現代編 ヤクソク
アクセスありがとうございます!
「お爺ちゃん……死んじゃったの?」
「ああ」
「でもでも、師匠言ったよね? 店主としてのお料理食べた最初のお客さまと約束してたって。それってお爺ちゃんのことじゃ……」
全てを知り最初と話が違うので悲しむよりも混乱してしまうリナだが
「爺さんは食べてねぇだろ。たく……最後の最後まで演技なんざ、どこまで役者バカなんだか」
呆れたように優介が指摘する。
確かに一口も食すことなくこの世を去ったが、優介の日々平穏の店主としての料理は間違いなく花谷の思い出のおはぎで。
「そのおはぎに思い出があるのは爺さんだけとはかぎらねぇだろ」
「……へ?」
「もういい、後は本人に聞け。いつまでも人様ん家の前で立ちっぱなしじゃバカみてぇだ。バカ弟子はかまわんだろうが」
「どーいう意味っ? じゃなくて、本人って――」
「ただしココロノレシピの話はするな」
「無視されたっ? だからだから――」
「さっさと頷け」
「……はい」
睨まれたリナが素直に頷くと優介は呼び鈴を押す。
「お待ちしてました、鷲沢優介さん」
数秒後、玄関を開けたのはとても美人な女性だった。
◇
美人改め花谷喜美香はもちろんこの家の住人。
昔は舞台女優として活躍していたが現在は専業主婦として夫と中学生の娘の三人で暮らしているらしい。
娘の春菜は部活で留守なので会えなかったが(演劇部らしくまさに役者一家だ)、夫の花谷一美――つまり優介が約束をしていた人物は花谷老の息子のことで。
家に招かれ、応接間でようやく目的の人物と出会えたリナだったが優介の意図が全く分からず混乱ばかり。
その優介は一美と握手を交わし二、三会話をするなり喜美香とどこかへ行ってしまう始末。
残されたリナは初対面の一美と二人きり。
四〇過ぎでも現役の役者だけあり整った顔立ちの大人な美形を前にリナも緊張――恋人の琢磨一筋なのでするはずもなく、加えて優介の弟子であり愛の親友を名乗るリナ、取り合えず何故あなたが日々平穏の最初のお客なのか問いかけた。
「父の葬儀の後にお邪魔したからじゃないかな」
一美が言うには花谷老――父親が危篤の連絡を受け、公演を終えて病院に駆けつけたが既に他界していた。
危篤を知りながらも舞台優先はさすが魂の役者の息子と言えるが、その父親の最期を看取ってくれた人物がいると医師に聞き葬儀後、訪ねたらしい。
「なにやら父の我がままも聞いてくれたらしいし、御礼に行ったのにご馳走してもらってね」
その時、日々平穏二代目としての資格を手に入れた優介の料理を食べたので最初のお客に間違いではない……がリナとしては釈然としない。
ココロノレシピは日々平穏の象徴のようなもの。
あの店でのみ味わえる優しい料理を演技としてでも花谷は食した。
ならやはり優介の最初のお客は花谷でいいと思うのだが――
「まあ……まだ再開の準備をしていたのに同じ我がままで料理を作ってもらった私も父のことをいえないか」
気恥ずかしげに頬をかく一美にリナは首を傾げた。
「お礼を言いに行ったのに注文したんですか? お腹空いてたんですね……」
「はっはっは。確かにお腹は空いてたね。葬儀中は食べる時間も無かったし……でも私は空腹を満たす為じゃなく、確かめてみたかったんだ」
「確かめる?」
「どうして彼が母のおはぎを作れたのか」
「あ……」
「驚いたものさ。病室に行くと……既に亡くなっていた父の枕元におはぎがあったんだ。ただのおはぎじゃない、私の母が得意だった思い出のおはぎなんだよ」
懐かしむ一美にリナはようやく優介の言葉を理解した。
おはぎに思い出があるのは花谷老だけではない――ここにいる一美もまた母親との思い出の料理だ。
優介のココロノレシピはあのおはぎから夫と息子へ込めた妻としての、母としての愛情が読み取れたハズ。
「見た目だけじゃない、味も……私の記憶にある懐かしい母の味だった。もう父の死を悲しむよりも驚くばかりさ。まるで母が死期の近い父の為に……おはぎを食べさせに甦ったんじゃないかってね」
もちろんそんな不思議な出来事はなく、そのおはぎを作ったのは優介だと医師に教えてもらったと一美は恥ずかしげに付け足した。
「どうして彼が母のおはぎを作れるのか確認したんだけど、何てことはない。彼の師匠が父と友人で、その師匠も昔父に頼まれてレシピを聞いて作ったことがあったらしいんだ。そしてまた、父が死ぬ前に食べたいからとその弟子である優介くんに同じことをさせたと……結局、食べれなかったようだけどね」
