら話がある」

「かしこまりました。優介くん、さあ」

「はいはい」


 端的な指示に荒川さんは相変わらずボケッとしてる優介を連れて行き、婆ちゃんも片付けに取り掛かる中――


「なにをバカ面しとる。孝太、お前はこっちにこい」

「…………は?」


 俺は爺ちゃんに呼ばれた。


 ◇


 爺ちゃんの部屋で俺は何故か正座している。

 暖のついてない部屋、しかも無駄に広いから寒さが余計に強く感じるんだけど……なんか落ち着かない。

 こうやって爺ちゃんと正座して向かいあうのは大抵お説教されるパターンだし、なにより優介のことが気になって仕方がない。


「孝太よ、お前は優坊をどう思う?」


 ソワソワしてると爺ちゃんはタバコに火をつけるなりいきなり質問。


「どうって……変だった。つーかさ、どうして優介がいんの?」


 とりあえず質問されたから答えた。

 さっきまでは全然聞ける雰囲気じゃなかったからこっちからすると待ってましただし。


「つまり優坊が心配なんじゃな」

「いや……それよりも」

「いいから答えんか。どうせ考える脳みそもないくせに」

「孫に対して酷くないですかねっ?」


 思わず立ち上がろうとしたけど、爺ちゃんに睨まれて慌てて正座する。いかん、扱いの酷さに我を失ったが今の爺ちゃんは機嫌が悪いんだった。

 でも酷くないか?


「そりゃ心配に決まってるよ。優介は一番の友達だし」


 まあ俺の悲しみはさて置いて再び答えた。

 ていうか、なんでこんな当たり前の質問すんの?

 親友の様子がおかしいのに心配しない奴なんていないだろ。


「ふむ……いや、くだらない質問をして済まなかった」

「俺としてはさっきの失言を謝罪してもらいたいんだけど……」

「さて孝太、お前に今から大事な話をする」

「聞いてくれないのね……」


 うな垂れる俺を無視して爺ちゃんはタバコを吹かしながら話し始めて。

 俺は自分の扱いなんてどうでも良くなった。

 先ほどかかって来た電話は優介の父親からで、優介のことを頼むという内容だったらしい。

 最初は泊まりに行くこと……だと思った。

 だけど爺ちゃんが続ける内容は、意味が分からなくて。

 だって……優介を置いて父親と母親は何処かへ引っ越したって、意味わかんないし。しかもあいつには内緒で、妹の明美ちゃんだけ連れて……消息を絶つなんて……。


「最後の親心とでも思っておるのか……あのバカ者どもは」


 苛ただしく吐き捨てる爺ちゃんのバカは、俺に言うバカとは全く次元の違う気持ちがこもっていた。

 それから爺ちゃんは優介をこの家に住ませることや学園にも変わらず通わすことを告げて。


「この事は他言無用じゃぞ」


 最後にそう締めくくったけど、そんなの当然だ。

 いくら俺がバカでも、そんなこと口に出来るわけないだろ?


