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オモイデレシピ  作者: 澤中雅
レシピ3 カタリベオハギ
45/365

現在編 オサソイ

アクセスありがとうございます!



「で、何の不満がある」


 午前の営業を終えた優介はテーブル席でふんぞり返った。

 あの抗議後、お客が入ってきたので一時中断し昼休憩で用件を聞くことになり、向かいにはリナが座っている。

 ちなみに愛は優介に代わってまかないを作るため厨房に、恋は一人で片付けに周り聞き耳を立てていた。


「そもそも急になんだ。これまでは文句言わずにやってたろ」

「今まではお手伝いとしてだったけど、今月からリナも正式に雇ってもらえたじゃない」

「……バイトでな」


 リナは半年前、優介に料理を教わって以来手伝いとして日々平穏で働いていたが、愛と同じく今年から撫子学園高等部の一年生となり正式なバイトになった。

 もちろん手伝いと言っても給料は発生していたが、やはり契約書で雇われていれば気持ちが違う。


「バイトでもお店に雇われてるし、リナは師匠の弟子なんだからそろそろ本格的に調理の仕事させてよ」


 そして日々平穏の正式な一員となった今、本格的な料理修行として調理に関わりたいのだが――


「却下だ」


 清々しいまでの即答だった。


「どーしてっ?」


 しかしリナも引き下がらずテーブルに両手を付いて抗議すれば、優介は面倒げにため息一つ。


「お前の腕前じゃ客に迷惑だ」

「う……」


 痛いところを突かれて意気消沈。

 この半年、店を手伝う合間に優介から料理について教わり自宅でも母親に代わり食事の用意をしたり、恋人である綿引琢磨の弁当を作ったりと努力を続けたリナの腕前は実のところ同年代では高い。

 しかしあくまで学生レベル。

 日々平穏はお金を貰って料理を提供する場、家族や友人ではなくお客を相手に料理を振る舞うならやはり見劣りしてしまう。

 加えて師と呼ぶ優介はもちろん、唯一日々平穏の厨房に立つことを許されている愛の足元にも及ばない。

 まあ二人の腕前が異常に高いので比べる相手が悪いのかもしれないが。


「で、でも……皮むきとか盛り付けとか味付けに関係ない調理なら……」


 それでも諦めきれないのかリナがなおも食い下がる。


「却下だ」

「なんでっ?」


 再び清々しい即答にリナは驚愕。


「なんだか懐かしいな~」


 平行線になり始める中、お冷を用意する恋が感傷深く微笑んだ。


「ユースケも昔、リナちゃんみたいによくお爺ちゃんに噛み付いてたよね」

「……何の話です?」


 恋の言葉にキョトンとなるリナに代わり厨房から愛の不機嫌な声。

 一年前に日々平穏が再開する二ヶ月前に引っ越してきた愛は修行時代の優介を知らない。

 好きな人のことを何でも知りたいが、それをライバルである恋に聞くのは不満のようだ。


「ユースケも同じってこと。お爺ちゃんに料理の修業だってずっと洗い物や掃除ばかりやってたの。で、料理の修業はどうなってんだって抗議してた」

「……ふん」


 懐かしく語る恋だが優介の表情は険しくなる。

 彼にとってあまり良い思い出ではないようだ。


「ふ~ん。師匠にもそんな時代があったんだ。でもさ、ならリナの気持ち分かるよね?」

「まあな」

「じゃあ――」

「却下だ」

「……まだ何も言ってないのに」


 三度の即答にリナも完全に意気消沈。

 そのいじけっぷりに似た経験をした優介は仕方なしに切り出した。


「向上心は認めるが仕事中、ここの厨房に立って指南するのは効率が悪すぎる」

「そうだけど……」

「もし今まで以上に腕を磨きたいのなら、これからはまかないを任せてやる。それなら時間に囚われず細かな指導も出来るし、失敗しても食うのは俺たちだ。お前らも構わないだろう」