だがリナは真相を知っている。
一美が自分でも知らず優介の最初のお客になっていたことも知った。
最初は不完全な能力として残された思い出のおはぎ。
そして心を新たに料理したおはぎを花谷老は食すことなくこの世を去った。
でも花谷老の代わりに一美が証明してくれた。
息子として、優介のココロノレシピで再現したおはぎは本物だったと。
「でも……病室で食べたおはぎはそれこそ母が作ったように感じたのに、お店で優介くんに作ってもらったおはぎは……味は似てたけど、何か違ってね」
それはココロノレシピを使用せず、優介がレシピ通りに調理したからだろう。
当時の材料と違えば味は変わる、また料理人が違えば想いも変わるのだ。
「本当に些細な違いだったけど……悩んでいた私に彼はなんて言ったと思う?」
問いかける一美にリナは自然と微笑んでしまう。
優介の性格を考えれば難しくない。
料理における心を何よりも大切にし、必要ないことは口にしない。
些細な違いでも一美には伝わっている。
母の愛情を感じ取れた息子にココロノレシピの話は無粋だから。
「お父さんの最後を看取る為にお母さんの心がおはぎに宿ったんじゃないか、だと思います」
「……不思議な話だけど、私もそう思う。きっと天国にいる母が父を迎えにきたんじゃないかなって」
「本当に仲良しさんだったんだ」
「息子の私が恥ずかしくなるほどにね。でも嬉しい事さ、最後を看取れなかった親不幸な私に代わり母が来てくれたと思うと……ね」
少しだけ寂しそうに、でも後悔のない一美の表情にリナは誇らしくなった。
食す事はなかったが最後を笑顔で迎えた花谷老と、看取ることができず後悔を残すはずだった一美と両方の心を救っている。
食す者の心も大切にしてこその心遣い、やはり優介は尊敬すべき最高の師匠だ。
そして改めて格の違いを見せ付けられる。
「本当に凄いな……師匠」
思わず出てしまう弱音を一美は聞き取り、少しの思案後――
「偉大な師匠がいるのはとても幸せなことだね」
突然話題を変えた。
「私も父に……師に演技を教わり、今も続けている。でも練習して練習して……どれだけ努力を積み重ねても遠いままさ。魂の役者と呼ばれたあの観衆の心を震わせるような演技に遠く及ばないんだ」
それはリナの気持ちを代弁しているようなのに、笑顔で。
「でもだからこそ挑みがいがある。目標になる。簡単に追いつけるような背中はつまらないだろう? 生涯唯一の道を見つけたなら、それこそ一生をかけて楽しみたいじゃないか」
不安も迷いもなく、強い心で言葉を紡いでいる。
「私は演技を教わったこと、演技と言う道を示してくれた父に……師に、心から感謝しているよ」
同じ気持ちなのに、笑顔で挑んでいる一美がリナには眩しく見えた。
この心のあり方の違いは何だろう?
やはり心の成長による差なのかもしれない――と、リナが結論付けようとしたが
「まあ偉そうな事を言ってても、私も不安はあるけどね」
「……え?」
思わぬ一美の弱音に目を丸くする。
「本当に父のような演技が出来るだろうか? いつか追いつき、追い越すことが出来るのか? これは無謀な挑戦ではないか……なんてね」
更に出てくる弱音が意外で。
一美も優介と同じ心の強い人だと思っていた。
でも優介は全く弱音を口にしない。
誰の前でも何があっても決して弱い自分を見せないのだ。
なのに初対面のリナに平気で弱音を吐ける一美が意外で、同時に親近感が湧いてくる。
ならこの人なら知っているかもしれない。
「じゃあどうして……前向きでいられるの?」
心の成長ではない――心のあり方の答えを。
「そんなに不安なのに、嬉しそうに師匠を目標に出来るの?」
リナの真剣な問いかけに、一美はちょっとだけ恥ずかしそうに笑った。
「大切な人が……妻と娘が応援してくれているから、だよ」
その言葉にリナの脳裏に初めて自分の夢を語った時、笑わず頑張ってと応援してくれた琢磨の顔が思い浮かぶ。
「なら私が自分を信じて、走り続けないと二人に顔向けできないじゃないか」
大切な人の声援が、信じてくれる気持ちがどれほど力になったかリナも覚えている。
だから積極的に動こうと思った。
優介に本格的な料理修行をお願いして、師だけでなく恋と愛にも自分の夢を語ることができた。
なのに優介の偉大さを知れば知るほど不安になっていた。
一番大切な人の声援を忘れて落ち込むばかりで――
「ごめんね……琢磨さん」
「ん? 何か言ったかね?」
