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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ1 サンニンレシピ
5/365

ハツコイオムライス 1/6

本日四度目の更新です!

アクセスありがとうございます!



 あたしの好きなオムライス。

 外は半熟ふわふわのたまご焼き、中は甘いケチャップライス。

 オムライスにはケチャップで文字が書かれている。


 その味は文字通りで、あたしは恋に落ちた。


 ◇


 観光客で賑わうゴールデンウィークに入り、日々平穏は怒涛の忙しさに追われていた。

 しかし優介と恋愛コンビの本業はあくまで学生。

 平日の授業を一部抜け出せる特例の権利を得ているが、試験で一つでも赤点を取った者は次回の試験で挽回するまで権利剥奪、更には営業参加禁止となる。故に一五時~一六時の休憩時間は主に勉強時間に充てていた。

 まあ実のところ本来より一学年下に通い、入院中も暇つぶしに勉強していた愛は学年首位。

 強面で俺様主義の優介も平均を確実にキープしている、つまりデキる子なので試験は問題ない。

 問題なのは赤点ギリギリが三教科もあった恋だけだったりする。


「……だからこの結果だ。理解したか」

「じぇんじぇんわかりましぇん……」


 優介の奮闘空しく恋は頭を抱え込んだ。


「うう……この世の全てが数字で出来てればいいんだ」

「嫌な世の中だ」


 恨みがましく物理の教科書を覗き込む恋に優介は呆れるしかない。

 普段から日々平穏の売り上げや仕入れ管理を担当している恋は、数学だけは学年でもトップクラス。なのに他の科目が出来ないのを不思議に思う。


「優介さま、もう止めましょう。これ以上、恋が苦しむ姿など見たくありません」

「愛……あんた……」


 沈痛な面持ちで語りかける愛に、さすがの恋もその優しさに心打たれ――


「そんなにあたしを追い出したいか!」

「はい」


 きっぱりと笑顔で頷かれてしまった。


「うがーっ! どこまで性根腐ってんのよ!」

「恋の顔ほどでしょうか」

「どーいう意味!」


「……うるせぇ」


 せっかくの勉強会も思うように進まず優介のイライラが募っていくばかり。


「おーおー、やってるなぁ若者ども」


 そこに陽気な声が店内に響く。

 店内奥の居間から現れたのは黒く長い髪を鈴のついた白いリボンで一つにまとめ、切れ長の瞳に涼やかな笑顔が美しい女性。愛の六つ離れた姉である(かみ)(じよう)(こう)()だ。


「苦手なところを仲間で補う、これぞ青春。よ、日々平穏のマスコット恋愛コンビ!」

「誰がこんな奴の仲間ですか!」

「誰が泥棒犬の仲間ですか!」


「「なにより恋愛コンビと呼ばないでください!」」


「お腹すいた~優介ごはん~」


 恋愛コンビが互いを指差し息の合った否定をするが、好子は聞く耳持たずカウンター席に座ると優介へお願いしていた。


「作って冷蔵庫に入れてある。チンして食え」

「いーやーだ! 出来たてほかほかがいいー。温かなごはんがいいー」

「なら飯の時間に起きやがれ」


 悪態を吐きつつも優介は厨房へ。

 好子は『(しん)(じよう)(あい)()』というペンネームで一五才からプロの小説家として主に純愛、青春像を得意とした作風で女子中高生に絶大な人気を誇っている。故にその生活は不規則で、むしろ昼間に起きているほうが珍しい。