 優介の問いかけに恋と愛は迷いなく頷く。

 二人としてもリナの修行になるなら不服はないようだ。


「なら決まりだ。愛、代われ」

「わかりました」


 早速指導する為優介が席を立つ――も、やはりリナは沈んだ表情のままで。


「じゃあリナが愛ちゃんみたいに上手くなったらここの厨房に立たせてくれる? お客さまにお料理作る師匠と一緒にリナも作っていい?」

「……なぜそこまで厨房に立つことに拘る」


 意固地なまでの拘りを見せるリナに優介は上げた腰を下ろしため息を吐く。


「そもそもお前が俺に料理を教わっているのは綿引のためだろう。なら効率よく腕を磨ける方がいい。なのに何故わざわざクソ忙しい時に教わろうとする」

「やっぱり邪魔かな? リナじゃ師匠みたいなお料理作るの無理かな?」

「……邪魔でも無理だとも言ってねぇ。俺は理由を聞いている」

「えっと……笑わないで聞いてくれる?」

「お前の顔ほど愉快な話じゃないならな」

「どーいう意味っ?」


 さらりと毒舌を吐かれてリナは抗議するも


「言え」

「うん……」


 明らかに苛立っている優介の迫力に勢いをそがれてしまい、恥ずかしそうに口にした。


「リナもね、その……師匠みたいにお店持ちたいなって……」


「「は?」」


 その告白に恋と愛は呆気にとられてしまう。


「まだ琢磨さんにしか話してなかったけど……将来の夢っていうか……お金貯めて、師匠に認められるくらいお料理上手くなったら自分のお店持ちたいんだ」

「……この私に何も教えてくれないのは少し水臭いのではないですか?」

「ごめんね、愛ちゃん。タイミングがなかったのもあるけど……やっぱりまだリナの腕じゃ口にするのも恥ずかしい夢だし、笑われるかもって……」


 普段は自信過剰で暴走気味なリナが謙虚な態度になっているのはこの半年、料理人としての優介を見てきたからだろう。

 どれだけ大変なことか、どれだけ師の背中が大きなモノかを知り、それでも真剣に考えて決意した夢だ。

 日々平穏は何より心を大事にする場所、そこで働く愛と恋がそんな大切な夢を笑うわけもなく顔を見合わせ表情をほころばせた。


「誰が笑うものですか。あなたの夢、私は応援します」

「尊敬するよリナちゃん。あたしも応援するからね」

「えへへ……ありがとう」


 同時に力強いエールを送られてようやく緊張が解けたのか、リナはいつもの無邪気な笑みを浮かべた。


「俺は厨房に立ちたい理由を聞かせろと言ったハズだ」


 ただ師である優介は険しい表情を変えることなく再度問いかける。


「自分の店を持ちたいと精進する心がけは褒めてやろう。だがそれなら俺の提案でも構わないはずだ。なのに何故お前は効率の悪い方法を求める」

「それはリナが師匠の弟子、だからかな?」


 対しリナは自信なく、しかし迷いない顔で答えた。


「師匠がいつもリナに料理は心だって教えてくれるけど、でもリナは心の意味がまだわかんない。最初は美味しく食べて欲しいって心を込めて作ればいいんだって思ってたんだけど……なんだろ、日々平穏のお客様を見てると違う気がして……」

「……ほう?」

「琢磨さんや愛ちゃんと出かけるとき外でご飯食べてて気づいたんだけど、他のお店だと……美味しかったって満足してる人や楽しそうに食べてる人もいるけど。でも日々平穏のお客さまは違って……もちろんみんなじゃないけど……食べたときの顔が違うって言えばいいか……懐かしそうにしてたり、驚いてたり、笑顔になったり……他のお店とは違う表情をするお客さまがいるの」


 他の飲食店と日々平穏のお客を思い出しながらたどたどしく語るリナに優介は意外そうに目を細める。


「その違いはやっぱり師匠の言う心なんじゃないかなって。だからみんな他のお店では見せない顔で……美味しいって言葉を口にすると思うんだ。なら師匠の弟子のリナもちゃんと心で料理をするって意味を理解しないと弟子失格になっちゃう」