思わず口にした謝罪の言葉に首を傾げる一美にリナは首を振る。
もう大丈夫。
自分にも応援してくれる人がいると思い出せたから。
また不安になっても、落ち込んでも、大切な人が信じてくれるならリナも迷わず走り続けることができると気づけたから。
「何でもないです。おじさん、ありがとうございました」
「……どういたしまして。で、いいのかな」
「うん!」
苦笑する一美にリナは無邪気な笑顔を見せた。
「……やれやれ。ようやく入ることが出来る」
と、応接間の戸が開くと同時に面倒げな声にリナと一美は肩を震わせた。
「おかげで料理が冷めちまった……が、いい話が聞けたな。そう思うだろう?」
「はい」
だが優介よりもその隣にいた喜美香に一美は目を丸くし
「き、喜美香……いつからそこに?」
「貴方がお父さんの自慢をしていたあたり……でしょうか。私と春菜が一美さんの力になっていたなんて……知りませんでした」
「~~~~!」
頬を染める喜美香以上に顔を赤くしてソファーに縮こまってしまった。
まあ本心でも、いや本心だからこそ自分の思いを本人に聞かれるのは恥ずかしいのだろう。
「……師匠、盗み聞きはよくないと思う」
「廊下にいたら偶然聞こえただけだ」
「その廊下で止まってたら盗み聞きだよね……。ていうかさーどこ行ってたの?」
「本来の目的を果たしてたんだよ」
呆れるリナに悪びもなく優介はテーブルの上に大きな皿を置いた。
「……おはぎ? あ、もしかして……」
餡子、茶葉、黄粉と味を分けた丸いおはぎに聞いた花谷老の思い出のおはぎが思いつく。
リナの予想通り優介は頷いた。
先月、花谷老の命日後一美から連絡があり、一回忌を向かえてふとおはぎの事を思い出しまた作って欲しいと頼まれた。
だが優介はいつでも食べれるようにレシピを教えると答えて休みをあわせてここを訪れたらしい。
そして台所で喜美香に料理指南をしていたのだが。
「レシピ教えるだけなら電話でいいんじゃないかな……」
義理堅く料理に誠実な師匠らしい行動だと嬉しくもあるが、教える側の優介がわざわざ本土まで出向いた事にリナも呆れてしまう。
「ついでの用があってな」
「用事?」
「さっさと済ませるか。バカ弟子、お前も来い」
「え? どこにっ……て! 待ってよ師匠!」
気づけば何となくいい雰囲気の花谷夫婦を一瞥して部屋を出る優介をリナは慌てて追いかけた。
「花谷さんのお家でウロウロしていいの?」
「許可は得ている。レシピを教える御代としてな」
その証拠に初めて訪れた家でも迷うことなく優介は玄関から一番奥の部屋に入った。
畳敷きの室内は木製のテーブルと仏壇があり、ついでの用が何なのか理解する。
「ふん……どこまでもふざけた爺さんだ」
「でも元気そうなお爺ちゃんだよ」
苦笑する優介にリナはおかしくて笑った。
仏壇に置かれている写真には、満面の笑顔でピースサインをしている老人。
遺影にしてはどうかと思うが話を聞いていた通りの人物で、リナはようやく花谷老の顔を知ることができた。
「……そっか。お爺ちゃんにお礼が言いたかったんだね」
「いや、違うな」
否定する優介は仏壇前に正座すると持ってきていたバッグに手を入れる。
思い返すと何を持ってきたのかと気にするリナが見つめる中、取り出したのは小さなタッパー。
蓋を開けると甘い香り――中には俵型のおはぎが二つ並んでいた。
「考えてみりゃつまみ食いされただけで、俺の料理をちゃんと食ってなかっただろう。改めてご馳走してやるよ」
「……やっぱお礼じゃん」
「違う。カリを返しに来ただけだ」
「何が違うんだろ……?」
あくまで認めないことに脱力するリナを無視して優介はタッパーのまま仏壇に供えて両手を合わせ、微笑みを浮かべた。
「これが俺の料理だ。あの世で嫁と仲良く食え」
◇
リナも仏壇に手を合わせると優介は帰るぞの一言。
せっかく来たんだからゆっくりすればいいと花谷夫婦が引き止めるが、明日は学園や仕事もあると断られては仕方がないとお礼もかねて四季美島行きのバス停まで一美が車で送ってくれた。
「今度は私がお店に行くよ。妻と娘の三人でね」
再会を約束し、優介とリナは四季美島行きのバスに。
行きと同じく隣りに座るとリナは窓の外に目を向けたままの優介に視線を向けた。
「ねぇ師匠」
「うるせぇ迷惑だ」
「……まだ誰も乗ってないよ?」
昼過ぎの中途半端な時間、加えて発車前なので運転手もいない車内で迷惑もないのだが
「俺に迷惑だ」
あいも代わらず俺様発言、しかしそこは弟子のリナ。