 優介が……家族に捨てられたなんて。


 ◇


 鍋を囲んだときのまま優介の時間は止まったように、何を言っても答えない。

 何も言わない。

 俺がどんなに話しかけても、学校で誰かが話しかけても反応しない。

 自分の席に座ったままで何をするでもなく、ただボーっとして過ごして、授業が終わってみんなが帰りだすとフラフラと出て行く。

 そんな優介と一緒の俺は帰ってたけど、やっぱり話しかけても聞こえてないように反応しない。

 そんな生活が一月続いて、俺たちは小学校を卒業した。

 この一月はあっという間で、なのに一日は凄く長く感じて正直、時間の感覚がおかしくなってくる。

 春休みになって優介は自分の部屋に閉じこもった。

 もちろん食事の時間は顔を出すし、風呂にも入る。

 でもそれは爺ちゃんに言われて従ってるだけ。

 俺はといえば、どうすればいいか分からなくなって、でもほおっておけなくて、声をかけなくなったけど出来るだけ一緒にいた。


 今日も昼飯を食ってから俺は優介に宛がわれた部屋に居る。

 最低限の家具の揃えられた簡素な部屋にマンガを持ち込んで読んでいた。

 優介といえばパジャマ代わりのジャージを着たまま何をするでもなくボーっとしている。その瞳は天井を見てるけど、あまりに空虚で何も見えてないようだった。

 これまでの優介は活発で、なんでも一番に早く覚えて、ちょっと強情だったけど優しくて、みんなの中心だった。

 でも今は違って、学校の連中の中には、そんな優介を気味悪がって避ける奴もいた。

 同情して優しくしてくれる奴もいた。

 けど、俺は何もしないことを選んだ。

 何もしてやれないんだ。

 だって優介はなにも言わないし、泣こうともしない。

 だから一緒に両親の悪口を言うことも、一緒に泣くことだってしてやれないんだ。

 だから何もしてやれない。

 けど一緒にいることは出来たから。

 こんなことしか思いつかない俺はやっぱりバカだ。

 でもさ、自己満足でもそうしたいんだよ。

 爺ちゃんが昔言ってたんだ。親友ってのは特別な絆で結ばれた相手だって。

 友達はたくさん出来ても、親友は生涯でたった一人しか出来ない。

 ならお前の生涯でたった一人の絆で結ばれた俺が一緒にいるのは当然だよな。

 だからさ、別にいいよ。

 お前が何も話してくれなくても、感情をぶつけてくれなくても。

 そこにいてくれるだけでいい。なら俺は満足だから。

 いいぜ、いくらでもそうしてろよ。

 そうやって死んだように生きててもかまわないぞ。でもな、俺は絶対に見捨てたりなんかしてやらないからな。

 ああそうだ。これは俺の自己満足なんだよ。

 生涯の一人がいなくなったら、寂しいんだよ。


「そうだろ……親友」


 ◇


 俺たちは中学生になった。

 つっても、同じ敷地内にある中等部に上がるだけだからあんまし変わった気がしない。


「さて、入学祝に飯でも食いに行くか」


 入学式が終わってすぐ、教室に戻ろうとした俺たちを来賓席にいた爺ちゃんが呼び止めるなりそのまま連れ出した。


「いやいや爺ちゃん? まだHRとかあるんだけど」

「最高責任者が許可しとるから問題なかろう」

「……それって爺ちゃんだけどな」

「ふん。形式ばったお堅い式よりもパーッと飯でも食うほうがよほど祝いになるわい。なにより、ワシの可愛い孫とその親友の晴れの舞台、盛大に祝わんでどうする」

「爺ちゃん……」


 なんつーか、感動した。

 いや大人としてどうかと思うけど、そんな言葉をもらえると俺って愛されてるなって実感する。

 なにより、優介も一緒に祝ってくれることが嬉しかった。


「だってよ、優介。なら仕方ないな」

「…………」


 声をかけてもやっぱり優介は何も言わない。でもきっと爺ちゃんの気持ちは伝わってるよな?