 そして相手が誰だろうと指図を受けない優介が、唯一逆らえない二人のうち一人が彼女なのだ。


「なにが食いたい」

「さっすが優介! ラーメンセット、ニンニクたっぷりで」

「起きぬけによく食えるな」

「食べる子は良く育つのよん」


 胸を張る好子の肢体は確かに成長している。しかもただ大きいだけでなく見事なバランスは、グラビアアイドルも生唾呑みそうな抜群のプロポーションだ。


「……なによ?」

「なにも」


 恋の視線に愛は勝ち誇った余裕の笑み。


「五十歩百歩」

「こんなのと一緒にしないでください!」


 だが好子の一言で愛の余裕はあっけなく消えてしまった。


「ちなみに優介はどっちが好み?」

「知らん」


 適当に流しながら優介は料理を続けていると、いつの間にか女性三人で雑談になる始末。勉強はどうなったともう指摘する気もおきず、盛り付けを済ませてカウンターに置いた。


「いやーん! 美味しそー」

「当然だ。さ、俺たちは勉強に……」


 厨房から戻ってきた優介が再び席に着こうとしたとき、ガラリと戸が開かれた。


「あ、今は休憩中で――」


 来客が間違って入ってきたと恋が営業スマイルを浮かべ――硬直した。


 そこにはスキンヘッドにサングラス、黒のスーツ姿の大男。一目でその筋の人を思い浮かべ、勝気な恋もさすがに身構えてしまう。


「表の札が見えねぇのか。今は休憩中だ」


 だがさすがはと言うか優介はいつものふてぶてしい物言いで睨みつけた。


「四時に再開するからその時にでもこい」

「そうでしたか……残念」


 すると男の陰から大きくクリッとした瞳で清楚なショートの髪が似合う女性が顔を出し、その柔らかな声に場の空気が和み。



「ああぁぁぁぁっ!」



 同時に恋が何かに気づき声を張り上げた。


「あなた……もしかして、ハルノヒカリさんですかっ?」

「へ……? あ、はい。そうですけど……」


 驚きつつ女性が頷けば恋は更に興奮したようで、椅子を倒して一目散に駆け寄った。


「あたし大ファンなんです! 握手してください!」

「はい。喜んで」


 両手を差し出す恋に慣れた対応で女性は握手を交わし、一部始終を見守るしかなかった優介が呟いた。


「……誰だ?」

「なっ! ユースケ知らないの? この人、アイドルのハルノヒカリさんじゃない。去年デビューしてから人気急上昇でテレビにもしょっちゅう出てる――」

「知らん」

「……そーですか」


 あまりの即答に冷静になった恋は肩を落とし、改めてハルノヒカリへと顔を向けた。


「でもどうしてヒカリさんがこんなところに?」

「こんなところ……」


 不満げな優介に一礼してハルノヒカリはアイドルらしい華やかな笑みを浮かべる。


「今年から四季美島の観光イメージに選ばれまして、今プロモーション撮影してるんです。その休憩中に島の美味しい料理が食べたいと話してたら、観光代理店の店長さんからぜひここの料理をと薦められたの」