「なら問題ないよね」
弟子は師匠に迷惑かけるものと言わんばかりの返しに優介からため息が漏れた。
だがそれでもリナは伝えたい言葉がある。
滞在時間は短くも、この訪問で学んだことを一番に伝えたい。
「リナね、もう恥ずかしいとか自信が無いとか言わない。リナの夢だもん、リナが恥ずかしがったり不安になってたら叶いっこないもん」
応援してくれる大切な人がいるなら、精進を続けて夢を掴み取ることが自分の出来る御礼だと気づけた。
この小旅行は料理修行、その成果と新たな決意を最初に師匠に伝えたかった。
故にリナは姿勢を正し迷いのない笑顔で口にした。
「リナは師匠に負けない料理人になるんだ。それで日々平穏みたいな、美味しいお料理と温かくて楽しい時間を提供する、素敵なお店を持つの」
「……そうか。ならせいぜい精進することだ」
優介は窓の外を眺めたままで、素っ気ない返答でも気にならない。
優しく微笑む――弟子の成長を喜んでくれている師匠の顔を窓が映して教えてくれたから満足だった。
「でもさ、どーせなら師匠が教えてくれればよかったのに」
「……何のことだ」
「大切な人が応援してる夢を恥ずかしそうに語るなー、とか言ってくれればリナも気づけたのにさ。わざわざおじさんに会わせなくても良かったんじゃない?」
結果として心のあり方を知れたので不満はないのだが、もしあの時リナが質問しなかったら今も悩んでいた。何よりこの回りくどい修行の意図は何のためにと疑問に残っていたが――
「色ボケ同士、気があっただろ」
小ばかにしたような物言いにリナも唖然。確かに一美とは馬が合い送りの車内でも盛り上がったが。
「なにより劣等感を抱いている相手になに言われても聞く耳もたねぇ。実際、さっきも俺のありがたい励ましもお前には響かなかったろ」
「……そうでした」
他にも理由はあったようで面倒げに続いた言葉にリナも納得。
もちろん師の言葉は嬉しかったし疑っていたわけでもない。
しかし――言い方は悪いが――不安の元凶だった優介よりも共感の持てる一美の言葉の方が素直に受け入れられた。
「分かったらこれからは口答えせず俺に従え」
「……師匠がもう少し優しくしてくれればリナも言うこと聞くのに」
「言った側からまた口答えか。恵まれたバカ弟子の分際で」
「だからその口の悪さを――」
懲りずに言い返すリナは思い留まる。
「……チッ」
リナの態度で自分の失言に気づいたのか優介が小さく舌打ちするが、先ほど見えた窓に映るその表情が寂しげで。
喜三郎と優介、二人の師弟関係は二年半。
まだ教わりたいことはたくさんあったのに、もう叱られることも褒めてもらうこともない。
なら自分で驕ることなく精進し、自分に厳しく、自分で答えを見つけるしかない。
だから優介の心は強い。
だからこそ、一瞬でも見せた初めての弱さにリナは自分がどれほど恵まれているかを知った。
「うん! リナすっごく恵まれてる」
でもここで励ましや同情の言葉は必要ない。
「だからこれからも師匠にいっぱい修行してもらって、怒られて……あ、でもたまには褒めてね」
それが師を――優介を侮辱することだと半年の師弟関係で理解している。
なにより優介は自分より恵まれていると思えたから。
「分からないことがあったら教えてもらって、迷ったら助けてもらって、間違ってたら正してもらって」
「……どんだけ贅沢なんだよ」
なら呆れられても構わない。
「安心して。ちゃんとカリは返してあげるから」
どれだけ辛い過去を経験しても、生涯唯一の師がいなくても。
「リナがお店持ったら師匠を最初のお客様にしてあげる。だから途中で投げ出さないでね」
自分を奮い立たせてくれる大切な存在が二人もいる優介は誰よりも強いのだ。
「だって師匠はリナの生涯唯一の師匠だから」
強い師に甘える無邪気な自分こそ、リナの弟子のあり方。
「……ずいぶんと安上がりな授業料だ」
「そうかな? 琢磨さんよりも最初だよ?」
「どこまでも色ボケやがって」
やはり呆れたため息が漏れるがリナは笑顔を絶やさない。
「それなりに楽しみにしててやるよ」
窓越しに優介がいつもの面倒気な苦笑を見せてくれたから。
これからも尊敬する師匠と共に日々平穏で、夢を叶える為に精進するとリナは改めて心に誓った。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へお願いします!
また感想もぜひ!
読んでいただき、ありがとうございました!