「……しまった」


 校門を出てすぐ変わりに爺ちゃんが口を開いて額に手を当てた。


「どうしたん? まさか財布忘れたとか……でも荒川さんに頼んで持ってきてもらえば――」

「ワシとしたことが、可愛いとバカを言い間違えた」


「どういう意味だよっ!」


 優介よ……俺には伝わらないぞ? はは、目から塩水が出てくるぜ。

 自分の扱われ方に付いて真剣に考えて――るもなく、爺ちゃんは立ち止まった。


「何しとる。はよ入らんか」

「へ……? 飯ってここで食うの?」


 ここは学園から五分ほど歩いた所にある定食屋『日々平穏』。

 爺ちゃんと仲がいい上條の爺ちゃんと婆ちゃんが経営している店で、俺は何度か連れられたことがある。

 その上條の爺ちゃんがまた豪快で愉快で、さすが爺ちゃんの友人だけはあるって感じなんだけど飯は凄く美味いと島の住民の間じゃ有名……なんだけど。


「てっきり高級のつくレストランとか料亭に連れてってくれると期待してたんだけど……」


 いや、味は本当に悪くないよ? でも盛大に祝ってくれるにしてはなんつーか……。


「ふん。確かにここは高級とは程遠い店じゃが、最高の定食屋じゃ。なにより、ワシは形式ばった場所は好かん」

「そうですか……」

「気に入らんならお前はこんでもいい。もともとオマケじゃ」

「俺も祝ってくれるんっすよねっ?」


 酷い言われように突っこんだけど爺ちゃんは無視して入ってしまい、仕方なく俺と優介も後に続いた。


「来たぞい」

「はいはい、いらっしゃい」

「これはイチ子さん。今日はムリ言ってすまなんだね」


 出迎えてくれた上條の婆ちゃんに爺ちゃんが頭を下げ。


「まったくじゃ。おかげで暇をもてあましてしもうたわ」


 同時に奥から覇気のある皮肉が。相変わらず元気そうな上條の爺ちゃんは爺ちゃんを見るなり鼻で笑った。


「よう来たな、老いぼれジジィが」

「来てやったわ、老いぼれジジィ」


 爺ちゃんも鼻で笑って返す。

 この二人、会うと絶対文句言い合うよな? でもめちゃくちゃ仲がいいのを知ってる。

 まあこの二人って、なんだかんだ言って親友、なんだろうな。

 にしても……


「誰もいないな」


 そう、店内は上條夫妻のみでお客さんが一人もいない。

 もうすぐ昼になる時間帯は飯屋にとって忙しい時間のはずだ。

 しかも普段なら出入り口の壁沿いに並んでいる四つのテーブル席が撤去されて、カウンター前に椅子が四つ用意されたテーブルが一つだけポツンと置かれていた。


「今日はワシらの貸切じゃよ。言ったろう、盛大に祝うとな」

「無駄に豪勢だな……まあいいけど」


 これ以上文句を言っても本気で追い出されそうだから素直にテーブル席に座った。


「なにしとる。お前はこっちじゃ」

「……は?」

「優坊はそこに座れ」

「…………は?」


 なのに爺ちゃんはカウンター席で手招きして、優介だけをテーブル席に座らせた。


「あの……爺ちゃん? なんで優介一人が……」

「いいから。黙っておれ」


 一人ポツンと座ってる優介という変な光景が気になったけど、爺ちゃんが真剣な顔になったから聞けなくなった。

 まさか優介だけフルコースでも運ばれてくるのか?

 でもならどうして椅子四つも用意してんだ?

 そんな疑問の中、上條の爺ちゃんが優介の正面に座った。


「ワシはここの店主、上條喜三郎。鷲沢優介じゃな……覚えとるよ。何度か飯を食いにきてくれたのう、家族と一緒に」

「…………」


 話しかけても優介は答えない。

 どうでもいいけど家族のこと平然と出すなよ。あんたも事情は知ってんだろ。

 俺は無神経さに苛立ちを覚えるけど、上條の爺ちゃんは優介の目を真っ直ぐ見詰めて続けた。


「色々あったようじゃがどうでもいいわ。なに、人間とは単純なもの。美味いもの食ってれば幸せ、気分はハッピーになるものよ。そして、ワシは美味いものを提供する世界一の料理人」


 ……すげぇ、自分で世界一って言っちゃったよ。自信満々で。


「特別じゃ、食いたいものを言え。なんでもいいぞ? どんな料理だろうとワシが食わせてやる」

「…………」

「…………」


 優介は答えない。

 上條の爺ちゃんはただ目を見詰めたまま注文を待つ。

 そんな静かな時間が一分くらい続いて、上條の爺ちゃんが大きく息を吐いた。


「……婆さん」

「はいはい」


 小さな呟きに今度は上條の婆ちゃんが優介に歩み寄って、肩に触れた。

 でも優介は反応しない。

 変わりに上條の婆ちゃんが小さく首を振った。


「駄目か……」


 そして俺と一緒にカウンターで見守っていた爺ちゃんが落胆のため息を漏らした。


 …………いや、なんなの?


「仕方ないのう」

「…………はい?」


 と、思ったら爺ちゃんはテーブル席に移動した。


「喜三郎、とにかく何でも良い。ワシは腹が減った」

「ふん、盛大な祝い料理を用意してやるわ」

「期待しておる。イチ子さん、良かったらご一緒にどうですか? 今日は祝いじゃ、みなで楽しみましょうぞ」

「食事は多いほうが楽しいですね。では、お言葉に甘えて」


 ワケがわかんない俺を置いて上條の爺ちゃんは厨房に行って婆ちゃんは人数分のお冷を用意し始めた。


 だからなんなの?


「なにしとる。お前もこっちに座らんか」

「へ? でも、俺はこっちに……」

「なんじゃ……まさか優坊一人で飯を食わす気か? うちの孫はバカだけじゃなく鬼畜じゃな」

「あんたがこっちだって言ったんですけどねっ?」


 あまりの言い分に突っこんだけど、確かに優介一人にしとくわけにもいかなくて、俺もテーブル席に移った。

 それから後は料理を作った上條の爺ちゃんも含めて五人で盛大な食事になった。

 つっても騒いでるのは爺ちゃんズで俺と優介は勢いに置いてけぼり。

 婆ちゃんがたまに優介に話しかけてくれて、やっぱり反応ないけど、それでも優しい表情で他愛のない世間話を続けてくれて。

 結局最初のアレはなんだったんだって忘れるくらい夜遅くまで盛り上がった。


 その半月後――優介は上條家に引き取られた。




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