過去編 ヨイユメヲ
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バスが走り去り、微妙な空気の中――
「白河、爺さんに電話しろ」
「何事もなかったように……でも、少しは頭冷えたみたいだな」
花谷は喜三郎だけじゃなく孝太の祖父、十郎太の友人でもある。
ならば連絡先くらいは知っているだろう。
再びベンチに座り指示する優介に従い、孝太はスマホを取り出した。
「でも花谷さんって本土に住んでるんじゃないか」
「なら出向くまでだ」
「……今から?」
「構わん。あのジジィも準備中にきやがったしな。迷惑なのはお互い様だ」
「じゃなくて……本土なら近くても着くの夜だぞ」
「……恋と愛を待たせてるんだよ」
「納得」
どうやら優介が焦っているのは汚名返上だけじゃないようで、孝太も苦笑しつつ通話ボタンをプッシュ。
運よく繋がり、受話器越しに不機嫌そうな声が。
『なんじゃバカ孫』
「爺ちゃんまでバカ呼ばわり!」
『用がないなら切るぞい、ワシは忙しいんじゃ』
「用があるからかけてんの!」
『また女にでもフラれたか。お前はバカじゃから仕方なし』
「ちげえよ! つーかフラれてねぇし!」
「…………貸せ」
全く進まない二人の会話に苛立ち優介がスマホを奪い取った。
「俺だ」
『ん? その声は優坊か』
「優坊は止めろ。それより聞きたいことがある」
『なんじゃ用があるのはお主か。それで、ワシに用とは?』
「何で俺には冷たい爺ちゃん!」
スムーズな会話に孝太が絶叫するが、優介は無視して続けた。
「花谷という爺さんを知ってるだろう。今どこにいる」
『花谷……? おおあやつか。ん? しかし何故お主が……』
「数日前店に来た。そんなことは――」
どうでもいい、と続けようとしたが、受話器越しに十朗太が息を呑み
『店にじゃと? そんなハズはなかろう』
「……どういうことだ」
十朗太には珍しく焦燥感を帯びた声に優介は眉根をひそめ言葉を待つ。
『ありえんよ。あやつは今――』
そして花谷の居場所を聞いた瞬間、信じられない気持ちと――満足させる為に必要な最後の味付けを理解した。
◇
バタン――ドアの閉まる音にゆっくり、ゆっくりと目を開ける。
記憶にある真っ白な室内がオレンジ色に染まっているのは夕日が差し込んでいるからか。
まだ僅かに残っている感覚が懐かしい匂いと。
「目が覚めたか」
待ち望んだ声を教えてくれて、花谷は微笑を浮かべた。
◇
「ずいぶんと遅い出前じゃったのう……」
「本来出前なんざしねぇんだ。来てやっただけでも感謝しろ」
ため息を吐きつつ優介はベッド脇に椅子を寄せて腰掛ける。
四季美島総合病院の集中治療室が花谷の居場所だった。
病状は聞いていないが余命半年もない入院患者として。
十郎太から全てを聞かされた。
昨年から花谷は入退院を繰り返していたが年度末に倒れ、寝たきりの生活。
そして一月前、本土の病院で余命を宣告された。
故郷で最後を迎えたいと、無理をしてまで島の病院に転院してきたと。
そんな病人が日々平穏に訪れたのだから十郎太が疑うのは無理もない。
「いい歳してはしゃぎやがって、ガキか」
「男はのう、死ぬまでガキじゃ……」
「ならこの状況が……テメェの本望か」
「ほっほっほ……ワシの人生最後の演技、どうじゃった……?」
「見事な……演技だった」
「言ったじゃろう……魂の役者、じゃとな……」
花谷は一時的に回復した身体で病院を抜け出し、日々平穏にやって来た。
ロウソクの火が燃え尽きる寸前に激しく燃えるように、自らの死期を早めてしまう覚悟で最後の生命力を振り絞り。
結果、指すら動かせない身体となり、こうしてベッドの上で過ごしている。
だが四日前――つまり日々平穏を訪れた後、激怒する医師に悪びもなく頼みごとをした。