「だからその心を知る為に、客に提供する料理を作る俺と共に厨房に立ちたいと、そういうことか」

「だってリナの夢はただお店を持つことじゃなくて、師匠みたいにお店を持つことだもん。日々平穏みたいなお店」


 最後は無邪気な笑顔で締めくくるリナに、厨房から拍手が起こる。


「良く言いましたリナ。とても素晴らしいお話でしたよ」

「そ、そうかな?」

「ええ。優介さまの日々平穏のようなお店を持つ、実に素晴らしい」

「あまり褒められちゃうと恥ずかしいな……」

「そうですか? ではあなたもただ胸に栄養が行ってしまう変態ロリ巨乳ではなく、ちゃんと脳にも栄養が――」

「だからっていつものセクハラ発言して欲しいってわけじゃないよっ?」

「ふふ、さすが私の親友です」

「愛ちゃん……ずるいよ」


 誇らしげに親友と断言されてはリナも怒れず嬉しくて笑顔になってしまう。


「でも凄いねリナちゃん。お客さまの顔をちゃんと見てたんだ」

「恋ちゃん先輩が教えてくれたもん。接客はお客さまの顔を見てしなさいって」

「うんうん。ちゃんと守ってるのは偉い。まあ、お婆ちゃんに教わったことそのまま伝えただけだけど、でも他のお店のまで観察してるのは立派なことだよ」

「えへへ……」


 そして恋からも褒められて照れくさそうに俯くリナに――


「おいバカ弟子。明日は空いているか」


 突然優介からの問いかけ。


「明日……? うん、特に何もないけど……」

「ならちょうどいい。明日は俺と出かけるぞ」


「「「…………は?」」」


 更に告げられた指示にリナだけでなく恋と愛も唖然とするが、優介は構わず続けた。


「後で綿引に連絡しておけ。いくら料理修行の一環とは言え、彼女が知らないところで男と二人で出かけるのも彼氏としては良い気分じゃないだろうしな」


「「ちょっと待って(ください)!」」


 義理堅い優介らしいフォローだが『二人で』の単語に反応する恋愛コンビ。


「確かユースケ明日の休みは用があるからってあたしの誘い断ったよね!」

「優介さま話が違います! 明日の休日は私用があるからと私の誘いを断ったではありませんか!」


 同時に抗議する内容も同じ。

 明日の定休日は半年前から新たに増えた、好子曰く青春を楽しむための休暇。

 月に一度しかない日曜の定休日なのでシフトを決める際、毎回恋と愛は優介を誘っているが、今回は珍しく私用があるからと断られていた。


「なのにリナちゃんと二人でお出かけとか意味わかんないんだけど!」

「にもかかわらず妻の私を置いてリナと二人で仲良くお出かけとはあんまりです!」

「二人で出かけるのに問題あるなら綿引も同行させる。バカ弟子、ついでに誘っとけ」

「……そこが問題でもないと思うな~」


 他所の彼氏に配慮が出来るのに身近な二人の心情を全く理解しない優介にさすがのリナも呆れてしまう。


「ならあたしも付いて行くからね!」

「では私も同行させていただきます!」


 そして予想通りの主張をする恋愛コンビにも呆れていると


「却下だ」

「なんでよっ!」

「どうしてですか!」


 やはり清々しいまでの即答。しかし引き下がらない恋愛コンビに優介は面倒げに息を吐き――


「お前らが揃って出掛けると目立つんだよ」

「……あ~」


 その理由にリナも納得。

 日々平穏の名物にもなっている恋愛コンビの言い争いだが、店内だけでなく所構わず行われている。

 リナも二人が一度でも争わなかった日は記憶にない。


「今回はバカ弟子の料理修行の一環だと言ったハズだ。なのにギャーギャー騒がれちゃ迷惑なんだよ」

「なら静かにしてるから。それならいいでしょ?」

「優介さまの手を煩わせるようなことはしません。なのでどうかご許可を」


「……なんだかなぁ」


 ここでどちらかを置いていく、という考えに至らず懇願する恋愛コンビにリナは仲が良いのか悪いのか疑問に思う。

 まあそんな二人だからこそ言い争いを名物として常連客も囃し立てるのだが。


「……いいだろう。なら今から明日まで騒がなけりゃ許可してやる」

「ほんとにっ?」

「本当ですか?」

「ただし一度でも騒げば大人しく留守番してろ。いいな?」

「上等よ! なんなら約束破ったら明日ここの大掃除を愛としてあげるわ」

「ですね。万が一、優介さまの命令に背いたのなら罰を受けるのは当然のこと」

「決まりだな。さて、いい加減飯にするぞ」