「そうでしたか。ならどうぞどうぞ」

「おい、今は休憩中……」

「さ、こちらにお座りください」


 優介の制止も聞かず恋はヒカリと大男を招き入れテーブル席を勧めてしまう。


「あの……いいんですか? 休憩中でしたらまた後日に……」

「いいんですよ。どうせ暇してましたから」

「誰のための勉強会だ」

「それに撮影中なら忙しいですよね。遠慮なさらず食べてってください」

「作るのは俺だぞ」

「ではでは、ご注文をどうぞ~」

「……聞いてねぇし」


 完全無視で進める恋の背後でイライラを募らせる優介に遠慮しつつ、ヒカリは壁に貼られているメニューに目を向けようとして。


「…………あれ? もしかして」


 視線がカウンター席で我関せずと食事をしている好子を凝視。


「お食事中にすみません。もしかして神条愛子先生……ですか?」

「ふぁん?」


 ヒカリに声をかけられた好子はチャーハンを掬ったレンゲを咥えたまま振り返る。顔をハッキリ見たことで確信を得たのか、ヒカリはこれまでとは違う無邪気な笑顔を浮かべた。


「やっぱり神条愛子先生ですよね? 私大ファンなんです!」

「ん~? なーんか、あんたの顔見たことある……あ、ハルノヒカリだ」

「キャー! 私のこと知っててくださったんですね。感激です!」

「つーか何でアイドルがこんなとこにいんの?」


「こんなところ……」


 やはり不満満載の優介の呟きは届かず、食事に夢中で事情を聞いてなかった好子に恋が説明する。

 ヒカリの瞳は恋が彼女を見ていたものと同じく憧れの眼差しで、どうも好子がプロ作家としてデビューしたころから追いかけていたほどのファンらしい。


「――ふーん。観光イメージねぇ……そりゃがんばって」

「はい頑張ります! あの、よろしければ……」

 大きく頷いたヒカリは大男が担いでいたバッグから書籍を取り出す。それは先月発売したばかりの神条愛子の新刊で。


「買ってくれたんだ。どうだった?」

「はい! 今回の作品も凄く良かったです。それでこの本にサインしてください!」

「いいよん。愛、ペン貸して」


 気さくな態度で了承し、愛から受け取ったペンで表紙にサインを書いた。


「えっと……名前はどうする?」

(かす)()()(ひかり)でお願いします。漢字は……」

「ほいへいっと」

「それにしてもどうして先生がここに? もしかして観光ですか?」

「あたしここに住んでんの」

「そうでしたか! わ、嬉しい――」


「…………あの」


 興奮しつつサイン本を受け取るハルノヒカリこと春日井光の横に、いつの間にか大男が立っていた。野太い声で迫力ある風貌、しかし顔が赤い。


「自分にもサインを」


 しかも両手には光と同じく好子の新刊。つまり彼も上條好子改め神条愛子のファンということで、女子中高生に絶大な人気を誇る純愛小説を――


「「…………っ」」


 恋愛コンビが同時に噴出しそうになるが慌てて口を塞ぐ。

 ちなみに優介はどことなく落ち込んでいた。


「いいよん。あんたも名前入れとく?」


 だが好子は光に対する態度そのまま本を受け取り気さくな対応。


「はい……(さか)()(かず)()で。漢字は――」

「へいほいっと」

「それと……握手、してもらえませんか」

「いいよ」


 ラーメンの汁が飛び散った手を差し出されたにも関わらず、和美は自分の右手をゴシゴシスーツに擦りつけ緊張で震えながらも握手を交わした。


「和美さんいいなぁ。あの、私もお願いします!」

「いいよ~」


 そして光とも握手を交わし好子は再び食事を始めた。


「どうしよう……手が洗えない……」

「自分もです……」


 夢見心地な顔でその場に立ち尽くす二人に厨房から敵意むき出しの視線。


「…………注文しねぇならとっとと帰れ」

「あ、はい! すみません」

「もうしわけありやせん」


 二人は慌てて壁のメニューへ視線を向けた。


「では、日々定食とやらを」

「私は……」


 先に注文を決めた和美の隣で、僅かの迷いを見せていた光はボソリと呟いた。


「……オムライス」


「――――っ」


「あ、光さんもオムライス好きなんですか?」


 その時、優介が微かに呻いたが即座に質問する恋の声にかき消されてしまう。


「え……あ、ええ。子供っぽいでしょうか」

「そんなことないですよ! 私も好きなんですオムライス。では、日替わりとオムライスですね。少々お待ちください」


 *


 ――あたしは世界を半分失った。


 顔の左半分を覆う包帯、奇跡的にキズは残らないのは乙女として嬉しいけど、片方の世界を失うのとどっちが良かったのかな?

 元々あたしの家はごく平凡な家庭。

 お父さんとお母さんが共働き、あたしは普通の学生。あの頃は普通の生活がどんなに幸せか、なんて考えてもなかった。

 でも幸せはちょっとしたことでゴロゴロ落ちていくんだなって今は痛感。

 そのちょっとした理由はお父さんがリストラを受けたこと。詳しいことはわかんない、聞ける状況じゃなかったから。

 お母さんの収入でなんとか生活はできた。

 でもお父さんが変わっちゃって、あまり飲まなかったお酒をがばがば飲み始めて、タバコなんか吸いはじめた。

 リストラのせいで――なんて思わないよ? だってゴロゴロ落ちたのはお父さんが弱いからだもん。

 でもさ、あたしはお父さんが好きでほっとけなかった。だから学校帰りにお店の前で酔って暴れてたお父さんを見過ごせなかった。

 恥ずかしいから、とかじゃなくて、いつかお父さんが立ち直った時にそんなことしてたら不利なんじゃないかな? て思ったら体が勝手に動いてた。


 結果――ビール瓶で強打された左目の視力がなくなった。


 大好きな空手も出来なくなって、お父さんは傷害罪で逮捕、呆気なく離婚、ほんとちょっとしたことでゴロゴロだよ。

 こんな姿じゃ学校にも行けないし、なにより事件のせいで周囲が騒いでるみたい。ほっといてよって感じ。

 お母さんも同じことを考えてたのか、退院して部屋でボーっとしてたらこの町を出ようって話してきた。当然だよね、ここにいると好奇の目で見られるし、あたしも悲劇のヒロインなんてまっぴらだもん。


『四季美島がいいな……』


 どこへ引っ越すかって話になった時、あたしの口からそんな言葉が出た。お母さんも少し驚いたけど賛成してくれた。

 どうしてかな? わかんないけど、あたしは島に帰りたかった。

 あの頃はお父さんが優しくて、普通の幸せを味わえてたから……みたいな浸りたい気持ちじゃないと思う。


 でもなんか、無性にあの島に帰りたかった。


少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価、感想などをお願いします。

読んでいただき、ありがとうございました!

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