今後、もし自分がどうなろうと、面会謝絶になろうと訪ねて来た少年には必ず会わせて欲しい。
同時に少年がすることを黙認するよう……遺言を残していた。
お蔭で親族でもない優介がこうして面会することが出来ている。
そして遺言を口実に病院の調理場を借りて作った料理を届けることが出来た。
「その役者バカに差し入れだ」
優介は手にしていた皿を花谷に見えるよう掲げる。
皿の上には餡子、茶葉、黄粉と味を分けた丸いおはぎが三つ。
ココロノレシピで読み取った花谷の思い出のおはぎだ。
妙な遺言を残していたのはもう一度優介が自分の前に現れると信じてのこと、そして期待に応え用意したのだが。
「……お前さんは、なぜこのおはぎを用意した……?」
花谷はおはぎに目もくれず、真剣な眼差しで優介に問いかける。
四日前の自分ならこの問いに間違っていただろう。
ココロノレシピを快く思っていない自分はただ食したいからと答えていた。
皮肉にも嫌っていたココロノレシピが教えてくれた自分と師の違い。
喜三郎はただ自己満足で食す相手に喜んでもらいたいと美味い料理を提供していなかった。
常に心を込めて料理と向き合っていたならば弟子である優介が心を疎かにするのは間違っている。
「知れたこと」
ココロノレシピは相手の目を見るだけで、思い出の料理のレシピを知り、同時に作り手の込められた心をも読み取り完璧に再現できる。
しかしどのような能力でも、料理を作るのならそれは調理法の一つでしかない。
ならばココロノレシピを嫌っていては店主どころか料理人失格だ。
「死を覚悟してまで、愛する妻の料理を食いたいと願ったバカな男の為だ」
調理法を嫌う料理人が心を込めた料理など作れるはずがない――優介は微笑を浮かべおはぎに込めた自らの心を口にした。
「……店主として認めてもらうため、と言わんのなら……待ったかいもあったわ」
「それは何より」
「ほっほ……忘れるでないぞ。料理人に心があるように……食す者、お客にも心はある。双方の心が重なり合うことで初めて……温かな料理になると」
「……肝に銘じておく」
人は栄養を摂取する為に食事をするが過剰摂取すると身体を壊す。
それと同じで優しい思い出も浸りすぎれば心を蝕む。
過去を振り返るばかりだと前には進めず、いつまでも成長しない。
ならばココロノレシピの料理もただ作るのではなく、相手の冷えた心を知り、温めるに必要な心を提供しなければならない。
「お喋りはもういいだろ。さっさと食え」
一息つき、優介はおはぎを手に取る。
「そしてさっさと退院しろ」
「心の料理には心の御代……じゃな」
「……いいから食え」
花谷の言葉を無視して優介はおはぎを口に近づけた。
弱々しく花谷の口が開かれ――
「ほっほっほ……これぞまさしく妻のおはぎじゃ……」
ゆっくりと味わいながら表情を綻ばせた。
満足そうに……しかし優介の目が大きく見開かれる。
「おい……」
「美味い……美味いのう……やはりこのおはぎは……世界一じゃ……」
「なに言ってんだ……テメェ」
「それに隠し味がようきいとる……ワシを元気にしたいと……料理人の……心が……」
「……チッ」
「ありがとう……二代目店主、鷲沢優介……これで……いい夢が……みれそうじゃ」
「そうかよ……」
「はぁ……ほんに、うまかっ……た……」
それっきり花谷は何も言わない。
ただ幸せそうな笑顔で。
永久の眠りに就いた。
「最後の最後まで、あんたは魂の役者だったよ」
おはぎを皿に戻し優介は立ち上がり。
「また……残しやがって」
椅子の上に一口も食されなかったおはぎを残して病室を後にした。
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