「はーい!」

「わかりました」


 ようやく話も纏まり、有言実行と仲良く昼食の準備を進める恋と愛。


 その希少な光景にどこか満足げにしている優介だが――


「ねぇ……師匠」

「いい加減うぜぇ……お前も文句があるのか」

「ないよ。師匠がなに考えてるか分かんないけど、リナのためにしてくれることだって思うもん。でもね……死亡フラグって知ってる?」

「あん?」

「……うん。わかんないならいいや」


 一時間後、午後の営業が始まって間もなく――


「……少しでも期待した俺がバカだった」

「ドンマイだよ師匠」


 厨房でうな垂れる優介を慰めるリナという珍しい光景。


「だいたい愛は――!」

「そもそも恋は――!」


 そして店内では珍しくもない日々平穏名物が披露されていた。


 ◇


 翌日、島でもっとも栄えている春海町のバス停にリナはいた。

 まだ朝の九時前なので人もまばらな中、時計を確認して大きな欠伸を一つ。


「ほう? 師匠より先に来ているとはバカ弟子にしては殊勝な心がけだ」


 同時にバスが停車し、優介が到着。


「パパが車で送ってくれたの。師匠、おはようございます」

「おはよう。さて、行くぞ」


 肩にかけていたバッグを持ち直し歩き始める優介に付いてリナもトコトコ。


「そういや綿引は来ないのか」

「うん。誘ったんだけどリナの料理修行ならお邪魔だろうって、夢を叶える為に頑張ってって応援してくれた」

「……できた彼氏だ」

「自慢の彼氏さんだよ」

「それに比べて恋と愛は……」

「あ、あはは……」


 額に手を当てる優介にリナも乾いた笑いしか出ない。

 同行の条件を自信満々で挑むも僅か一時間しか持たず、更にはどちらの責任かで再び言い争われては優介が頭を痛めるのも無理はない。

 結局、完全にブチ切れた優介のお説教で終了したものの、その後の二人の落ち込みようは凄まじく自業自得とはいえリナも同情してしまった。


「それより料理修行って言ってたけど……リナたちどこ行くの?」


 そのため重い空気に話題を出せなかったが、今にしてようやく行き先を尋ねることができた。


「……言ってなかったか?」

「師匠ってたまに天然さんだよね……。リナは待ち合わせの時間と場所しか聞いてないよ」

「そうか。まあいい、ついて来ればわかる」

「そんでもって毎回俺様主義だよね……」


 気にした様子もなく先を行く優介に慣れているリナも呆れながらついていく。


 だが――


「これに乗るぞ」

「……へ?」

「好きなところに座れ」

「…………へ?」

「さっさと座れ。発車しねぇだろ」

「ごめんなさい……」


 睨まれ慌てて優介の隣にリナが着席するとバスは出発した。


「着いたら起こせ」


 静かな車内で優介が目を閉じると


「どこ行くのっ?」


 ついに我慢できずリナが叫んだ。


「……うるせぇ。なんだ」

「なんだじゃなくてねっ? ほんとにリナたちどこ行くのっ?」

「まだわからねぇのか。本土だ」


 優介が面倒げに答えるように二人が乗車しているのは本土行きの直行バス。

 四季美島の観光に便利だが、休日に本土から島へ来るバスは満員御礼でもその逆、島から本土へ行く第一便は乗客も少なく静かなもの。


「本土っ? 何しにっ?」

「いい加減静かにしろ。他の客に迷惑だろうが」

「そうでした……」


 厳しく注意され大人しくなるリナだが、全く疑問は解消されていない。


「安心しろ。交通費は俺が出す」

「あのね、そうじゃなくて……師匠がオゴってくれるのは嬉しいけど……」


 見当違いなフォローだが、リナとしては財布の中身が心もとなかったので安心する。

 しかしこの展開はリナも予想外。

 優介の料理修行が調理器具の説明や食材選びのような誰でも思いつく内容とは思っていなかったが、島を出ていったい何をするのか?

 好奇心いっぱいの視線を向けるリナを無視して目を閉じていた優介だがため息一つ。


「……ちょっとした約束があってな。そいつの家に行く」

「そいつ? 誰?」


 端的過ぎてリナは首を傾げてしまう。


花谷一美はなやかずみ


 いったい誰のことだろうと続きを待つリナに優介はその名を口にする。


「日々平穏店主としての俺の料理を食した、最初の客だ」



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